混線ログイン
現在時刻は午後10時10分前まで差し掛かっていた。
昼休みに湯本紗矢と話した僕の気持ちは、『スターダストオンライン』へと向いている。
”【エルド・アーサー】を倒す協力がしたい”。
波留姉さんへとそう連絡したあと、僕は『スターダスト・オンライン』へログインするための準備を整えていた。
姉さんの返事はおそらく、僕を慮っての”拒否”だろうけど、それに従う気はなかった。
だが……。
メッセージを受信したであろうスマホを確認し、思わず頬が引きつってしまう。
『別にいいけど~、あたしたちはサウスゲートに向こうにいくから、多分会えないよwww』
……この”www”って凄くムカつく。
どうして会えないのか問い返すが、姉さんは応える気がないようだった。
たしか、姉さんたち――〈リヴェンサー〉や〈ニアンニャンEU〉や〈笹川宗次〉は、【エルド・アーサー】討伐のための準備をすると言っていた。
ラスボスより更に格上の”裏ボス”と称していい【エルド・アーサー】を倒し切るには、いくら〈リヴェンサー〉の操作技術があっても心もとない。
故に姉さんが勝つための手立てをサウスゲートの向こうに用意してあるようだ。
けど……僕にはそれを見せたくないらしい。
昨夜キャラロストした僕はまたチュートリアルからやり直しなわけだし、ログイン後真っ先にサウスゲートの前で待ち伏せすることもできない。
仕方ない。
僕はスマホで”新しい連絡先”タブをタップしてとある人物を呼び出した。
『悪ぃな。 俺は教えてやりたいんだけど、お前の姉ちゃんとか会長が許してくれないんだ。
いやぁ~、信頼される身分ってのはこういうことがあるから心苦しいね。
でもさ、俺だって男なんだ。
守秘義務は果たす、何としてで――』
笹川が話し終えるのも待たずに通話を切る。
まったく、昨日の一件以来、あらゆる事柄から自分が爪弾きにされている感覚がある。
全部姉さんやヴィスカがこちらを心配しているからなんだろうけど、それにしたって少々空しい気持ちが沸いてくるというものだ。
ようやく僕も皆と同じように『スターダスト・オンライン』をプレイする理由をしっかり持てた。
相変わらず学院会の存亡や『スターダスト・オンライン』自体に興味はないが、ただ一つ、〈ヴィスカ〉、月谷唯花とこのまま会えず仕舞いなのは絶対に御免被る。
「午後10時、時間だ。
とりあえず、速攻でチュートリアルを終わらせてサウスゲートがあるキャリバータウンの居住地区へ向かうってことで。」
目標を明確にした後、僕は『スターダスト・オンライン』へのログインを開始した。
――――――――――。
曖昧になる意識、五感の全てが鈍くなり世界が縮まっていくような錯覚を感じたあと、視界はブラックアウトする。
幾度なく繰り返してきたログイン作業。
〈オフィサー〉と対峙してやられてしまった僕は、今一度キャラを作り直す必要があった。
(ブラックアウトの時間が長い……。いつもならキャラクリエイトのVR空間へ移されるのに。)
《エラーコード:098 お持ちのアカウント情報は既にログインしています。》
眼前で浮かぶテキストボックス、そこに表示された文字列に思わず首をかしげる。
既にログインしている? 乗っ取られてるってこと?いやいや、それはおかしい。
『スターダスト・オンライン』は個々人の脳波や神経系の動きでプレイヤーを分別している。
クローンでもいない限り、アカウントが乗っ取られるわけが……。
(……あ。)
頭に思い浮かぶのは、昨夜、姉さんから打ち明けてもらったことだ。
”――ゲーム内の〈ロク〉と現実世界の〈ロク〉を分けてしまった。”
えーっと、つまり、姉さんがゲーム内に用意したもう一人の〈ロク〉が現在『スターダスト・オンライン』をプレイしているせいで、僕はログインできないってこと?
……あくまでも、その可能性があるってことだけど。
背筋がぞっとするような話だった。
姉さんの話を聞いてたときは別段意識はしていなかったが、実際に蠢めく気配を感じたら流石にオカルトチックに思えて仕方ない。
(ちょ、ちょっと待て。 じゃあ僕はこれからずっと『スターダスト・オンライン』がプレイできないってことじゃないか。)
システムメッセージに促されるままに僕は《再試行》を指示する。
けれど、試せど試せど同じエラーメッセージが表示される。
(……これじゃあ正真正銘の仲間外れじゃないか! こっちだって長年、ぼっちとして過ごした者としての矜持がある!
僕は選び取った孤独は好きだが、強いられる孤独は我慢ならない!)
ヤケになってエラーメッセージが表示されるまえに、重ね重ね《再試行》を試す。
1回2回3回4回5回……23回。
……というか、この状態ってどうやったらログアウトできるんだ?
そもそもログインすらしていない狭間なんだよな……え、これって結構ヤバい状態?
一応、運営への問い合わせもできるみたいだけど、そもそも今の『スターダスト・オンライン』に運営はないから意味ないし。
一気に危機感が湧きあがってくる。
(く、くそ!ふざけんなよ!
僕が戸鐘路久の本体なんだよ!
”なんでもいいから”早くキャラクターを用意しろってんだ!!)
まるで家から閉め出された酔っ払い親父のように、再び〈再試行〉を指示した。
すると……。
《ログイン先アカウントの検出が終了しました。 ログインを開始します》
テキストボックス以外、ブラックアウトしていた視界が突如として明るくなる。
キャラクリエイトではなく通常のログイン時に表示されるメッセージだ。
ということは、もう一人の僕がログアウトしたってことだろうか?
なにはともあれ、ようやく『スターダスト・オンライン』をプレイできるようになった。
少なくともこの空間で一生閉じ込められる心配はしなくていい。
(やったぁぁああぁぁぁあぁァァァァァ……?)
ピントがあっていなかった視界が徐々に鮮明になり、見慣れた〈キャリバータウン〉の街並みが広がって……いなかった。
あるのは荒廃した大地と、僕の目の前で脅えるプレイヤー〈アムりん〉だった。
「北見先輩、やめ、て。 殺さないでェ……」
何、この状況。




