雑魚系ボスクリーチャーLV.2
☆
【サウスオーバー地区】の荒野に一際ビビッドな色合いの影が揺れている。
【モルドレッド】の《開眼》状態である僕には、必死になって四肢を動かす人影の姿がよく見えていた。
人影は何かから逃げようとしているようだ。
しかし、ロクにリザルターアーマーの操作を知らないらしく、推進剤による加速も行わないアーマーの脚力だけで地面を蹴っている。
アーマーの半自動操作を可能とさせる【Result OS】ありきなら、簡単にスラスターを解放してもっと素早く逃げ延びることができるのに、その人影は愚鈍にも荒野を駆け抜けている。
あるいは操作する余裕すらないのかもしれない。
焼け焦げた遊具らしき鉄屑へと脚を取られ、人影は派手に転倒した。
反動によってヘッドアーマーが解除されてその表情が露わになる。
童顔の女の子だ。
『知ってる顔だけど、思い出せないな』
ボイスセットから独り言を発しつつ、僕は頭部と幅が一緒くらいの首を傾げて思案する。
【モルドレッド】というクリーチャーに移された”僕”は所詮、現実世界の〈戸鐘路久〉の残り香だ。
おそらく、クラスメイトか何かなのだろうけど、上手いこと記憶が参照できない。
こりゃあ、物忘れってレベルじゃないぞ。
……まぁ、ゲームの世界の住人になった僕には関係ないな。
『って、スルーするわけにもいかないか。 いわばここは僕の縄張りってやつなんだろ?
クリーチャーとしてお灸をすえるのも悪くない。
というか、自分の強さを知っておきたい気もする』
我ながら独り言が多い。
ヘッドセットから自分の声ではない他人のボイスが流れるとちょっと寂しさが紛れるのだ。
意識せずとも〈ヴィスカ〉の存在は大きい。改めて実感する。
ついさきほど別れたばかりなのに、人恋しさが湧いてくるようだった。
……でも、それすら覆い隠すほどに目の前のプレイヤーが憎々しいとも思う。
プレイヤーということは、少なからず《学院会》の息がかかっている連中でもあるってことだ。
万が一に備えて、仲間である〈プシ猫〉の顔も思い出すが、彼女はそもそもあそこまで表情を露わにするタイプではない。
けれども、まだ戦うわけにはいかない。
自分の力が如何なるものか判別できていないのだ。相手がいくら弱そうにみえたって、僕は今度死ねば、本当に消えてなくなってしまう。
『おちつけ……。まだ時じゃない。ヴィスカとの約束を守るんだ。』
僕の視界に映る逃走者の女の子は、顔を青ざめて遊具の残骸に隠れようとしていた。
ジャングルジムっぽい骨組みに、一軒家の屋根が被さった瓦礫へと身を入れこもうとする。
しかし、リザルターアーマーでかさ張った自分の体格を加味できていないらしい。
その身体がつっかえて下半身だけが丸見えになっている。
その見事な慌てっぷりがちょっとだけ面白く思えた。
はてさてこの感情は【モルドレッド】という名のクリーチャーによる嗜虐心の賜物か。
『何か他のクリーチャーに狙われているのかな……?』
気になって辺りを見回す。
……が、そろそろ《開眼》状態の活動限界がやってきたようで、極度の吐き気を催して止む無く『閉眼』の命令を出す。
身体が命令に従って、両肩部にある二つの眼を眠らせる。
まるで魔法の詠唱じみているな。
どんな形で”音声認識”が伝わるのかわからないけど、案外それっぽいセリフを吐けば、他の機能も使えるかもしれない。
『そんなことが出来るなら、こんなに苦労してないってね。
――く、閉眼状態だとやっぱり見えないな。 接近しよう』
ピントの合わない眼鏡を装着しているような、ぼやけた視界の中をタールコーティングされた無骨な二足で走り抜ける。
途中で冷蔵庫やらオーブン、その他諸々の家財道具を踏みつけては、刺すような金属音に呻きつつ歩を進める。
相変わらず痛みはないものの、聴覚はかなり敏感になっていた。
やがて独特なエネルギー放出音が聞こえてくる。
ガス栓が漏れ出す空気の流れに、緩慢なく続く海のさざ波音を乗せたような響き。
思わず身体が反応してしまい、二足歩行を獣じみた四足に切り替えながら音源へと迫る。
正真正銘、これは”ビームを放出”し続けている時の音じゃないか!
しかも【ビーム”コーティング”ソード】と比べると出力の勢いは雲泥の差ッ!
ビームを射出する兵装なら、波打つかのような破裂音がするはずなのに、この音はずっと続いている。
ということは……!!
『開眼!』
音源へと十分に接近したあと、再び視界を360度全周囲見渡せる状態にして付近を確認する。
真っ先に捉えたのは、青白い棒状の塊だ。
それが今まさに斬撃によって光の残滓を残しながら遊具の残骸を切り刻むところだった。
切断面を真っ赤に熔解させたジャングルジムが、支えを失って崩れ落ち、砂塵をあげて地面へ消えていく。
それだけにとどまらず、ビームの放出によって砂塵すら実体物かのように切り裂かれて霧散していく。
聞こえてくるのは小気味の良いラップ音だ。
漂う塵芥が閃光に焼かれて弾けているらしい。
――あれは、まさしく【ビームソード】というものじゃありませんか!
【ビーム”コーティング”ソード】はビームを通すための実媒体を用意し、エネルギーを通電させることで閃光の剣を作り出す。
だがこの【ビームソード】はゲーム内の最高技術である《ポータル・エレクトロ・システム》によってエネルギーを一定範囲に持続・固定させることでビームの塊を生み出している。
つまり、これは実体を持たない正真正銘のビームソード!
……〈キャリバータウン〉内のクエストカウンターに設置されているマニュアル本でしかその存在を知らない、『スターダスト・オンライン』では伝説的な兵装の一つだ。
――え、なんでそんな代物がこの場所にあるんだ?
純正な【ビームソード】の観察を一通り堪能し終えたあと、僕の関心はようやくそれを乱雑に扱うプレイヤーへと向いた。
あぁ、また知ってる顔だ。けど、名前が思い出せない。
確か昨日〈トール〉と一緒にいた子だった気がする。
雰囲気はクールでサバサバしてて、ゲーム内のキャラクターも弄らずに現実世界と同じ黒髪にしている……。
ビームソードを手に取った彼女は歪んだ笑みを浮かべながら、もう片方の童顔の女の子を襲おうとしているようだ。
『あぁ、思い出した! 古崎徹のハーレム二人だ! 〈北見灯子〉と〈水戸亜夢〉だ!』
二人揃って視界に収めたことで急激に記憶が蘇ってくれた。
水戸亜夢のほうは多少髪の色を弄ったりもしていたが、現実世界とそこまで容姿は違わない。
「どーして!? こ、殺そうとしなくてもいーじゃないですかっ!? 北見先輩がトオル先輩と付き合うっていうから、ちょっと悪戯しただけなのに!
こんなとこまで追い立てて!」
「……」
水戸亜夢が叫ぶ一方、北見灯子は笑いをこらえてるかのように頬をくしゃくしゃに歪めている。
やっぱり記憶違いかもしれない。北見ってあんな豊かに表情替えるような奴だったか。
「な、何かいってください。
――あ、亜夢を殺したら、次の公演は大失敗になりますよ?
だってだって、亜夢がキャラロストしたら絶対セリフなんて覚えられなくなっちゃいますもん!
そしたら、北見先輩だって困るでしょ? 演劇部の皆が大恥掻いちゃいますっ
と、トオル先輩にも笑われちゃ……。
なんで北見先輩が笑ってるんですか!!
そんなに亜夢が邪魔だったの? トオル先輩と付き合うことになったんだから、いいじゃないですか! 演劇部のエースくらい、こっちが持ったままでいいでしょっ」
怒声のままに水戸亜夢が近くの瓦礫を持ち上げて北見へと投げ捨てる。
そんなものより兵装を呼び出して使ったほうがダメージは大きいって知らないのか。
なんだろう、修羅場か何かだろうか。
お互い潰しあってくれるなら、クリーチャーとしては喜ばしい限りだけど。
そうこうしている間にも、北見灯子は水戸亜夢を追い詰めていく。
彼女が隠れていたジャングルジムはもう見る影もなく、一軒家から剥がれたであろう屋根越しに、北見のビームソードが突き立てられた。
「――亜夢、このままあたしがこの剣を横に流したら、全部終わるよ?」
「北見先輩、やめ、て。 殺さないでェ……」
北見の側から亜夢は見えない。
だが、隠れている場所に検討がつくなら、後はそれ”ごと”切り裂いてしまえばいい。
鋼鉄の壁だろうが、リザルターアーマーの装甲だろうが、ビームソードであればなんなく溶かしつくしてしまうだろう。
……も、もうちょっと近くでみたい、かも。
ほとんど好奇心にされるがまま、無意識に僕は身を乗り出して彼女たちに近づいていた。
「も、もうヤダぁ!!」
と、その瞬間、水戸亜夢が隠れていた瓦礫から飛び出してこちらへと向かってくる。
「ヒャァアアアアアァアア!!」
『のわぁぁああああぁあぁああああ!!』
急に目の前に現れた怪物に水戸亜夢が悲鳴をあげ、つられて驚いた僕も胴体ごと反転して逃げようとしたところで気づく。
あ、尻尾――。
しかし時既に遅く、僕のテールアタックが運悪く北見へと直撃していた。




