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13 守りたいものがある

 カークに言われるまま、フリッツは旧城と秋宮の間にある中庭に来ていた。厨房がある秋宮から出火した際に王族の住む旧城を守るための防火帯を兼ねた庭で、睡蓮園と言う綽名の通りこの辺り一帯の中庭は池を中心にした水辺の草花が多く植えられている。

 フリッツは池の畔にある四阿(あずまや)に人影を見つけた。ひとりは小道に立って警戒する見張り役で、残りは何かを話すでもなく四阿(あずまや)で密やかに池を眺めて座っている。三人とも濃い紫色の軍服を着ている聖堂の軍人だった。

 フリッツが四阿(あずまや)に向かって歩いてくるのを見ると、見張り役と中にいた一人は立ち上がり、小路まで出迎えて一礼をした。見張り役は髪を後ろで三つ編みにした落ち着いた雰囲気の女性で、もうひとりは、髪が短くどこにでもいそうなこれといって特徴のない顔かたちの男性だった。彼は、聖堂の軍人の濃い紫色の軍服を着ていなければきっと注目することなどなかったと思えるほど印象が乏しい。

「中に()ります。私達はこの付近を警護しますから、ご安心ください。」

「判った。よろしく頼む。」

 話した傍から顔を忘れてしまって、妙な違和感がしてフリッツは居心地が悪く感じた。まるで魔法にかけられたように、この男性の顔が覚えられなかった。

 こんな経験をどこかでした気がするのだが、気のせいなのか?


 一緒に来てくれていたキュリスとビスターは小路の入り口にふたりして並んで見張ってくれている。ここに来るまでに何度も「警戒を、」と念を押されてしまっていた。首を傾げながら、ひとり、四阿(あずまや)へと向かう。フリッツは、王城の中にいてもなにが起こるか判らないと体験したばかりで、拒めなくて苦笑いを浮かべた。


 四阿(あずまや)で待っていてくれていたのはやはりコルで、フリッツを見るなり、「君、案外元気そうだね、」と肩を竦めた。身分を明かしてもまだフリッツをそんな扱いにできるコルは、根っからの大貴族なのか常識がないのか規格外なのかはよく判らない。左手の薬指に嵌る鉅の指輪は冒険者の証で、相変わらず手には(ワンド)を握りしめている。

 帯剣しているのでいざというとき身を守れる気はしなくはないけれど、フリッツは用心のつもりで四阿(あずまや)入ってすぐのコルの向かいのベンチに座った。謎の多い魔法使いに勝てる気がしない。足を組んで座るコルは、聖堂の軍人と言うよりは公国(ヴィエルテ)の要人な雰囲気がする。

「コルは、今日は何の用事で王城へ?」

「うーん。僕は公国(ヴィエルテ)の魔法使いとして、かな。」

「ラナとはどういう関係なのだ?」

 要人警護をする職務だと言われてしまえばそれまでだけれど、フリッツには、あんな時間にレノバの住む家にラナを連れて行ける関係は単なる職務だとは思えなかった。

「姫殿下とは親しくさせていただいているよ? 可愛らしい方だよね。年の離れた妹みたいで愛らしいな。」

「それだけじゃないだろう? レノバを紹介したのは、コルか?」

「違う、かな。姫殿下はレノバをお見つけになっただけだよ?」

 見つける?

「詳しく聞かせてくれるか?」

「どこから話せばいい?」

「まず、あの後、どうしたのかが聞きたい。」

 フリッツがラナを連れ出した後の、レノバの様子が聞いてみたかった。

「大聖堂から僕たちに話があるって言われて連絡が来たから、レノバと大聖堂へと向かったよ。何があったのかを聞かれたから、見たままを話したかな。レノバも同じだって答えてた。」

「ラナが、迷惑をかけてしまったか?」

「レノバは大司教のお気に入りだから罰はないよ。だけど、色々言われたよ。」

「大司教はなんと?」

 王国の王都の大聖堂の長は王国での最高責任者も兼ねたセルイゲイ大司教だったとフリッツは記憶している。焦げ茶髪に淡い水色の瞳をした皇国(セリオ・トゥエル)人で、年の頃は父アルフォンズより少し年上と言った風貌だ。

「レノバには、軽率な判断をしなくていい子だったとお褒めになっていたよ。」

「コルは? 何を言われた?」

「僕はなんだっていいんだ、」

 色々言われたという内容を口を尖らせて誤魔化して、コルは子供っぽくそっぽを向いた。

「そう言えば、冒険者になると言っていたのに、もう聖堂に復帰しているんだな、」

 目を見開いて宙を見つめたまま、コルの動きが止まった。

「その指輪、鉅の指輪だろう?」

 フリッツを睨みつけたまま、コルは黙った。

「旅行でもするんじゃなかったのか? そのための冒険者登録なのだろう?」

 皮肉を言うつもりなどなかったけれど、言ってしまってから初めて、自分が腹を立てているのだと気が付いた。

 ラナにしろ、目の前のコルにしろ、女性がひとりで旅をするなんて何を考えているんだと尋ねてみたくなる。考えが甘いのだとしか思えてならない。

 魔物(モンスター)退治に明け暮れる冒険者がほとんどだろうが、それもある意味旅行というのだろう。地竜王の神殿のあるアンシ・シへの旅は1か月やそこらの旅だったけれど、フリッツの中ではとても旅行と言えるような気ままなものじゃなかった。あれは、どちらかと言うと修行だ。仲間がいてくれたから生きて帰ってこれたけど、ひとりだったとしたら、自信が持てない。


 黙ってフリッツを睨むコルは怒っている顔にしか見えない。本気で旅行するつもりだったのだろうか。

 それとも、冒険者になってやりたいことは建前で、本音は軍人の職務の一環として冒険者になっただけなのだろうか。

「もしかして既に旅行中だったのか? 王都に呼び戻されたのか? だから怒っているのか、」

 女性の扱い方が得意であるとは言えないフリッツは、ラナにしろドレノにしろコルにしろ、何を考えているのか判らない者ばかりだと思う。


 手を重ねて指輪を隠して、コルはフリッツに背を向け立ち上がった。水面を飛ぶ鳥でも見ているのだろうか。

「フリッツは、命を賭けて守りたい相手っている?」

「なんの話だ?」

「僕は、そういう相手を見つけたみたいだ。」

 好きな男でもできたのか? 

「婚約でもしたのか?」

「しないよ。できないし、伝えないって決めたんだ。」

 片思いか。

「へえ、それはどうして? 傍にいて思いを伝えればいいだろう? 」

「そういう相手じゃない。」

「なら手紙でも出せばいいのではないか。女性のコルから恋文を貰って悪い気がする男なんていないだろうに、」

 他人事なので大胆な発言をするフリッツに向かって、コルは耳まで真っ赤に上気させて振り返り、「僕のことはほっておいてくれ。今日国王陛下にお会いしたのは、姫殿下を封印するためだ、」と肩を震わせてながら言った。

 姫殿下を封印?

 ラナの部屋周辺は警備に兵が増やされ、侍女や侍従でさえも立ち入りが禁止されているようだった。もちろんフリッツも面会を断られているが、封印されたとは聞かなかった。

「僕は冒険者になった時単なる魔法使い(ウィザード)だったけど、それだけじゃ足りないって思い知ったから、退魔師(ジーニー)になった。今は退魔師(ジーニー)の冒険者として聖堂に所属している。今日は退魔しに来たんだ。」

 退魔師(ジーニー)を見つけた。フリッツは逸る鼓動を抑えながらコルの横顔を見つめた。公国(ヴィエルテ)の貴族の娘の、コル。聖堂からもらい受けてもいい。必ず身元を突き止めて、いざというときの切り札にしておきたい。

「国王陛下に頼まれたのは、姫殿下のお部屋周辺から全て精霊を締め出し、忌避させ、接触できないように守り抜く魔法陣を描くこと、だ。おかげでいくつも魔石を消費したし、階層をいくつも作らなくてはいけなかったから結構な大仕事だったよ。」

 ラナを精霊から守るのではなく、ラナから精霊を守るのが目的なのだなとフリッツは思ったけれど黙っておく。ラナが陰火(いんか)だと知らせる必要などない。

「それは、効果があるのか?」

「あるよ。あるに決まってるよ。斎火(いみび)のコルちゃんが言うんだよ、あ、」

「コルは、火属性の、斎火(いみび)なのか、」

「さすがフリッツは知ってるんだね。でも、内緒だからね。」

 斎火(いみび)退魔師(ジーニー)の貴族の娘。斎火(いみび)は火の精霊王の神殿の神官に必ずなるのではなかったのか。

 神殿の干渉を跳ね返せるほどの権力を持つ家の娘、か。これは、家柄が特定できそうな要素だ。

 慌てた様子のコルは、コホンと咳払いの真似をして、フリッツに「秘密にしてね、」と上目遣いに小指を差し出した。

「なんだ、その指は、」

「公国のおまじない。約束を破ると罰を受ける呪いなんだ。」

「そこまでしなくてはいけないのか?」

「そこまでして守ってほしい秘密なんだよ、フリッツ。」

「コルにとってはそこまで重要な約束なら、私にとっても何か見返りがないと守れそうにないな。」

 フリッツの心の中では、コルの本当の名前が知りたいと思えてきた。フローラは討伐の旅に近しい臣下を同行させると聞いていた。その者たちの中にコルも入れてもらいたいと考え始めていた。フローラは恐らく種火で、火の精霊王リハマの加護を受けた魔術師だと聞いている。同じ冒険者なら、斎火(いみび)退魔師(ジーニー)のコルの方が頼もしい。

「仕方ないな。じゃあ、フリッツにはとっておきの秘密を教えてあげるよ。僕が斎火(いみび)なの、黙っていてくれる?」

「秘密にも寄る。」

「君は本当に欲張りだね。じゃあ、とびきりなのを教えてあげるよ。僕の真実の名前を教えてもいいほどのやつを。」

 フリッツは目を細めてじっとコルを見つめた。コルと言う愛称で誤魔化してきている彼女の真実の名前まで教えてくれるのなら、フリッツにとって悪い条件ではない。

「判った。」

 コルはフリッツの傍に近付くと、フリッツの小指に自分の小指を絡ませた。


「指切りげんまん、嘘ついたらハリセンボンのーます、指切った。」


 軽やかな音階で歌うように言って、コルがぶんぶんとフリッツの指ごと振ったあと絡ませた指を解くと、フリッツとコルの指から流れ出た赤い糸が絡まって蝶々結びとなり一本の線へとつながったような幻像が見えた。

 キラキラと朱金色に輝いた線は、やがて光の中に溶けて消えた。


「ハリセンボンとは何だ?」

「公国の海には棘だらけの魚が泳いでいるんだよ。その魚の名前がハリセンボンだよ?」

 コルは人差し指で空中に、魔法で、棘だらけで丸く膨らむ丸い魚の姿を描いた。

「まさか、そんなものを飲むのか?」

「飲まないよ、冗談だから。この指切りって魔法は昔の遊びみたいな呪いで、約束を破ると謝りたくて仕方がなくなる衝動に我慢しきれなくなって許しを乞い始めるんだ。僕たちの場合は、僕の秘密を君が守るだけだから、君だけが耐える約束なのかな?」

 ハリセンボンを飲むのも痛そうだし、魔法自体も厄介だった。コルはもしかしてフリッツがどう出るのか事前に知っていたのだろうか。知っていたから、面倒なことをしてまで秘密を共有しておきたいのだろうか。

「あまり恐ろしくはない術だな。謝りたくなるだけなら破ってしまっても気が楽だな。」

「そんなことはないよ! 僕のおばあちゃんは婚約者と指切りげんまんをしてうっかり約束を破ってしまって、わざわざ領都から婚約者の住む遠く離れた領都まで謝りに出かけたほどなんだ! 謝れなかったらこの世が終わってしまうかもしれないと変に思い詰めてしまうらしいから、恐ろしく罪悪感を抱かせる術なんだよ。君が約束を破ったら僕を追いかけて世界の果てまでやってくるんじゃないかな。」

 クスクスと笑いながらコルはフリッツの目の前で掌をひらひらと動かした。

「この指がある限り約束の糸は存在し続けるんだよ?」

「約束の呪い、なのか?」

「かなあ? そうだ、秘密を伝えないと。秘密って言うよりは情報かな。」

 フリッツの耳元へ顔を近付けると、コルは囁きかける。

「絶対言っちゃ駄目だよ。」

 コルの髪がフリッツの目の前で揺れる。


「離宮で捕獲された狼頭男(ワーウルフ)は生きているよ。」


「!」

 驚いて身構えたフリッツの腕を握って押さえつけ、コルは続ける。意外に力があって、フリッツは気迫に飲み込まれる。

 コルは目を細めて「これが君と僕の秘密、だよ? 口外しては駄目だからね、」とニヤッと微笑んだ。

「コル、狼頭男(ワーウルフ)の亡骸は処分されたと聞いたが、違うのか、」

「処分かあ。この国でも、人間じゃないとそういう扱いになるんだね。覚えておくよ。」

 どこか寂しそうな表情のコルは、顔をあげ遠くを見て目を細めると立ち上がった。

「じゃあ、行くね、フリッツ。僕はそのうち自分で自分の秘密を公表するつもりでいるから、その時まで我慢していてね、」

「待て、」

 処分されずに生きている狼頭男(ワーウルフ)は、どこへ行ったというのだろう。

「君にも守りたいものがあるだろ? 時が来るまで待つしかないんだよ?」

狼頭男(ワーウルフ)は、生きているのか?」

 獰猛な犯罪者を生かしておく理由があるとでも言うのだろうか。

「じゃあ、行くね?」

 小指をフリッツに見せて振ると、微笑むコルはフリッツに背を向けて行ってしまった。


「コル、」

 納得がいかないフリッツはコルを追いかけようとして、足元にいる何かが、ベンチの下にいる何かが、自分の足を掴んでいるのを見てしまった。ぬるい湯に足を踏み入れているような、不思議な感覚がする。

「お前はいったい…、」

 カエルのような吸盤を持つその精霊の手は子供くらいの大きさで、見掛けも肌の色が薄緑色なだけで子供のような容姿に見えた。シャルーを思い出して、地の精霊なのか、と思い至る。今まで王城で見かける人ではないものと言えば、猫のような何かと言った、猫の妖精のような存在だけだった。アンシ・シから帰って来てからイーラの姿も見るようになったので、きっかけはアンシ・シなのかもしれないなと思う。

 フリッツの足を握ったまま、<ここにいろ、>と女神の言葉(マザー・タン)を使いカエルの鳴き声のような高い声で命令したその精霊は、じっとフリッツを見上げていた。

<お前、聖堂に契約している精霊なのか?>

 尋ねてみても、答えてはくれない。

<どうやったらその手を離してくれる?>

 コルを追いかけたかったのに、邪魔された気がして文句のひとつやふたつ言いたい気分になる。これが魔物なら、一刀にして成敗するのに、といら立ちもする。

<聖堂、契約、ない、契約、違う、>

<コルが契約者なのか、>


 黙って頷いた精霊を見て、コルはこの精霊をフリッツが退治してしまうとは思わなかったのかなとふと思った。

 そんなことをする人間だと思われず単なる足止めとしてこの精霊を使ったのなら、コルから随分信頼されているのだなと不思議な気分になる。

 数えられるほどの会話しかしていないのに、いったいどうして。


 すっと、足から手が消えた。


 フリッツが中庭の向こうを見ると、キュリスやビスター達が手を振っているのが見えた。

 四阿(あずまや)を抜け出して、フリッツは「今の聖堂の軍人たちは何か言伝を残していかなかったか?」と尋ねてみた。

 コルは自分の秘密を打ち明けるふりをして、フリッツに離宮を守れといい残した気がしてならなかった。

「いえ、特に何も。」

「尋ねてきましょうか、」

「構わない。キュリス、離宮で捕まった狼頭男(ワーウルフ)を覚えているか?」

 キュリスもビスターも、表情を険しくする。

「処分された、と聞いていますが、どうかしましたか?」

「私もだ。だが、処分とはいったいどういった状態を言うのだ?」

「それは…、」

 キュリスとビスターが気まずそうに視線を見合わせた。フリッツも最初、処分と聞いて亡骸を遺棄したのだと思っていた。

「思い違いならいい。詳しく調べて欲しい。」

 自室へと向かって歩きながら、フリッツは考える。

 コルは、本当は何を伝えようとしたのだろう。

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