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20、思惑は誰にでもある

 精霊の愛する国・公国(ヴィエルテ)を守るのは精霊と魔法で、西の大国である竜を祀る国・王国(スヴィルカーリャ)のような武力も兵力もなければ北東にある神のさきわう国・皇国(セリオ・トゥエル)のような規律と秩序がある訳でもなかった。快楽と享楽と平和至上主義とが混ざり合って国のために身を投げ出してまで戦おうなどという憂国の志士など先の大戦で死滅してしまったと言われる程に個人の幸福が優先されているこの国を守るのは、いつの頃からか『庭園(グリーン)管理員(・キーパー)』と呼ばれる滅私公僕の部隊だと囁かれるようになった。

 公王をはじめとする王族は精霊の憩う王の庭(パレス)を彩る果樹に例えられ、その庭を守る者として名を与えられた『庭園(グリーン)管理員(・キーパー)』たちは、国内外で公国(ヴィエルテ)を守るためだけに活動している秘密の存在だった。

庭園(グリーン)管理員(・キーパー)』になるには、親兄弟との縁故を断ち切る覚悟がないとなれないと聞いていて、かといって天涯孤独の身だと常に裏切る可能性があるからと家族を無理やり作らされてしまうとも聞いていた。

 1周目の未来でコルから聞いていたのは、いとこがいること、兄がいること、あとは、いとこは『庭園(グリーン)管理員(・キーパー)』の頂点に立つ者、という程度の情報だったけれど、近しいからこそ指摘しなかっただけで、コルの名前を名字込みで教えてもらった瞬間から、国境警備隊の隊長が実兄であるスタリオス卿なのだとも気が付いていたし、いとこであるラボア姫の生母である側室がマルルカ公爵家から出た娘であるとも知っていた。図書館で皇族史を学んでいたおかげで資料として貴族年鑑ぐらい把握しているし、マルルカ公爵家の立ち位置もコルの家族関係も理解していた。


 わたしは1周目を振り返って考えていくうちに、コルは聖堂に潜入捜査するように派遣された公国(ヴィエルテ)密偵(スパイ)だったのだろうと結論付けていた。しかも、『庭園(グリーン)管理員(・キーパー)』かもしれないと推測していた。公国の公爵家の令嬢が異教徒とも言える聖堂に理由なく所属しているとは思えなかった。だからこそ、同じ公国(ヴィエルテ)民として親しみを湧いてくれて一般人であるわたしを大切にしてくれたり王国民であるシューレさんをあんなに守ろうとしてれたのではないかとも考えていた。


「これまでの傾向からして、冒険者の1周めの未来の話はだいたい早くてひと月、長くて3か月が相場だ。身の丈に合わない職位(クラス)の者ほど早く未来が終わる傾向にある。お前の場合は約3か月だ。話の内容からして冒険者として実力がある方なのだろうと推測する。」

 書き取っていたメモをパラパラと見ながら、ラボア様はわたしを見た。

 あ、なんかちょっと嬉しい。褒めてもらえた。少し気分が軽くなる。


「まず言っておく。ニコールは潜入捜査などしていない。純粋に彼女の好奇心から聖堂に所属している。」

 え?

 どういうこと?

「スタリオス卿、そうだな?」

「殿下の仰る通りです。あの者は少々甘やかして育ててしまったようです。」

「だからお前の言う通りなら、ニコールはこの先の未来では公国(ヴィエルテ)において公国(ヴィエルテ)人としてはあまりいい待遇は受けないだろうと推測はする。だが、聖堂の軍人としてなら、特殊な任務に就くのだから階級はさらに上がるだろうと予測される。問題は火の精霊王さま然り、他の精霊王さまを魔石に閉じ込めて道具化してしまった後の世界の在り方だ。」

 公国(ヴィエルテ)は「精霊の愛する国・公国(ヴィエルテ)」と言うくらい、生活の中に精霊王が馴染んでいて、良き隣人としての関係が維持され続けている。

「精霊王を道具化などすれば、これまで通りに魔法が使える状態であるとは考えにくい。魔法は精霊王との始祖オーリの契約が(もたら)した奇跡だ。オーリと精霊王との関係が分断される世界となれば、魔力はあっても魔法が使えない人間ばかりとなる可能性だってある。精霊を捕まえて精霊憑きの魔石として利用していたような次元とは規模が違い過ぎる。」

 ラボア様は言葉を区切ると、小さくわたしに手招きをした。

「耳を貸せ。」

 数歩前に進んで、大きな執務机を挟んで身を乗り出す。ラボア様の軍服は柿色なんだと、スタリオス卿の橙色、バンジャマン卿の鈍色の軍服との微妙な色の差に気が付く。

 間近かに見ると、例え目の下にクマがあってもどんなに言い方が命令口調できつい物言いでも、どう見たってあどけなさが残る15歳の少女の顔つきだ。


「『庭園(グリーン)管理員(・キーパー)』になれ。お前には特殊任務をやる。聖堂に潜入しろ。ニコールに、冒険者となりたいと思えるように働きかけろ、」


「?!」


 予想外の提案に、驚いたわたしは声にならない声をあげた。『庭園(グリーン)管理員(・キーパー)』になる可能性も考えていたし聖堂に潜入する覚悟はあったけど、コルに、接触するの?

 シューレさんとコルを助けるつもりではいたけれど、接触するの?

 しかも、冒険者にならせる?


「ええ? あの、」

 パンパンと手を打って、ラボア様は澄ました顔をしてスタリオス卿とバンジャマン卿を見比べた。

 わたしが動揺していても反応に困っていても、お構いなしだ。

「スタリオス卿、バンジャマン卿、いいか、この者を今日この時間を持って『庭園(グリーン)管理員(・キーパー)』に正式に採用する。意義はないな?」

「ちょ、ちょっと待ってください、」

 意義あります、と言いそうになったわたしをにっこりと微笑んだバンジャマン卿が「仰せのままに、」と牽制して、スタリオス卿はしつこくわたしの頭を撫でて髪をクシャクシャにした挙句、「いいだろう」と言った。

 いや、ちっともよくないし!

「測定器の用意は良いな? 『庭園(グリーン)管理員(・キーパー)』としての任務のため、装備をやらねばならん。」

「追跡するためにも魔力を測定し属性も把握したほうがいいでしょう。」

 国境でやらなかったことをここで結局するのか。聖堂では1周目で未来で検査されているから抵抗はないけど、公国(ヴィエルテ)での検査は初めてだ。あんまり気が進まない。冒険者だからやらなくてもいいという訳にはいかないのかな。

「そんな顔をするな。能力に応じて指導員(メンター)も付ける。協力者も配置する。お前にとって損はない。」

「貴族ではない平民に師弟制度は敷居が高いでしょうから、最悪の場合、私が指導員になります。」

 バンジャマン卿が一歩前に出て立候補すると、ラボア様は不服そうに目を細めている。

「お前には別の仕事を頼みたいのだがな。年の近い者で半妖に理解のある者を探せ。」

「でしたらやはり私が適任です、殿下。神の手(メシア)になろうとしていた者なら、治癒師(ヒーラー)の治癒術を教える必要はないと思います。この者に必要なのは、身を守る術です。」

「何か考えがあるのか? そこまで言うのなら任せるとする。ビアは体力もなさそうだし、武術は向かんと思うけどな?」

 痛いとこをついてきた。格闘術は見てるだけではダメなんだろうか。

 しかも、この扱われ方、見掛けの年ではなく実年齢の26歳の方を言っているのだと理解しても、なんだかちょっと嫌だ。バンジャマン卿にしろスタリオス卿にしろ、実験動物扱いしそうな気がするのはどうしてだろ。

「身を守る方法は体術だけではありません。ビア、よろしく、」

 澄まして微笑むバンジャマン卿が得体が知れなく不気味に思えるけれど、身を守る術と言われると、気になる。せっかくの好意にお礼の目礼をすると、「それでいいのです、」とまで言われて、微妙な気分になる。

 わたしの表情のひとつひとつを拾うように、ラボア様は、大きな瞳で上目遣いに見ている。

「環境は整えてやる。ニコールに冒険者登録をさせて未来を見させろ。その未来の中でお前が生きている世界になっているのなら合格だ、と言いたいところだが、送り出すまででいい。そうしたら、戻って来い。」

 

 ん??


 ラボア様のさらに無理めな提案に言葉を無くしていると、バンジャマン卿は当然とでも言いたそうに澄ました顔をしていて、スタリオス卿も黙って目を細めている。


「無、無理です。」

 身分が何だろうとこの際どうだっていい。シューレさんとコルに接触しないで済むなら潜入捜査だってなんだってやってみせるけど、コルがどうして冒険者となる必要があるのか理解できなかった。

「コルが助かってほしいから殿下に相談したんです。思い出したくないけどこの先起こりうる可能性のひとつとして、1周目に起こった出来事だってお話したんです。わたしが…、コルに冒険者になる様にお膳立てするなんて、もしかするとコルがすでに冒険者となっていたら無意味だと思いませんか? まだなっていないとしても、無理です。出来ません。」


 わたしが必死になって捲し立てるように拒否する姿を見ても、ラボア様は顔色一つ変えなかった。何も聞かなかったみたいな表情で、淡々と続ける。


「お前が『庭園(グリーン)管理員(・キーパー)』となれば、ここにいる者どもが全力で力を貸すだろう。」


「ですが、」

 冒険者になるなんて選択肢を果たしてコルは選ぶのかまったく見当がつかない。わたしやシューレさんとがコルに出会った時、聖堂の軍人としてそれなりにいい地位にいた。それを捨ててまでなりたいと思ってくれるのか、全く想像つかない。


「ニコールは高位貴族の娘としてこの国には秘密裏に国を守る立場の密偵がいるのを知っていても、自分が警護の作戦の対象となる人物であるという自覚などないのだ。だから公爵家の娘でありながら自分の理想のために疑惑の園へと飛び込んだ迂闊な人間だ。だが、このまま聖堂にいては斎火(いみび)としての性質を利用されるとお前の預言で判った。ニコール自身が自分の希少性を理解せずに愚かしくもこの先聖堂に祈祷師(シャーマン)として利用されたいと願っているのなら、私たちも残念だが狂った花を摘む方向で考えていかなくてはいけない。せっかく未来を知れる手段があるのなら、お前は自分が変えた未来のその先を知ってみろ。お前が接触して冒険者にならせた刺激で、ニコールの1周目の未来にお前が関わってくる可能性はある。」


 わたしが、冒険者となったコルの優しい1周目の未来に登場するの?

「ど、どうしてですか、コルの未来に必ずわたしが関わるだなんて、断言できないのではありませんか、」


「可能性は低くはない。お前の話から想像したのだが、シューレという(ドラゴン)騎士(・ナイト)は恐らく1周目でお前と関わってお前を亡くしている。だから、お前を助けるために同行したのだろうと思われる。2周めにいるお前はまだシューレという(ドラゴン)騎士(・ナイト)に出会っていないが、この先出会う可能性が残されたままだ。ニコールを助けたくて私に接近してしまった時点で、ニコールに会う未来が残ってしまったからだ。」

「シューレさんに会わない選択肢ならいくらだってあります。コルにだって、聖堂に潜入しても接触しなければいいのです。そうではありませんか?」


「いいや、違う。お前が必ずシューレという者と会わない未来となっていると仮定してみよう。その場合、お前の予言通りにエドガー師が竜化するとして、誰が水竜を宥めるのだ? (ドラゴン)騎士(・ナイト)を探してくる流れが待っているだろう。お前は聖堂が見つけ出し手配した新たな(ドラゴン)騎士(・ナイト)がシューレではないと言い切れるか? どこの軍にも所属していない(ドラゴン)騎士(・ナイト)など、そうそういないのではないのか?」


 (ドラゴン)騎士(・ナイト)は魔法も使えなくてはいけないため、魔法使いが少ない王国では希少だし、竜を扱う騎士なんて精霊の愛する国・公国(ヴィエルテ)にはまずいない。皇国(セリオ・トゥエル)なんてなおさらだ。1周目の未来でもシューレさん以外で(ドラゴン)騎士(・ナイト)を知らないかもと気が付いても、ラボア様の正鵠を得た鋭い指摘が悔しいので答えないで黙っておく。


「ニコールとお前とシューレはまたお前の2周めの未来でも出会うのだろうな。」

「それだけは、絶対に阻止します。」

 シューレさんに会いたいけれど、シューレさんには会ってはいけないって、巻き込んじゃダメなんだって、知ってるもの。

「そう意地を張るな。仮にそうなったとして、お前たち3人のその後の未来を知れる機会の持つのは残りはニコールだけとなる。最初にシューレ、次にお前、と既に時間は進んでいるからだ。ニコールは幸いまだ冒険者となれるほどの日数の休暇を得ていない。常に仕事仕事で休暇の申請がことごとく潰されているからな。」

 スタリオス卿とバンジャマン卿が小さく肩を竦める。

「殿下がニコールの休暇の申請があれば仕事を与えて潰すようにと、大司教に依頼されているからではありませんか、」

「偶然だ。」

 どうしてそんな干渉をするんだろう。

 首を捻って不思議がるわたしをスタリオス卿がちらりと見て、コホンと咳払いをした。

「我がマルルカ公爵家は兄が継ぐと決まっているし私も職があるので食うには困らないが、ニコールをこのまま聖堂に置いておくつもりはない。上位貴族としての責務を果たしてもらうつもりでいる。この国に帰ってきた時点で、ニコールは公爵家の令嬢という立場で国を守るために公人として上位貴族と結婚すると決まっている。兄としては他家へ嫁がせるくらいなら斎火(いみび)という立場を生かして火の精霊王の神殿の神官となり精霊王を守る立場となってくれるのが最良だがな。父や兄は、現在マルルカ公爵家として、ニコールの今後について聖堂からの内々の要請も打診も一切断っている状況にある。」

「聖堂から、コルに、何かをさせようという動きでもあるのでしょうか。」

「公国のマルルカ公爵家出身の初の女性の司教となるようにお認め頂きたいと父の元へ何度も嘆願の書類が送られてきている。父はニコールを司教とするつもりはないから、ニコールが父の許可なくして司教となった場合、もしくは聖堂が認めて司教とした場合、聖堂に一切の協力をしないと突き返している。我がマルルカ公領から聖堂の教会や司教など関係者の追放、領内にある交易港への船舶の入港禁止、領内における布教活動の禁止、といった禁止事項を通告している。しかも同じものを、公国(ヴィエルテ)の公王陛下も国全体に発布為されるおつもりでいる。」

「え、公王さまもですか?」

 それじゃ、公国(ヴィエルテ)をあげて聖堂の締め出しをするって言っているようなものじゃないの。

「そうだ。私の母はマルルカ公の娘であったからな。現マルルカ公がニコールの司教就任を公王が認めた場合直ちに独立し王国に下ると宣言もしている。」

 それ、脅しだよね、と思った表情が顔に出たのか、バンジャマン卿がクスリと笑った。

 コルってば思っていたより重要人物じゃないの。しかも、もしかしてわたしが思っているよりも事態は緊迫しているみたいだ。

「親兄弟だからと言って聖堂に面会を求めてもニコールが面会を拒絶している現状では、私たちが説得して聖堂から連れ出すのは難しい。現在できる手段はこういった外圧をかける程度なのだ。予言とはいえお前の口からニコールの状況を聞けるまで、詳しい情報がない状態だったのだ。」


「殿下、では、ニコールに接触するのは、冒険者となる様に休暇を取るように勧めてきなさいって意味でしょうか。」

 わたしは思い切って、聞いてみた。

 コルが冒険者となるなんて、1周目の未来と大きな差ができる。

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