笹川宗次は見据えたⅡ
☆
笹川宗次は考えていた。
クラス内順位一桁台に及ぶ頭脳を消失させ、鈍り切ってしまった思考を何とか束ね合わせ、自分に出来ることが何か考え抜いていた。
……かっこ悪くて言い出せなかったけど、どうして皆は学内での評判とか気にならないのだろうか?
だって俺たちは、5人の学院会メンバーをキャラロストさせている。全員が意識不明にはならなかったと波瑠さんは説明してくれたが、それはそれ。これはこれだ。
俺たちはその5人の進路を絶ったようなものだ。正確にいえば”瀬川遊丹が”、だが。
そんなこと思うのは野暮だって、俺にもわかる。
……いや、やっぱり分からない。
V.B.W.がなくなった俺には、それが如何に自身に被る負担となるか、よく理解できてしまう。
俺の場合は成績が下がるだけで済んだが、より深いところでVBWの能力を使っている者ならどうだろうか?
部活動や趣味に活かしている者は、突如、これまで行なっていたパフォーマンスが出来なくなるってことだ。
それって多分、相当キツい。
その鬱憤・恨み辛みはネームレスの味方をした俺にも向けられる。
彼らを周囲は被害者に祀り上げ、俺達を加害者として曝し上げる流れだって当然あるだろう。
報復は怖い。ハブられるのも。
別に俺は古崎たちをギャフンと言わせたいから戸鐘を支援したのであって……なんて言い訳まで思いついてしまう。
「……なさけねぇ。」
言葉ではあんな勇ましいこと言えても、やっぱり性根は臆病極まりない。
お開きとなったファミレスでの会合を経て、これは話題にすら上がらなかった。
誰も校内での評価を気にするような人間はいない。
だってそれ以上に、あの人たちには成し遂げたい目的があったから。
立派かそうでないかは関係ない。
例えそれが『スターダストオンライン』を遊びたいというだけの私欲満載のモノであったとしても、そのために命が張れるならひとかどの情熱と言える。
まして、大事な親友や恋人を助けたい・プレイヤーの被害を食い止めたいなんて、言わずもがな英雄的だ。
「俺だって……。」
ファミレスから学寮へ、そこで戸鐘路久と別れた後に自室へ戻った笹川宗次はデスクに着いていた。
"僕や七重がたかが一回の小テストごときに四苦八苦しているのを見て、何度蔑む気持ちを抱いた?"
何度か心の中で繰り返した戸鐘の言葉が再び蘇ってくる。
本当はもっと上手く場を収められたはずなのに、俺はムキになって戸鐘を殴ってしまった。
抱いたことはない、とはっきり否定できなかったのが原因だろう。
心の中で俺はスターダストオンラインをプレイしてない生徒を見下していたんだ。
なら、俺が戸鐘や釧路と正面から向かい合うには……。
「キョロ充なんてやめる。 真正面に、人と。」
デスク上のPCを開いて、音無学院生徒用のポータルサイトへとアクセスする。
データベースに広がるのは音無学院が誇る自主学習用課題の数々だった。
時刻は朝の4時を回ろうとしている。
既に眠れる精神状態ではない。これから必死に勉学へ励むとしよう。
そして午前7時すぎ、本日の授業で小テストが実施されるであろう数学科目の自主課題を全てこなしたところで、起床時間を告げるスマホのタイマーが鳴り響いた。
頭の動きは相変わらず鈍く、容易だと思えた設問を幾度となく間違えては自分に失望するのを繰り返した。
まるで自分に張り付いた豪華なメッキ装飾を剥がしていくような。
そんな惨めさと四時間戦って、得られた成果は課題一周分。
問題集を素早く解くには反復練習が必要となる。
これでは今日の小テストは半分解ければ御の字ってところだ。
でも、これでいいんだ。
一生懸命勉強し、それでも思った点が取れない。これが皆の受けた屈辱なのだろう。
「けどやるならもっと徹底的に勉強しておきたいな。」
そもそも、俺は以前の自分の理解能力に戻っているわけだから、苦手分野だって以前のままになっているかもしれない。
課題の詳しい回答履歴を見るには、校内の個人PCにアクセスする必要がある。
……早めに登校しよう。
いや決して、登校中に知人に会うのが気まずいとか、そういうのではない。
――――。
いつもより一時間ほど早く教室を訪れると、幸いなことにまだ誰も居なかった。
各々の席に備え着いているPC端末を立ち上げて、生徒用アカウントを呼び出す。
「入学当初からの正答率と苦手分野の検索は……っと。」
鳴無学院の電子学習端末は他校の教育システムより実用的な面が多い。
授業内で行った小テストや課題、練習問題に至るまで、生徒一人一人の正答率や解答データを保存しているため、より熱心な勉強家はこれを使って自身の苦手分野を総ざらいすることができる。
……といっても、大抵はこのシステムを使っている余裕もなく、教師から出される評価対象の課題に取り組むのが精いっぱいだったりする。
――スターダストオンラインをプレイする以前までは、の話だが。
「……よしっ。 これだけメモできれば、苦手分野はある程度絞れるぞ。
後は図書室に避難しつつ、遅刻ギリギリに教室へ飛び込めば……少なくとも、ホームルームが終わるまでは生き残れる!」
「これは生存戦略であり、逃げてるわけじゃないぞ!」笹川が意気揚々と教室から出ようとしたところで、彼は小さな悲鳴をあげてしまった。
「北見灯子……さん」
ゴミを見るような瞳で北見灯子が笹川を眺めていた。




