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4 いくつか尋ねたい

 池の中心にある浮島に建つ四阿あずまやのように手狭な十二角形の神殿の中には壁がなく、12本の柱と屋根だけで構成されていて、知っていなければ祠とも思えなかったかもしれないとフリッツは思った。巷で恋人たちの憩いの場などといわれてしまうほど宗教色が失われてしまっている場なのは、この在り方が理由かもしれない。

 神殿の中心にはフリッツの腰ほどの高さの石造りの六角柱が据えられていて、天辺は三角錐に尖っていた。水竜王の石像はちょうど南を向くように北側の柱の下に置かれていて、学者たちはちょうど日陰に隠れるように石像の前に佇んでいる。中心の六角柱を背に石像の前に集まったフリッツとランスは、話す内容のことも考えて、小声でも聞き取れるほどの近さまで距離を詰めた。

 まず最初に名乗ったストーイは思っていたよりも高齢な男性で、ヴェリコは考えていたよりも野趣味が溢れた体躯の中年男性で、アルテスは聞いていたよりも若々しい中年女性だった。

 神殿の入り口に警護するようにカークとドレノが待機すると、フリッツはすぐ傍に控え微笑んでいるランスを紹介する。

「この者はランスフィールドと言って、王国の騎士団の騎士であり、私の師であり友人でもある大切な知識の泉だ。同席を許してほしい。」

「ランスフィールド・ナーニエ・ディスカスと申します。魔法学の権威のストーイ博士、初めまして。お目にかかれて光栄です。魔物(モンスター)研究家の大家ヴェリコ博士と奥様の女神の言葉(マザー・タン)の第一人者である言語学者アルテス博士、お初にお目にかかります。」

「王城の騎士団の参謀ディスカス殿の御子息ですな。この国の未来の頭脳と噂されている…、これはこれは。」

 自分に会うことよりも嬉しそうな表情になって固く握手を交わしている3人の学者たちとまんざらでもなさそうな表情のランスを見て、フリッツは若干胸が焦げる思いがしたけれど、彼らもまた父の頭脳であるのだと思うと親近感が湧くのかもしれないなと納得した。

「無理を言ってすまなかった。どうしても城に帰る前に、早急に教授陣に質問したいことがあったからだ。」


 王城に帰ってからでは聞けない話だろうとフリッツは覚悟していた。成人する日が近い今、冒険の旅を断るわけにはいかない。王城に戻れば、遅れてしまっている儀式や合同演習の調整が待っていることだろうと想定している。個人的な面会は後回しにされてしまうだろう。

 だけど、フォートのために何かできることがないかと考えた時、できる限り迅速に行動するべき時だと判断していた。避けられない旅ならば、ついでではあるけれど、フォートの体を人間に戻す方法を探し求めていく行程を追加していけるかもしれない。その為の計画を立てていく(いしづえ)となる根拠が欲しかった。


 教授たちは顔を見合わせると、優しく微笑んで頷いた。

「何なりと。私たちでよろしければ、殿下のお悩みにお答えしてまいりましょう。」


 悩みではないけれど、答えてほしい。フリッツはストーイ、ヴェリコ、アルテス、そして、ランスの顔を見ると、スーッと息を吸って、出来るだけ冷静に思いを言葉にした。


「人間を、魔物(モンスター)にすることはできるのか。」


 心底知りたいのは魔物になっても人間に戻れるのかという可能性だけれど、人間が魔物になるのかどうかをはっきりさせてしまいたいという気持ちもある。

 精霊と婚姻関係を結ぶことで、半妖と呼ばれる人間が生まれて存在している現実は知った。竜との間に生まれた子供は、半竜か竜人に分化する現象も知った。

 なら、魔物とはどうなるのか。婚姻関係を結んだり、親が魔物であるという者も知らない。獣人と呼ばれていても、魔物と半妖とは根本からあり方が違う。

 生まれた時から抜けてしまうはずの命の毒が残ったままで闇落ちした存在が魔物だと言えるのなら、では、魔物はどうやって増えていくのか。

 フォートは、人間から魔物の、狼頭男(ワーウルフ)の眷属になろうとしている。フリッツが知らないだけで、過去にも同じような事例があったのかを知りたい。フォートのように噛まれることで眷属となるのなら、この先、どんどん人間は魔物になっていくのではないだろうか。フォートだけの特別な事例ならまったく手掛かりがなくなるけれど、フォートの他にも事例があるのなら、元に戻ったという好例もあるかもしれない。


 表情を崩さず真剣に問うフリッツの顔を真顔でじっと観察して、ストーイは小さく微笑んだ。

「可能でしょうね。ですが、殿下のお尋ねになりたい質問とは、…違うのではありませんか?」

 あっさりとバレてしまったのだろうか。フリッツは平静を装って尋ねてみる。

「なぜ、そのように思う?」

「本当は、魔物を、魔物になってしまった存在を元の人間であるという状態に戻したい、と思われているのではありませんか?」


 目を細めて、ランスがストーイをじっと見つめている。フォートが獣人化しようとした事実は、夜半に行われた儀式に起こった不可思議な変異のひとつとして扱われて、その場に居合わせた者が同じ調査隊の一行と王国の国境警備隊隊員たち、公国の魔術師とクラウザー候とクラウザー領の騎士という身内だけの集まりという状況もあって、実質なかったこととされて揉み消されているはずだった。当然、王都でその一件を知っている者もいないはずだ。


「殿下と同じような質問を聖堂の者たちから受けたことがあります。」

「聖堂の…?」

 どういう接点でそういう会話になるような展開があったのだろう。聖堂の立場はあくまでも魔物の存在は悪として存在自体を認めていない。フリッツは魔物排斥論者の集団だと認識していた。

 フリッツが訝しく思い目を細めると、ヴェリコがストーイの脇を腕で突いた。

「ストーイ、」

 失言だった、という表情になって、ストーイは小さく咳ばらいをすると、「人間を魔物にすることは可能です。ただし、その場で私も実際を見たわけではありません。あくまでも、机上の論理だと思って頂ければ、」と訂正した。

「ストーイ博士、前後関係も含めてお話しいただけると幸いです。殿下も私も、聖堂がなぜそのような話をするのか知りたいと思います。」

 ランスが丁寧ながらも語気を強めて質問すると、学者たちは顔を見合わせた。

 フリッツは無言で、その様子を見守った。言及しなくても話してくれるだろうと予測していた。老齢な博士だろうと、失言した自覚があるうちは上位者であるフリッツが勝つと妙な自信があった。

 読みは当たって、ストーイが小さく頷くと、観念したように話し始めた。

「アルテス、あれは5月の歓談の夕食会だったかな、」

「フォイラート公の王都のお屋敷で行われた会でしたね。私たちのような学者があのような社交の場に招かれることは少ないので覚えております。」

「5月…?」

「ええ。殿下が公国(ヴィエルテ)の姫君や皇国(セリオ・トゥエル)の皇子様、聖堂の聖騎士様と昼食会を王城でお開きになったことがありましたでしょう? 」

 学者たちの中では一番神経質そうなアルテスが戸惑ったようにフリッツを見つめた。「ご存じありませんでしたか? 公国(ヴィエルテ)の姫君や皇国(セリオ・トゥエル)の皇子様はいらっしゃいませんでしたが、宰相や将軍は出席された大きな会だったので、てっきり殿下も開催をご存知なのかと思っておりました。」

 ランスをちらりと見ると、ランスは視線を逸らすことなく、微笑んで受け流してしまう。あ、知ってたんだ…。

「まあ、よい。聖堂の者たちと、そのようなことを話したのか?」

「はい。人々に救済を解く聖堂の一員が人間を魔物にすることは可能かと聞くだなんて、おかしなことを聞くものだと印象に残っておりましたから。」

 アルテスに喋らせてばかりで、まだ躊躇う表情のストーイを、ヴェリコが窘める。

「ストーイ、きちんと殿下には端折らずに申し上げた方が判りいいだろうよ、」

「だが、ヴェリコ、あのような話を耳に入れては失礼だろう?」

 年が離れていても親しそうな学者たちは砕けた口調で本音を話している。よほど、フリッツには不都合な話があったのだろう。

 何か前置きのような展開があったうえで、その質問となった、とヴェリコは言いたいのだろう。場所がフォイラート公爵邸なのも、招かれたのがフリッツたちではなく配下の者たちだけだったということも関係あるのだろうなと察して、先を読む。

「ああ、構わぬ。時間はあるし、私は聞いたからと言って怒ったりはしない。安心しろ、そなたたちから聞いたとも他言しない。」

 ランスを見ると、心得たとばかりに頷いてくれた。

「では申し上げます。増え続ける魔物はいったいどこからきているのかという話になった時のことです。誰かが、『死んだ人間が魔物(モンスター)になっているのなら、この先もっと増えそうだ』と言い出したのです。」

 ? どういう意味だ?

「私たち学者の間では、魔物は死んだ人間からできているという説が主流になりつつあります。死んだ人間が血縁なら、魔物となっても討てるのかという議論すらされてもいます。そういう学説の踏まえての発言だろうと思います。」

 そんな学説は知らなかったフリッツは、驚いていても表情を変えないように澄ました顔のまま、ランスをちらりと見る。

 ランスはフリッツの視線に気が付いたのかうっすらと微笑んだ。ランスは知っているんだ…。

「あれは確か…、『我が国の公女殿下なら、』と酒に酔った将軍が口火を切りました。『妖華として火の精霊王の加護をお持ちだ。浄化の火炎を得意とされる。人間が魔物になってしまったら問答無用で焼き尽くしてしまいそうですな、』と。」

皇国(セリオ・トゥエル)の宰相殿は『でしたら我が国の皇子殿下は、魔物を見つけたら白魔法ですべてを無効化して身包みを剥いでしまうでしょうな。よく燃えることでしょう』と笑っていました。」

 ランスが不快に顔を曇らせ、アルテスとヴェリコと顔を見合わせる。

「酒に酔っていたとはいえ、王族がどうやって敵を殺すのかを笑い話にしたのですか。不敬ではありませんか、」

「聖堂の者も、『我が教団の聖なる騎士サディアスは一刀両断で闇を切り裂きます。何も残りませんな、』と笑っていましたから、強さ自慢の意図があったのではないかと思います。」

「よくもそんな不謹慎な発言が、外に漏れませんでしたね、」

「…私たちは後ろ盾のない民間人ですから。立場を弁えておりますし、どこの国から話が漏れてもお互いに損だと判っておりましたから…、」

 自分がどのように語られたのかが判った気がして、でも、フリッツは、敢えて聞いてみることにする。

「私のことは、なんと?」

「…殿下のことは、その…、申し上げにくいのですが、笑い話として収める落ちとしてだと思いますが、フォイラート公が『我が国のたおやかな乙女のような美しい王子様は、魔物を人間に戻せば倒さなくて済むと言い出しそうですな、』と仰ったのです。『殿下が神に祈りを捧げている間に何もかも終わっていそうですな、』と。」


 覚悟していたこととはいえ、剣士に対する侮辱に近い評価が悔しくてフリッツは俯いてこぶしを握った。そんなに、私は剣の腕が未熟なのか。そんなに、私は何もできないと思われているのか。魔法が使えないからか? 見かけが、弱弱しいからか。


「殿下、」

 ランスは、気にするなとでも言いたそうな顔をしている。


 見かけで損をしているのなら、恐ろしさのあまり誰もが平伏すような形相に生まれたかったとフリッツは思ったけれど、どうしようもないことで嘆いていても無駄だとも思った。

 魔物を人間に戻せば倒さなくて済むと思っているのは、フォートに関してはその通りだと思う。

 フォートが魔物であるのなら、いつか、倒さなくてはいけない時がやってくる。


「だから、私の質問を意外だと思ったのか?」

「その話を聞いて、殿下なら本当にそう仰るだろうなと納得してしまったものですから。」

「…まともに話をするのは今日が初めてではないのか?」

 ふっと微笑んで、ストーイはヴェリコとアルテスと顔を見合わせた。

「王城での暮らしも剣術の仕上がり具合も、殿下の親しき者の名も、陛下から伺っております。殿下が、幼き折に妹君のスヴェトラーナ様の魔法の特訓に根気良く付き合って差し上げておられたことも、存じ上げております。」

「殿下ご本人を知らなくても、殿下の親しい者たちのひととなりで殿下のお人柄を偲ばれます。殿下のお集めになる若者は誰もが清く正しい行いを好む者たちです。殿下が武で功を上げる方ではないことは、陛下のお人柄を考えると当たり前な気がします。熟慮せずに行動する若さも熱も時には必要ですが、殿下の思慮深い一面はとても歓迎すべき傾向だと私どもは考えます。」

「今日、お会いできることは確かに急ではありましたが、私たちはお声をかけて頂いた僥倖をとても誇りに思います。私たちがいくら望んでも、直接殿下とお話しする機会など持てそうにありませんから。」

 慰められた気がしなくもないけれど、自分自身を肯定されたのは悪い気はしない。おかげで、引き摺らずに気持ちを切り替えていける気がする。

「好意的な評価を感謝する。いくつか尋ねたいことが増えてしまった。いいだろうか、」

「なんなりと、」

「そなたたちも、魔物はどうして増えていくのかを考えたりはするのか? 」

「はい。」

 ヴェリコが苦しそうに胸元を掴んで視線を落とした。

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