第二話 分かれ目
高橋ケイ。十七歳。誕生日は五月一日。
高校三年生になった俺は、明日から新元号が始まるからと言って家族みたいに騒いだりしない。
勉強して、それなりにゲームもする。普通の高校生、だと思う。
趣味といった趣味はないけど、菓子作りは少し得意。毎年妹のミナの誕生日ケーキを用意するのは俺の役目になっている。正直言って面倒だ。
そのミナは現在、元号が変わるぞーと言ってはしゃいで、お得意の光魔法で光の花を咲かせている。
母さんも父さんもそういう記念日的なのが大好きだから、年越しするぞ! とか言って一階のリビングで大はしゃぎだ。
二階の部屋にいても下から声が聞こえるんだから、相当楽しいんだろう。
「お兄ちゃんちょっと来てよ!」
部屋の扉が開く音がして、そっちを見ようとしたら、既に目の前にミナがいた。
なぜか小刻みにジャンプしている。
「お前は止まってられないのか」
「だってもうすぐ元号変わるんだよ! ほら、あと十五分!」
言われてスマホで時間を確認すると、23:45。
確かにもう少しで元号が変わる。
変わるには変わる。
「それだけ?」
「ええっ!」
ミナは大袈裟に驚く。
「元号変わるんだよ?」
「それはそうなんだろうけど。新元号よりも数学の公式の方が重要なんだよ、俺にとってはね」
「えー、でもお兄ちゃん、センター試験までまだまだ時間あるじゃん」
「まあその通りだけど」
「気分転換も大事だよ? そうだ! 勉強の気分転換にお菓子作ってよ」
「……お前が食べたいだけなんじゃ?」
「作ってよー!」
お願いお願いと連呼しながらぴょこぴょこと跳ねる様子はまるでうさぎみたいだ。
ジャンプするたびにポニーテールが振られて若干邪魔そう。
「今日は髪結んだままなのか」
跳ねていたミナが不思議そうな表情をする。
「髪?」
「いつも学校から帰ってきたら解いてるだろ」
「うん。でももうちょっとで平成終わるし」
「平成終わる日には髪を結ぶのか」
「七五三で写真取るときっておめかしするでしょ? それと一緒だよ!」
「一緒じゃないだろどう考えても」
「大事なのは雰囲気だよ。お兄ちゃんだって毎日雰囲気で勉強するか決めてるでしょ?」
「俺を何だと思ってるんだ! 出来る限り計画的に勉強してるぞ」
「えっ、初めて知ったよ……」
妹が驚愕の視線を向けてくる。
「お兄ちゃんが真面目に勉強だなんて……」
「おおよそ大学受験に失敗するとしか思えないダメ人間を見るような目で俺を見るな!」
あはは、ごめんごめんと言うミナ。
ため息を出しつつ、俺はミナの髪を見て言う。
「それにしても、髪なんて結んでて疲れないのか? めでたい日こそ、リラックスしてたほうがいいじゃないか」
「えへへ、かわいいでしょ」
「あーかわいいかわいい」
「やったぁ」
ミナが喜んだところで椅子から立ち上がる。
「あれ? お兄ちゃん来るの?」
「喉乾いたからコンビニでジュース買ってくる」
机の上に置いてあるバッグから財布を取り出して、ポケットにつっこむ。
扉を開けて部屋を出ると、後ろからミナもついてきた。
なぜか背中にひっついてくる。
「ちょ、くっつくな」
「やだーお菓子作ってくれないと離さないー」
「またそれを言うか」
「離さないー!」
「あーわかったわかった、今度作ってやるから」
「やったぁ」
ああ、やることが増えてしまった。
まあいいか。最近あんまり作ってなかったしな。
階段を降りてリビングを覗くと、テレビの前でクラッカーを持っている両親。
「あらケイ。珍しいわね、この時間に降りてくるなんて」
「よし、お前も一緒に年越しするぞ」
リビングのテーブルの上。野菜のかき揚げが乗ったそばが置いてある。
「なにそれ」
「これか? 年越しそばだぞ。今日はめでたい日だからな、お父さんのお手製かき揚げ付きだ! ケイも食べるか?」
父さんは若干嬉しそうに説明してきた。
「父さん、元号が変わるだけだから年越しって言わないよ」
「まあそうかもしれないけどな、いいんだよ細かいことは! めでたいだろう?」
「そうよケイ、こういうのは形から入るのが大切なのよ」
形も何も無い気がするが。
「ちょっとコンビニ行ってくるから」
「あらそう。それなら用意して待ってるから、期待して帰ってきてちょうだいね」
「ケイ、あんまりすぐ戻ってくると用意できてないかもしれないから、少し遅めだぞ。わかったか」
一体何が始まろうとしているんだろうか。
「分かったよ。ちょっとゆっくりめで戻ってくるから」
「私も行くー!」
ミナが腰に抱きついてきた。
この年頃の女の子って、普通男に触れるの嫌なはずだと思うんだけど。
ミナには反抗期とか無いのかな。
「あら、ミナも行くのかしら」
「だめ?」
「そんなことないわよ。でも一生懸命準備してたじゃない。お兄ちゃんびっくりさせるんだって張り切ってねえ」
「それは言わないでー!」
俺の知らないところで家族が何かの準備をしているんだが。
「というかミナ、お前コンビニ行って買いたいものなんてあるのか?」
「無いけどー」
「じゃあなんで行くんだよ」
「なんとなく?」
謎だ。
「ミナは家で準備しとけよ」
「えー」
「頑張って準備したんだろ? 俺はゆっくり戻ってくるから、母さんと父さんと一緒に家で待っててくれよ。楽しみにしてるから」
「うーわかった……」
不満そうな顔だ。
「しょうがないな、今度お菓子たくさん作ってやるから」
「やったあ! お兄ちゃん大好き!」
「こら腕にひっつくな」
中学三年生にしては背は低いし胸も無いし顔も小さいミナは、こうしてしがみつかれると小動物みたいだ。
すると急にミナが離れた。
「……今お兄ちゃんが変なこと考えてた気がする」
危険察知能力も小動物並だな。
「そんなこと無いぞ。かわいい妹がいてお兄ちゃんは幸せだなあと思っていた」
「えへへ、それは言いすぎだよぉ」
妹が単純でお兄ちゃんは助かるぞ。
そんなこんなで、靴を履いて玄関の扉を開ける。
「それじゃあ、行ってくるから」
「母さんたちで準備して待ってるからね、ケン」
「ゆっくり来るんだぞ? 急いで来ても何も出さないからな?」
「お兄ちゃん待ってるよー!」
騒がしい家族の喧騒を後ろに受けながら外へと足を進める。
玄関の扉が閉まる。さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かになった。
夜の静かな風が頬をなでてくる。
「ちょっと寒いな」
五月とは思えないほど冷え込んだ外の空気に、何か嫌な感じがした。
「なんでコンビニ行きたいなんて言ってたんだ?」
ミナがこんな深夜に、一緒にコンビニに行きたいなんて言ってきたのは初めてだ。
夜に女の子が外で歩くと危ないんだよ、なんて言って、普段は夜に外に出ることなんてないのに。
あいつの勘はよく当たる。家にいたら危険だとか、そういう何かを感じたのかもしれない。
さっさと飲み物買って帰ってこよう。
家の前の横断歩道を渡りながらそう思った。