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天才無垢

                  ☆



 『スターダストオンライン』の存在はプレイしている本人にしか認知されていない。

 未プレイの生徒は、氷山の一角として『スターダストオンライン』の気配を感じ取ることはあっても、まさか”VRゲーム”によって隣席の天才・秀才が生み出されているなんて思いもしないはずだ。

 中にはスマートドラッグや覚せい剤のようなものを怪しむ人物もいた。

 ストーカー紛いの行為を行い、学院会の秘密を暴こうとするものも少なからずいたが、巧妙に秘密を隠し通されてしまい、『スターダスト・オンライン』まで自力でたどり着けたものはいなかった。

 ……”学院会の秘密”としてではなく、一ファンとして『スターダスト・オンライン』にたどり着いた者ならいたが。



 学院内での情報操作もその隠蔽も、おそらくはオフィサーや古崎徹によるものだろう。



 ――結局、オレは遊丹を助けるために間違った道を進んでいた。

 だが後ろ向きな考えはしない。遊丹は意識を取り戻し、『スターダスト・オンライン』からは解放された。なら、次にオレができることは、遊丹の望むオレになることだろう。



 月谷芥は電話で二言、三言、言葉を交わした瀬川遊丹の声を思い浮かべていた。



『わたしをキャラロストしてゲーム内に閉じ込めたのは、〈トール〉というプレイヤー。

 理由は多分、〈学院会〉のアジトであるペントハウスの入口をわたしが見たせいだと思うわ。

 ……オフィサーたちは、学院会に所属する生徒を玩具にしようとしている。

 わたしのプレイキャラクターを操って他のプレイヤーをロストさせたように、彼らは人を弄んでる。』



 電話の声音は涙ぐんでいる。釧路七重によれば、たとえ非がなくとも、彼女の〈ニアンニャンEU〉がプレイヤーをロストさせたことを気に病んでいるらしい。



『悔しいの。……許せないよ。芥、わたしに力を貸して。』



 元よりそのつもりだったが、求められれば俄然やる気が漲ってくるのがオレだ。

 たとえ偽善的だと言われても、動き出す力を他人に求めることを間違いだとは思わない。


 マス・ナーブ・コンバータによって大切なものが奪われるのは嫌だ。

 唯花のような犠牲はもう二度と見たくない。


 ……きっと、瀬川遊丹はオレの意思を慮ったうえでオレに協力を求めたのだろう。

 この件に関わっていれば、また延々とゲームに閉じ込められる可能性だってあるかもしれない。

 なのに彼女は、”自分の目的もそこにある”とオレに告げてくれた。 


 あぁ、大切な人と目的が同じというのはなんて清々しいのか。


 

 ~♪



 そんな澄んだ心境で登校してる間に、当の遊丹から着信が入ってきた。

 ついさきほど、〈登校中〉のメッセージを送ったばかりだが……。



『なんで登校してるの!?』



 いきなりの怒声に鼓膜が震える。



「どうしてってそりゃあ……」



『わかるわよ! どうせキャラロストした生徒に謝ろうとしてるんでしょ!?』



「おぉ、流石はオレの恋人。以心伝心とはまさにこのこと!」



『――――ッッッ』



 電話口から小さく釧路七重や笹川宗次の「おさえておさえて」という囁きが聞こえてくる。



『下手すれば刺されるってわかってる!?』



「? どうして刺されるんだ?」



『~~~~ッッッッ!!』


 

 金属音と釧路の狼狽する声が聞こえてくる。

 電話口が騒がしくなって遊丹に何かあったのではと心配になったが、遊丹に替わって笹川が彼女のスマホを手に取ったらしい。



『月谷会長ですか? とりあえず、瀬川さん落ち着かせたらまた連絡するので、できればそのまま下校してください』



 途中で着信が切れる。 



「刺されるって……何かの暗喩か?」



「いやいやいや、そのまんまの意味でしょ」



 月谷芥が振り向くと、つまらなそうにこちらを眺めている少年がいた。


 爽やかな朝に似合わず、彼の周りだけどんよりと雨でも降ってるかのような雰囲気を纏わせている。

 それ以外は別段特徴もない普通の生徒といった印象だ。



「戸鐘路久か、今朝方ぶりだな。

 そのままってことは、オレが刺されるのか?」



「今も朝ですけどね。

 そうですよ、チート紛いのやり方で天才になった偽物連中が逆恨みで〈リヴェンサー〉こと月谷先輩を襲うって意味です。」



「わからないな。仮にオレが刺されたところで、彼らの恨みつらみの原因は取り除かれないだろう? 刃傷沙汰になれば、もっと現状は悪くなる。」



「そりゃあ理屈ならそうなりますけど、昨日できたことが今日できなくなるショックは大きいですよ。 ……なんで僕は学院会の肩を持ってるんだ?」



「なくなったのなら、また努力すればいい。 じゃないと目標は達成できないだろ」



 戸鐘路久の表情が引きつる。

 見開かれて瞳には、月谷芥を写していた。



「……。 月谷会長が一時でも学院会に協力していた理由がわかった気がします。」



 言い捨ててそのまま去ろうとする戸鐘路久の肩を掴む。



「含みがある言い方だ。煮え切らない。説明してくれないか?」



「ウチの姉さんもそうだけど、本物の天才ってのはつくづく”努力”っていう言葉の含意がスッカラカンなんだ。

 辞書通りの”目的に向かって頑張る”みたいな意味合いしかな――ッ」



 日常を横ぎるわずかな風切り音が聞こえたかと思った瞬間。

 戸鐘が突如、芥を押しのけて腕を伸ばしていた。


 1秒経たずに聞こえてきたのは背筋が寒くなるような鈍い響きだ。

 

 足元には野球で使う硬球が転がっていた。


 

 野球部の朝練で使ったのがここまで飛んできたのか? 



「戸鐘、オマエ……」



「こっちよりも自分の心配をしろって!」



 確実に打撲したであろう手のひらを痛がる素振りなく、戸鐘はその手で更に芥の身体を地面へ押しのけた。

 体勢が低くなった芥の頭上を、回転する何かが飛んでいく。

 そこまできて、月谷芥は暴力を受けているのだと認識する。


 飛翔物はレンガの敷き詰められた校庭の花壇にあたって、乱雑な金属音を周囲に響かせた。非日常的な反響音にいくらか登校中の生徒から悲鳴があがる。


 ……金属バットだ。



「――!」



 戸鐘は、バットを投げるという暴力を行った張本人を止めようとしていた。

 野球ユニフォームを着こんで肩で息をする人物へと、彼は突進する。



「野球部の柊木匠だろ、アレ……」



 騒めく野次馬から声があがった。たしかに野球部の主将である柊木匠だった。


 柊木は戸鐘へと金属バットを振り上げていた。

 一方、対峙する戸鐘はまるで見えないリザルターアーマーでもあるかのように、振り下ろされた金属バットをかわした。

 コンクリートの床と接触したことでバットは火花を立てる。



「ッコイツ! 逆恨みにもほどがあるって!」



 衝撃で痺れたらしい柊木が握るバットの柄をすかさず蹴り上げ、その手からバットを遠ざけた。


 ようやく異常を察した数人の生徒がそれぞれ呼びかけて、暴れる柊木を抑え込んでくれた。


 芥は不意をつかれたせいで何もできずにいた。

 『スターダスト・オンライン』の中でもないのに……。

 否、それよりも。



「これが刺されるって意味か……?」



「バットでしたけどね。

 大抵の人間は一度崩されたらすぐには立ち上がれないんですよ。

 自業自得だけど、自分じゃ処理しきれないから、あんな風になる。」



「すまなかった。 オレの問題に巻き込んだ。その手、痛くないのか?」



「えぇ、あんまり。

 ……姉さんの計画には〈リヴェンサー〉が必要なんだ。

 気を付けてくださいよ」



「あ……あぁ。わかった。 今日は早退する。」



「それがいいです。」




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