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決意は正午に。

               ☆



 柊木匠が否応なく教員室に連行されたのは言うまでもない。

 下手すれば死人が出てもおかしくはない状況だったが、鳴無学院がどう舵を切るのかは分かり切っている。

 特にプロスカウトにまでお呼びが掛かっていると噂の柊木匠は、お咎めはなく対処されるに違いない。

 朝の出来事はなかったことにされるのだ。


 なまじ『スターダスト・オンライン』を知っているだけで、目の前の出来事や他人の言動が白々しく思えてきてしまう。

 冷静に考えれば『スターダスト・オンライン』は鳴無学院にとって有利に働いている。


 たまたま古崎徹が遊び場として使っているというだけなのに、ここ2、3年の間に学院の評判はうなぎ上り状態だ。

 運動部全般には颯爽と”エース”が現れて公式戦連勝。

 全国統一試験関連では、成績上位のほとんどを学院生徒が埋め尽くす。


 いくつか文系の部活動においても、コンクール入選を果たしたものがいるという話も聞いたことがある。



 利益があるなら、保持しようとするのが世の理というやつだ。

 湯本紗矢は、これらの一件に”古崎グループ”自体が関わっていないと判断するや否や、『たいした問題ではない』と一笑に付した。


 だがそれにしたって、現実世界において古崎の悪事を暴いて曝すのは時間がかかる。


 なら根本を、『スターダスト・オンライン』を叩いてしまうのが一番有効なように思える。



「【エルド・アーサー】を倒して《キャリバータウン》にミサイルを落とす。

 なかなかクレイジーな計画だよなぁ……。」



 時刻はちょうど昼休みに差し掛かっていた。

 刻一刻と迫るログインの時間帯がやんわりと決断を迫っている。


 もはや僕には『スターダストオンライン』に対する情熱が冷めてしまっていた。

 

 アーマーの改造も、それを使って地を駆り、多彩な兵装のリコイルを全身で感じ取り、クリーチャーの猛攻を間一髪のマニューバで躱す。


 記憶の中での僕は最高にスターダストオンラインを楽しんでいるけれど、今の僕にはできそうになかった。


 何か、自分の中でパズルのピースがはまっていない気がするのだ。



「湯本紗矢、来てる?」



 その答えは湯本紗矢が知っている。

 確信めいた気持ちを抱きながら、僕は彼女の教室を訪ねていた。

 教室にいた一人に聞くと、うんざりしたような表情を向けられた。



「紗矢ならさっき学食にいくって言ってましたけど……、あ、帰ってきた。

 お~い、紗矢。面食い先輩が”また”来てるよ~」



 話しているうちに、教室の戸を足で開こうとする湯本紗矢が現れる。

 両手には菓子パンを抱えており、まったくこちらに関心はないようだった。 


 面食い先輩って……。

 


「アポなしお断りー。 これから調達した暖かい犬を喰らうんスから」



「それ和訳しただけじゃ~ん。 ガサツアピール乙~。」



「本当にガサツなんスよ! 見た目に騙されるなって……あぁ、戸鐘先輩ッスか」



 友人と話した後で、湯本はようやくこちらに気づいたようだった。

 止む無く彼女は自分の席に菓子パンを置いたあと、うち一つを掴んで再び教室を出ていく。

 その際に指先だけでこちらに来るよう指示をした。


 従うままに僕は屋上に続く5階の踊り場までやってきた。



「はぁ~……また変な噂が立つッスね……。」



「さっきの、”面食い先輩”のことか?」



「言い寄ってくる人は多いんスよ。

 同学年ならアタシの本性知ってるやつ多いんであんまりいないンスけど、フロア違いの先輩方はこの見た目に惹かれてるわけッスね」



 ブロンズの入った長髪を広げ、青みがかった瞳を見開いて、彼女は外国人の血が流れている自分の容姿を強調させてみせた。

 


「大変なところ悪い。でも、教えてほしいことがあるんだ――」



「ヴィスカのことッスね?」



 先回りされて言われてしまい、僕は何度か頷いた。

 月谷芥を先んじて帰宅させたのは、彼女から話を聞くためでもあった。



「そうじゃなきゃ、戸鐘先輩の用に付き合う義理なんてないッスよ。」



 おぉ……その通りなんだけど、言われればショックだ。


 動揺した僕の様子を楽しんだ後、湯本は話始める。



「アタシが言ったって、波留さんには内緒っスよ。もう予想はついてると思うんスけど、ヴィスカ――月谷唯花は5年前の事故で亡くなっています。」



 一度大きく深呼吸をして湯本紗矢は、月谷唯花の詳細を語った。



「前提として知っておいてほしいのは、アタシは”エンドテック”――M.N.C.関係者であることッス。

 といっても、専門的な知識はからきしで、おもな仕事はM.N.C.患者の身辺調査ってところッスね。

 患者会ってわかりますかね?

 M.N.C.による治療を行った患者が集まって、互いの悩みを相談しあう支援組合みたいなものなんスが、アタシはその組合で学生患者の相談に乗ってます。

 アタシもM.N.C.を使ったVRリハビリテーションによって歩けるようになったッスから」



 湯本紗矢はその場で足踏みして義足の鈍い金属音を鳴らしてみせた。



「患者会の活動の一環で、戸鐘波留――先輩のお姉さんとも知り合いました。

 当時、波留さんは古崎グループを調べながら、M.N.C.に関する情報を学んでいたッス。

 先輩を助けるために。

 けど、患者会で『スターダストオンライン』(ゲーム)に詳しい人がいなかったせいもあり、主にアタシが波留さんの相談をうける係になったッス。

 

 それからは、紆余曲折ッスね。

 古崎グループ関連の企業や、大学病院を調べあげて、今稼働している『スターダストオンライン』の存在を嗅ぎ付け、……ヴィスカにたどり着きます。


 ゲーム内の〈ヴィスカ〉は……自分が何者なのか分かっていない状況でした。

 波留さんは彼女と接触しましたが、アタシはどうしたらいいかわからなかったッス。

 波留さんに言われたとおり、M.N.C.患者のデータを調べたら、〈月谷唯花〉の名前が浮かび上がってきました。

 でも、一体全体、どうやって言ってあげればいいのか、わからないんです。

 ”既にあなたは死んでいて、帰る場所はどこにもないんだよ”


 そんなの酷すぎるッス」



 地団駄する彼女の義足が地鳴りのように響き渡った。

 


「アタシは結局言い出せなかった。

 波留さんは自分が代わりにヴィスカへ告げると言ってくれましたが、アタシが選んだのは、ヴィスカに身体を提供することでした。

 『スターダストオンライン』を使って、ヴィスカの神経系情報の帰り先をアタシに設定し、少しでも楽しい現実世界をみせてあげようと努めたッス。

 でもヴィスカは何かしようとはせず、すぐに『スターダストオンライン』に戻ってしまいました。

 アタシは、何かできることがないか探って、ヴィスカがゲームから出ようとしないならその中で楽しませる方法を考えたッス。

 月谷芥、彼女が死に別れた兄が『スターダストオンライン』をプレイするよう瀬川遊丹をそそのかしたのはアタシッス。

 ……まさか瀬川遊丹があんなことになるとは思ってなかったッスから、意識不明となった後は、波留さんの協力者として先輩がたの動きを探っていた感じです。

 

 ……なんかアタシの話になってるッスね。

 どうも、ヴィスカに身体を使わせたおかげか、混同しちゃう部分があるんスよね……」



「――いや、ありがとう。なんとなく、話がみえてきたよ。」



 M.N.C.に取り残された幽霊……。

 


「今、戸鐘先輩はヴィスカの記憶があいまいになってると思うッス。

 その理由は多分、〈ロク〉で経験したつらい出来事を彼女なりに取り除こうとした結果なんだと思います。

 だから、……あんまり怒らないでほしいッス」



「いや怒るよ。 忘れたままじゃ、僕という輩は救いようがないほど情けない人間だ。

 どうすれば彼女を助けられる?」



「波留さんは、M.N.C.とは別の電子機器に彼女を保護するべきだと言ってるッス。

 今はダメでも、いずれ技術が発達すれば、神経系情報の集合体のみとなったヴィスカを救える方法が見つかるかもしれない、そう考えているみたいッス。

 それを行うには、やっぱり学院会――トールやオフィサーたちを封じ込める必要があるとも言ってました。」



「……わかった。」




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