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瀬川遊丹の自爆

                  ☆


 午後10:20。

 ――廃線鉄道坑【ブルーエンド・リニアライン】。




「まさか、キャリバータウンのジャンク山から地下坑道にいける抜け道があるなんて。」



 アーマー腹部付近を漏電させながら〈リヴェンサー〉は感嘆の声をあげる。

 電灯がまばらにしか存在しない【ブルーエンド・リニアライン】の内部は薄暗く、リヴェンサーの腹部に走る稲妻はいい目印になっている。

 しかしながら、電子回路や焼け焦げた断面を見ると思わず目をそむけたくなってしまうほどの損傷だった。


 だが……。



「ここを知っていたら、”ちんしゃぶ”さんは今頃大冒険の真っ最中ってところでしょうか。」



「なっ!? ナナちゃん、”ちんしゃぶ”って……」



「え……あ、ちがう。 変な意味じゃなくて、路久のプレイヤー名が”ちんしゃぶ”なだけで」



 こちらの反応に気づいて、黒髪の小柄な少女は赤面しながら弁明している。

 


 プレイヤー名〈プシ猫〉のライフゲージは底をつきかける手前だった。

 片足には銃のバレルを突き刺して義足代わりにしており、左腕は欠損。右腕はアーマーに取り付けられていたサスペンション機構の数々が全て千切れており、地面へだらりと垂れ下がっている。

 

 最早痛々しさを想像させる余地もないほどに彼女はボロボロだった。


 そんな彼女を背負っているのが〈笹川宗次〉であることに、瀬川遊丹ことプレイヤー名〈ニアンニャンEU〉は動揺を隠しきれなかった。



「あいつのプレイヤー名〈イチモツしゃぶしゃぶ〉だけどね……イタッ! くはないけど、視界が揺れるっ。」



 〈笹川宗次〉が注釈をいれるや否や、彼の後頭部へとプシ猫が頭突きする。

 紛れもなく恥ずかしさを紛らわすためだけの身勝手な暴力だった。


 そんな風に感情を表に出す釧路七重を、瀬川遊丹はこれまでで見たことがなかった。


 不器用さが変な方向に磨きあがっている気がしないでもないが、気軽に自分を晒せる相手がいるのは喜ばしいことだとも思う。



 ――いや……なんか言い訳臭いかな。

 素直に言って、私は若干嫉妬しているのだ。

 そりゃあ、七重と親しくなる人が増えれば、親友である私だって嬉しいに決まっている。

 でも、それが私の知らぬ間に進展しているのはどうにも腑に落ちない。


 ”そんな幼気な七重を振ったオマエに嫉妬する資格はあるのか?”ですって?

 いえいえ、これは彼女の親友として、当たり前のように抱く感情です。

 彼氏がいながら抱いても、まったく無問題。二股とかじゃない。


 ……笹川と仲良くなったって話してくれないのが、寂しいだけだもん。



「どうした、遊丹?」



 いつの間にか〈リヴェンサー〉がこちらの顔を覗き込んでいた。



「へっ? いやなんでもないよっ。

 何でもないけど……芥って、私がナナちゃんと仲良くしていると、嫌?」



「? 嫌なわけないだろう。むしろ、不仲が原因で遊丹の表情が曇ってしまうほうがめちゃくちゃ嫌だ。」



「ん、お……ぅ。」



 不意突かれて変な声がでた。

 普段律儀な喋り方している男が「めちゃくちゃ嫌だ」とか、急に言わないでほしい。

 こっちまで恥ずかしくなってしまうではないか――。 



「って違ぁうっ!

 私が忌避しているのは、ナナちゃんがあんな下品な言葉使ってること。 いくら何でも”ちんしゃぶ”はないでしょう?

  ねぇ、芥?!」



「? 語感はそこまで悪くないと思うぞ。遊丹は何を忌避してるんだ?」



「純・粋☆無・垢!ガクッ」



 頭を抱え、遊丹は液体滴る暗闇の天井を仰ぐ。 

 反動でフード型のフェイスアーマーが顔を覆い、HUDが視界に現れる。


 あー、私の彼氏は世俗語に疎すぎるのを忘れてた。

 


「だ、大丈夫か? やっぱりまだ〈オフィサー〉たちから受けたダメージで”頭”が正常に働いてないのかもしれない。」



 どうしよう、自慢の彼氏にスゴク煽られている気がするぅ。

 でもここは落ち着くべきところ。


 私が知りたいのは、あのキョロ充で有名な〈笹川宗次〉が猫みたいに凛として、たまに不器用で寂しがりやな七重を守れる人物なのかどうかってこと。

 それを判断できる手っ取り早いものってないかな。



「?」



 天井を見つめる視界に何かが蠢いた。


 ――lock?たーげてぃんぐ?……あれってモンスター?



 HUDに反応があった。


 クリーチャー名【ジェルラット・ピューパ】の文字列が暗闇の天井を付近に漂っている。


 遊丹が目を凝らすと、動作に反応して彼女のリザルターアーマーがセンサーカメラの視界を拡大表示させた。

 すると、【ジェルラット・ピューパ】の文字列がいくつも増加していき、やがて天井一面に広がっていく。


 雫が一滴、二滴と遊丹のフェイスアーマーに落ち込む。

 始めは湧き水か何かが垂れているのかと思っていた。


 だが、雫の正体を知って、遊丹は悲鳴をあげそうになった。



「……しーっ、悲鳴はあげちゃだめだよ。 流石にそこまで騒ぐと1、2匹は目覚めちゃうと思うから、ね?」



 衣服じみた遊丹のアーマーの裾を、小脇に歩いていた幼女キャラクター〈HAL〉が引っ張っていた。

 『スターダスト・オンライン』では身長も自由に決めることはできたが、ここまで幼い体型にできるとは知らなかった。

 キャラの中身はもちろん、戸鐘波留だ。

 

 彼女が遊丹たちを招集して、『キャリバータウン』のジャンク置き場からこの【ブルーエンド・リニアライン】へと案内され、今に至っている。

 

 HALへと頷く。



 どうやら他の面々は頭上にいる脅威に気づいていないらしい。



「普通に話す分には大丈夫。

 よっぽどの騒音や、攻撃でも加えない限り、あのピューパが孵ることはないから」

 


「……あのモンスターの強さってどれくらいですか?」



「そこまででもないけど、あたしたちは手負いだからさ。用心のために戦闘は避けないと。」



「”勝てない程度じゃないってことですね?”」



 遊丹の声音が震えたものでないことに気づき、HALが彼女の表情を仰ぎ見る。

 


「……あ、あれ。ここってホラー映画みたいに口を抑えて阿鼻叫喚を抑え込むシーンだと思うんだけど、どうしてユニちゃんは”笑ってる”の?」



 そんなの当たり前じゃないか。

 これって、〈笹川宗次〉を試すいいチャンス。

 モンスターが現れたからってすぐに七重を置いて逃げるなら度胸皆無。「娘は渡さん!一昨日来やがれ、キョロ充!」ってところだろう。


 兵装の呼び出し方ならさっき芥から教わった。

 自衛はもちろん、いざという時に七重を守ることだってできる。

 ならば実行に移すだけだ。



 ――兵装【オクトパス・サイズ】呼び出し!


 遊丹の手に巨大な鎌が出現する。

 人形のような球体関節を持つ刃は、彼女の操作で自在に刃の曲線を調整できる。

 今であれば、リーチ優先に湾曲を抑えることも可能だった。


 遊丹が振りあげた刃が天井に張り付く【ジェルラット・ピューパ】一匹の胴体を切り裂いた。


 一同が遊丹の行動に唖然とする間、大鎌によって開かれた切り口から、甲虫の甲殻を持った液体塗れの巨大ネズミが生れ落ち、笹川宗次の目の前へと落ち込んだ。



 ――よし、笹川の本性をナナちゃんに見せつけてやりなさい!えーっと、【ジェルラット・ビート】!


 遊丹がそう念じた一瞬の間、彼女の横を疾風が駆け抜けた。



「あら……?」



 そして瞬きを一回挟んだ僅かな間に、蛹から羽化した【ジェルラット・ビート】が壁面へと叩きつけられ、はじけたトマトみたいに液体をまき散らせていた。

 

 〈リヴェンサー〉が大剣による一撃で【ジェルラット・ビート】を瞬殺したのだ。



 ……わー強い(レ〇プ目)。



「ゆ、遊丹、やっぱり頭が」


 

 

 恋人から送られる憐れみの視線がとてつもなく痛かった。




 



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