第三話 コンビニ
家から出て歩くこと五分。国道沿いにあるコンビニに到着した。
高いビルに囲まれるところに建てられたそのコンビニは、家からの距離が近いこともあって、俺にとってはいきつけの場所だ。
自動ドアをくぐると、入って左側にレジが並ぶ。
けだるげな「いらっしゃいませ」を聞き流しながら、右に曲がって飲料物の棚に向かった。
冷蔵棚の扉を開ける。ぶわっと漏れ出す冷たい空気を感じながらお目当ての商品に手を伸ばす。
ウーロン茶。一リットル、二百円。
飲んでいて飽きず、かといって甘くはない。勉強の相棒。五日ぐらいでなくなるのでその補充だ。
一リットルのペットボトル容器を右手に握る。
ふと、隣に置かれていた飲み物が目に入った。
マナ茶。三百ミリリットル、百円。
お茶というよりはジュースだ。甘くて美味しい系の飲み物。なんでも、魔力を溶かして美味しくしているらしい。
魔法が使えない俺には本当に魔力が溶けているのかどうか分からない。
うちの家系で唯一魔法が使えるミナが「べりうまー!」とか言いながら頻繁に飲んでるし、もしかしたら魔力が入ってるのかもしれない。
新たにボトルを一本追加。ミナ、喜ぶかな。
棚の扉を閉めレジに向かおうとしたところで、腕時計を確認。十二時まであと七分ぐらいある。ちょっと早すぎるな。
お菓子コーナーに移動。適当に物色。
普段はお菓子なんて買わないから、何を選べばいいのかわからなくて無駄に迷う。というか自分で作れるし。
うだうだと迷った挙げ句、結局お菓子は買わないことに。
レジに移動。眠そうなおばさん店員が、袋にペットボトル二本を詰めてくれる。
「三百十五円です」
千円札を渡すと少し嫌な顔をされた。レシートと一緒にお釣りが出されたので「レシートいらないです」と言ったところまた嫌な顔をされた。なんなんだ。
カサカサと音を鳴らしながらレジ袋を持って自動ドアをくぐる。後ろからものすごくけだるげな「ありがとうございました」が。面倒なら言わなきゃいいのに。
レジの扉が閉まる。
なんか嫌な気分だ。早く帰って寝たい。
腕時計を見る。
ちょうど針が動いて、零時零分になった。
その瞬間だった。
突然、地面がぐらりと揺れた。
転びそうになって、思わず近くにあった電柱によりかかる。
「地震……? うわっ」
電柱が大きく傾いた。立っていられなくなり、地面に手をつく。
手をついたアスファルトに大きなヒビが走っていた。
地響きのような音がどこからともなく響いてくる。世界の終わりを告げるかのような轟音。
バチン! と音がして、頭の上から火花が。
びっくりして上を見ると電線が切れていた。
「マジかよ」
電柱の魔光灯が消えた。
次いで後ろのコンビニの光も失われる。周囲が一気に暗くなる。
逃げようかと思った時、コンビニの隣にある大きなビルが割れた。
巨大な何かに押しつぶされるように、コンクリートの壁の中の鉄筋がグワリと飛び出す。
このままじゃ死ぬと、本気で思った。
コンビニから離れるように全力で足を動かす。
途中で揺れが大きすぎて転んだ。アスファルトの地面に受け身も取れず倒れる。
膝にジンジンと痛みが広がる。
けど、死にたく無い一心で大波のように揺れる地面を這って進む。
直後、背後のビルが倒壊して瓦礫が飛んできた。
巨大な物体が倒れたことによる風圧が、全身を叩きつけるように襲ってくる。
必死に頭を腕で覆う。四方八方から絶え間なく飛んでくる小石が、体中にぶつかってくる。痛みが襲い続ける。
地面に倒れた状態で耐えること十数秒、ガタガタと崩れる音が小さくなり、揺れも少しずつ収まってきた。
そろそろ大丈夫か。そう思って顔を上げると。
「嘘だろ……」
戦争でも起こったのかと勘違いしてしまうような、壊れた街が目に映った。
見える範囲のビルはほとんど倒れるか壊れるかして、原型をとどめていない。
飲み物を買ったコンビニは倒壊したビルの下敷きになっている。
さっきの嫌な店員の生死も、分からない。
それはまだいい。よくはないけど、それでもまだいい。
本当に良くないのは。
「なんだよあれ……」
壁。
超巨大な壁。
この世のものとは思えない、子供が絵の具を直に塗りたくったような青紫色の岩。
どう考えても人間に作り出せるようなものじゃない大きさだ。
見上げると首が痛くなってくるぐらい高い。雲より高いんじゃないか。
「……ミナ」
疑問よりも先に焦りが生まれる。
「一旦帰らないと」
みんなと合流して、一刻も早く安全な場所に行くことを決意する。
食料とかお金とか、いろいろ考えるのは身の安全を確保してからでいいだろう。
なんとか歩けるぐらいまで揺れが収まったのを確認して、立ち上がる。膝が少し痛む。
買ったお茶が入った袋が近くに落ちていたので、右手に持って家へと向かう。
未だに続く地響きに混じって、遠くから悲鳴のような声が聞こえた。
誰の悲鳴だろうか。まさか家族の?
「……大丈夫だ、大丈夫。絶対ミナは無事だ」
自分に言い聞かせ、落ち着かせるように喋る。
それでも心臓がバクバクと鳴っていた。
「ちゃんと無事で待ってろよ」
自然と足を動かす速度が上がった。
右手のビニール袋を強く握り直して、俺はコンビニを後にした。