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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人前でのキスは計画的に

作者: ピッチョン

【登場人物】

漆間 杏奈:大学一年生。瑠香とは高校からの付き合い。性格はおとなしめだが瑠香と一緒にいるときは明るい。

篠倉 瑠香:大学一年生。自分の信念を貫くタイプ。杏奈と同じ学部学科に進学することを決めた。借りたマンションも同じ。


萩田 みおり:杏奈たちと仲良くなった同じ学科の一年生。テンションはいつも高め。

久木 麻由子:みおりと同じく仲良くなった一年生。あまり表情には出ないが面白いこと大好き。


「ほら~、早くやっちゃいなよ~」

 六畳一間の狭い部屋にみおりちゃんのはやす声が響く。私の頭が少しくらくらしているのはお酒のせいだけではない。

 小さなテーブルの上にはお菓子やお酒の缶がたくさん散らばっていて現在の状況を改めて私に思い出させた。

 私、漆間杏奈うるまあんなは春に大学に進学したばかりの大学生だ。

 今は同じ学科で仲良くなった萩田はぎたみおりちゃんと久木麻由子ひさきまゆこちゃんを呼んで私の家で宅飲みをしている。

 それは別に良い。大学で友達になった人達とこうやってわいわい話すのは楽しいし、お酒や雰囲気のおかげで私の気分も上がってくる。

 ともすれば全員のテンションも上がってくるわけで、話す話題などが過激になるのも致し方ないことかもしれない。

『王様ゲームしない?』

 みおりちゃんが提案したとき反対する人がいるどころか全員が乗り気だった。最初は王様の肩を揉むだとかデコピンされるとか恥ずかしい思い出を話すだとかで盛り上がっていたのがだんだんとエスカレートしていき、ついにはみおりちゃんが『二番と三番の人が恋人のキスをする』と命令したのだ。

 二番は私。そして三番は……。

 私は改めて目の前に座っているその人物を窺った。篠倉瑠香しのくらるかちゃん。高校からずっと一緒で大学も同じ、借りたマンションも同じという大変に仲の良い友達の女の子だ。

 瑠香ちゃんは半笑いに近い表情で私を見返している。多分私も同じような表情のはずだ。

 私は縋るようにみおりちゃんに尋ねる。

「き、キスってことはどこでもいいのかな?」

「そんなわけないじゃ~ん。恋人のキスって言えば口と口以外ありえないっしょ」

「さすがにそれは……」

「王様の命令に逆らう気? アンナっちノリ悪いぞ~」

「そんなこと言われても……ほ、ほら違う命令に変えていいから」

「やだ。今のあたしは猛烈にキスが見たいんだー! マユも言ってやってよ~」

 みおりちゃんに促され、麻由子ちゃんがサムズアップをして私にきりりと目線を向けてくる。

「大丈夫。人工呼吸と飲み会のキスはノーカンって言葉がある」

「聞いたことないけど……」

 お酒で気分の高揚している二人はどうあっても私達にキスさせるつもりらしい。逃げ場を求めて私は瑠香ちゃんの方を見た。

「ど、どうしよっか」

「……しよう、杏奈」

「え」

 瑠香ちゃんが私の手首を掴んだ。途端にみおりちゃんたちが黄色い声をあげる。

『本気?』と私が視線で問いかけた。

『本気』と真剣な目で瑠香ちゃんが見つめてきた。

 じゃあもう仕方ない。

 息を吐き、体から力を抜く。目蓋を閉じて唇を突き出す。すると私の唇に瑠香ちゃんの唇が重ねられた。柔らかい感触と鼻にかかる息に思わず「ん……」と声が漏れる。

 周りの歓声のトーンが上がった。私の顔がかぁっと熱くなり、慌てて唇を離す。

「ちょっとちょっとアンナっち、そんなんじゃキスしたうちに入んないよ~」

「キスしたよ!?」

「ダメダメ、『恋人のキス』って言ったんだから洋画でやるみたいな熱いベーゼを見せてくれないと」

「こい、びと……」

 そんなことを言われてもこれ以上人前でキスを、それも濃厚なものをなんて出来ない。なによりも瑠香ちゃんとなんて――。

 唐突に瑠香ちゃんが私にキスをしてきた。さっきの触れるだけのキスと違い、唇を押し付けるようにして激しくキスをする。勢いに押されて私の背中が反っていく。それでも瑠香ちゃんは私の唇に吸い付いて離れない。

「おぉ~!」

 なんとも楽しそうなみおりちゃんの声とカシャというカメラの音が聞こえてきた。……カメラ!?

 キスをしたまま目を横に向けると麻由子ちゃんがスマホを構えていた。

「んっ! んん~~っ!!」

 抗議の声をあげるが口が塞がっているせいで言葉にならない。

「お、マユ良い感じに撮れてんじゃん。あとでちょうだい」

「わたしとしてはもっとこう、官能的な感じが欲しい」

「いいね~。ほら、カメラマンから注文入ったよ~」

 官能的、と言われても困る。こっちはキスを見られているだけで頭の中が沸騰しそうなのに。

「!?」

 口内に異物を感じた。その異物は狙い定めたように私の舌に絡み付き、唾液をかきまぜる。

「んっ、ふぁ、ん――」

 瑠香ちゃんの腕をぎゅっと掴んだ。それ以上舌を入れないで。けれど瑠香ちゃんの舌は止まるどころかむしろ動きを激しくしていく。舌がくっつき離れる度にいやらしい水音が口から漏れ出る。みおりちゃんたちも何が行われているのかを察したのだろう。私達の行為を食い入るように見つめている。そのことが私の体温をさらに上昇させた。

「……ねぇ、舌だけ伸ばして絡ませてるとこみせてよ」

 みおりちゃんからのリクエスト。応えたくはないのが本音だけど。

 ぽんぽん、と私の背中辺りを瑠香ちゃんが叩いた。瑠香ちゃんは目を瞑ったままなので表情からは判断できないけれど、それが何を意味するのか私には分かっていた。

「…………」

 唇を少しずつ離していく。舌をめいっぱい伸ばし互いの舌の温もりを重ねたままぎりぎりまで離れ、そこで停止した。この状態で舌を絡ませ合うのは難しい。けれど私達は舌先で相手を感じ取ろうと動かし合った。外気に触れた部分が乾いてきそうになるとそこを瑠香ちゃんの舌がなぞり湿らせてくれる。私もお返しに瑠香ちゃんの舌の裏側や側面を余すところなくなぞっていく。過剰に分泌された唾液がぽたりぽたりと床に落ちていくがそれを気にする人はこの場には誰もいなかった。

 実際の時間としては二、三分くらいだっただろうか、体感ではその何倍にも感じられたキスの公開処刑を終えた後、撮った写真を嬉々として見せられたり感想を聞かれたりとまだまだ恥辱は続いたのだけれど、まぁ騒がしくも楽しい時間を過ごしていった。


「洗い物とかお願いしちゃってごめんね~」

 靴を履きながらみおりちゃんが紅潮した顔を崩した。

 日付が変わる少し前。私と瑠香ちゃんは終電が近い二人を玄関で見送っていた。

「あとちょっとだし大丈夫だよ。瑠香ちゃんもいるし」

「そうそう。残りは私がやっとくから」

「あんがと~、今度はあたしの家で飲もうよ。今日の分もてなすからさ」

「うん」

 ドアを開けて外に出たみおりちゃんの後に麻由子ちゃんが続いていく。その横顔がにやりと笑った。

「わたしたちがいなくなったら二人でキスし放題だね」

「し、しないって! 何言ってるの麻由子ちゃん!」

「あ、あれはゲームで仕方なくやっただけだから!」

「冗談冗談。じゃあまた大学で」

 みおりちゃんが手を振ってドアをくぐっていった。手を振り返した私の前でドアが閉まる。二人だけの玄関は急に静かになった。

 玄関のカギを掛けて振り向き様に瑠香ちゃんに話しかける。

「えっと、洗い物は私がやっとくから瑠香ちゃんは部屋の方を――」

 突然体を引き寄せられ、キスをされた。そのまま背中を横の壁に押し付けられる。

「んっ、ま、まって……まって瑠香ちゃん……!」

 声を絞り出すと瑠香ちゃんがわずかに唇を離した。至近距離で見つめ合った目は潤み、切なそうな表情を浮かべている。

「ごめん杏奈。さっきキスしたときからスイッチ入っちゃって……もう我慢できそうにない」

「か、片付けしないと」

「明日やるから」

「シャワー」

「どうせ後で浴びるから」

 これはもう何を言ってもムダだ。ずっと一緒にいた私はよく知ってる。だから私も観念して自分の気持ちを吐露することにした。

「……実は私もさっきのキスのあとから胸の奥がドキドキして……」

 私の言葉はそこで途切れた。瑠香ちゃんが再度キスをしてきたからだ。

 今度は私も瑠香ちゃんの背中に手を回し、そのキスを受け入れた。ゲームでのキスとは違った本当の恋人のキス。互いに相手の唇と舌を求めて交じり合う。

 私達はキスをしたまま部屋に戻るとそのままベッドに倒れ込んだ。


 私と瑠香ちゃんは高校二年生のときから付き合っている。

 大学進学に際して離れ離れになるかと思いきや瑠香ちゃんが私と同じ大学の学部学科に進学し、住むマンションも同じにしたことで今も関係は続いている。

 ただ、そのせいでほぼ同棲状態で生活することになってしまったんだけど。嫌という意味ではなく、色々と誘惑が増えてしまうという意味で。留年にでもなったら両親になんと言い訳すればいいのか。

「う、ん……」

 目を覚ました私は隣に瑠香ちゃんがいないことに気付いた。それと同時に台所から水を流す音が聞こえてくる。その水音が止まり、タオルで手を拭きながら瑠香ちゃんが部屋に戻ってきた。

「おはよ、杏奈。もう起きる? 講義二限からだしまだ寝ててもいいよ」

「おはよう。でも起きて昨日の片付けしないと……」

 体を起こしたとき綺麗に片付けられた部屋が目に入った。しかも先程の水の音を思い出すと洗い物をやっていた音ではなかっただろうか。

「……もしかして、全部やってくれたの?」

 私の問いかけに瑠香ちゃんが頷く。

「うん。昨日そう言わなかった?」

「起こしてくれれば私もやったのに」

「いいっていいって。ほら、杏奈が片付けようとしてたのを私が強引にしちゃったしさ」

 言って瑠香ちゃんがベッドに腰掛けて私に唇を寄せてくる。その唇にキスを返して私は微笑んだ。

「あれはみおりちゃんが悪いよ。王様ゲームだからってキスさせるなんて」

「まぁみんなちょっと酔ってたしむしろキスで済んで良かったんじゃない? もし私がキス以上のことを麻由子としろって命令されてたらどうする?」

「だ、ダメダメ! それは絶対ダメ! キスだけでもダメだよ!」

 私が必死で拒否すると瑠香ちゃんが私の頭の上にぽんと手を置いた。

「やらないよ。もしそうなってたら絶対断った」

「うん……」

 頭を撫でてくれる瑠香ちゃんの手が優しい。私のことを一番に考えてくれているのが分かるからこそ嬉しさが心に宿りほんわかと体をあたためてくれる。

 こうやって触れ合い気持ちを通わせられる時間が増えたのは、大学生になって本当に良かったなぁと思う部分だ。部屋でどれだけいちゃいちゃしても家族を気にしなくて済むのは大変ありがたい。

「でもみおりのお陰で気付いたことがあるんだ」

「何?」

「人前でキスするのって、めっちゃ興奮するんだなって」

「えぇと……」

「今までは隠れてキスするのが普通だったでしょ? いざそれを人に見られるのってやっぱり恥ずかしいんだけど、同時になんかこう高ぶってくるものがあるというか。舌を絡ませたときなんてもう全身熱くなって頭の中がまっしろになって、でもそれをどこか喜んでる自分がいて……。べ、別に誰かに見せたいわけじゃないんだけどね!」

 瑠香ちゃんの意見に賛同するわけじゃないけど、キスを見られたときの高揚は少し理解できる。というかすでに理解してしまっている。でないと昨日あんなに胸が高鳴るわけがないし、瑠香ちゃんの求めに積極的に応じることもなかった。

「……分かるよ、私も同じだったから」

 私が答えると瑠香ちゃんがほっと安堵した。

「よかった。どん引かれたらどうしようかなって思ってた」

「そんなことで引いたりなんかしないよ。瑠香ちゃんにどんな人に言えないような趣味があったとしても絶対嫌いになったりしない」

「さすがにそういう系の趣味はないって」

「本当かなぁ? 昨日のキスで露出趣味とかに目覚めたりしてない?」

「してないよ! それは色々とリスクが高いし」

「リスク低かったらするの?」

「外でする時点でリスク高いんだって。でもまぁあれだね。駅の改札あたりでカップルが抱き合ったりキスしてたりするのを見かける度に『いちゃつくなら人から見えないとこでやればいいのに』って思ってたけど、もしかしたらあの人たちも大勢の人に見られるのを楽しんでやってるのかもね」

「うーん、たんに周りが見えてないか気にしてないだけだと思うけど」

「えー、だって私なら家でギリギリまでいちゃいちゃしてから駅に向かうよ? じゃないともったいない」

「それ、高校のときの私達でしょ」

「あったりー。外はやっぱり人の目が気になっちゃうからさ、少しでも二人きりのときにいちゃつかなきゃって考えてた。杏奈も同じ気持ちじゃなかった?」

「おんなじだよ。だから今こうやって一緒のベッドで寝起きできるようになってすごく幸せ」

「うん、私も」

 瑠香ちゃんが私の頬にキスをした。こうしたスキンシップのひとつひとつが私を幸せにしてくれる。

「……ところで杏奈」

「ん?」

「そろそろ服を着てくれないと誘われてるのかと勘違いしちゃうんだけど」

「――――」

 私は何も纏っていない自らの上半身を見下ろした後、掛け布団を瑠香ちゃんの頭にばさっと被せて立ち上がった。



 その日、いつものように四人で食堂でお昼ごはんを食べ、次の講義に向かう前にお手洗いと化粧直しにいった。

 トイレから出ると瑠香ちゃんが壁に持たれて待っていた。残りの二人はまだ中で鏡と睨めっこをしている。

 瑠香ちゃんは私に気付くと急に周囲を確認しだした。

「? どうかしたの?」

「誰もいないかなって」

「話し声は聞こえるから近くには誰かいるんじゃないかな」

「見えるところにいないならいいよ」

 瑠香ちゃんが私の腕を掴んで引き寄せた。まったく警戒していなかった私は正面から瑠香ちゃんにぶつかり、同時にキスをされた。

「――っ!?」

 トイレの中から足音が聞こえ、唇は離された。

「おまたせ~……ん? なにかあった?」

「別に何もないよ。んじゃ行こうか」

 出てきたみおりちゃんと麻由子ちゃんに素知らぬ顔で答えて瑠香ちゃんは歩きだした。慌ててその後に続く。早まる動悸を抑えようと深呼吸を繰り返し、顔が赤くなってませんようにと祈りながら。

 次の講義が始まると私はノートの端に『説明!』と書いて隣の瑠香ちゃんに見せた。

 それを見て瑠香ちゃんは机の上に置いてあったスマホに文字を打ち込み始めた。少しして私のラインにメッセージが届く。

『キスを見られるのは困るけど見られるかどうかのぎりぎりを攻めるのはいいんじゃないかなと』

 私はすぐに返事を打った。

『外でキスするようなリスクは冒さないんじゃなかったの?』

『だから誰にも見られない場所とタイミングを見計らって一瞬だけキスする。それなら大丈夫じゃない?』

『大丈夫じゃないよ。どこで誰が見てるかなんて分からないし、みおりちゃんたちに気付かれたらどうするの?』

『そうならないように最善は尽くすから。ね? 周囲に人がいるところでキスするの、杏奈も良かったでしょ?』

 視線を上げて瑠香ちゃんの方をちらと見る。瑠香ちゃんがにこりと笑ってきた。それを見て多分何を言っても止めることは出来ないだろうなと思った。

 小さく息を吐いてから返信する。

『私も周囲を確認して大丈夫だと判断したときだけだからね』

『ありがと。大好き』

 瑠香ちゃんにどんな趣味があっても引かないとは言ったものの、その行為は止めるべきだろうことは分かっていた。けれど最終的に享受することを選んでしまったのは、私も心のどこかでそれを望んでいたからじゃないだろうか。そんなことを考えてしまった。

 正直楽しいと思う部分はあった。お手洗いの隙や教室を移動するときのわずかなタイミングを狙って一秒にも満たないキスをする。どの場所ならどの時間なら周囲に人がいないか、またみおりちゃんたちに気付かれないか。まるでゲームみたいだった。

 そうやってキスをし終わった瞬間というのは胸のドキドキと達成感を感じた後、物足りなさに切なくなってしまう。その分、家に帰ってから激しく互いを求め合うのだけど、まぁそれも含めて良いというか……。

 それはともかく。

 大学の構内で隠れてキスをし始めて数日。体育の授業を終えたときだった。

 体育は三種類ほどの競技から一つを選ぶ選択式で、私達四人はテニスを選んでいた。テニスの上手下手でそこまで評価が変わるわけでもなく、一部の経験者たちを除いては適当にラリーをして遊ぶだけの息抜きの授業。私達もダブルスでわいわいと騒ぎながらテニスを楽しんでいた。

 授業の終わりが近づいてボールとラケットを返却しに行く。私達が最後だったらしく、先生から「悪いけどあそこに戻してきて」とお願いされた。私と瑠香ちゃんがボールの入ったカゴを一緒に持ち、みおりちゃんと麻由子ちゃんがラケットの袋をそれぞれ両手に持って用具倉庫へと運んだ。

 倉庫の中は薄暗く、ほこりと石灰の混じった匂いが充満していた。みおりちゃんたちがラケットを所定の場所に置いて倉庫を出ていく。私達もカゴを置いてすぐ後を追うのが普通なんだけど、この瞬間を逃すほど甘くはない。

 何も言わずに瑠香ちゃんと視線を交わした。それだけで互いが何を望んでいるかが分かった。

 開けられたドアから差し込む陽光の届かない暗がりで、私達は唇を重ねた。いつもと違いすぐに唇を離すようなことはしない。周りに誰もない暗い部屋だからこそ、より深く強くキスをしたかった。家にいるときと同じように舌を口内で絡ませ、相手の口から零れそうになる蜜をすする。早く戻らなければ怪しまれる。けれど唇と舌が瑠香ちゃんを欲してやまない。

「……えっと」

「「!!?」」

 聞こえてきた声に驚き、私達はばっと体を離した。見ると入り口から少し中へ入ったところに麻由子ちゃんが立っていた。

「ま、ま、ま、麻由子ちゃん、どど、どうしたの?」

「わ、わ、わ、私たちも今から戻るとこだったんだよ。あ、杏奈がめ、めまいしたって言うから支えてあげてただけで!」

 二人とも言葉に詰まりすぎだったけど今はそんなことを気にしている余裕はなかった。見えていたかどうかは分からないけど何とかしてごまかさないと。

「…………」

 麻由子ちゃんは無言で私達に近づいてくると手に持っていたテニスボールをカゴに入れた。

「ボール、まだあったから」

「そそ、そうだったんだ。ご、ごめんね気付かなくて」

「じ、じゃあさっさと戻ろうか! 先生待たせちゃ悪いしね!」

 あははと笑う私達を麻由子ちゃんが一瞥した。

「……隠さなくてもいいよ。多分そうなんだろうなって思ってたから」

「…………」

 笑うのをやめて瑠香ちゃんと顔を見合わせる。ここは変に言い訳をするよりも認めた方がいいんじゃないか。私が目線で瑠香ちゃんに聞くと、頷いて返してきた。

「……うん、麻由子ちゃんの言う通り、私達付き合ってるの。隠しててごめんね」

「ちなみにこのことってみおりは……」

 瑠香ちゃんが尋ねると麻由子ちゃんは首を横に振った。

「うぅん、気付いてないと思う」

 その返答に私達は胸を撫で下ろした。隠している罪悪感よりも知られてしまう恐怖の方が大きい。

 麻由子ちゃんが次は首を傾げた。

「ところで二人はどうしてここでキスしてたの? 前は外でそういうことしてる感じはなかったけど」

 再度私と瑠香ちゃんは見合わせた。ここまで来たら全部打ち明けた方がいいかもしれない。

 私と瑠香ちゃんは外でキスをするようになった経緯――この前の宅飲みがきっかけだったことを話した。それを聞いている間、麻由子ちゃんは顎に手を当てて何かを考えこんでいた。

「どうかしたの、麻由子ちゃん?」

「……んー、まぁ。とりあえず戻ろう。そろそろまずいかも」

「あ、そうだね」

 倉庫から出てみんなが集合している場所へ早足で向かう。その途中、麻由子ちゃんが話しかけてきた。

「今週の土日のどっちか、また家で飲もう。今度はみおりの家で」

「え?」

「そのときにちょっと手伝って」

 何を言いたいのかは分からなかったが私達は頷いた。


 そして土曜日の昼過ぎ。みおりちゃんの家に集まって飲み会を開始した。

「毎週飲むとかダメダメ大学生まっしぐらだぞ~。まぁそれはそれとして、かんぱーい!」

 麻由子ちゃんに頼まれたからとは言えず、私と瑠香ちゃんは笑いながらチューハイ缶を掲げた。

 目的はどうあれ友達と集まって飲みながら話すというのは楽しい。ここに来た理由も忘れて私はみんなと談笑していた。

 始まって一時間が経つころ、唐突に麻由子ちゃんが告げた。

「王様ゲームやろう」

 その言葉にすぐにみおりちゃんが反応した。

「はい? いやいや、やるにしても早過ぎでしょ~。もっと後でいいんじゃない?」

「ダメ。今やる」

 みおりちゃんの意見を無視して麻由子ちゃんがあらかじめ作ってあった割り箸のくじを取り出した。

「用意良すぎ! なに? そんなにまた誰かさんたちのキスでもみたいの~?」

 こっちを見てニヤニヤ笑いながらみおりちゃんが割り箸を一本引き抜いた。あははと乾いた笑いを浮かべて私も引き抜く。これから何が起こるのかを知っているからだ。

 全員が割り箸を引き終わった。王様は私。ここで私の膝が瑠香ちゃんに三回叩かれた。反対側では私が伸ばした左手が麻由子ちゃんにつつかれた。今度は二回。

 あらかじめ決めていた合図で、それぞれが番号を指している。私は息を吸い込んだ。麻由子ちゃんから指示された命令を口にする為に。

「一番と二番が恋人のキスをする」

 みおりちゃんが自分の割り箸を見て顔色を変えた。残りの人を見回しながら尋ねる。

「えーっと、二番の人は……」

 麻由子ちゃんが割り箸を見せながらみおりちゃんの近くへ移動する。

「え、ちょ、ちょっと待って! き、キスって言ってもほっぺとかおでことか――」

「『恋人の』って聞こえなかった? 恋人なら口と口以外ありえないって自分で言ってたのに」

「そ、それはそうだけど! ま、マユ! いったん落ち着こ!? 目がマジ過ぎるって!」

「ダメ。王様の命令だから」

 後ずさるみおりちゃんを捕まえて、麻由子ちゃんが強引にキスをした。

「ん~~~っ!!」

 最初は抵抗する素振りを見せていたみおりちゃんだが、だんだんとその様子が変わっていく。

「ん……ぁ、ん、んっふ、ぁ、んむ……」

 喘ぎにも似た吐息。時折唇がわずかに離れる隙間で絡み合う舌が見えた。口のなかでも動き回っているのだろう、たまに頬のあたりが内側からつつかれている。

 私と瑠香ちゃんはその場に縫い付けられたかのように動かないまま、彼女たちの熱いキスを見つめていた。

 五分以上経過してようやく麻由子ちゃんが体を離した。同時に私は溜まっていた唾を飲み込んだ。唾を飲むのを忘れるくらい見入ってしまってたらしい。

 みおりちゃんはぐったりとしたまま俯いている。その口元をハンカチで拭いてあげながら麻由子ちゃんが言う。

「みおりはキスすると途端にしおらしくなるよね」

「ち、ちがっ、それはいつもマユがむりやりぃ……あっ」

 みおりちゃんが自分の口を手で押さえた。さっきのキスの様子といい今の反応といい、明らかに初めてではないように見える。

 私の疑問に麻由子ちゃんが答えてくれた。

「先週の飲み会が終わって帰る途中にみおりからキスがしてみたいって言われて、そのままキスした流れでこの家に泊まって、それで付き合うことになったの」

 話している間にみおりちゃんが顔を両手で覆い、テーブルの下にもぐりこんでしまった。いつもの陽気なキャラとのギャップで不覚にもその行動を可愛いと思ってしまった自分がいた。

「マユひどいよ……そこまで話すことないじゃん……」

 テーブルの下から怨嗟の声が響いてきた。さすがに可哀想になり、私は呼びかけた。

「みおりちゃん大丈夫。私達も付き合ってるから」

「……え?」

 みおりちゃんが顔を出す。

「ウソ。いつから? もしかして先週のキスがきっかけ?」

 瑠香ちゃんがその問いに答える。

「付き合ったのは高二のとき。先週のは関係ないよ」

「なぁんだ……。え、もしかしてマユ知ってた?」

「うん。まぁ確証はなかったけどそんな雰囲気あったから」

「はぁぁぁ、知らなかったのあたしだけか~。あー、心配して損したー」

 チューハイ缶を雑にあおるみおりちゃんに話しかける。

「心配?」

「――ぷはっ、そりゃそうでしょ。四人女友達で遊んでてそのうち二人がくっつきました、なんて簡単に言えるわけないじゃん。噂が広まって大学卒業までマユと二人きりの寂しいキャンパスライフを送るとこまで想像したっての」

「あ、あはは……」

 笑うしかない。そう考えるとみおりちゃんたちが付き合ってくれたのは私達にとっても幸運だったのかもしれない。

 隣で瑠香ちゃんが麻由子ちゃんに質問した。

「それで麻由子はなんで私達にこうやって打ち明けようと思ったの? 別に口頭でもよかったのに」

「だって、人前でキスするとドキドキして気持ちが高まるって言ってたから」

「え、もしかして自分で確かめようとして?」

 こくり、と麻由子ちゃんが頷いた。これは教えてはいけないことを教えてしまったのではないだろうか。

「……なるほど。互いに知った仲になればキスを見せ合っても問題ない、か」

「瑠香ちゃん?」

 今聞き捨てならない言葉が聞こえたような。

「なにごちゃごちゃ言ってんの! 今日はとことん飲むからね! 肴はもちろんアンナっちとルカルカの馴れ初めから現在に至るまでのあれやこれや!」

「えぇ!?」

「なに!? 人の恥ずかしいとこ散々見ておいて自分たちは逃げようっての!?」

「キスは先週私達も見せたし……」

「知ったことかー! マユ、くじ集めて持ってきて! 王様ゲームなら文句はないんだよね~、ふっふっふ~」

「え、あぁちょっと麻由子ちゃん素早い!? あっと言う間にくじがみおりちゃんの元に!?」

「くっふっふ~、さぁて、恥ずかしいあんなことやこんなこと聞きまくってやろうじゃん~」

「る、瑠香ちゃん! 瑠香ちゃんからも何か言ってよ!」

「え? あぁまぁこれも仲良くなる一環だと思ってさ」

「瑠香ちゃん!? 私に味方はいないの!?」

「アンナっち、覚悟はい~い?」

 満面の笑みでみおりちゃんが割り箸のくじを差し出してきた。すでに三本引かれて残り一本となったそれを見ながら、今日の飲み会は長い戦いになりそうだと私は覚悟を決めた。

 すでに敗戦濃厚ではあるけれど。



 その日以降、大学構内で瑠香ちゃんがキスをしようとするのはかなり減った。その代わり――。

「ルカルカ! あたしらの前だからってアンナっちとキスばっかりしてんじゃないの!」

「別に私たちは見られても平気だし。ね、杏奈?」

「平気ってことはないんだけど……」

 見られて平気ではなく、見られたいから平気の間違いじゃないだろうか。

 瑠香ちゃんは四人で集まっているときに周りに人がいなければ構わずキスをしてくるようになった。

 それを拒否しない私も悪いのは分かってる。でもキスをしているとじっとみおりちゃんと麻由子ちゃんに見られて、その視線を感じるたびに得も言われぬ感覚がせりあがってくるのだ。

 それともうひとつ。

「あんたたちがそうやってキスを見せびらかすとマユが対抗意識燃やして――」

 みおりちゃんの言葉が麻由子ちゃんのキスによって遮られた。

 私達がキスを始めるとそれを真似するように麻由子ちゃんもキスを始める。

 狭い部屋の中で二組のカップルがキスをし合う。そのシチュエーションだけで気持ちが高ぶってしまうのは仕方ないことじゃないだろうか。

 勉強に支障が出る前になんとかしないと……。

 そう思いつつもこの状況を楽しんでしまう自分が情けない。

 でもほら、大学で出来た友人は大人になっても付き合いが続くことが多いと聞くし、互いにキスを見せ合うほど仲が良いと思えば……うん。

 とりあえず、今日は課題を進めることを諦めて、瑠香ちゃんといっぱいキスをしていちゃいちゃしようと決めた私だった。



            終

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