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「どうしたんだ、お前、まだ遊び歩いているのか?」

 尋ねたフリッツがゆっくりと子供の手を握って掴んでいるフリッツの上着から指を解くと、子供は俯いて小さく首を振った。

「何か、落としたりしたのか? 探し物か?」

 言い当ててしまったのか、子供は深緑色の瞳を伏せて、悲しそうな表情になった。

「一緒に探してやりたいが…、もう夜の闇で見えなくなってしまっているからな。明日にしたらどうだ、」

 辺りは建物の影ということもあって、紺色よりも黒い空に地面から溶けてしまいそうで、フリッツの指先の灯りだけが頼りだった。

 この暗闇で探しものなんて、魔法でも使わないと時間が掛かりそうだ。

 昨日の夜見たドレノの聖堂の秘術なら、この辺り一帯に蝋燭を幾千幾万と立てたように明るく照らせたかもしれない。だけどそんな術は使えない。

 気の毒に思えてきてフリッツが頭をなでてやると、子供は、フリッツに手を不思議そうに見つめた。

「ああ、これはさっき、私の友人の魔法使いにかけてもらった魔法だ。お前にも貸してやりたいが、すまんな。…出来ないんだ。」

 魔法が、使えないんだ、とは言えなくて、フリッツはぐっと言葉をかみ殺した。

 子供は何かを訴えかけようと思案顔になって、フリッツの剣に手を伸ばそうとした。猫のような何かの髭を触られるのは困るととっさに手で隠すと、子供はベルトに付けていた革製の小物入れを代わりに撫でた。

 ごめんな、と心の中で謝って、子供の髪をくしゃくしゃと撫でる。目を細めたその子は、不満そうに唇を尖らせた。

「お前はこの屋敷の子だろう? 怒られて罰としてここにいるのか? 私が一緒に謝りに行ってやろうか?」

 しゃがんで、目線の位置を子供に会わせて尋ねてみる。そういえばまだ、名前も聞いていないし、この子供の声も聞いていない。

 辺りは真っ暗で、叱られたであろう子供をひとりで帰らせるのはかわいそうだ。

「私の名前はフリッツ・レオンだ。フリッツと呼んでくれたらいい。お前の名前は?」

「…シャルー、」

 か細い、男とも女とも判別のない可愛らしい高い声は声変り前の子供ならそんなものなのかなと思えて、頼りない感じから幼い年齢なんだろうなと納得した。

「シャル―、私は騎士だ。困っているのなら助けるぞ。」

 じっとフリッツを見てシャル―は首を縦に振った。困っているのか!

「そうか。使用人たちは主と同じ屋敷に住んでいるのだと思っていたが…、違うのか?」

 首を傾げたフリッツに、皮の小物入れを指さしたままシャル―は顎を引いて上目遣いに目を瞬かせた。

「この中が見たいのか?」

 話をはぐらかしたなと思ったけれどこくんと頷いたシャル―に気を使って、「たいしたものは入っていないぞ」といいながらフリッツは立て膝をついて皮の小物入れの中身を取り出して掌の上に広げた。

 お守り袋に、布巾、朱色の艶やかな絹地の、これは魔石を入れた袋だ。そういえば入れたままだったなとフリッツが考えていると、シャル―は絹地の袋の上から凸凹をなぞる様にして指で触った。

「中が見たいのか?」

 魔石だが、幼い子にはただの石、もしくは輝石にしか見えないのだろうなとフリッツは思った。貴重な魔石を見せて価値が判るとは思えないけれど、自分が言い出した手前、駄目だというのは大人げない気がした。

「見たら、家に帰るんだぞ?」

 こくんと頷くシャル―に、溜め息をついてから魔石を取り出してみせる。

 カークから渡されたラピスラズリに、本翡翠、日長石(サンストーン)がフリッツの指に照らされて、淡く暗闇に輝く。

 どの石も揺らめいている魔力は見えるけれど、この国のよくいる普通な庶民な子供には見えないのだろうなとふと考えてしまう。

 子供は、深い緑色の瞳で、食い入るように日長石(サンストーン)を見つめている。

 闇の中に仄かに浮かび上がる石の淡いオレンジ色は、昼間見るよりも深くて美しい。

「綺麗だな。」

「綺麗。」

 日長石(サンストーン)を指で摘まんで、シャル―はじっとフリッツを見た。

 お礼として貰った魔石なので価格を知っている訳ではないけれど、見ず知らずの子供に与えられるほど安価な石ではないはずだ。フリッツは困ってしまう。

 すまないが、私の一存では決められないのだ。次に会った機会でもいいだろうか。と言いかけて、フリッツがあげたいと言ってしまえばランスもカークもお好きにどうぞといいそうだなと思う。

 黙ってしまったフリッツを見て、同じように黙ってしまった子供と目が合った。そっと、日長石(サンストーン)をフリッツの掌に返してくれた。

「また会おうな、」

 笑いながら立ち上がると、フリッツは皮の小物入れの中に仕舞って立ち上がった。

「フリッツ、また会おうね、」

 シャル―は手を振りながら闇の中へと走って行ってしまった。

 どこの子だろう。

 フリッツは誰かに聞いたら判るのだろうかと思いながら裏口のドアを開けた。

 

 ※ ※ ※


 明け方から降り出した雨はフリッツがひとり朝食を取り終える頃には止んでいたけれど、馬車に運ぶ荷物を手にした侍女や執事たちがまだ濡れている地面を足元を気にしながら何度も往復していた。朝食を済ませてたまたま通りがかって見ていた流れで、侍女ひとりと執事ふたりとが何度も往復する列の中に混じって手伝った。夜勤明けでまだ眠っているはずのランスやキュリス、ビスターがいないのは当たり前だけれど、カークやドレノもいなかった。人手が足りていないのだろう。

 すべてを馬車へと運び終わって手の甲で汗を拭いていた侍女の一人が、やっと気が付いたのかフリッツを見て「ひゃっ!」と小さな悲鳴を上げていた。玄関ホールにいた者たちの視線が集まる。

「カークさんにしては小柄だと思っておりました! 申し訳ございません!」

「いや、いい。やりたくてしたことだ。」

 明らかにフリッツのことを知っているそぶりな年配の侍女は、居心地悪そうに他の侍女の元へと行ってしまった。まるで逃げ出したみたいだ、と思ったけれど、やっぱり本当の身分を向こうは知っていてこんな芝居を演じているのだと確信する。

「申し訳ありません、」と二人並んで謝って去ってしまった侍女たちを見送ってフリッツが部屋に戻ろうとすると、食器の乗ったカートを押したオリガとドレノが通りかかった。

 オリガと一緒にいるドレノはフリッツを見て目を丸くして、小さく会釈をするとそのまま去って以降とする。

「待って、」

 立ち止まったオリガが、カートを押すドレノを呼び止める。

「ドレノさんをお借りしています。この子はとっても良い子です。」

 オリガはにっこりと微笑んでお辞儀をすると「失礼しました、」と言って去ろうとするので、フリッツは面喰ってしまった。態度が全くの他人行儀だ。あの顔はどう見ても私のおばあさまの若い頃に似ているから血縁なのかと思っていたけれど、あの者のあの態度は、どういう意味なのだろう。私が誰かを知っているけれど、私の血縁にある者ではないという意味なのか?

 給仕をしている様子は何度も見ているし、ドレノと行動を共にしているのも知っている。でも、直接話す機会がないまま今日までやってきていた。

 自称クリスティーナはおそらくフリッツが何者なのかを知っている。侍女たちも、同じだ。

 オリガは、身分のある人間に興味のない性格なのだろうか。でも、この国の人間で王城に関わる者に使える仕事をしているのなら、主は誰なのか、主賓は誰なのか以上に、王族は誰なのかを知っていないと務まりにくい仕事なのではないのか?

 ドレノが会釈してオリガと行ってしまうと、フリッツはもやもやとした気持ちのまま自分の部屋へと戻った。

 あの者はいったい、何者なのだろう。


 ※ ※ ※


 さっぱりしたくて部屋に戻って浴室で顔を洗っていると、フリッツの名を呼ぶ声が聞こえてきた。「ここにいる、」と返事をして、昨日もこんなやり取りがあったなと思い出す。あの時も、カークに呼ばれたのだったな。

 脱衣所で布巾で水気を拭き取りながら、棚の影を見ようとしゃがんで微かな光を探す。

 きらりと反射した小さな光を追って手探りで取り出すと、手に握ってしまえそうな砂時計が掴み取れた。

 上の逆さ円錐部分には丸い珠がふたつとほぼ崩れてしまっている珠だったものが爪の先ほどあって、下の円錐部分に溜まっている砂の量は、揺らしてみた印象では約三つ分の珠だろうと思えた。

 全部で珠が5つあったのか?

 ガラスの本体を支える枠はいぶし銀の煌めきで、細かく施された細工は鎖の模様に蔓が絡まり薔薇の花が上下の底に細かく飾られている。砂時計にしては奢侈品という印象だ。

 崩れている最中の砂時計をひっくり返すのは惜しい気がして、見つけたままの上下の位置でフリッツは掌において珠をじっくりと翳して見た。

 砂時計の砂はサラサラとしていてくっつかないものなのではないのか?

 こんな風に珠になっている砂が崩れていく仕掛けであるのなら、このまますべての珠が崩れてしまうとどうなると言うのだろう。ひっくり返すと、砂は珠に戻るのか? 戻るのなら、下に溜まっている時点で球に集まって固まるのではないのか? 

 そうすると、どうやって珠に集まるというのだ? 筒がある訳でも中に仕掛けがある訳でもなく、どこをどう見てもただのガラスでできた三角錐だ。

 首を傾げて考え込んでいたフリッツを呼ぶ声が再び聞こえてきた。

 考えるのは後にしよう。持って行って見せるのは今でなくてもいい気がする。問題があるとするなら、布巾を取り出す際に落として割ってしまう可能性があるから迂闊なところに置けない、ということぐらいだろう。

 客室として使われている場所だ。以前この部屋を利用した者の忘れ物なのかもしれない。もしかすると、誰かが作業をするために使っているのかもしれない。

 どっちにしても、持ち主が忘れてしまっているからといって壊れていいような作りではない気がする。

 もしかして、これを見つける者は持ち主が誰か判らなくて処分に困って結局ここに戻しているのか? だからずっとこのままここにあったのか?

 フリッツは砂時計をまたあった場所に戻すと、次またここで砂時計を見つけたら必ず持ち出して屋敷の主である自称クリスティーナに相談しよう、と心に決めた。


 ※ ※ ※


「ここにいたのですか、フリッツ。話があります。少し出ましょう。」

 部屋の中では、騎士団の制服に着替えたカークが剣を手に取って刃先を光に透かして見て何度か振り祓うと鞘に納めていた。執事服ではできない作業があるのだろうか。

「キュリスたちはもう先に行っています。」

 まさか、本物のおばあさまを発見したのか?

「何かあったのか?」

 まだエドガー師たちは同じ屋敷にいるのに、もう行動を起こすのか?

 フリッツが身構えて真剣な表情でした質問に真顔になって、カークはフリッツに剣を渡すと、「お持ちになってください、」と帯剣を促す。

「時間がもったいないですから、歩きながら話しましょう。」

「判った。」

 そんな重要な事態となっているのか。

 逸る気持ちを抑えながら、フリッツはカークについて部屋を出た。


 カークは話などするそぶりも見せずに黙って歩いて、フリッツが話しかけようとすると、人差し指を口の前に立てて沈黙するようにと合図をしてきた。納得がいかないけれどフリッツは仕方なく黙ってついて行く。

 廊下を行き交う使用人たちは、フリッツとカークの制服姿を遠くから見かけただけで視線を落として顔を見られないようにして距離を置いて去っていく。

 何かあったのだな、とフリッツも判ってきた。

 先ほどフリッツがひとりで歩いていた時にはない反応だった。違いは…、剣か。

 

 食事の片付けとエドガー師たちの出立の用意とは別に、違う目的のために動いている者たちがいるようで、仕事量に対して圧倒的に少ない人数でせっせと使用人たちが忙しそうに行き来しているのを尻目に、フリッツはカークと共に使用人用の裏口から外へ出た。音をさせないようにドアを閉じると、「ふうっ」とやっとカークが声を出した。

 作業場を通り過ぎ雨に濡れている草の上を歩いて屋敷裏手のテラスの方へと向かう。滑らないよう歩いて、少し行った先の、薬草園の傍に騎士の制服姿の者たちが集まっているのが見えた。ランスだ。キュリスとビスターもいる。どういう訳か、ペトロスも、いる。

「フリッツ。よく聞いてください。先ほど、侵入者がありました。昨日ペトロス殿たちと作った仕掛けにまんまと嵌ったのです。雨が上がるのが少し遅かったら大変なことになっていました。」

「だから朝食に皆が揃わなかったのか?」

「ええ。フリッツにはあえて声をかけませんでした。その方がこちらも気楽ですので。」

「どういう意味だ。」

 カークとフリッツの声に気が付いたのか、ビスターが「こっちです」と手を振ってくれる。ランスは腕組みをしてペトロスと何かを話しを続けていて、キュリスが手にしていた剣を鞘に納めた。

 彼らの足元には、誰かが縄で縛られて座っているのが見える。

 真紅のドレスの広がりに俯せる女性と、もともと背が高いのか上半身だけでも大きく見える座高の高い男性が縛られて座り、頭にはすっぽりと麻袋が被せられている。麻袋の表面には青く光る魔法陣が描かれていて、話せないようになっているのか、「うっ、うっ、」と男性の呻き声らしきものばかりが聞こえてくる。

 違和感を覚えてよく見れば、女性は、人間ではありえないような角度に足を広げて、()()()()()()()()()()()()体勢で地面に突っ伏している。人間? あ、これはまさか、人形か。

 フリッツにはなんとなく、この二人が知っている者たちに思えてきた。そう思ってしまうと、喚く声にも聞き覚えがある。

「カーク、遅かったな、」

「すみません。支度に戸惑いました。」

 さりげなく庇ってくれる。

「フリッツ。無事で何よりです。」

「ランス、これはいったいどうしたというのだ?」

 ペトロスが、困ったようにもじもじとしてランスとフリッツの顔色を窺っている。

「見ての通りです。侵入者です。」

「その頭の袋は?」

「うるさいのでペトロス殿に魔法をかけてもらいました。首実験をしたいと思っているので、少しお待ちください。」

「すみません、フリッツ殿。私の術に引っかかったのはよかったのですが、この者の使う自動(オート)人形(・マタ)が予想以上に強力でした。」

「オート?」

「皇国のからくりです。人ではありません。」

 ああやはり。道理でそんな態勢で平然としていられるのだな。

「ペトロス殿は悪くないのですから、謝ったりしなくていいのです。あ、お見えになりましたね、」

 ランスがにこやかに告げた視線の先には、執事を共に小走りに駆け寄ってくる自称クリスティーナの姿があった。

「この者はどうしても盗賊ではないのだと言い張るのです。おばちゃんに会わせてくれと言い張って…。ただ、その見かけに該当する人物がこの屋敷にはいないのです。」

「どういう意味だ?」

「ですから、首実験にかけることにしました。」

 執事といそいそと寄ってきた自称クリスティーナは、衣服の乱れを直して姿勢を正し、表情を切り替えた。

「お待たせいたしました。侵入者を捕まえたと聞きました。この屋敷に関係のあるものとのこと。いかなる理由があろうと嘘偽りは許せません。その者の顔を見せて頂きたいと思います。」

 いかにもおばあさまが仰りそうな話ぶりだとフリッツは聞きながら思ったけれど、実際のところ、実の祖母がどんな風に話をする人だったのかなんて記憶にない。

「畏まりました。国母様、では、顔をご確認ください。」

 ペトロスが頷くと、さっとランスは麻袋を取った。


「いってえな! 何しやがんでぃ! 俺の唯一のとりえの美肌が台無しになるじゃねえか! おっとお! マルソおばちゃん! 久しぶりだな! やっと会えたな!」

「どういう意味だ? ちゃんとわかるように説明しろ、」

 キュリスが刃先をナチョの頬に向けると、自棄になったのか大きな声でナチョははっきりと言った。。

「言った通りだ、この人は俺のマルソおばちゃんだ。俺の伯母のからくり使いのマルソーだよ!」


 こめかみを抑えて俯いている自称クリスティーナに視線が集まる。

「ああ、お前はなんと間の悪い子…、」

 マルソーと呼ばれた自称クリスティーナは、よろよろとその場に崩れ落ちた。

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