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悪意の根幹Ⅱ

                   ☆



「徹のウチって豪邸なんだね。 あたし、メイドさんって漫画の世界にしかいないと思ってた。」



 上ずった声音のままで北見はカウチソファへとゆっくり腰を下ろした。

 まるで借り受けた猫のように大人しく、従順なところは犬じみてもいる。


 あれから数時間ほど過ぎて午後9時頃。

 放課後は近くのサービスエリアでアルバイトをするようになった北見だったが、今日は早めに切り上げて、おれの家まで来てくれた。



「メイドさんじゃないよ。祖父さんのヘルパーが住み込みで待機してくれてるんだ。

 もう家族って感じの仲さ。」



「へぇ……なんかそういうのっていいね。

 あたしは人見知りだから、家族以外が自分の家でくつろいでるのとか耐えられないよ。」



「ホントに? おれとは仲良くなれたじゃん」



「ぁ……そういう言い方はズルい。」



「ははは。 でもさ、おれはそっちが羨ましいよ。

 両親は海外出張とか多くて滅多に帰ってこないから、逆に家で父親とか見かけると違和感半端ないよね。」



「そう、なの……?」



「そう。 この部屋に来るまでに通ったあの廊下だって、人とすれ違わないのが普通なんだ。今回はたまたまヘルパーさんたちとすれ違ったけど。

 この家にはおれ以外誰もいないのがデフォルトってこと」



 そういって俯いてみせると、北見灯子は立ち上がってこちらに手を伸ばそうとしてくる。

 

 嘘なのに。

 今朝方もあの愚父とは言い合いをしたばかりだ。

 家族がいないから寂しい? 真逆だ。 どいつもこいつも無能すぎて目障り極まりない。


 全部嘘だが、こちらにはなくてあちらにはあるもの、という図式が成り立つと色々と便利なのは経験上理解している。

 今でいえば、北見には家族の温もりがあって、古崎徹には家族の温もりを欲している、という状況になる。

 

 ……どこの少女漫画だよっ。


 自分の吐く言葉の一つ一つに噴き出しそうになるのを堪えつつ、北見へと真面目な声音で話す。  

 効果は絶大で、北見もこちらに合わせてちょっと気取った風に顔を俯かせる。 



「寂しい?」



 北見の右手がこちらの左手の甲を包んだ。

 距離が近くなって気づくのは、北見がいつもとは違う――あるいはいつもよりも過剰につけたのか――甘ったるい香水の匂いがした。


 準備万端ってことか? はは。



「寂しい、のかな。でも風邪で寝込んでこの家にいたから、余計気になったんだ。

 おれ、独りなんだなって」



「そんなことないっ!」



 包まれていた手の甲から彼女の指が滑り、互いの指先が交差して祈りをささげるような形になる。

 北見の頬は真っ赤に染まり、まっすぐにこちらを見つめていた。


 鳥肌がやばい。


 さっき人見知りとかほざいていたのはどこの誰だと問い返したくなる。



「あたしがいる。徹が寂しいって思った時はいつだって駆けつけるよ。

 だから――」



 吐息まで感じられそうな距離に北見灯子の顔面が迫ってくる。

 彼女は瞼を下ろして何かを期待しているようだった。

 もちろん、その意味はわかったし、別にキスぐらいだったら一向に構わない気持ちもあった。



「ありがとう、灯子。」



 けれども選んだのは抱擁のほうだ。

 察することはできても納得はできない。

 どうしてこの流れでキスする方向へ向くと思えるのか。


 こちらが程ほどに抱きしめると、北見のほうはその倍ほどの力で抱きしめ返してくる。



「うん……。」



「灯子はおれを受け入れてくれる?」



「……うん! 徹の全部、あたしに頂戴。」



 ……言質とったな。



「キミがいてくれてホントによかった。」



 タイミングよく午後10時を知らせる時計の音が鳴り響く。

 おれにとって最高の時間が今始まろうとしている。



「よかったら一緒に『スターダスト・オンライン』やらないか?

 街の中でいいところ見つけたんだ。

 といっても、夜空が綺麗にみえるってだけなんだけど……」



「でも、あたしログイン用の端末持ってきてないよ?」



「大丈夫。 『スターダスト・オンライン』って神経系情報で個人を特定しているから、端末が二つあればできるんだ。

 一緒にやろ。」



「う、うん。徹がそこまで言うなら……」



「……それにさ、灯子がおれの大事な人になったって、皆にちゃんと報告したいじゃん?」 



 恋人だとは一言も言っていないのに、北見の表情は見る見るうちに紅潮して頬が緩んでいく。

 幾度か信じられないといった具合にこちらを見つめたが、努めて笑みを返した。

 やがて、言葉も発せられないほど嬉しいのか、北見はしきりに何度もうなずいてみせた。

 そりゃあそうだ。

 周りに言いふらしたくて仕方ないよな。

 おれに露骨なアピールをしてた水戸亜夢には特に声高に告げたいだろう。



 もはサバサバとしたクールビューティーっぽい彼女はどこにもいなくなっていた。



「端末、用意してくるよ。 その間、部屋で待ってて」



 自室を出たところで〈オフィサー〉こと木馬太一へと連絡を入れる。



『たった今、プレイヤー〈トール〉に【スティングライフル・オルフェウス】を送りました。

 〈リヴェンサー〉が予め揃えておいてくれた【チャフグレムビーの長針】素材アイテムを用いて生成しましたが、本格的なデバッグツールがこちらにあるわけではないので、単純に”チャフグレムビーの針を撃ちだす”というシンプルな構造になっています。

 けれど、対象に命中さえすれば、【チャフグレムビー】のクリーチャー特性と同じ、”自身の神経系情報をプレイヤーキャラに上書きする”ことが可能になります。

 移す神経系情報は坊ちゃんの希望通り、坊ちゃん自身の神経系情報を流し込む設定に切り替えておきました。

 ……どうなるか、私には皆目見当もつきません。』



 木馬太一は電話越しになると流暢に喋る。



「大丈夫、おれには未来がみえる。

 成功したら。手始めにこの北見って子の全裸画像でも送ってあげるよ。」


 

『あなたは、やはり狂ってる。 誓約は守っていただきます。では、失礼します』



 狂ってる?

 理解できないものを”狂人”でくくって無知を晒すなよ、低能どもが。


 ……まぁ、そんな愚かな周囲とはこれでおさらばだ。

 

 おれはこれから、最高の人材を手にするのだから。



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