11、捕まえて、騙されても
1周目の未来で治癒師となったわたしは、ミンクス侯爵領の懸賞首である盗賊団ギルドを冒険者たちの仲間と追い込んで捕まえた経験がある。
その盗賊たちを捕まえるために入りたかった集団は懸賞金目当てに集まった冒険者たちの精鋭集団で、わたしは懸賞金も魅力だったけれど人脈を作りたくて仲間になりたいと接触したのだった。彼らは受け入れる条件として、わたし自身がわたしよりも強い相手と認められるような冒険者を連れて来れば考えてもいいと条件を出してきた。
簡単な条件だろうと彼らに言われた時はそうかもしれないと素直に思った。でも、よく考えれば冒険者が自分よりも弱い冒険者の仲間になる時は、よほど自分に利点がないとならないと気が付いた時、連れてこれないだろうと見越しての足元を見た条件だったのだと理解できた。治癒師と言って貴重がられても、幼い容姿のわたしは彼らに相当馬鹿にされている存在なんだとも自覚できてしまった。
公国人で平凡に暮らして癒しの手としての経験しか持ち合わせていなかったわたしは当然強い冒険者にひとりとして知り合いはなく、冒険者として治癒師になったとはいえ頼れる味方がいなかった。あの親切な薬売りのおじさんは強くてもあの時点でマルクトの街にはいなかった。別れ際に何かあったら連絡してくれればいいよ、必ず来るから、なんて言ってくれたけど、おじさんの大切な弟子のための時間を潰すわけにもいかないし、いくらなんでもこれ以上頼れないと思った。
自分よりも強い冒険者を一人雇うほどの大金も持ち合わせていないし、魔石も譲れない。あとできることはなんだろう。同情を誘う? それとも、誠意を見せる? それとも、諦める?
迷いながらも『探査』の魔法を使ってマルクトの市場で彷徨ううち、ククルールにある商会の馬車を護衛してやってきたというシューレさんと出会った。月の女神の神殿で見たあの人だと気が付いた時は、これはもう運命だと思った。
シューレさんは傭兵というには気楽な、シャツに黒いズボン茶色の皮ベルトという簡素な格好をしていても、市場の中を行き交う人の中で一番魔力も腕力も剣術も強いと『探査』で判った。魔法の結果を信じて話しかけ名を名乗り身分を明かし理由を打ち明け心から協力を願うと、シューレさんはひどく驚いた様子でしばらくわたしの顔を見つめた後、「判った、」とだけ言って、見返りも要求せず条件も出さずに仲間になってくれた。冒険者たちに紹介すると、竜騎士であるシューレさんを連れてきた報酬として、治癒師として仲間に入れてもらえる運びとなった。
その後の物語を、わたしにはまだ、整理しきれてはいない。
ただ、言えるのは、シューレさんはその後ずっと、生まれ故郷に戻らず最後まで仲間でいてくれた。
1周目の未来のわたしが、マルクトの酒場で情報を得て冒険者仲間と知り合いシューレさんと一緒に仲間入りして盗賊団ギルド『竜の翼』の残党と新しく起ころうとしていた『竜哭団』という獣人の盗賊団とを捕縛しミンクス候に引き渡し報奨金を得たのは、4月末の満月の頃だったように思う。
現在、まだ新月にもなってない。この段階で捕まえられるのは盗賊団ギルド『竜の翼』の残党だけだろう。
それでも、何もしないよりはやってみる価値がある。
1周目の世界では聖堂で治癒術を学ぶ機会を得ていた。2周目のわたしは思うところあって治癒師ではなく癒しの手に格下げしてもらっていたけれど、1周目で救いの手を目指していただけあっていくつも魔法を習得していたし技術はそのまま覚えている。救いの手は治癒師でもあり、自分の属性の精霊を召還できる上級の召喚魔術師でもある。
朝早くに公園を出ると、進路を南に取り、わたしは、一周目とは違う未来に向けて歩き出した。
薬屋でなけなしのお金を払っていくつかの種子を買い、隣村エルスの月の女神の神殿の裏の雑木林で採取した薬草とで、水属性と地属性の癒しの手の能力で退魔煙に近い魔除けの効能のある練り香を錬成する。作り方は、聖堂で暮らした日々の中で大好きな人たちのために何か少しでも役に立ちたくて独自に開発していた。今度の世界ではまずはわたしの役に立ってもらう。たくさん作ったうちのひとつを香炉に入れ手に下げ、なるべく戦わないようにして薬草を摘みながら進む。神殿を見つけると聖水を探して薬草と『調合』して、いくつか飲み薬も作っておく。
途中、寄り道した街の薬屋で練り香をいくつか売り、食堂で客に消化効果のある薬を売って店主に滋養強壮の薬を売ると、宿代ができる。
1周目の未来では、わたしが作った練り香の調合方法を協力者に販売してもらってそれなりに収益をあげていて、対価として彼が持つ販売路を利用させてもらい輝石を集めてもらっていた。王国では貴族の奢侈品として扱われる宝石は社交界の流行り廃りで流通が偏っていて、魔法使いが望むような輝石はあまり見かけず手に入れるのが困難だった。神殿があるようでない王国では魔力を補う必要があって、どうしても良質な輝石が必要だった。協力者をこっそり囲うのは、外部との接触を極端に嫌がる聖堂のやり方に不信感はあっても居心地のいい自分の居場所を壊す勇気がなくて反旗を翻すことなく従い続けたわたしに出来た、ささやかな抵抗だった。
ただ、協力者に、この2周目の未来でも関わっていいものか、わたしはまだ決めかねていた。
1周目にあった出来事や出会った人について考えながら山を越え峠を越え、日にちをかけてカロリナという街につく頃には、何度も作戦を組み立てて何度も想像で敵を捕獲する計画をしっかりと練り上げられていた。
開けた平野に幾重にも畑が囲んだ中心にあり防風林で囲まれたカロリナの街の外れにある大きな廃工場はもとは紡績工場だったのがすっかり廃墟になっていて、夜になると盗賊団が集まってくる危険な場所となっていた。
わたしはそこを、ひとりで綺麗に掃除する予定でいた。
1周目の未来では何人もの腕っ効きの冒険者と立ち向かった相手をたった一人で捕縛するのは難しい。だから、盗賊団の規模が大きくなる前に動こうと考えていた。この街のこの場所はまだこの時点では盗賊団のアジトのひとつだとバレてはいない。後に捕まった彼らが戦利品の隠し場所として白状して初めてこの場所の存在が明らかになったからだ。この廃工場は盗賊たちの集会場所でもあり、宿の代わりをしていた。
街に到着した夜のうちに下見をして集まってきていた盗賊団の数は把握しておいた。
この街に来るまでの間に見つけた火竜王の神殿の近くの川や池に入って、金磬石も人を頼らず自分で探した。
地の精霊が好むこの黒くてしっとりとした石は、火竜王の神殿の近くにある川や池でしか見つからないためなかなか手に入らない。掌に握りしめてしまえるほど小さな石を一個見付けるのに半日もかかってしまった。思っていたよりも中腰の姿勢でする作業は大変で、想像していたよりも流水の中で石を探す作業は体力を消費した。見つけてからは、金磬石に魔力を溜めて魔石に変える一連の作業をへとへとになりながらもこなした。
ここまでの道中で、イヤリングにも魔力を十分吸わせておいた。肩掛け鞄の中には聖水の小瓶だって入れてある。この街にあった太陽神の神殿は神殿というよりは祠というほどの小さな無人の神殿で参拝客などいない静かな場所で、湧き水ほどの水量の泉があった。そこで確保してきた。
昼間のうちに何度も街の中を散策してやっと妖の道を見つけておいた。
果物を買って素泊まりの宿に泊まり、しっかり眠って魔力が全回復すると、これで作戦は完璧になった。
あとは夜になるのを待つだけだ。
理想なのは、今夜の月は雲に隠れる夜となってくれること。
暗闇が影と混じる程度に広がっている方が都合がいい。相手は人間だ。影の形がはっきりしていると捕り物には便利かもしれない。ただ、闇が混じる夜の方が恐怖は演出しやすいし、人間は夜目が効かなくてもわたしには魔法がある。何をすれば勝てるのかを知っているのはわたしだけでいい。
宿の主人に手紙を託して夜が深くなるのを待って抜け出した。手紙の内容はこの付近の村や町にいるはずのミンクス侯爵領の領官や騎士たちで、報酬代わりに練り香をあげて届けてもらうよう頼んである。
彼らが手紙を見てこの街にやってくる頃には捕縛を終えているつもりでいた。
アウルム先生、感謝します。
先生が教えてくださった召喚術をこの世界でも使わせていただきます。
死霊使いであり治癒師でもあったわたしの師に感謝を奉げる。廃工場の中は広くて天井が高かった。壊れた窓から中をそっと覗いて確認すると、わたしは裏庭の入り口傍の作業小屋周辺の開けた土地に木の枝で魔法陣を描いた。月明りがわたしの背から影を作る。
魔法陣は門であり護符であり結界でもある。
精霊の暮らす世界とこの世界とをつなげるために、思いを捧げる。
わたしは両手を地につけると願う。
一周目の、治癒師になったばかりのあの頃は、自分より強い人ばかりの世界だと思っていた。
盗賊団ギルドを捕まえる冒険者たちの仲間に入れてもらって、頼ったシューレさんの影に隠れてガタガタと震えるばかりだった。
仲間に入れてくれた冒険者たちは、竜騎士であるシューレさんが剣を手に舞うように戦って鮮やかに盗賊団を打ち取り捕まえていくのを褒め讃えた。シューレさんは全てが終わった後、腰を抜かしたわたしの手を取ってくれて、「守るから、心配ないから、」と優しく微笑んでくれた。あの時深く考えずに、自分が選んだ人は当たりだったのだと嬉しく思った。すべてを知った今では、嬉しい以上に献身に心が震えて、何も言えなくなる。
今は、違う。今は、わたしひとりだ。学んだ成果を実践するのみだ。
この街に来るまでに支度は十分にしたし、きっと、大丈夫だ。
未来を変えるためには、失敗を知っているからこそ気が済むまで備えられる。
先送りしてしまえば、ここに集まってくる悪党はもっと増える。ひとりじゃとても無理になる。今しかない。予定通りやるしかない。
<願わくば、地に眠りし精霊の力よ、蘇り、力の限り震え揺るがし従える力を我に貸し与える栄誉を、その対価として魔石を受け取らん褒美を、父の名において願わん、>
呪文の力が、地面の枝で描いた魔法陣の溝に淡く黄緑色の光りの粉を落とし滑らかな線を描き輝く。中心に六芒星が囲み円が描かれ呪文が刻まれて、薄く黄緑色に輝く魔法陣が描かれていく。
この土地を守る精霊との間に契約がなされ成就となった証に、光り輝く中に土地を守る精霊が現れる。
この地に棲まい地を守るのは火トカゲの精霊なようだ。
人間の子供ほどの大きさで、真っ赤な背に柔らかに燃えるような紅花をいくつも咲かせていた。
花は地の精霊の象徴でもある。この子は地の精霊と火の精霊の中間ぐらいの立場にいるのだろう。
この近くの街に火の竜王の神殿がある影響か、地の精霊ではなく火の精霊がこの土地の守護精霊なんだね。
火の精霊の性質が強いのなら、違う石の方が良かったかもしれない。金磬石を気に入ってくれなかったらどうしよう。
わたしを見上げる火トカゲは美しい緑色の瞳をしていて、目が合うとわたしの顔ではなく肩の向こうを見て微笑んで、嬉しそうに目を細めてくれた。頷くと、わたしの手をベロンと大きな紫色の舌で一嘗めした。
首から下げていたお守り袋に入れていた金磬石を取り出して見せると、ぺろりと掌から石を攫って飲み込んでくれる。
よかった。対価として気に入ってもらえた。
<ありがとう。感謝します。>
何をするのかも聞かずにわたしを信用して力を貸してくれた火トカゲが精霊の気配を感じて微笑んだのなら、父のおかげだとも言える。
使い道を見守る寸暇もなく姿を消した事実を考えると対価分の力の単なる『譲渡』で、火トカゲの土地の守護精霊としての力をそんなに長く使えるとは思えない。対価として差し出した魔力の分だけ使える程度、だと思っておいた方が良さそうだ。
手に、譲渡された守護精霊の力が宿る。
これから起こそうとしているのは三段構えの作戦だ。脅かし追い出し捕縛する。本来ひとりで行う術じゃない。
でも、やる。やるしかない。
やれる、と信じてわたしは息を吸う。
耳にある魔石のイヤリングは十分に魔力を溜め込んでいる。
聖水の小瓶を取り出して一口、口に含む。体の内側から花が咲いていくような感覚がして、細やかな花弁が増えていくように聖水の力が満ちる。
掌で覆えるほどの小さな小瓶にはまだ半分残っている。
<願わくば、地よ轟き、鳴れ。隠れている者たちを追い立て炙り出す鳴動を、父の名において願わん、>
地面が振動して、わたしの手元から地を這うように波動が走る。『地鳴り』だ。この土地の精霊が力を貸してくれただけあって、魔法が効果以上の成果を発揮してくれている。廃工場がミシミシと軋むように揺れて、残っていたガラスが割れて影が動く。裏庭であったところに廃材が落ち、隠れている者たちの姿を月明かりが射す。
「地震だ!」と叫ぶ声や、「外へ逃げろ!」と怒鳴る声が聞こえてくる。
まだだ。治癒師としては助ける姿勢を忘れてはいけないからこそ、怪我をさせない程度に魔法を使える。『山揺れ』だって、制御しつつ、起こせる。
<願わくば、地よ、我の声を響かせ分かち轟く震動を、父の名において願わん、>
揺れ震え、一瞬のうちに火花を飛ばしながら爆風を起こし地面がわたしの手と手の間に亀裂を生んで走って、廃工場を真っ二つに割った。
すごい。想像以上の効果だ。
急いで作業小屋の影に隠れる。出てきた者たちの数と行方を把握する必要があるから、見つかる訳にはいかない。
「うわー!」
「逃げろ、地震だ、」
「急げ! 大きいぞ!」
騒ぎながら飛び出してくる荒くれ者どもが慌てて出てくる様子をしゃがんで土に手をつきながら把握する。
北の方向にふたり、東の方向に3人、南の方向にひとり、西の方向に5人…。
こんな規模だったかな、と思いながら、それでも一人で対応するには多いかなと思ってしまい、負けるもんかと気持ちを引き締める。
「ぐずぐずするな、逃げろ!」
「敵だ、」
「武器を持て、撤退だー!」
地震で混乱している中で敵襲まで想定したら逃げるに逃げられないじゃん、と内心、荒くれ者ども慌てっぷりを揶揄いたくなってしまうのを我慢して集中する。
<願わくば、風よ、逃げまどいし者たちの残り香を我に示せ、捕縛する力とならん追尾を、父の名において願わん。>
魔法陣が仄暗く青白く光る。緑色とも、青色とも言えない色の光の粉が魔法陣から登って、空に消えていく。召喚に成功したのか、小さな小さな妖精たちが光の中から数十数百と発生して、四方八方に散った盗賊団の荒くれ者たちを『追跡』し始めた。
よし、ここまでは想定していた通りだ。
あとはこの場に騎士や兵士を集めるだけ。
わたしは息を吸って、天に向かって手を広げた。
譲り受けた魔力をすべて使って、この魔法を成功させればわたしの仕事は終わりだ。あと少し、あと少しで、やり遂げる。
仕上げはド派手にやる。人目を引いて人を集めるためだ。
借りた地の精霊の力に苦手な風属性の魔法と火属性の魔法とを組み合わせて、打ち上げ花火を作るつもりでいた。
興奮する気持ちを息を吸って整えて、頭上に向かって、呪文を唱える。
<願わくば、光と音が集まりて、夜空に大きなしるしとならん発煙を、我が父の名において願わん、>
呪文を口にするうちに、オレンジ色の光の粉と黄緑色の光の粉とが空を滑るように螺旋に渦巻いて線を描いて上り、魔法陣が空中に展開されていく。
どうか、力をお貸しください。
火トカゲに祈りを捧げて、術の成功を願う。
パン、パンパン
弾けるような音が続いて、夜空にきのこ雲のような丸い煙と放物線を描いて飛び散る光の粉とが広がった。
色鮮やかな大きなダリアの花のように、火花が飛び散り、美しく咲いた。
やった!
成功したわ!
あれはなんだと驚いて、この街にまでやってきていた騎士たちがここを目指してやってくるはず。後はここから逃げて身を隠すだけだ。
ギュッと手を握って勝利を実感して、振り返り逃げようとした瞬間、しっかりと誰かに腕を掴まれた。
服の上からでも判る。爪の食い込む痛さと、大きな手、荒々しい息遣いとは、人の者ではないと、五感が告げている。
「捕まえた。」
グフグフと笑うその声はひとりではなくて、何人もの魔力が、魔物の禍々しい気配が、わたしを取り囲んでいた。
捕まるまで気が付かなかったなんて、どうして。
恐る恐る振り返ると、変身している最中の狼頭男と目が合う。ズザズザッと服が避けメキメキと筋肉が盛り上がりいかつく大きく体を増幅させていく様子は、これから食べられてしまうのではないかというとんでもない恐怖感を与えてきた。
わたしの周りに、山のように大きな獣人たちが集まってきている。
『追跡』用に飛ばした小さな小さな妖精たちが、握りつぶされたり羽を摘ままれたりして捕獲されているのを見てしまう。
捕食されている妖精もいる。
何てこと! なんで、こんな結果に…?
あ…。
状況を把握しようとして、瞬間的に理解できてしまう。
さっきまで人だったんだ…!
わたしは、自分が盗賊だと思って奇襲をかけた者たち、いいえ、獣人たちに逆に奇襲されて囲まれているのだとはっきりと判った。
ありがとうございました




