ネトリ。ネトラレ。
☆
現状把握に努めた結果、僕はどうやら北見灯子のプレイングキャラクターにログインしてしまったらしい。
なぜそうなったのかはサッパリ分かっていないが、原因はログイン再試行の指示を出しまくった僕にありそうな気がする……。
いやでも、だ。
『スターダスト・オンライン』は人の持つ神経系の動きを解析して、個人を把握しているのだから、万が一でも手違いで人様のキャラにログインするなんて有り得ないとも思う。
「でも現に起こってるんだから、こんなこと考えても仕方ないよなぁ。」
っと、危ない。
危うく隊列から外れるところだった。
僕は現在、『学院会』の一員として【サウスオーバー地区】から【キャリバータウン】へと帰還していた。
巨大なネジのようなトビラが、クリーチャーの侵入を阻んでいるサウスゲート。
それが地鳴りをあげて開かれてようとしている。
隣を見るとまっすぐに進行方向だけを見つめた〈水戸亜夢〉が、一切の狂いなく前のプレイヤーと同じように行進している。
何か話しかければボロが出そうだったから、そうしていなかったが【キャリバータウン】へと戻る最中でやはり彼女の様子がおかしいことに気づいた。
「……おち〇こぉ~……。」
これは決して、セクハラとか痴漢行為とかではない。
異常事態か否かを把握するためには、端的で小並感(小学生並みの感性)なワードを言う必要があったのだ。
決して、普段サバサバでクールな雰囲気の北見灯子に卑猥な言葉を言わせたいとか、そういうのではない。
……さて、〈水戸亜夢〉の反応はどうか?
別段、気にする素振りもないようだった。
凛とした眼差しを携えて、【モルドレッド】を撃った対物ライフルを背負う姿はどこかの兵隊じみていると感じる。
「んほぉぉ~~、ぶりゅりりゅりゅりゅりゅ、むっちちぶり…………」
――。
一人で言ってて死にたくなってきた。
もうやめだ。
僕は昨日、今の〈水戸亜夢〉と同じ状況に陥っていた人物を見ている。
瀬川遊丹ことプレイヤー名〈ニアンニャンEU〉は、プレイヤーキルという蛮行を機械的に行う殺戮マシーンと成り果てていた。
たしか、【チャフグレムビー】というクリーチャーの特殊能力を用いて、プレイヤーの神経系情報――つまりキャラクターの”中の人”であるプレイヤー自身のコントロールを奪い、キャラクターを操っていたはずだ。
他人の自由を奪って自分が好き勝手しようとするなんて外道のすることだ。
到底、許しては置けないことだと…………思う。
「あれ、今まさに僕がそれをしているのではなかろうか。」
…………気にしないようにしよう。わざとじゃないし。
この隊列に並ぶプレイヤーの殆どが水戸亜夢と同じような有様だった。
”松岡”や”渡木”、僕と同じクラスの生徒まで、見知った顔が隊列に加わっている。
いずれも感情の起伏はなく、ただ無言で前を見据えているだけだ。
古崎徹の姿もどこかにあるのか?
視界を巡らせると、彼の姿も隊列の中にあった。
〈水戸亜夢〉と同じように人形じみた行進を行っている。
「あいつも巻き込まれている側……? だったら〈オフィサー〉が主体?」
なんにしても、【チャフグレムビー】のバッドステータスは、消費アイテム【ヴォッカド濾過】によって治癒することが可能だった。
〈リヴェンサー〉もそのアイテムのおかげで助かったわけだし、サウスゲート付近の居住地区にいるなら、早々に入手しておくのが無難だろう。
隊列から抜け出し、赤茶けたローブを身に纏った老体NPC――フリューゲル・アンスを訪ねようとしたときだ。
偶然、近くを通りかかった人物へと肩が当たってしまった。
「ッウ……に、逃げるんだ!! ボクが時間を稼ぐから、キミだけでも!」
人物はリザルターアーマーを纏っている。
だからと言って必ずしもプレイヤーという判断は下せない。
〈キャリバータウン〉には”調達員”と称してアーマーを装着するNPCも街を往来している。
一見すれば、プレイヤーとNPCの区別はつかないのだ。
今だって肩がぶつかった程度なら、NPCは反応を示すことなくそのまま通り過ぎていく。
――だが、僕が偶然にも肩をぶつけてしまった彼は、すぐさま声をあげてしまっていた。
声音は震えている。
彼の右腕は一人の女の子の腕を強引に自分へと引き付けると、今度は人混みへとぶっきらぼうに突き飛ばした。
「北見灯子……!! お前たちの好きになんてするものか!」
僕はわけがわからないうちに、彼に【10mm徹甲マシンガン】を向けられてしまっている。
「ご、誤解だって! 僕は彼女じゃなくて」
「! ちゃんと話ができるの?」
こちらが言葉を返したことに驚いたらしい彼は、マシンガンの構えを解こうとした。
だが次の瞬間、彼は身体を大きく痙攣させて地面へと倒れこむ。
その背後にはつい先ほど、彼自身が突き飛ばした女の子の姿があった。
彼女の手のひらには、僕の記憶にも存在しない正体不明の兵装が握られている。
一見すれば、クジラを捕獲するための”捕鯨砲”をコンパクトにしたような見た目をしている。
装填されているのは銛ではなく、もっと簡素な牙じみたものだった。
倒れた彼は、その矢じりを背に受けてしまったようだ。
「アァ! たまんねぃなぁ!
網浜日向くんだっけ?
将棋部で私――天沢ホコナと二人っきりで仲睦まじく将棋打ってるんだよね?
せめて”彼女だけでも逃がそう”って健気すぎて惚れちゃいそう!
本当、立派すぎて涙がでてくるよ。
で・も、結局守れなかったネ!
――残念。
……”この身体”はもう〈トール〉様のものだから、網浜くんは必要ないってさ」
倒れた彼――網浜日向に向かって、自身を天沢ホコナと名乗る彼女がそう告げる。
わざと網浜日向を煽るようにして、彼女は自身(?)の身体を愛おしげに撫でまわしている。
「……ア、あぁ。」
網浜日向は身体を動かすことができないのか、地面に転がったままで彼女の姿を見守っていた。
「ま、大丈夫だよ。 ひ・な・た。 ……あれ、もしかしてまだ名前で呼び合う仲じゃない?
まぁ、気にしなくていいよ。だってこれから君だって、この〈トール〉の一部になるんだからさ」
「……。」
やがて網浜は言葉を発することすらしなくなった。
しかし、数秒後にすぐさま立ち上がると笑顔を携えて隊列へと戻っていく。
天沢もそれに倣うように隊列へと戻っていった。
……騒動なんてなかったかのように行進は再開される。
「〈トール〉……。 やっぱり、古崎徹が黒幕っ!!」
僕は踵を返して、さっき古崎徹をみかけた列へと急ごうとした。
だが背後を振り向いた瞬間、そこには無数の銃口がこちらへ向けられている。
集団行動競技も顔負けな一寸違わぬ動きで、隊列を組んでいたプレイヤーの全てが、誰の射線とも交わることなく、僕へと【10mm徹甲マシンガン】を構えていた。
「やぁ、戸鐘路久。 ――いや、〈ロク〉。」
背後の〈水戸亜夢〉が長銃を構えながらそう言った。




