37、木の樹洞に指輪は煌めく
危険だとか危ないとか、言葉が言葉になるよりも早く突っ込んでいくオルジュにしがみつくのが精いっぱいだった。息もできないほどの風圧と音が音になる前の風のうなりが、体感として何かにぶつかっているのだと判る。音に聞こえて重なる痛みが葉や枝なのだと判った頃、やっとオルジュは止まってくれた。
ドキドキという鼓動が、息をして体に空気が満ちてやっと、落ち着く。
大きく張り出した枝葉の奥の奥の幹との根元にある樹洞に片足を突っ込むようにして立つと、オルジュは抱きしめていた手を放してくれて、足元にある枝を指さして、「これだけ太い枝だと飛び跳ねても大丈夫だよ、ビア、」と楽しそうに笑った。枝の下の下に見える遠い地面を見ると、飛び跳ねても大丈夫だとはとても思えない。絶対飛び跳ねないから!
「心地よい風が吹いているね、ビア、」
「オルジュ、ここは待ち合わせの橋じゃないわ。」
「そうだね。この街の守護精霊の宿木だ。少し寄り道しようよ?」
わたしの目を見て微笑む顔には、何か含みがあった。
「見つかる前に待ち合わせの場所に行きたいの、」
「大丈夫、この木のこの場所は随分高いし、下は捕り物で大騒動だから。」
要は師匠やアレハンドロ、レゼダさんが追いかけまわされて大変な目になっていると言いたいのだ。
「少しだけ。ダメ?」
「少しだけ、だからね? オルジュ。」
風の精霊のオルジュはいつだってわたしに囁ける機会があったのに、わざわざ寄り道をするのなら、わたしに面と向かって伝えたいことがある…?
「見つかる前に待ち合わせの場所に行きたいの、」
「十分だよ、ビア。」
オルジュはわたしの手を握ると、「ちょっとだけ、上に行こう」と言った。
やっぱりそうなんだ。
「上?」
だけど、上って天辺じゃないの? 枝葉から姿が現れてしまうだろうと想像できてしまって、内緒話じゃないの?と躊躇ってしまう。
「見せたいものがあるんだ。」
2本ある樫の木の間の階段のように交差する枝という足場があるとはいえ、神殿よりも市役所よりも人家よりもはるかに高いのには変わらない。
「どうしても?」
「どうしても。」
手を預けるとオルジュは、わたしを引き上げるようにして背を向けたまま、木の上部へ向かっていくつもの枝の根元をまるで階段を上がっていくようにとんとんと上がっていった。
枝や葉からわたしやオルジュの姿が現れて目視できるようになると、追手が来てしまいそうな気がして居心地が悪い。
「姿が見えてしまうわ、オルジュ、」
「大丈夫、この木は守護精霊の宿木だから、棲み処が近くなるにつれ周囲に『暗幕』がかかるよ。」
魔法で見えなくなるのか…。でも、と抵抗したくなるほど高い位置へと上がってきている。オルジュは風が使える精霊だからいいかもしれないけれど、ただの半妖なわたしは実体があるし、落ちたら無傷ではいられない。
見え始めた景色の広大さに対して、地上からの距離も広がっていく。わたしの先祖は鳥じゃない。父も母も地に生きる生き物だ。
だんだんと緊張して口を開ける気すらなくなってきているわたしの顔を見て小さく笑ったオルジュは、「ほら、天辺だ、」と言って最後の小さな枝に立たせてくれた。
体が、地に降りた感じた。
人ふたりの重さに折れるはずの枝は折れず、慌てて枝へと顔を向けると、わたしの足は宙に浮いている。でも、水平で透明な板が木の天辺に乗せられているように見えない何かがあって、しっかりとわたしは立っていた。
「もしかしてここが、」
「守護精霊さまのお住まいだよ。巣というより、生活の場だったのだろうと思うよ。ここにいると周囲を見渡せるけれど、下や周囲からはここに立つ者の姿は見えない魔法がかかっている。本人が石化しても維持されているのだから、相当丁寧に魔法を織り込んだのだと思うよ。」
こんな場を支えるのだから、わたしなら木にも魔法をかける。
「地下の迷路の中にこの樹の根はなかったと思うけど、この樹は本物の木よね?」
「ビアは面白いね。地属性なんだから判ってるよね? 本物の木だよ、」
「木だけど…、もしかして、地上でもこの木の周辺って魔法がかかっていたりするの?」
「見えるけど触れない、近寄れるけど触れられない、ってとこかな。御神木だ。」
オルジュは肩を竦めて笑った。
もしかしてレゼダさんが地下迷路で道に迷ったのって、地図に騙されていたのかな。
「この街を作った魔法使いはひねくれていたのね。」
指に嵌めたアレキサンドライトの指輪を見ながら呟くと、「魔法使いはひねくれているものだよ」とオルジュは笑った。
オルジュの背の向こうにはわたしが彷徨っていたソローロ山脈が見えて、左手の方角にはわたしが下ってきた公国との国境側の道が見えた。右手の方角には、開けて続いていく平野と彼方先に隣町が見える。
市役所からは何故か煙が上がっていた。市役所周辺には人だかりができていて、必死になって誰もが消火活動をしているみたいだった。火事というほどではない火の勢いで、市役所自体は無事だった。
「何かあったのかオルジュ、判る?」
目を細めて唇を何度か動かしたオルジュは、「書類が燃えているみたいだ。書類を持ち出せ、と怒鳴る声が聞こえるよ」と教えてくれた。火消しに躍起になったついでにわたしたちのことを忘れてくれるといいのにな、と思う。
背の方へとくるりと振り返ると、水平線に海や空や地竜王さまの神殿が見えた。
ありえない。
つい、表情が強張る。
怖いからじゃない、吹き付ける風がすごいからだと自分に言い聞かせてみる。
「お父さん、」
わたしやオルジュのいる場所から随分と離れた空中に、父が立っていた。父の足の下には透明な床があるから宙に浮いているわけではないのだと、わたしは思いたかった。
※ ※ ※
「オルジュ、もしかして頼まれたの?」
「んー、ビアの力だけではヒト型になれなかったから、交換条件かな。」
「え、そうなの?」
師匠に出来たのだからわたしにもできると思ったけど、違ったんだ。何が足りなかったんだろう。
「ビア、責めてやるな。ビアには魔法を使っていないのだから、何も問題はないはずだ。」
「お父さん、そう言うのってズルくない?」
「お前はあの者たちと一緒にいると私を『父さん』と他人行儀に呼ぶからな。」
「それは…、師匠には実年齢を知られているわけだし、少しでも子供っぽく見られたくないし、いいじゃない。」
ささやかな乙女心からの見栄だと言ってほしい。
「そんな事よりお父さん、欲しいのはこの笛なんでしょ、」
わたしはスカートのポケットから預かっていた犬笛を出して見せた。
「これがお父さんは必要だったんでしょ、」
「ああ、こんな危険なモノはない方がいいからなあ。」
近寄ってくる父に渡す前に、隣に立つオルジュにも確かめてみる。
「オルジュは何か知ってる?」
「知ってる。これは始祖の魔法使いオーリの指の骨だよ。」
人骨? 手に持っていた犬笛がいきなりなまなましい遺物に思えてくる。
「ひゃっ!」
想像していた以上の言葉に、わたしは思わず手放しそうになってしまった。
「指の骨? そんなものがよく現存していたのね!」
始祖というくらいなので、この国が出来た以上も前の昔の人物だろうに。
「ビアでも驚くのか、愉快だな。」
「お父さん!」
犬笛を渡そうとしたのを止めて、わたしは近寄ってきて立ち止まった父さんを睨みつけた。美しい顔をしているのに、やっぱり考えていることもすることも根っからの悪い魔性だ。
「騙してまで持ち出させるなんて、お父さんひどいよ、」
「すまなかった。謝るからそれをこっちに渡しなさい。」
「嫌と言ったら?」
「危険だから取り上げる。」
「危険? 理由を教えて。」
わたしが考えていた通り精霊を絶対的に従えさせる道具であるのなら、そこまで危険だとは思えない。
「ビア、そんなに怒るな。指輪と地図は持たせても大丈夫だけど、これは精霊に力を及ぼし過ぎる。ビアは半分精霊の血が流れているから、人間よりは影響を受けてしまうのだよ。」
「わたしが持っていると、わたしも影響を受けるの?」
「気が狂うだろうな。」
遺骨で出来た笛を咥えて笛として鳴らすのを想像してみると想像だけで憂鬱になったので、あながち嘘じゃない気がしてきた。
父さんに犬笛を渡しながら「父さんは大丈夫なの?」と聞いてみると、「すぐに隔離するから大丈夫だ」と笑った。
「笛を回収するためにここへ呼んだの?」
「この景色を、ビアにも見せてやりたかった。ここはこの街で一番の場所だからな。」
土地を守護する者が好む場所なのだと判っているからこそ、余計に、この高い場所が特別に思えてくるのかもしれない。
「ビア、指差す方を見てごらん。」
父さんはふっと微笑んで、ゆっくりと指をさしてわたしの視線の向きを変えさせた。
指の先に見えるのは、地竜王さまの神殿に見える石化したこの地の守護精霊さまで、その先には月の女神さまの神殿も見える。
「この場所にビアを連れてきたかった。」
「お父さん、どうして?」
「妖の道、探していたな?」
「そうだけど…、もうないんでしょ。」
川を埋め立てて道を塞いでしまったのだと、リズマ様に教えてもらった。
「あの火の竜はこの場所を通り過ぎていたからなあ…、」
「お父さんは、この街の妖の道を使ったことはあるの?」
「そんなものを使わなくても移動できるって、ビアは知っているだろう?」
ふふっと微笑んだ父さんも風の精霊のオルジュも、妖の道を必要としない者たちだ。
「大昔、この地には地竜王様の神殿へ向かうために3方を川で囲まれていたのだよ。ふたつの細い川は、ひとつは人間が、ひとつは水竜王が埋め立ててしまった。」
リズマ様は、神殿に入るには川を渡って身を清めなくてはいかなかった、と仰っていた。
今残るのは大きな川だけで、地竜王さまの神殿を挟むようにして二つの川があったのだと教えてもらったのもあって、『ひとつしかない川ならTになっただろうけど、Πになってしまったのだから妖の道はないのだろう』と考え直していた。
「この場所からは、妖の道はふたつ見えていたんだよ、ビア。」
「お父さん、どういう意味?」
「川を道に見立てていて、公国方面に出るにはこの方向へ、」
父さんは「月の女神の神殿と地竜王さまの神殿の間に川が一本あったと考えて」と、yという記号を見える風景に重ねるように薄い雲で描いて「三叉路だったのだよ?」と言った。
「反対側の、皇国を抜けて王国へ行くならこっちだった、」と言いながらひょいと隣の木へ渡って自分とわたしの体の向きを変えて、地竜王さまの神殿と研究施設の間にもYに似た記号を薄く雲で描いた。
「妖の道が、ふたつ…、」
守護精霊様の木が2本あるのは、判る者にしか判らないヒントだったんだろうなと思えてきた。
「力のない精霊たちは狩られる前に移動していったよ。この街に聖堂がいついてこの笛が持ち込まれてからは、誰もが逃げ出したのさ、」
そう言って、父さんは寂しそうに笑った。
「ビアも、この音色を聞くと従いたくなるはずだ。こんな危険なものは隠してしまうのが一番いい。」
「壊したりはしないの?」
「…壊せないんだ。」
父さんは肩を竦めるとわたしに背を向けて歩き出した。透き通っている床は、どこまで続いているのか判らない。
「待って、お父さん、」
「追手はこない。安心して早く公国へ戻りなさい、ビア。お母さんが心配している。」
火事の原因は父さんなんだろうなとなんとなしに思えた。でも、火事となる理由は思い浮かんでこない。
「さっきは地上へ出て、市役所で何をやっていたの。お父さん、わたしのために、まさか誰かを殺めたりしたの、」
「そんな事はしてないさ。」
「ならどうして?」
父さんはかなり離れた空中に立ってわたしを振り返ると、唇を動かした。
オルジュを縋るように見上げると、音を届けてくれた。
「『地下迷路に関する資料と属性をふたつ持つ精霊に関する資料を燃やすように』と囁いただけだから、ビアは気にしなくていい。」
「な…! お父さん、なんてことを!」
聖堂の研究者たちを追いかけられないじゃない!
絶句するわたしは見て笑って、じゃあなとばかりに手を振らりと、父さんはひょいッと飛び降りて姿を消してしまった。
※ ※ ※
オルジュに手伝ってもらって地上に降りていたわたしは、途中に見つけた樹洞の中に地図と指輪を隠した。地上からは少し上がったくらいの高さで、木に登れないと見つけられない。キツツキやリスの巣穴ではないようだったし、そうそう簡単に見つからないだろう。
目印を探しているとオルジュは小さく笑って、「場所を覚えたから大丈夫だよ」と頼もしい言葉を言ってくれた。
地上へ降り立つと木の周囲には誰もいなくて、近くに騎士や領兵たちの気配もなかった。とっくに師匠たちは橋へと向かってしまったのだ。
オルジュの姿に『水煙』の魔法をかけて霞ませて、できるだけ大通り沿いに街の中を移動した。人気のない道に入ると待ち伏せされそうで、優雅に移動する旅行客な印象になるように表情を曇らせないように気を付けて歩く。
余裕があれば太陽神様の神殿も時の女神さまの神殿も参拝したかったけれど、最優先は街を出ることで、そのためにしなくてはいけないのは待ち合わせ場所に無事にたどり着くことだった。
オルジュからはマハトの情報を教えてもらっていた。
公国の宿にはマハトはもういないらしかった。いや、もともとマハトはいなかったと言った方が正しいのかもしれない。
『王様の耳』のおかげでわたしにしか聞こえないオルジュの声は、オルジュが公国の国境の街の宿屋に行き、出入りする旅行者の隙をついて宿屋の中に入り部屋を確認した結果、マハトの姿はなかったという報告だった。
マハトらしき人の入った袋を持ち込んだ盗賊たちや袋の中に入っていたであろうと思われる人物についても、魔法で顔かたちが変えられていないかを精霊の力を使って確認してみたけれどやはりマハトではなかったと聞いて落胆してしまった。
オルジュは念のためにその盗賊たちについて馬車での移動にも付き合ってみたけれど、行先と方角からしてみて王都へ向かったということぐらいしか判らなかったと教えてくれた。
そうなると、この街にまだマハトがいるのだろうか。
オルジュに尋ねてみても、「マハトの気配はこの街にはない」と答えが返ってくる。念のために体がないのか魂がないのかまで聞いてみても、どれも「この街にはいない、」という答えばかりだった。
「この国にいるのかな、」とぽつりと呟いたら、オルジュは「この国にはいないね」と即答してくれたので、公国か王国まで探しに行かなくてはいけない。
「もうあいつとは縁が切れたんだよね? ビア。ほっておいてはいけないのかい?」
「…そういう問題じゃないと思うの、」
結婚を申し込んでくれた事実は変わらないのだ。不誠実な対応はしたくない。
橋が見えてきていた。橋の前には、師匠とアレハンドロが既に待っていた。レゼダさんとわたし待ちだったのかと思うと、わたしは寄り道したから判るけどレゼダさんはどうして?と疑問に思えてくる。
何気なく振り返ると、人相の良くない猛者どもの集団が角を曲がって現れて通りの彼方向こうから走ってこっちへ向かってくるのが見えてきた。
必死になって走る人物を、大勢の猛者どもが追いかけて走っている。
レゼダさんだ。
ワーワーという声と、ドドドド…と踏み鳴らす足音とで、街ゆく人々が身を守って通りの脇に身を寄せていた。
何をやったの、と疑問を口にする前にわたしも走り出した。
どう見たって、レゼダさん、盗賊たちに追われているようにしか思えなかった。
「ビア、急いでください。」
「とにかく走るんだ、」
近付くにつれ、師匠やアレハンドロの表情が真剣なんだとはっきりしてくる。
追い付かれたくない!
地響きのように迫ってくる足音の集団に巻き込まれないようにわたしは走った。
「ビア、助けてあげるね、」
空中を泳ぐように飛んでいるオルジュが走るわたしの両足首に触れると、急に足が軽くなって速さが増した。
負荷軽減の魔法をかけてくれたのだ。
「ビア、こっちです、」
手招きする師匠の声を目指して走っていると、後方から、「ビアちゃーん、バンちゃーん!」とレゼダさんの怒鳴り声が聞こえてきていた。
あの人相のあまりよくない猛者どもを連れてきたのはレゼダさんなんだ…!
ドドドドドド…と響く足音がぐんぐん近づいてくる。
橋の真ん中まで進む師匠やアレハンドロにようやく辿り着くと、「こっちへ」と師匠がわたしの腕を引いてくれて、アレハンドロと一緒に橋を渡る。
「師匠、何があったんです?」
「どうもこうも、ビアを心配してあの者が引き返そうとしたのですよ、市役所へ行こう、と言い出して、」
「心配ないと言ったのだが、あの男は真性の方向音痴なようだ。市役所ではなく聖堂の騎士団の牢屋の方向へ行ってしまった。」
「聖堂まで行ったんですか、」
「途中で気が付いて、春の女神さまの神殿を目印に走り出したのだが、途中で逸れてしまった。」
レゼダさん…、地図があろうとなかろうと道に迷っちゃう人みたいだ。
橋を渡りきると、師匠とアレハンドロは顔を見合わせて、「任せた、」「任せろ」と頷いて言い合った。
何を任せて任せるのか判らなかったけれど、わたしの腕を捕まえたままの師匠を橋のたもとに置いて、アレハンドロは剣を抜いて橋の中央まで引き返していった。
わたしを任せて、レゼダさんを任せろ、という意味みたいだ。
優雅な所作で、迎え撃つようにアレハンドロが剣を構えた。
「ビアちゃーん!」
橋の近くまで、レゼダさんが駆けてきた。
「間に合いそうにないな、」とアレハンドロが言えば、師匠は「大丈夫ですよ、あれなら自力でどうにかするでしょう」と澄ました顔になる。
「丁度いい、お前ら、その小娘を置いていけ!」
「治癒師の独占は良くないぞ!」
「そうだそうだ!」
盗賊たちは口々に叫んでいて煩い。
「オルジュ、レゼダさんを助けて、」
「ビアは優しいね。」
オルジュは駆け寄ってくるレゼダさんに近付くと、ポーンと軽々しく背中から放り投げた。
「オルジュ!」
「ごめん、ビア。意外と魔力使った。」
優しく微笑むと、オルジュはいきなり姿を消してしまった。
「え…? オルジュ!」
何やってるの、と言う前にレゼダさんが高く弧を描いてわたしたちの足元に落ちてきた!
受け身をとって転がるレゼダさんは勢いを殺しながら立ち上がる!
「レゼダさん、身体能力が高すぎる…!」
「ね、大丈夫だったでしょう?」
「師匠、かわいそうですよ、」
微動だにせず両手を広げてハアハアと息をしているレゼダさんに治癒の魔法をかけると、確かにたいして回復しない。
「ほんとですね、大丈夫みたいです。」
「ビアちゃんまで!」
「褒めてるんですよ、レゼダさん。」
アレハンドロは「丁度いいのはこちらも同じだ、」と言い返して、手にした剣を下から大きく弧を描くようにして上段に構えた。
「悪く思うなよ、」
勢いよく、空中に向かって振り下ろす。
<轟け、波止の剣よ、すべて退けよ!>
ドゴーン! と音が鳴る前に、橋が向こう岸から崩れ始めた。音の中にバシャバシャと川の水の中に石や建材が落ちていくのが混じる前に、アレハンドロが背を向けて走り寄ってくるのが早くて、呆気に取られた表情の盗賊たちが対岸に取り残されていくのが見えた。
重さに耐えかねて連鎖して橋が崩れて行って、水飛沫と爆音とが重なり続けて、気がつけば橋は半分以上が崩れて消えてしまっていた。剥き出しの橋桁が杭のように残されている。
「な、何、これ、凄い!」
レゼダさんが何度も目を瞬かせている。
わたしは目の前の光景が立った一撃の件の威力で起こされた現実だと理解できなくて、言葉も出なくてぱくぱくと開けたり閉じたりを繰り返すだけだった。
アレハンドロ、凄い!
「あの剣は水の精霊王さまと水竜王様、地竜王さまの祝福を得た剣ですから、潮の満ち引きを操る力のように剣技に特殊効果を持つのです。」
「もしかして、地下迷路での剣技もそうですか?」
「そうでしょうね。」
師匠が淡々と説明しているのを、アレハンドロは気にもしていない表情だった。
「追手は来れないし、魔法陣も消せた。市長ぐるみの不正は是正された。」
アレハンドロは淡々と言って剣を収めている。
「この街はしばらく外部から干渉を断ったほうがいいだろうな」とも言っていて、師匠は黙って頷いていた。
「だからって、橋を落すなんて、やり過ぎヨ、」
「お前はどっちの味方なんです。」
食って掛かるレゼダさんに師匠が呆れた顔になった。
橋の向こう側から、盗賊たちは恐る恐る崩れた橋の上へ降りて追いかけてこようとしていて、通りの向こうの方から騎士団や衛兵たちの駆け寄る姿が見え始めていた。人が、集まり始めている。
「このまま出国する。振り向くな。急ぐんだ。」
アレハンドロの口調は悪びれた様子は微塵もなかった。
「誰も怪我がないなら、この状況を利用する。」
「ビア、聞きましたか? わたしたちも行きましょう、追手が来れないうちに。」
師匠は動じることなく先を行くアレハンドロの背を顎で差した。割り切り方が凄すぎて、わたしは動揺している自分がまだまだ幼いのかもしれないと思えてくる。場数をこなせていないのだ。
耳にはまだ橋が崩れた轟音が残っていて、興奮が冷めやらない。
「そうですね、レゼダさん、行きませんか、」
手首にあったお守りの魔法は消えていて、つくづく異質な街だったのだと思い知らされる。
「バンちゃん、アタシも手をつないでよ、」
レゼダさんはどさくさに紛れて師匠と手をつなぐつもりなのだ。
「…、ビア、手を貸してあげなさい。」
あ、師匠、気が付いた。
「え…、減りそうだから嫌です。」
クスクスと笑いながらわたしも断ってみる。
「もうっ! ビアちゃんもバンちゃんもイケズなんだから!」
レゼダさんが腕組みをしながら隣についてきたので、先を行くアレハンドロが振り返って、「丁度良かっただろう?」と小さく笑った。
ありがとうございました




