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どんな作品でも


 瀬川遊丹が項垂れる間にも、廃線鉄道坑【ブルーエンド・リニアライン】の闇は深くなっていった。

 〈HAL〉の注釈によれば、戦前の宇宙コロニー【アイランド2】ではしっかりと使われていた極めて重要なインフラストラクチャーなのだそうだ。

 一般人の利用はもちろん、様々な貨物の運送も行っており、クリーチャーとの本格的な戦争が始まった初期の頃は、迅速な戦力配備で大活躍だったらしい。


 ”ブルーエンド”という名前は【スターダスト・オンライン】内における架空企業らしく、【アイランド2】全体に張り巡らされたリニアラインを総括している。

 本来、プレイヤーはゲームを進めるうちに、このリニアラインを再び整備し直すことで地点をファストトラベルすることが可能になるのだ。


 と、バスガイドよろしく〈HAL〉は流暢に施設内部を案内している。

 

 瀬川遊丹には目の前の幼女(年上である)がSF的な用語をふんだんに使っているせいで何を言っているのか、まるで理解できなかったが、とりあえず〈HAL〉が嬉しそうなのは伝わってくる。



「ちなみに、この廃線鉄道は他のゲームでいうところの”ダンジョン”でもあるんだ。

 『ブルーギース』っていうならず者が地下坑道に住み着いて、迷い込んだキミたち調達員を襲ってくるっ!

 ――っていう前振りなんだけど、ストーリーを進めるうちに『ブルーギース』たちは人類がクリーチャーに敗北したことを知らない可哀そうな人たちってことが判明する。

 彼らは再び、兵士を戦線へ送り込むためにリニア用レールを日々点検して回ってるんだ。

 ほら、側壁をみてよ――といっても、今は【ジェルラット・ピューパ】のせいでベタベタだけど、荒廃した世界って設定なのに綺麗でしょ?

 荒くれもののように見えて、実は職人気質なんだ『ブルーギース』たちは。」



 「……っていう設定があるってだけの話!」、そう最後に付け足して〈HAL〉は口を抑えた。表情はまるで失言してしまったコメンテーターのように強張っている。


 遊丹にも誤魔化したのはすぐにわかった。

 けれど何を隠したのか瀬川遊丹には分からなかった。

 

 代わりに、〈プシ猫〉を依然として背負って歩き続けている笹川が返す。



「別に話してくれていいんですよ。 ……俺、やっぱり戸鐘――路久くんが正しかったんだって思います。」



 返事に脈略はないように思えたが、彼の表情はいたって真剣なようだった。

 ”ニヘラ”と緩んでいる頬を強引にしかめっ面にして、笹川宗次は殊更申し訳なさそうにしていた。



「ゲームは遊ばれてこそゲームなんだって、あいつも言ってましたから。」



 続けざまに彼が言った言葉で、遊丹もその隣にいた〈リヴェンサー〉もハッとした表情になった。

 

 ああ、そういうことか。

 仮に私が”スターダスト・オンライン”の開発者であるならば、自分が作り出したゲームで意識不明や地獄のような痛みを味わった人たちの前で、得意げにゲームの設定を語ろうものなら、さっきの〈HAL〉のような表情になってしまうかもしれない。


 でも別に、今回の件は彼女のせいでないことも分かっているし、むしろ私なんかは”ゲームをプレイする気もないのに『スターダスト・オンライン』を始めた”のだ。

 『学院会』の活動を求めて……SFやロボットなんてまったく興味ないのに。



 それを改めて考えれば……私も笹川宗次と同じ言葉を言ったに違いなかった。


 モノづくりなんてしたことはないけど、動画サイトで好きな映画のコメンタリーを見たことがあれば、製作スタッフが如何に自分の作った作品を愛しているか、なんてすぐに想像がつく。

 口早く、興奮冷めやらぬといった有様で流暢に語りたいって思う。


 自分の開発したゲームが人を傷つける道具になっていたとしても、多分それは変わらない。


 まして、そんな『スターダスト・オンライン』を自らプレイ不能にしようとしている今くらい、普通に許されるべきだと思う。


 ……と言いますか、私だって意識不明になる前は『学院会』に加担してたわけだし、波留さんだって開発スタジオから追放されたって話だし、……色々おあいこ。



「伊達にキョロ充やってないですね」


「そ、それ今関係なくね……?」



 瀬川遊丹が言おうとしたことを先に笹川へと告げたのは、彼に背負われている〈プシ猫〉だった。



「……そっか。」



 ついさきほどまで悩んでいたことにも答えが出てしまう。

 つまるところ、笹川宗次という男はどうしようもなく”キョロ充”ってことだ。

 

 しきりに周りばかり見ているせいで、他人の心に敏感なのだろう。

 教室で遠巻きに彼を眺めていた頃は、主体性というか、芯がないというか、周りに合わせようと必死なところが痛々しく見えたが、今は……まぁ普通だ。


 七重が彼を気に入ることも有り得るかもしれない、とは思った。


 さて、私も何か行動に移すべきだろう。


 さっき私の兵装である【オクトパス・サイズ】を振った感触はスゴク愉快だった。

 私も路久と同じように、『スターダスト・オンライン』の楽しみに気づき始めているのかも。 

 ならばやることは一つ。 



「「じゃあリハビリも兼ねてクエストやるか(やろっか)」」



 遊丹の声が隣の〈リヴェンサー〉と重なった。

 こういったときに考えることが同じというのは何とも清々しい。

 流石は我が彼氏だ。


 〈HAL〉は一度キョトンと首を傾げたあと、浮き上がる頬を必死に抑えつつ、再び進行を開始した。



「や、やることはあるけど! リハビリならしょーがないよ、……ね。」



 

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