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7 入るための条件がある

「殿下!」

「心配ない、大丈夫だ。」

 フリッツに抱き着かんばかりの勢いで、ランスも、見張りをしていたカークもドレノも詰め寄ってくる。フリッツは小さく咳ばらいをして、「大丈夫だ、」と念を押した。見渡してみて、一番落ち着いている佇まいのランスに、フリッツは尋ねてみる。

「私はここにいなかったと自覚している。ランス、何が起こっていたのか教えてくれるか?」

「つかの間でしたが、お姿が消えました。一時間と経っていません。その間、ここへは誰の出入りもありませんでした。もうしばらく様子を見て何も変化がなければ、応援を呼ぶつもりでした。」

「そうか。」

「そうかではありません、殿下、どこへ行っていたんです、私を置いていくなんて!」

「カーク、お前はどこへでもついて行くつもりなのか、」

 ランスが呆れたように溜め息をついた。


 帰ってきた。空を見上げるとまだ日は高い。明るい空のどこかでは、火花を散らすように魔力を燃やす存在がいる。

 心配そうに固まっているストーイやヴェリコ、アルテスにそっと、フリッツは視線を向ける。

 竜化するということは、街中に竜が出現するということだろう。広い草原ならともかく、ここは王都で、この国で一番人間が集まっている街でもある。

 私は、王都に暮らすものを守る必要がある。


「ストーイ博士、(あやかし)の道というものを知っているか? 私は今、そこへ行ってきた。」

(あやかし)の道、でしょうか。」

 学者たちは誰もが目を丸くしていて、もちろんランスたちも、驚いた表情をしている。フリッツが初めて知ったのと同じように、聞きなれない言葉なのだろうか。

「なんでも、竜王の子供が精霊王の目を盗んで精霊界に行くために作った道だそうだ。いろんな場所から入ることができて、いろんな場所へと進んでいくことができるらしい。」

「聞いたことがありますぞ。公国の伝承、おとぎ話ですな。」

 意外にも、ストーイが興奮したように声を上げる。「竜の国であるはずのこの国にはない伝承なので、あれは伝説なのだと思っておりました!」

 息を荒くして顔が赤くなったストーイの背中を撫でて宥めるアルテスを見ながら、ランスは冷静に尋ねる。

「…殿下は、そこへ?」

「どうやって行かれたのです?」

 ヴェリコも、俄かに信じられないと言った形相で、真剣に尋ねてくる。ストーイの興奮がまたぶり返す。

「そういういわれのあるものだと、どのようにしてお知りになられたのです?」

 興奮して口々に尋ねる学者たちに、ランスが「落ち着いてください、」とやんわりと窘めて、「殿下、続きを、」と提案する。

(あやかし)の道だと知らずに迷い込んで、(あやかし)の道を利用している者に出会って、できる限り教えてもらった。その者も道を利用している最中だった。話す時間に制限があったから、私も知りえた情報は少ない。」

(あやかし)の、と言うくらいですから人間が使う道ではないでしょうに、利用する人間がいるのですか…、」

「半妖だと言っていたな。公国(ヴィエルテ)出身の魔法使いなようだ。」

 コルの名前も性別も現在の身分も、敢えて伝えないでおく。聖堂に対して疑惑を抱くのは私だけでいいとフリッツは判断していた。

「詳しく窺っても?」

 ランスの言葉に素直に頷いて、フリッツは、ざっくりとだけれど、コルとのやり取りを再現した。


 ※ ※ ※


「半妖…、(あやかし)の道…、」

 ぶつぶつと呪文のように繰り返すストーイの視線はフリッツの話が終わっても地に向けられたままで、何かを必死に思い出そうとしている様子に見えた。学者たちの頭の中の書庫にはありとあらゆる文献が収められているのだろう。でも、フリッツは、まだ考えなくてはいけないことがあった。

「そうですか、公国の半妖の魔法使いは現在も利用しているのですか…! なんと羨ましい…!」

「すまないが、解決しなくてはいけないことが沢山ある。知恵を貸してほしい。」

「殿下、なんなりと。」

 ヴェリコとアルテスが腰をかがめてフリッツに向き合った。

「一番の問題は、この王都で竜が生まれる可能性だ。魔力の使い過ぎで暴走して、魔力の大きさに見合った器になるのなら、王都が危険に晒される。」

 フリッツは、ランスと目が合った。

「殿下、」

「対策をするためにも、まず、どこで行われようとしているのかをまずは探さなくてはいけない。」

「魔力の暴走で、王都であるのなら、心当たりがあります。」

「判りました、殿下! 魔力が集まっている場所があるじゃないですか!」

 カークが興奮して手を上げた。

「この国で、魔力ですよ?」

 ヴェリコが不思議そうな顔をしている。

公国(ヴィエルテ)ならまだしも、魔法使いなんてそうそういませんよ、」


 身近で、神の御業に近いことをやってのけた男を知っているとフリッツは思った。魔力が暴走してしまうほど、魔力を使い過ぎた男を、知っている…。


夕凪の隠者(ラカルミデュソワ)だ、」


「なんと!」

 ストーイが顔色を変えて興奮して唾を飛ばした。

「殿下、公国の大魔法使い(ウィザード・マスター)がこの国に来ているのですか!」

「ああ、魔力を使いすぎる程の大技を、私は彼に強いてしまった。ストーイ博士、ヴェリコ博士、アルテス博士、どうか、人間に戻せる方法を教えてほしい。この通りだ。」


 フリッツは言うなり頭を下げた。風水師として公国(ヴィエルテ)で雨を何度か振らせたことがあるだろうと思われるエドガーがこのタイミングで竜化するのは、やはり、この国に呼んで無理をさせたからとしか言いようがないと思えた。この国に呼んだ原因となったのは魔香(イート・ミー)による事件だけれど、それは単なる原因でしかなくて、自分がクラウザー領へ行っていたからなのだとフリッツは思う。父でありこの国(スヴィルカーリャ)の王であるアルフォンズが、フリッツを助けるために公国から呼び寄せたのだから、やはり、自分が原因だ。


夕凪の隠者(ラカルミデュソワ)は、神格化され人外になろうとしているのでしょう! 」

「竜化とは、魔力の暴走がきっかけとなって人体が肥大化して硬化し、膨大な魔力に集まってきた妖気を取り込んで神格化する現象のことです。公国では古来より、大魔法使い(ウィザード・マスター)が竜化か精霊化してしまう現象が報告されています。おかげで魔法を極めて大魔法使い(ウィザード・マスター)にまで上り詰める者は年々減ってきているのです。」

 アルテスが解説すると、ヴェリコが神妙な顔つきになった。

「祝福や加護を受けていくと、死ににくい体になります。それは、ご存知でしょうか。」

「ああ、知っている。」

 フリッツが頷くと、満足そうにヴェリコは頷いた。

大魔法使い(ウィザード・マスター)になるには、いくつもの祝福が必要となります。その時点で、何も祝福のない人間よりも特殊な状態になっているのだと思って下さい。人と、神の間、というよりは、かなり神に近い状態にあるのだと考えていただいて結構です。その神に近い状態の者が、魔法を使って神の行う領域に等しい技を使うと、より、神に近い状態へと魂を高めてしまうのです。」

「魔法使いの職位として、風水師があります。風水師は場を整えるのが基本ですが、夕凪の隠者(ラカルミデュソワ)は、何もない状態のところで天変地異としか思えない気候を操られたのでしょうかな、」

「晴天から雨を降らせたのなら水竜の領域です。穏やかな山を噴火させたのなら火竜、無風の地に嵐を起こしたのなら風竜、固い大地に地割れを起こしたのなら地竜、といった風に、何をしたのかで変化する竜も違います。」

「雨を、降らせてもらった。」

 フリッツが呟くと、ストーイが顔を輝かせた。

「でしたら簡単です。水竜になるのを阻止したらいいのです。体に溜まった水の魔力を抜くために、水の精霊王の庇護下にある精霊が好むような魔石を作れば早い。召喚魔術師(ウォーロック)の力を借りて、水の精霊を召還して魔力を吸わせます。その為の魔石はできるだけたくさんある方がいいでしょう。出来る限り宝石を集めて可能な限り魔力を封じ込ませるのです。」

 ヴェリコが腰に下げていた革袋を手に取った。中から宝石をいくつか出して見せてくれた。小粒ながらも色鮮やかな石がいくつか掌の上で輝いている。精霊の影は見えないけれど、ゆらゆらと揺らめく何かが見える。

「これは魔石といって空っぽの宝石に魔力を移したものです。夕凪の隠者(ラカルミデュソワ)から魔力を宝石に移します。魔石に精霊を憑かせてさらに吸い取らせ、一定量以下まで魔力が無くなれば自然に暴走は収まるはずです。」

「魔石の存在は知っている。精霊憑きの魔石も、精霊も見たことがある。」

「殿下、なら話は早いですぞ。竜化を食い止めましょう!」

 興奮するストーイから目を逸らしランスを見ると、ランスが、内ポケットの朱色の艶やかな絹地の袋に仕舞った宝石を制服の上から撫でて確認していた。魔石となる宝石はある。魔法使いにも、あてがある。

召喚魔術師(ウォーロック)なら、適任者がいる。」

 イリオスとペトロスが、同じ屋敷にいた。エドガーのためなら、あの二人は協力してくれるだろう。

 方向性が見えてきて晴れやかになったフリッツたちの表情に驚きを隠せない様子で胸に手を当てて、喘ぐ様な勢いでストーイは興奮しながら尋ねてくる。

「ちなみに殿下は、異国の大魔法使い(ウィザード・マスター)と、どうやってお知り合われたのでしょうか、お聞かせ願えますか?」

 すぐにでもここを出て迎賓館に向かいたいところだけれど、呼び出して話をせがんだのは自分だ。フリッツは情報提供に対しての報酬として、多少の情報の公開をしても許されるのではないかと考えた。

 ちらりとランスを見ると、意図を汲んでくれたのか、小さく頷いてくれている。

夕凪の隠者(ラカルミデュソワ)・エドガーは、恩人だ。私たちのためにクラウザー領で大雨を降らせる儀式をしてくれた。初代領主と血の盟約をしている守護精霊に乞われて雨を降らせてくれた。」

「なんと…! 血の盟約…! 守護精霊…!」


 この街のどこかにいるフォートと共にある守護精霊(ラプスティ)は、クラウザー領の守護精霊でありながら王都ヴァニスに滞在していることになる。もしかしてエドガーの能力の暴走は、この王都の街に大きな魔力を持つ者が集まってしまったからではないのかと、フリッツには思えてきていた。エドガーを治癒するために各領から集められた治癒師(ヒーラー)たちの存在も影響しているのではないか、と思えてくる。


「守護精霊とは、精霊王から力を与えられた特別な存在ですぞ。その守護精霊との血の盟約だなんて…!」

 真っ赤になって大きな声を出すストーイは、興奮しすぎて息もできない様子だった。

「血の盟約は興国の功臣のみが与えられた特権です。さすがはクラウザー候!」

「ストーイ、落ち着け。」

「ゆっくり息を吸いましょう、ストーイ、」

「なんと素晴らしい! なんという奇跡…!」

 興奮してゲホゲホと咳き込んでいるストーイの背をアルテスと撫でて、ヴェリコがフリッツを不安そうな顔で見た。あまりにも不謹慎だとでも言いたいのだろう。心配するな、こんなことで怒ったりはしない、とばかりに、フリッツは苦笑いをして心情を伝える。

「しかも、(あやかし)の道とは…! 伝説通りではないか!」

 ヴフェブフェと咳き込んで蹲ったストーイを、ヴェリコが一生懸命擦って、アルテスが声をかけ続けている。

「ストーイ、しっかりしてください!」

「あはは、ヴェリコ、すごいぞ、この国でこんな奇跡に立ち会える瞬間を得ようとは…!」

 カークはイラついているのか、興奮する学者たちの様子を面白くなさそうに見ていた。ドレノは青白い顔で一歩後方へ引いて、それぞれの様子を観察している。

「ストーイ博士、どういうことです? ヴェリコ博士、アルテス博士もご存知ですか、」

 ランスはあくまで冷静に状況を見極めようとしている。フリッツは尋ねたいのを我慢して、ランスや、学者たちの出方を窺うことにする。

「殿下、この国は、始祖であるグレゴリオ・リュラーが破邪の聖剣を手に竜から勝ち取って出来た国であるとはご存知ですかな?」

「ああ、その際、竜王の娘を妻に迎え入れているのだろう?」

 フリッツの遥か祖先は婚姻を得て竜を娶り、竜を祀ることで加護を得て、この国を守って治めてきているとされていた。フリッツは、竜を娶った王族の直系の子孫だけが許される歌も伝承してきている。

公国(ヴィエルテ)のおとぎ話は、この国では知られていません。アルテスが詳しいな、」

「そうですね、公国では精霊を祀っていますから、精霊が活躍する物語が好まれます。おとぎ話として子供の頃から精霊の活躍を身近にして育つのです。妖の道も、実際にあるかどうかは別として、概念として学んで育ちます。」


「『昔むかし、竜王さまの子供が竜に囲まれた里に暮らしておりました。その子供は、仲良しの精霊王さまたちとのお茶会に間に合わせるためにこっそり近道を作りました。精霊王の目を盗んで精霊界に入れるその道が恥ずかしくなってしまった竜王さまは、精霊王さまから精霊を借りてきて道を見張る守護精霊にしてしまいました。どこにでもつながる便利な道は守護精霊の仲間の精霊が使うようになったので、(あやかし)の道と呼ばれるようになりました。しばらくして、里から出られなくなった子供がかわいそうだからと、女神さまは守護精霊に時々人間の手伝いをするようにとお言いつけになりました。竜王の子供は、守護精霊が人間の手伝いをする時だけ、(あやかし)の道を使えるようになりました。』」


 守護精霊が人間の手伝いをするときだけ使える…?

 ラプスティがフォートに憑いてくれたから、地竜王の神殿にあるという妖の道が開いたのか?

 皇国からの国境からほど近い妖の道を使えば、皇国から直接この王都へ攻め込むことが可能になってしまったとでも言うのだろうか。

 フリッツは表情を硬くして話を聞いていた。

 争いを好まない地竜王はだからこそ、国内にいくつも地竜王の神殿はあるのに、()()神殿にいるのか?

 

「子供の失敗談といった趣ですね、」

 カークが感想を漏らすと、アルテスが「そうですね、得をしたのは精霊だけですからね、」と小さく微笑んだ。

「半妖なら、人間側の伝承も妖精側の伝承も知っているのかもしれません。」

「人間側の物語では『三叉路から入り口が見つかる』とは出てきませんから、妖精側の物語はもっと詳しいのかもしれませんね。」

公国(ヴィエルテ)ではおとぎ話として語り継がれていますが、おとぎ話ではなく実話で、(あやかし)の道もこの世界のどこかにあるだろうとはされていました。ですが、この国の人間は基本的に魔力を持ちませんから、例え(あやかし)の道が目の前にあったとしても気が付かなかったと思われます。見えていたとしても、この国では竜の直系である王族のための道と認識されて禁忌とされ使われていなかったでしょう。ですから研究も疎かで、誰もどこに入り口があるのかを知りません。殿下が直系の子孫であらせられるために、今回偶然に道が開いたのではないかとしか言えません。」

「伝承では、(あやかし)の道を創ったのは地竜王の子供とされる存在です。仮に彼としましょうか。彼は、地竜王の弟と火竜の娘の間に生まれたとされています。実在するなら、現地竜王のいとこに当たると思われます。母親である火竜の娘は火竜と風竜王の娘らしいですし、父親である地竜王の弟は、先代地竜王と愛人である水竜の娘との子供だそうです。」

 ヴェリコが続柄を説明していると、カークが顔を顰め始めた。

 フリッツも頭の中で関係図を描いてみて、そんなややこしい存在は稀だろうにどうして語られる機会がないのだろうかと不思議に思えてきた。

「その、彼とされる存在は、地竜と水竜の能力を持った父親と風竜と火竜の能力の母親の力を受け継いでいるという状態なのでしょうか、」

 頭の回転の速いランスが尋ねると、ヴェリコは頷いた。

「4つの系統の能力を持って生まれた彼の類まれな才能に惚れ込んだ精霊王たちにも可愛がられていた彼は、精霊界とこの世界を自由に行き来していたようです。それを面白くないと感じる竜もいたから(あやかし)の道を創るきっかけになった、と、伝承されています。」

「彼が実在するなら、とはどういう意味でしょうか、」

「その竜の存在が記載された文献がないからです。伝承としても(あやかし)の道を創った存在としてだけで終わりです。どの国の文献でも、その者の名が語られることはありません。」

 アルテスが真剣な表情でフリッツを見た。

「殿下、恐れながらお伺いしますが、王族の直系の子孫として、竜に関わる物語を伝承されてはおられませんか?」

「…ないな。」

 フリッツは寝物語にも聞いたことがないなと思いかけて、あの歌の存在か、と思い至った。かといってあれは母音の塊のような歌なので、意味が判らず説明のしようがない。

「そうですか。でしたら、やはり、私たちの方が3国の文章を研究している分、殿下よりも情報を得ているかもしれません。」

(あやかし)の道というものが実在することは判った。その道へは三叉路を探して見つけるのだとも、(あやかし)の道で出会った者に聞いた。だが、この神殿には三叉路などないのではないか?」

「殿下、この、三角ではないですか? 均等に三角ですから、もしかすると、天に向かって垂直方向に三叉路なのかもしれないですよ、」

 カークが冗談めかして六角柱を指を差して言うと、ストーイが「さすが!」と手を打った。

「殿下のお傍衆はさすが利発ですな! 竜の直系の殿下が手を触れることで条件が整うのでしょうな!」

「殿下、もう一度、やってみますか?」

「カーク、嬉しそうな顔をするな。殿下、まだ確かめなくてはいけないことがあるのですから、容易に触れてはいけません。」

 ランスが牽制して釘を刺した。

「まだ、(あやかし)の道を使う副作用が判っていません。公国の半妖の魔法使いと妖の道で出会った、とさっき仰いましたね?」

「ああ、そうだ。」

「その魔法使いは『入るための条件がある』と言ったのですよね? それは、魔力を使う、ということなのではありませんか?」

「あ、」

 自分では使えないけれど、フリッツは魔力を持っているとされている。その使えない魔力を知らぬ間に使ってしまっているのだとしたら、また使うには魔力を回復させる必要がある。

「発動条件が魔力でないのだとしたら、生命力なのかもしれません。どちらにしても王城にお戻りになる日が近いのですから、これ以上殿下を危険に晒せられません。」


 どのくらい使ったのか判らない現段階で、足りないからと魂を魔力に変換してまで根こそぎ吸い上げられるような事態は避けたい。優先順位はエドガーの竜化の阻止だ。無理はしない方がいい。

 ランスの言葉に深く頷くカークを見て、フリッツは気持ちを切り替えた。妖の道へ条件を探すのはあとでいい。いつ竜化してもおかしくないエドガーのためにできるのは、迎賓館まで急いで戻るしかない。


「ストーイ博士、ヴェリコ博士、アルテス博士。今日はとても有意義だった。急ぐ故これにて失礼する。後日改めて王城での面会を希望する。ランス、よいか、」

「畏まりました。」

 もっと聞きたいことがある。すっかりフリッツは知識欲が刺激されてしまっていたけれど、それ以上にエドガーの現在が気になってしまう。

「殿下、急ぎましょう。」

 カークが神殿の出口で手を振っている。先に神殿から出たドレノは、キュリスとビスターの元へと伝達に向かっていた。

「判った、」と言って背を向けランスと神殿を出ようとしたフリッツに、ヴェリコが一歩前に進み出た。ストーイとアルテスが、顎を引いて真剣な眼差しでフリッツを見つめている。


「殿下、私たちも竜が生まれる場に連れて行っていただけませんか、」


 戸惑いランスに目を向けると、ランスは黙って様子を窺っている。

「どうしてでしょう。博士たちは、失礼ながら、単なる研究者であり学者でしょう?」

 冷ややかな目で見つめながら、はっきりとした大きな声でカークが尋ねる。「この国(スヴィルカーリャ)の者は魔力を持たないから魔法が使えない。そうではありませんか?」

「その通りですが、少し違います。私たちの知識と頭脳は、きっとお役に立てます。」

 胸を張って、魔法学の研究家のストーイが自分を売り込む。

「竜化の魔力に魅了されて、魔物が迷い込むかもしれません。私にもやれることがあるかもしれません。」

 魔物研究家のヴェリコが力強く言うと、言語学者のアルテスも名乗りを上げる。

「私は言語学者です。必ずお役に立てると思います。」

「ほう…、」

 ランスが目を細めて微笑んだ。

「私たちは王都を守る王城の騎士団の一員として、民間人を危険に晒すわけにはいきません。かといって、博士たちを優先もできません。それでも、よろしいですか?」

「構いません。」

魔物(モンスター)の研究家として、体力には自信があります。」

「お任せください。」

 そう言って頭を下げた3人は、フリッツが「よろしく頼む、」と告げると、嬉しそうに小走りに追いかけてきた。

ありがとうございました

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