クリーチャーズ・パリィ
☆
「北見先輩、やめ、て。 殺さないでェ……」
「どうして僕が君を殺す――ノォォオオォォ?????」
逃げ出す水戸亜夢へと手を差し伸べようとした瞬間、腹部へと衝撃が走った。
身体がくの字にひしゃげて地面へと叩きつけられる。
幾度か衝撃で跳ね上がって視界にノイズが走った。
HUD表示されたライフゲージがダメージによって減少していく。
しかも減り方は恐ろしいほど甚大だ。
このふざけた攻撃力を僕は知っている……!!
すぐ頭上を人の胴体ほどの幅を持つ尻尾が波打っているのが見える。
黒い油を敷き詰めたそれが天上の日差しを受けて後光を纏っていた。
視認することで見えてくるクリーチャーの名称は【モルドレッド】。
何とか首を傾けると、今にも〈水戸亜夢〉を襲わんとしている怪物の姿があった。
状況はさっぱり読めないが、このままだとプレイヤーがキルされてしまう。
別に〈水戸亜夢〉がどうなろうが知ったことではないが、これ以上、今日の柊木匠のようなことが起こってしまうのは御免だ。
「何か兵装は――。 【試作限定解除型ビームソード】だって?
ランク:エピックのレア兵装と、それを使うための【バックパック式外付けジェネレータ】?
アーマー自体は初期型なのに、兵装は一級品ってどうしてこんなピンキリなスタイルなんだ!?」
〈水戸亜夢〉の悲鳴が聞こえる。
か、考えている暇はない。一見すれば小さいダンベル状のそれを握り込み、刺突する形で【モルドレッド】へと構えて、スラスターを解放する。
ゲーム演出上のGで身体が引っ張られる。
まったく、こんなプレイヤーの動きを阻害する演出なんてつけなければ、もっと正確に敵を狙えるっていうのに。
……以前はこの引力だって心地いいものだったけど、今はなんだか苦痛を伴う気がする。
けれどもリザルターアーマーの操作は自分でも不気味なくらいに、スマートにこなせてしまうのだ。
無意識に【Result OS】をアーマーから外してマニピュレート操作に切り替え、【モルドレッド】へと不規則な機動を描いて肉薄する。
『うあぁ、クリーチャーもプレイヤー無差別に殺しまわってるのか!?』
――!?
このモルドレッド、今喋ったように思えた……けど、聞こえたのはリザルターアーマーのスピーカーから発せられる電子音声だ。
「もう”こんなゲーム”で割喰うのは嫌だって言ってるんだよ!」
『ならお前らが出ていけばいいだろ!!』
やっぱり、コイツこっちの言葉に反応してる!
プレイヤーか? いやでも見た目は【モルドレッド】そのものじゃないか。
【モルドレッド】が攻撃モーションに入る。
鉤爪のある巨腕を正拳付きの要領で突き出すこの動作を、僕は既に見切っている。
無駄を切り捨てた回避で攻撃をやり過ごしたあと、スラスターによる突進の勢いそのままに【ビームソード】をやや傾ける。
状態を屈めて倒れこむがごとく、【モルドレッド】の左方へと抜けていく。
すれ違い様に、ビームソードはエネルギー放出を行って閃光を弾けだす。
【モルドレッド】のタール厚皮が高熱で熔けて蒸発していく。
裂傷に残るのは白光の粒子だ。
「この”ビーム兵器”、【Result OS】の操作なしでも出力調整できるのか。
なら――」
左方を駆け抜けてモルドレッドと開いた距離を腕部バーニアによって若干詰めたあと、ビームソードをレイピアじみた持ち方に切り替えて、再度エネルギー放出を行う。
さっきよりもリーチは遥かに伸びあがり、一直線に【モルドレッド】の頭部へと突き刺さろうとしている。
無理な態勢から復帰しての連撃、そしてビームソードによる形状変化。
【モルドレッド】の不意を完全についたはずだった。
しかし、そんなこちらの姿をモルドレッドの両肩部にある肥大化した眼が睨みつけていた。
背を晒していたにも関わらず、【モルドレッド】は当然のようにビームソードの伸張された刀身を躱した。
首を溶かし斬るために剣を横薙ぎする。
首を取れると思った一撃だったが、およそクリーチャーとは思えない身のこなしで【モルドレッド】は三又の爪を盾にしてビームの閃光を防ぎきる。
真っ赤に熔解した爪を厭うことなく、もう片方の腕で応戦してくる。
モルドレッドの爪はビームによる高熱で熔けることはあっても貫くことはできていない。
「――ッ!?」
こちらの剣の軌道に攻撃を合わせて、ビームの斬撃を防ぎきっている……?
繊細すぎる動きだ。こんなのクリーチャーのAIでできることじゃないぞ!?
これじゃあビームソードが形状変化できても、モルドレッドのクローに防がれてまるで意味をなくす。
それを、目の前の怪物を知っててこのやり方を行っている。
距離が詰められる……!! 抑え込まれたらこっちには他の兵装が、ない!
「ぁぁあああぁあああ!!」
対峙する【モルドレッド】は自身の爪で、こちらのビームソードの持ち手を掬いあげた。
手から離れた【試作限定解除型ビームソード】が荒野へと落ち込む。
「ぱ、パリィ…………。」
「Gaaaaaaazzzzzzzzzyaaaaaaaa!!」
こちらに抵抗する術がなくなったとわかった途端、【モルドレッド】は雄叫びをあげた。
終わりだと悟った瞬間、目の前の巨躯がぐらりと揺らいだ。
『”閉眼”だ。開眼状態が長すぎた――うぅ』
また人の言葉を話したのか?
両肩の瞳が瑞瑞しい音を立てて閉眼していく。
不安定になった【モルドレッド】が倒れこもうとしたところで、その身体が黒煙をあげて爆発する。
仰向けで倒れこむ【モルドレッド】を目の前にする僕へと、何者かの通信が入った。
『【モルドレッド】、とんだ邪魔者が入ったね。 亜夢はこっちで保護して”撃ち込んでおいた”よ。
じきに他の候補もやってくるからね、そいつらにも”針”を撃ち込まないと』
「針……? なんのことだ」
『効果が切れた? こっちの亜夢は上手くいったんだけど…………もう一回撃ち込む必要があるか。
とりあえず……灯子、一度キャリバータウンに戻ってきて』
通信が一方的に途絶えた。
倒れたままで【モルドレッド】はピクリとも動かなくなる。
「さぁ、帰ろうか。 ……じゃなくて、ゴホン。
一緒に帰りましょ~北見センパァイ♪」
いつの間にか、僕の後ろには〈水戸亜夢〉が笑みを浮かべていた。
その両手には身体に収まりきらないほどの長銃があり、銃口には白煙が上がっている。
【モルドレッド】を撃ったのは彼女らしい。
だが、さっきまで脅えて何もできない状態だったはずなのに。
「……ん、北見?」
一息ついたところで、僕は改めて自分の置かれている状況を確認するに至った。
そしてまず初めに気づいたのは、自身のリザルターアーマーがやけに曲線の目立つフォルムをしているということだった。
つか、この膨らみってまさか……。
今更、自分の声が若干ハスキーがかってはいるものの、女性のそれであることもわかった。
……嘘だろ?




