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悪意の根幹

                 ☆


 手元の置いておいた表向き用のスマホが振動する。

 メッセージアプリが二度三度、忙しなく単音を鳴らし、数秒後にもう一度同じ音が鳴った。

 何度も呼び出せば気づいてもらえると思っているらしい。


 要件ならまとめて一つのメッセージに書き込めばいい。

 それなのに、おれの周りにいる連中は一々『おーい』だの『今大丈夫か?』だの『大変なことになった』だの、前置きをいれてくる。


 おれの日頃の行いを見ている連中は、そんなクソ拭く価値もない前置きをメッセージで送ったあと、既に用件がすぐに書き込めるよう準備しているのだ。

 

 ”古崎徹というクラス内の信頼が厚い人格者が、自分を無碍に扱うわけがない。”


 そう決めつけて、メッセージを送ってくる。

 本当、節操がない奴ばかりで嫌になる。


 画面をのぞき込むと、案の定、《北見灯子》から『ねぇ』『起きてた?』『今、あのストーカーに絡まれたんだけど』『もう学校いる?』等々、わざと短く区切ったメッセージが届いていた。


 

「知るかよ……」



 クラス担当の教師には、既に今日の授業を欠席することは伝えてあった。

 ……午前8時半過ぎ。

 まだホームルームも始まっていないとなると、彼女はこちらが今日休んだことを知らないらしい。

 理由は立つから、メッセージをスルーしてもよかったが、続けざまに受信したメッセージをみて、ふと思い出すことがあった。



『ごめん、徹』『笹川からネームレスについて聞き出せなかった』『頑張ったけど、話し方とかホント無理』『友達裏切るとか、ホント最低』……。


 あぁ、そういえば昨日、ログアウト前に北見の前で笹川に裏切られて悲しいアピールしておいたの忘れていた。


 それで笹川へ直談判してくれたってこと?


 わー、すげぇーうれしー。


 そんなどうでもいいことに大切な時間割いちゃうって本当に頭いかれてるの?

 『スターダストオンライン』始める前は、家庭の事情とやらで追い詰められてたのに、随分と考え方が変わったらしい。

 まさに”小人閑居して不善をなす”だ。


 しかも結局、笹川に言い負かされて帰ってきたってことだろ、これ。



『徹、今日休みなの?』『(スタンプを押されました)』『(画像を受信しました)』



 プッシュ通知機能だとスタンプの内容はわからない。

 画像を見るには既読表示にしなければならなかった。

 よくもまぁ、返信なしでここまでひっきりなしにメッセージが送れるものだと、呆れ半分で関心してしまう。


 『スターダスト・オンライン』は学院会に所属する全員の知能を上昇させた。

 同時に彼らは、”学院会に所属している秀才か、所属していない出来損ない”という人間の仕分け方法まで習得するに至ったわけだ。


 最初は誰でも、その優越感に酔いしれる。

 だがそのうち、もっともっと自分が偉大な人間だと喧伝したくてたまらなくなる。

 全部『スターダストオンライン』(おれ)のおかげで、彼らは何一つ成長していないというのに、だ。


 学院会の大半は、安易な青春や恋愛ごとにかまけるようになった。

 努力をする時間を無駄だと蔑み、刹那的な京楽に時間を費やす考えにシフトしたわけだ。


 その享楽に興じる時間が、世間様で言われる自分の”個性”を消失させているとも知らずに。


 やがてそれに気づいた一部の学院会メンバーは、個性がなくなった自分を認めたくないと言わんばかりに、承認欲求に駆られ、たとえば、”古崎徹”という学内の中心人物と付き合いたいと願うようになる。


 北見灯子は絵に描いたように、一連の流れを体現してくれた。

 今じゃ演劇部よりも、おれと過ごす予定のほうを優先する。



 ――演技とったら劣化版水戸亜夢以下じゃん、オマエ。



 何度こう告げてやりたかったか分からない。


 そんな惨めな連中を、”おれは救おうとしている”わけだ。


 


「――で”木馬さん”。 調子はどうですか?」



「え、ぁあ、はい。まぁ、その言われた通り、”M.N.C.(マス・ナーブ・コンバータ)”の設定は完了、しました。

 神経系情報の保存と書き出し、および複製の準備はできました……はい」



 猫背でデスクトップPCに向き合っているのは、『スターダスト・オンライン』内では〈オフィサー〉と呼ばれていた人物だ。

 ゲームの中では不遜で流暢な話し方をする性格だったが、今朝方呼び出して初めて、現実での彼――木馬太一をみたときは噴き出しそうになってしまった。


 あれだけ自分は優秀なセールスマンだと声高にいっていた彼が、こんなにも冴えない中年太りしたおっさんだったとは。


 幸いなことに”M.N.C.”を操作する腕前は嘘ではなかったが、それ以外はゲーム内の”オフィサー”と被る箇所が一つもなかった。

 


「こ、この実験が行ったら、本当に二度と脅迫行為はしないって約束、してくれるんですね?」



「ん、もちろん。 その後はどうなろうとおれのほうから木馬さんにモノを頼むことはありません。」



「成功・失敗は問わないのも、本当ですよね? 私はこんな、こと成功するとは思えないし、仮に、成功したって! 

 狂ってる……!」



 キーボードを打ち込む木馬の指先が震えている。



「設定自体はセーフティーコードを外す単純なものだったんですよね?

 じゃあ今の”M.N.C.”の状態は、戸鐘波留が3年前のテストプレイでプレイヤー名〈ロク〉を複製したのと同じってことだ。


 ――それなら、”同じことができますよね?”」



 木馬太一が真っ黒な縁眼鏡をしっかりと掛け直したあと、幾度かこちらへ視線を向けてくる。

 


「ぼ、坊ちゃんは狂って、らっしゃる……。


 自身の神経系情報を他のプレイヤーへ上書きしようだなんて……自殺行為に等しい。

 上書きされたほうは、神経の活動に必ず支障が出ます!

 自我が崩壊するなんてレベルじゃ――」



「あ、そういうのいいから。」



 良心の呵責に堪えられなかったらしい木馬太一がこちらにそう告げてきた。

 けれど、どうでもよかった。



「【チャフグレムビー】の〈特殊アルゴリズム〉からこっちの神経系情報を流し込めるようにする機能をつくるんだ。

 可能なら、リザルターアーマーに装備できる兵装にその機能を追加してほしい。

 それさえ終われば、おめでとう。晴れて木馬太一さんは自由です。」



「狂ってる……狂ってる……自分を複製するなんて、……狂ってる……」



 うわ言のように呟く木馬太一を尻目に、思わず頬が歪むのを感じた。


 今夜の『スターダスト・オンライン』は楽しいことになりそうだ。



 ご機嫌になった気分を保つため、保留にしておいた北見への返信を行う。


 メッセージアプリを開くと、真っ先に目に飛び込んできたのは北見の自撮りに混ざるかのようにクラスメイトが写った画像だった。

 画像の下部に煌めくフォントで『はやくげんきになぁれ♪』と書かれている。


 思わず笑みがこぼれた。


 ”既読”をつけたからには返信は迅速に。

 


『北見、お願いがあるんだ。今夜、おれの家にこないか?』




 

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