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第五話 こんな未来

 家が崩れた。今まで住んでいた家がなくなった。


 家だけじゃない。受験のための勉強道具も、お菓子を作るための材料も、買ってきたマナ茶も、ミナが作ってくれたケーキも。


「どうして」


 頑張って生きてきたつもりだった。

 苦しいこともあった。辛いこともあった。

 それでも、ちゃんと真面目に生きてきたつもりだった。


「…………」


 正気を失っていた時見た光景は一体何なんだ。バカでかい壁が持つ幻惑? 深淵? どうしてあんなものがこの世にあるんだ。


 でもいい、俺は一瞬だけだった。たった一瞬でも意識を持っていかれそうになったけど、今生きてるからいい。

 だけどミナは。


 最後に見た時のミナは、赤い目の濁流に呑まれて、取り込まれていた。吸い込まれていった。


 俺よりもずっと苦しいところに放り込まれていった。


 父さんも母さんも死んだ。

 ミナもあの深淵に、狂気に取り込まれて既に……。


「……避難しないと」


 とりあえず、どこか安全なところに行けばいい。

 もしかしたら、そこに行けばミナが待っていてくれるかもしれない。

 父さんも母さんも、ニコニコ笑ってご飯を作って待っていれくれるかもしれない。

 俺が知らないだけでいつもどおりの日常が……。


 都合の良い想像だ。そんなことは分かってる。


 けどそう思わないとだめなんだ。

 そう思わないと、もう一歩も足を動かせる気がしない。

 これ以上嫌なことを考えたら、立ち上がれる気がしない。

 俺は、どうしてこんなに弱いんだろう。




■□■□■□




 暗い中、ずいぶんと歩いた。

 崩れた瓦礫を踏んで、時々転びそうになりつつ、目的もなく歩いた。


 時々人を見かけた。

 小さな女の子が倒れていたりもした。

 ミナかもしれない、と思って急いで近づいて、全くの別人で、血を流して死んでいて。

 そういうことが何度もあった。

 俺は、一体何がしたいんだろう。


 そうしているうちに、俺はいつの間にか校門の前に立っていた。

 通い慣れた高校に、気づかないうちに足が向いていたのかもしれない。


 目的はないけれど、とりあえず中に入った。


 思った以上に人がいた。

 校庭に集まる大勢の人。人を求める声やすすり泣く声も聞こえる。こんな夜中に突然こんなことが起きて、みんな混乱しているんだろうか。


 学校の校舎は崩れていなかった。けど、倒壊の恐れがあるのか、誰も近付こうとはしていない。


 俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 魔法で左手に光の玉を出して辺りを照らし、セミロングの黒髪を揺らしながらこっちに駆け寄ってくる女子が目についた。


「ケイくん! 良かった、ほんとに無事で良かった……」


「……ああ」


 藤宮ふじみやあや。同い年の幼馴染。


「電話かけても全然つながらなくて、すごい心配したんだから……電話ぐらい出てよね」


「ごめん」


 こんな状況でも他人の心配するほど心配性で、優しいやつだ。


「分かったならよし! それで大丈夫だった? 私の家は半壊だったけど、ケイくんは怪我とかしてないの?」


「家はほとんど崩れたな」


「えっ!? 大丈夫なの!?」


「怪我は……してない」


 視界の中にうっすらと赤い目が浮かんでいるけど、口には出さない。


「そう、良かった……」


 ほっと一息つく藤宮。

 すると、ふと気づいたように、何気なく、ただ当たり前のように、言ってきた。


「あれ? そういえばミナちゃんは?」


「っ、ミナは」


 喉が重い。口が乾く。


「いっつも一緒にいるから、今日もそうだと思ったけど」


 俺と一緒にいないことが不思議に思えてたまらない、そんな目。


「ミナは、大丈夫だ」


 そうとしか、言えなかった。


「そのうち戻ってくるだろ」


「そうなの?」


「ああ」


 あの壁に、巨大な壁に取り込まれたなんて、口が裂けても言えない。


「じゃあ、ミナちゃんが戻ってきたら、みんなで一緒にお菓子食べようね!」


「…………ああ」


「もう! 嫌そうな返事してー! 私も作るの手伝うから、ちゃんと作ってあげようよ!」


「……そうだな」


 思わず、拳を強く握った。

 気づかれてないだろうか。


「それじゃあ、私は学校の裏の避難場所に行くけど、ケイくんも来る? 布団とかはないけど寝る場所はあるよ? 多分、私のお母さんと一緒になるけど……」


 ……探しに行きたい。

 ミナがどこに行ったのか。無事でいるのか。

 あの壁の内側で、今も苦しんでいるんじゃないか。


「俺も一緒に行かせてくれ。寝場所がなくて困ってたんだ」


 けど、眠くて仕方がなかった。

 頭が疲れてうまく思考がまとまらない。

 落ち着いているかと言われれば、心は落ち着いていない。一刻も早く行動したい。

 でも今の疲れた状態で何ができるかって聞かれれば、多分、何もできない……。


「うん、分かったよ。すぐ向かうから、はぐれないようについてきて」


 いざってときのために、今は少しでも休まないと。

 自分にそう言い聞かせて、藤宮の後を追う。



 人を避けつつ五分ぐらい歩く。


 たどり着いたのは学校の裏。

 何も無いはずの場所に結構しっかりとした避難場所が作られていた。


 木製の柱が立てられ、そこにブルーシートがくくりつけられて屋根になっている。

 ダンボールで一グループごとに場所が分けられ、少し離れた場所には男女別の仮設トイレが見える。


 あの壁が出てから一時間くらいしか経っていないはずなのに、避難場所としての設備の設置が進んでる。


「なんでこんなに避難が進んでるんだ?」


「高校のみんなで協力して避難場所を作ったんだよ。先週、防災訓練したばっかりだったからね」


「そういえばそうだったな」


「こっちだよ」


 避難場所のダンボールの壁を避けながら歩いていくと、何か難しそうな魔法文字がタイトルに書かれた本が沢山置かれた区画が目に入る。


 積み上げられた本の前で藤宮が止まる。


「ここだよ」


「……そういえば、藤宮のお母さんって上級魔道士だったっけ」


「うん。魔法以外は全然……だけどね。もう、本片付けてって言ったのに」


 光の魔法で照らしながら、藤宮は積み上げられた本を強引にどかして毛布を床に敷いていく。

 バタバタと本が倒れてるけど、これ怒られたりしないのか?


「はい、じゃあここで寝ようね。これ、枕」


「あ、ああ。……え?」


 枕を渡されたと思ったら、藤宮が枕を床に置いて眠る体制に入った。

 不思議そうな目で俺を見てるけど……。


「寝ないの?」


「いや、俺と一緒に寝るのか?」


「他に寝る場所無いし……今は緊急事態だから、しょうがないよ」


「……ごめん」


 すると藤宮は笑顔を浮かべた。


「謝ること無いよ。辛い時はお互い様、だもんね」


 こんなに優しさをくれる藤宮に、どうして俺は嘘なんかついたんだろう。


 枕を床に置いて体を横にすると、藤宮が懐かしそうに言った。


「昔、お泊まり会したときも一緒に寝たことあったよね。ミナちゃんと三人でさ」


「そうだな」


「なんていうのかな、昔に戻った気分だよね。ミナちゃんとも一緒に寝たいなあ」


「…………」


 ミナとここで一緒に寝れる未来があったんだろうか。

 もしそんな未来があったのなら……どうして俺はその未来をつかめなかったんだろう。


 どうして俺はミナがいないこの現実を、選んでしまったんだ。


「ケイくん?」


「……ごめん、疲れててちょっと眠いんだ」


「あっ……ごめんね。おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 ミナは今、眠っているだろうか。

 それとも……。




■□■□■□




 翌朝。

 目が覚めると太陽が空高くまで昇っていた。寝すぎたな。


 視界にうっすらと浮かぶ赤い目を無視して周りを見ると、テントの端の方に人だかりができていた。


 その人だかりの中央では、液晶テレビが巨大な壁の中に入る魔法使いの集団の姿を映していた。


 そのニュースには、大きな文字で”謎の巨大物体出現”と書かれていた。


「…………」


 俺もニュースを見たくなり、立ち上がろうと体に力を入れたその時、とてつもない痛みが体中を駆け回った。


「ぐっ……」


 叫び声すら出せないほどの痛みだった。

 痛みをこらえようとして力を入れると、更に激しい痛みが来る。


「ケイくん!?」


 藤宮が駆け寄って来て、悲痛な表情で俺を見ている。


 大丈夫だ、と声を出そうとして、痛みでうまく声が出なかった。


「どうしたの!? わ、私どうすれば……」


 心配する藤宮の横で、俺はただ痛みに耐えることしかできない。


 荒い呼吸を繰り返しながら痛みをこらえて、数分。


 少しだけ落ち着いてきたところで、俺は気づいた。




 ──体が、動かせなくなっている。



 視界の端で、赤い目がまばたきもせずにうごめいていた。

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