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48、風が吹くと儲かるのは誰

 王国のフォイラート領の東側の周辺は広大な草原地帯で、街道からも何もないただ広いだけの草原地帯が見渡せた。

 1周目のわたしの行程の中でその草原には足を踏み入れなかったけれど、マスリナ子爵領からフォイラート領へ向かうにはどうしても草原の中にある道を行くしかない。

 ベルムードが「それならいったんオルフェス領へ戻って、街道を長距離馬車で時間を短縮して移動してさっさとフォイラート領へ行かないか」としつこく提案を繰り返していたけれど、師匠はにっこり笑って「行きましょう、草原。いいじゃないですか、草原」と笑った。

 どうやら延々と草原を眺めて退屈な記憶を記憶させてしまうつもりらしい。師匠ってば結構底意地が悪いかもしれない。

 

 王国の主要路である街道へ入りフォイラート領へ向かう馬車の旅は、師匠と二人ならいざ知らず、ベルムードもいるのでわたしは窓の外を見ながら聞き流して過ごすと方針を決めた。迂闊に詮索されても困る。


 師匠は馬車を「草原の中の道で構わないから安全を優先してほしい」と行先はフォイラート領で頼んでいた。 

 公国(ヴィエルテ)出身の師匠や皇国(セリオ・トゥエル)出身のベルムードは気が付いていないみたいだけど、実はこの大草原のどこかに風の竜の居留地がある。

 シューレさんの義理のお兄さんが(ドラゴン)使い(・テイマー)らしくて、しかも風の竜と契約をしている関係で時々この地には来たことがあると聞いていたのでわたしは知っていた。

 この際なので火の竜のリズマ様とは色と形が違うという風の竜を見て見たいなとちょっとだけ思っていた。しかも集団で暮らしているらしいから少し楽しみだったりする。公国(ヴィエルテ)には竜がいないので単純に珍しい。寄り道もしてもらえそうにないけど、竜の姿が少しでも見れたらいいなと思う。


 師匠とわたしは進行方向を背に座っていて、進行方向に向かって座るベルムードはしきりと何かを話し掛けてくる。わたしは聞こえないふりをしていたので師匠が受け答えしていたけれど、次第にベルムードも何も言わなくなってしまった。


 窓の外を眺めて草原地帯に竜の姿を探しながら、わたしはずっと、フォイラート領へ入ったら単独行動をしようと計画していた。ベルムードが師匠の記憶の記録を諦めてくれない限り、師匠と行動を共にするのは危険だ。

 オルジュを何度か呼び出そうかと思ったけれど、ベルムードと彼の記録係状態になっている師匠の目があるので現在の段階では我慢していた。もちろん、父さんなんて呼んだら大変な事態になる。私自身が半妖だからというのもあるけれど、ベルムードは皇国(セリオ・トゥエル)人なのだ。精霊を召喚獣と呼べてしまう国の人なので、差別をする人なのかどうかもう少し見極めておきたい。 

 地竜王さまの神殿を探して祝福を受けたいし、次に風竜王さまの神殿を探すつもりでいた。忘れちゃいけないのは風の精霊王さまの神殿だ。オルジュは風の精霊なので、風の精霊王さまの神殿で召喚した方がより無難だと思えた。

 実はわたしは、フォイラート領は公爵家の領地で昔から繁盛している大きな領なので、地竜王さまの神殿は確実にあるのではないかなと期待していた。月の女神さまの神殿があったのは1周目の世界の情報で知っているので問題はない。わたしが救いの手(セイバー)になるにはあと地竜王様の祝福だけなので、フォイラート領の月の女神さまの神殿で職位(クラス)変更(チェンジ)まで出来たら最高にツイていると思う。

 風竜王さまの神殿は、シューレさんとコルとを救うために押さえておきたいと考えていた。

 わたしの1周目の反省は、竜化して水竜となってしまったエドガー師、わたしのために命を捧げてくれたシューレさんとコルとを救うこと、魔石に閉じ込められそうになった火の精霊王リハマ様をお救いすることだったりする。

 分化して療養も兼ねて休養を取っている間にわたしなりに考えてみて、この状況で足りないものでこの状況で覆せる力があるのなら、それは『女神さまの御力を借りること』だった。

 竜と精霊王が無力に敗北する力があるのなら、単純に女神さまの力もそこにあれば状況は変わったのではないかなと思ったりしたのだ。

 お力をお借り出来そうな女神さまを考えていて、時の女神ウルス様は神殿に引きこもっておられてダメ、太陽神ラーシュ様はそもそも無理、月の女神エリーナ様はすでに冒険者として祝福を頂いているのでこれ以上は恐らく無理、となってくると、春の女神マリ様がいいのかなと考えた。

 春の女神マリ様は、風竜王である雷竜シュガールの奥様だったりする。風竜王の神殿がある場所にはたいてい春の女神さまの神殿があると聞くので、あわよくばどちらもの御力がお借りできたらいいなあと厚かましくも考えていたりする。

 わたしは分化して未分化ではなくなったので、竜の捧げものになる可能性が低くなっている。以前のわたしなら未分化という状態なのもあって身の危険を感じてあまり竜王の神殿に行きたいと思わなかったけれど、現在は前より状況がマシなのだ。


 気がつけば、聞こえてくる馬を操る音や軋む轍の音を聞いていた影響ですっかり眠ってしまっていて、師匠に起こされた時には次の街に到着していた。フォイラート領近くの草原に囲まれた村で、今晩はここで泊まるらしかった。

 馬車から降りると、吹き抜けていく風が気持ちいい。

 草原の中の小さな集落で家の灯りが明るく灯っていて、暮れていく空も赤い。寝過ぎかなと思ってぼんやりしていると、師匠と馭者が交渉してくれて宿屋も確保できた。ちなみにベルムードは師匠と馭者の裏にお財布係として待機していたらしい。師匠が言うには彼のおかげで村に一軒しかないという宿屋のいい部屋がとれたのだそうだ。一件しかない宿屋ならいいも悪いも何もあまり差がないのではないかなと思ったけれど黙っておく。

 高い建物もなく風が通る。ふと暮れていく見上げると竜がうっかり灯りを目安に村に降りてきそうな程広い。

 オルジュ、元気かな。

「この街は草原の中の街ですから、夜は竜が落ちてこないように灯りを絶やさないのだそうですよ?」

 師匠が面白そうに笑った。

「竜って王国ならではの冗談なのでしょうか、」

 師匠は冗談だと思っているみたいだ。

「もし本当の話なら見てみたい、」

 ベルムードが興奮していて、ちょっとメンドクサイ。

 

 師匠たちの後ろについて歩いていると、隣にいるはずのオルジュがいないのが不思議でしかたなかった。声を出してなお呼べばすぐに傍に来てくれそうだけどベルムードがいるからやめておく。

 村の中心は子供の遊ぶ広場なようで、地面に落書きが見えた。

「あれは…、魔法陣ですか?」

 師匠が通りがかった村人に尋ねている。

 落書きの中にところどころ消えかかった魔法陣が見えた。円や記号や六芒星の描き方から、召喚術が行われたのかなと思えてきた。

「ああ、あれはこの前まで宿屋に泊まっていた一行に魔法使いがいたのさ、」

 村の老人は気楽に言って笑った。当たり前だけど会話は王国語で、師匠は王国語を話していて、ベルムードは言葉がよく判っていないような表情をしている。

「その人たちはどちらに?」

「フォイラート領ではないかな、この辺は何もないからなあ。」

「そうですか、」

「アンタたちも旅は気を付けていくんだよ、この辺は領主さまの騎士団の巡回がないからね、」

 師匠は「ありがとう」とお礼を言って会釈していた。そうか、領主さまの騎士団の巡回がない地域なのね…。魔物(モンスター)除けの練り香をさっそく宿でも使っておいた方がいいかもしれない。

 ちらりともう一度広場に目を向ける。村の外ではなく村の中心にある広場で召喚を行うというのは、この村は夜はかなり危険な場所なのではないかなと思えてきた。

 これはオルジュを召還した方がいいかもしれない。臨戦態勢で考えていた方がいいかもしれない。

「想像していたよりも危険なのかもしれないわ。、」

 つい呟いてしまった。師匠が怪訝な顔つきで振り返ってきた。

「ビア?」

「何でもありません。」

 わたしは小さく肩を竦めて笑った。


「おい、」

 誰かが袖口を引っ張った気がして手元を見ると、何もない。

 振り返っても誰もいない。


 変なの。

 オルジュが気になり過ぎてとうとう幻聴を聞いてしまったのかもしれない。


 ※ ※ ※


 村の中ほどにある平屋建ての白い建物の宿屋は料金を考えると普通で、その宿自体を考えると上々な部屋だった。一番良いという部屋、普通の部屋2部屋、素泊まり用の部屋と3部屋しかなかったので、一番良い部屋をベルムードが、普通の部屋を貴族の師匠と馭者が、素泊まり用な部屋を庶民なわたしが借りると決まった。馭者は謙遜して素泊まり用の部屋をと言ってくれたけど、ただ乗っているだけのわたしと違って操縦が大変なのだからと言って普通の部屋へ泊まってもらったのだ。素泊まり用と言っても食事はベルムードの部屋に合わせて豪華におもてなししてくれるらしいし、わたしとしては問題はなかった。ベルムードに感謝したのは初めてかも。

 荷物を置いてわたしは部屋を出た。ベルムードは宿泊の手続きをしていて、師匠は馭者と明日進む進路の打ち合わせをしている。

 宿屋の主人には一応一言告げておくと、「村の外へは出ないでください」と約束させられてしまった。草原地帯の中にある村なので、野獣や魔物の心配があるのだそうだ。村の出入り口には退魔(モンスター・)シールドが焚かれているので問題はないとの話だったけれど、問題があるから念を押されちゃうんだろうなと苦笑いをしてしまった。

 村の広場に魔法陣を描くのは躊躇われたので、村の出入り口まで行って、退魔(モンスター・)シールドの灯りの近くで魔法陣を描いてみた。

 オルジュを召還するのだ。

 耳にある群青色の石(ソーダライト)の魔石に触って魔力が吹き返すのを体に感じながら、「オルジュ、オルジュ」と名前を呼んでみた。

 …。

「オルジュ?」

 王国の固有種であるオルジュを召還するのに王国でも呪文が必要なのかな。

 もう一度群青色の石(ソーダライト)を撫でてみて「オルジュ」と名を呼んでも何も起こらない。

 念のために、わたしが祝福を受けている精霊王さまや女神さまたちの名を織り込んで呪文を唱えてみる。


 <願わくば、花の息吹きし山の嵐である風の精霊オルジュを遠き安らかな地よりここに招かん召喚を、春の女神であるマリ様、太陽神ラーシュ様、月の女神エリーナ様、時の女神ウルス様、水竜王マルケヴェス様、地の精霊王ダール様、水の精霊王シャナ様、火の精霊王リハマ様、風の精霊王インテーオ様の祝福を受け、父の名において願わん、>


 シュルシュルと魔法陣から煙が上がる。

 煙が、描いた魔法陣の線という線から浮かび上がってきている。


「ふ、あ?」

 初めて見る光景に、何度も目を瞬いて、煙が何なのかを考えようとしてやめた。

 召喚していないものが出る時は、わたしより魔力が強い存在だと覚悟しておいた方がいい。これはオルジュじゃない。

 足元にある影を見ても父さんは出てこない。

 父さんではない何かが、召喚されようとしている。


 煙の中にはわたしよりも背が少しだけ高い人が立っていて、顔の上部は色とりどりの鳥の羽が鬣のように沢山飾られた仮面で隠されていた。よく日に焼けた上半身は裸で、下半身は腰蓑が巻かれていて裸足だ。

「だ、だれですか?」

 恐る恐るわたしは問いかけていた。

 オルジュじゃないとしか言えない誰かだ。

 1周目でも出会っていない、強力な魔力の持ち主だ。


「こっちへ来い、」

 いきなり腕を掴まれて、シュルシュルと煙巻く中に引っ張り込まれてしまった。


「はなしてっ」

 抵抗すると、勢いよく手放される。

 ここで離すの? 

 なんて無責任な! 

 びっくりした瞬間、地面に触れた足が飛び上がった。


「あっつっ!」

 踵が焼けるように熱い。

 なに、ここ、なに?

 瞬きする間もなくわたしは真っ暗闇の中に放り出されていた。


 ※ ※ ※


 真っ暗闇の中に放り出された勢いで、結局思いっきり地面に両手を広げて倒れてしまった。

 草でもなく板間でもなく砂利道のような真っ暗な何かの上だ。痛いのを我慢して立ち上がると掌に小石がついてきた。どこかの畦道みたいだ。

 指先に魔法を灯して手を翳してみても、人の気配は愚か動物の気配もない。遠く遠く先で人家のような灯りの塊が見える。

 もしかして、わたしの知らないどこかに転送されてしまっている?

 オルジュを召還した魔法陣がどこかにつながっていたのかな。

 起動石(スキップ・ストーン)もないし、だいたいそういう呪文じゃなかったはず。

 どうにかして師匠やベルムードのいる村へ帰らないといけない。捜索なんて事態になったら宿屋の人たちにも迷惑が掛かってしまう。

 とりあえず擦ってかすり傷だらけの自分自身に治癒(ヒール)をかけてみる。触った感じからすると、骨折はない。歩けそうだ。


 天を見上げると暗いけど星が見える。辺りは明かりがひとつもなくて草木の気配がないし草原でもない。

「ここどこ?」

 暗闇の中、目を凝らしていると、手が届きそうな先に建物のような塊が見えた。

 昼間じゃないから距離感が掴みにくいけれど、いけなくはなさそうだ。

 規模としては神殿に似ている。

 何もない場所で立っているのも不気味だし安全な気はしないので、真っ暗な建物に向かって歩くと決める。足元は相変わらずの畦道だ。

 虫の音も、鳥の鳴き声も、獣の息遣い聞こえてこない。

 何のヒントもない場所にひとりって落ち着かない。

「ここ、どこよ…、」

 星を手掛かりにしようにも、雲があるのかところどころ見えない空はあまり当てにならない。

 心細いのもあって「オルジュ」と名を呼びながら歩いていると、やっと、わたしは神殿らしき建物に到着した。


 真っ暗なその建物は古びていて、神官もいない。近くに民家もないから誰もお世話に通ったりもしないようだ。

 まるで異次元に取り残されている神殿みたいだった。

 雨風をしのげるといいなと思いながら中に入ると、広間の真っ暗闇の中に石像が中央の台座に一体置かれていた。

 わたしより少し背が高い程度の男性で、顔の上半分は兜のような防具を被っている。

 上半身は裸で、下半身は体に添った長ズボンだ。

 どこかでこういう感じな格好をした人を見た気がする。

 兜じゃなくて仮面で、鳥の派手な羽付きで、腰蓑を巻いている格好で…。

「この人だ!」

 心の中から納得して我慢できずに大声を出してしまった。


「うるさいな、お前、」


 石像だったはずの人物の唇が動いで、その人はゆっくりと台座から降りてきた。

「もう少し品良くしたらどうだ、」

 兜は鬣に変化していて、長いズボンは腰蓑に変わっている。

 どうなっているの?


 危険な連想しかできないわたしは背を向けて走り出した。

 神殿の中は暗くて見間違えたのかもしれない。

 そう、自分に言い聞かせて走る。


「どこへ行く?」

 いきなり目の前にさっきの人が現れた。

 ビックリしすぎて飛び上がりそうになる。

「どこへ行くのかと聞いているのに、聞こえないのか?」

 なんとなく、ここはこの人の術のうちで、この人の機嫌を損ねないようにして対応しないと出してもらえない気がしてきた。

「聞こえています。ここがどこか判らないので、一旦外へ出てみようと思ったのです。」

 ドキドキしながら答えてみると、その人は「ふうん? 」と小さく呟いて「逃げたのではないのか?」と笑った。

ありがとうございました。

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