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1 私は転生者

 ゼミで一番の憧れの男の子の取出(トリデ)くんがハマっているゲームソフトは、私もハマっていて、こっそり仲良くなりたいな~なんてほんのちょっと思ったりしていた。

 今どきスマホでもなくソシャゲでもなくこの携帯ゲームをあえて選んでるセンスとか、地味なようでいてお金がかかっているブランドの服装とか、さりげなく品のある所作とか、ケバケバしい女子を連れていない真面目な感じとか、噂では読者モデルなんかもやっているという華やかさとか、無駄なことはしない寡黙な印象とか、もしかしたら私は虜なんじゃないだろうかと思えるくらい取手君はかなり気になっていた存在だった。


 ゲームは王道のドランゴンバスターもののRPG『ドラゴンズ・ドリーマー』といい、ファンからはドラドリと呼ばれ、コツコツレベルを上げて、ちまちまアイテムを探し当て収集して、キビキビと地図を移動して、サクサクと旅を続ける、夢と冒険のファンタジーだった。ストーリー原案もヒットメーカーと呼ばれる人気作家だったし、華麗で粗の無い登場人物は美男美女ですべて実在の人気の俳優や歌手といったモデルがいた。しかも声は本人ではなく吹き替えで、人気の声優が当てられていた。

 シナリオのファンにビジュアルのファンと声のファンとで、ゲーム制作会社のファンとも合わせると予約本数だけで月間売上ランキングの上位に位置付けたのではないかと噂されるほど関心が高かった。実際購入すると、全年齢対象のゲームということもあってモンスターを倒しても血が飛び散らない期待値よりも安心な内容で、ゲームと言えば積んで消す系のものしかしたことなかった『私』でも楽しめる内容に満足していた。

 私はもちろん、たまたまテレビCMで見たドラドリのビジュアルの美しさに目が眩んでバイト代を貯めて本体ごと買ってしまったにわかファンだった。楽しむこと優先にのんびりと進めていたけれど、ゲームとは縁のなさそうな、いわゆるリア充な雰囲気の取出君が同じゲームをしていると知ってしまうと、学校の行き帰りの電車の中、バイト先での休憩時間、帰宅してからはお風呂あがり涼みがてら、と、まるで受験期以来の熱心さで暇を惜しんでゲームに取り組んだ。

 

 取出君に思いを伝えられないまま見ているだけでは、取出君と何の接点もなく卒業してしまうのではと多少の危機感は持っていたし、何かをしなくてはと自覚もしていた。だからドラドリを攻略してしまえさえすれば、取出君がクリアできていないところを教えてあげられると思っていたし、クリア済みなら一緒に感想を言い合えるのだと夢を見ていた。

 もちろん、彼女とかそんな関係になりたいわけじゃなくて、出来ればドラドリをきっかけに話ができたらな、なんて、他のゲームとか私生活(プライベート)とか、他の趣味の話に発展すればとか思っていたし、ちょっと下心を抱いたり、奇跡を期待したりもして、その日もいろいろ妄想しながら歩きゲームを私はしていた。


 あの日。確かに歩きゲームをしていたけれど、赤信号できちんと待っていたのに、私に気が付かずに左折してきた車に跳ね飛ばされて死んでしまった。


 …という、夢だと思いたいような経験が前世の記憶なのだと理解したメルは、自分がありきたりだけれど異世界転生してしまった元日本人で、この世界はドラドリの世界なのだと何度も夢で繰り返し見るうちにやっと受け入れられるようになったし、前世で生きた世界と今生きる世界とは生活の基盤や価値観が全くの別物だと、違いが理解できるようになっていた。

 でも、登場人物とはいえエキストラで、しかも、モブもモブなので、自分の立場を考えると悩ましく思えてくる。領都マルクトの近くのククルールの街に住む、ゲームの世界では名前も存在もないかなりのモブの村人Aでもないモブの町娘には、前世の知識はない方がいいような気がしていた。


 夢なのか記憶なのかよくわからない情報に、朝から心をかき乱されるのは癪に障る。死んだという記憶があるような無いような状態で痛みを覚えてはいないのだから、あれは夢で見た夢なんじゃないだろうかとすら思ってしまう。

 自分が前世で死ぬ夢を見るなんて。もう何度目だろう。どうしようもないことだと判っていても気分が悪い。前世の夢は何度か見ていたけれど、最近妙に、事故にあう日の夢を繰り返してみている気がする。

 

 顔を洗いながらまた思い出して、暗い気分になりそうになる。パンパンと両頬を叩いた後、鏡に映った自分の顔を眺めてみる。髪は黒くなんかない。瞳の色だって違う。茶金髪の髪は長くて後ろで一つにくくって三つ編みにしているけれど、腰のあたりまである。瞳の色は黄緑色で、顔立ちは凸凹がハッキリしている。夢の中の『私』とは、まるで違う。

 ドラドリでは確かにビジュアルが美しくて作り込んであったおかげで、村人に至るまで丁寧に作画してあった。母親のディナはドラドリに登場する酒場の美人女将だった。ただのモブの村人なのに整った顔立ちをしているのは、これもひとえに遺伝の元である母親に感謝しかない。

 二重だけれどダルそうな表情は、たぶん性格の影響だと思う。顔なんて、性格で作られていくものなのかもしれない。ちなみに、メルはドラドリには登場しなかったように思う。


「メル、起きてるー? アオはもう起きてるわよー?」

 メルの部屋は二階にあって、母のディナが階段に向かって自分を呼んでいる。

「母さん、私、こっち。起きて、顔、洗ってた。」

 一階の洗面所を出てメルがタオルを洗濯籠に放り込みながら食堂に姿を見せると、ディナはエプロンで手を拭きながらメルを見て怒ったように言った。これも公式のドラドリ攻略本の人物紹介では、女手ひとつで店を切り盛りしている女主人とあるくらいなので、母のディナはしっかり者だった。

「あんた、また、夜更かして起きれなかったんでしょ。朝稽古に出かけてないんじゃないの?。」


 ゲームの中の名のある人物はこの街には何人かいる。さすが母さんは、ちょい役とはいえ名前があるゲームの登場人物ね。

 美人女将という役柄通りにスタイルがよくて、後ろ姿だけ見ているとまだ結婚前の若い女性に見えなくはないわ。人前に立つ商売ゆえの体形維持の努力もあるのかもしれないわ。

 性格というよりは役柄上の必須条件、あるいは職業病かもね、とメルはこっそりと思った。


「…今朝は雨降る予感がしたんだもの。いくら春らしくなってきたからって、雨の中の練習はきついって知ってるでしょ、母さん。」

 夢見が悪くて朝起きれなかった言い訳を天気のせいにして、メルは肩を竦めた。

「とっくに雨なんか上がったわよ。カイルはそれでもやってるんだから文句を言わないの、ね、カイル、」

 先に朝食のテーブルについていた兄のカイルは端正な顔を少し曇らせながら、「私とメルは性別が違うのだから、一緒にするのはかわいそうだ、」と言った。

「ありがと、カイル兄さん、」


 メルがそっと微笑みかけると、カイルは視線を逸らしたまま黙って小さく頷いた。休みを利用して久しぶりに帰って来た兄さんはまた精悍な印象になってる気がするわ、とメルは思う。背も随分高くなったと思う。少し色の濃い髪の色も、不思議な瞳の色も、端正な顔つきも変わらないけれど、この前帰ってきたより体全体の筋肉はついている気がする。

 いつの頃からか、カイルはあまりメルを見ようとはしない。思春期ってやつなのかしら、とメルはちょっぴり思い、お年頃の青年は難しいわねと思う。前世の『私』には兄弟はいなくてひとりっ子だったので、カイルやアオといると保健の教科書を時々思い浮かべてしまう。

 朝食を食べ始めているカイルやアオの間に座り、メルは自分の朝食を見た。トーストにベーコン、サラダに、リンゴ、牛乳…。元日本人だった頃の朝食を知ってしまうと、朝に納豆が食べたくなるのはないものねだりなのかな。


「父さんは?」

 メルたちの父親ラルーサは旅人相手に『白波(フロエキュム)』という酒場を経営している。すぐ向かいには宿やが並んでいて、旅人たちの格好の情報交換の場でもあった。ちなみにドラドリでは店名はなく、ククルールの旅人たちの酒場、としか表示はなかった。本筋(シナリオ)に関係のないことは省略されているのだろうなとメルは思う。

 ディナはその手伝いをしているのでラルーサが夜遅いならディナも夜更かししているはずだけれど、毎朝きちんと朝食を作ってくれている。

「昨日飲みすぎちゃったからまだ寝てるの。起こしちゃダメよ?」

 小さく頷いたメルの皿にトマトをちゃっかり移しながら、アオが「昨日王都から来た客、また(ドラゴン・)退治(バスター)だってさ。父さんが聞き出すのに結構飲ませたらしいんだけど、手古摺ったって話だよ、姉ちゃん、」と言った。アオは3学年下の12歳で、メルとは実の姉弟だった。

「アオは学校でしょ、早く支度なさい。」

「いいなー、姉ちゃんは。試験休みだっけ、」

 丸い顔をしたアオは背が低めの丸っこい体形の可愛らしい弟で、運動神経が悪いわけでもないけれど、あまり道場に通いたがらない。道場にはカイルとメルが通っていて、近頃はメルが一人で通っていた。


 メルは9月はじまり7月終わりの学校の最上級生だった。

 上級生だから進学する子のために試験があるんだよ、と言いかけて、私もそろそろ卒業したら何になるのか考えないといけないな、と思った。

 試験の成績をもとに早めに決めてしまわないと、卒業した後の居場所がなくなってしまう。ただその試験があんまりいい出来だとは現段階で思えない。働き口を探すにしてもそろそろ焦らなくてはいけない頃だった。


「卒業試験大変だったんだから。休みがないとやってらんない。」

「兄ちゃんはじいちゃんとこで修行だろ、マルクトから帰ってきたばかりなのに大変だよな。」

 隣に座る兄のカイルは養子で、メルたちと同じ学校を卒業した後、成績が優秀だったためマルクトの高等学校に特待生として進学していた。

 このままの成績だとメルは進学できそうにないので、私とは出来が違うんだわと思う。

 この国では16歳が成人で、2歳年上の兄のカイルは成人していて、メルは5月でやっと15歳になる。見目も麗しく品よく賢く、性格も真面目な兄が家業のどちらもを継ぐのだとメルは思っていた。

「アオ、さっきの話、それ、本当?」

「なあ、兄ちゃんも聞いただろ、さっきじいちゃんが言ってた。」

 カイルは朝食を終え、空いた皿を見ながら黙って薬草茶を飲んでいたけれど、静かに、「ああ、」とだけ言った。アオは兄のカイルが養子だと知らない。誰も気にしないので話題にしなかったこともあり、カイルもメルもアオには伝えていなかった。

「姉ちゃんも知ってるだろ、(ドラゴン)退治(バスター)同盟。あれ、ほんとに始まっちゃったんだってね。」

 ぱふっとパンを口に放り込み、アオは目を輝かせてメルを見つめた。

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