表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/328

ウォールクライミング



 あちらの世界ではどれほどの時間が流れたのだろうか。 

 『スターダストオンライン』に存在する時計機能を、僕は見ることができない。

 プレイヤーの装着するリザルターアーマーがなければ、メニュー画面を開くことができないからだ。

 かといって、アーマーを装着するヴィスカに聞いてみても。



「メンテナンス帯の時間はタイマーも〈0:00〉に固定されてしまいます」



 当然のことながら、この世界はプレイヤー準拠なのだろう。

 遊ぶプレイヤーがいなければゲームも成り立たない。それは同時に、ゲームのほうも成り立たせる必要がないのと同義だ。



「でも、大体の時間を把握することはできますよ。 ……そのためには」



 ヴィスカは天井を指さした。



 ――――――――そんなこんなで僕はヴィスカを背負いながらウォールクライミング中だった。

 【月面軍事サイロ基地 ムーンポッド】は中心にミサイル発射用の空洞がある。

 外へ続く天蓋までの高さは推定で100m以上。


 前回は爪が欠けて落ちてしまったが、今度はヴィスカの助けがある。



『じゃあ、離すよ!? スラスター全開で頼む!』



「わかりましたっ。」



 壁面へと爪先を刺し込んで固定していた身体を両足で突き放す。

 わずかな浮遊感に背筋を寒くさせながら耐えると、今度は圧倒的な重力が身体を引きつらせる。


 背後のヴィスカがスラスターの推進力で僕の身体ごと持ち上げているのだ。


 傍からみたら凄く惨めなのだろうなぁ。

 熊以上の巨躯を持つ怪物が、小柄な女の子に持ち上げられながら宙を飛んでるんだもん。

 


「オーバーヒート手前です!」



『了解! 壁面に寄ってくれ! 身体を固定する!』



 推進力の勢いがなくなり、上昇の軌道が揺らめくようになったところで、一旦休憩に入る。

 木に飛びつく虫のように、僕も落ちないように鉤爪を利用して防壁へと貼りついた。

 これで稼げるのが5,6mってところだから、十数回は繰り返さないといけない。


 彼女に対しては申し訳ない反面、そのアーマーの性能には惚れ惚れしてしまう。

 この上昇力はヴィスカのアーマー、【スレイプニー・ラビット】の出力があってこそ賜物だ。

 別段、出力増加の増設バーニアやプロペラントタンク系のカスタムパーツは付けているようには見えない。

 アーマー自体の性能だけで、【モルドレッド】と自重を持ち上げて、これだけ飛翔できるのは驚異的だ。


 一時的な加速力は、僕がこれまで見てきたリザルターアーマーの中では一番かもしれない。



『身体がでかいとGで四肢がぶちぎれそうになるなぁ。 ん、どうしたんだ?』



「すみません、少し楽しくて、笑いが抑えられませんでした。

 昔、家で飼ってた『ナナ』って名前の猫がいたんですけど、登った木から下りれなくなっちゃって。

 今みたいに降ろしてあげたのを思い出してしまいました」



『このタールとスライムを混ぜたエイリアン熊が猫にみえるって……』



「エェ、【モルドレッド】さんは可愛いと思いますよ?」



『え……』「え……?」



 虚を突かれた僕の様子がツボに入ったらしく、彼女はまた噴き出して小さく笑い声をあげる。

 彼女の美的感覚が心配になるが、まぁ、『スターダスト・オンライン』って可愛いクリーチャーいなさそうだもんなぁ。

 だとすれば、犬と熊のキメラにスライムぶっかけた見た目の【モルドレッド】はキュートな部類に入る――。


 ヴィスカの白銀色のアーマーに映り込んだ自分の姿を省みる。


 でも、これは―……ないだろう。目玉とか飛び出そうなくらいに向き出てるし、肌とかところどころ蓮の葉みたいにボコボコしてるし。



 なんとかして彼女の美的感覚を修正せねば、そんな決意を新たに、僕ら二人はウォールクライミングを続けた。


 そしてついに、【月面軍事サイロ基地】の出口へ腕をかけるに至ったのだ。



『ようやく外の世界だーー!! 僕は自由だ――!!やぁああぁあ!!GyaaaAaaaAaaazzzz

!!』



「わぁぁあぁああぁああ!!」



 ヘッドセットから漏れた僕の雄叫びと、こちらを真似して叫ぶヴィスカの歓声が混ざって、広々とした荒涼の大地へ響き渡る。


 サウスゲートを抜けた先にある月面露出地区フリーフィールド【サウスオーバー地区】はプレイヤーにとって”エンドコンテンツ”に含まれる高難易度ステージだ。

 エンドコンテンツとは、所謂ゲームクリア後に開放されるやり込み要素の一つ。

 ゲーマーからすれば、エンドコンテンツを制覇してこそ、真のゲームクリアだと豪語するものもいる。


 でも僕にとっては……ヴィスカでいうなら〈イチモツしゃぶしゃぶ〉にとっては初めて足を踏み入れたフリーフィールドだ。

 〈ロク〉の記憶はあるから、正確にいえば初めてではないけど、今までキャリバータウンから出ようと躍起になっていたのを考えると、感慨がないわけではない。


 【サウスオーバー地区】は大戦後の荒廃したスペースコロニーが舞台の『スターダストオンライン』の中でも更に被害が大きな地区、だそうだ。

 他の場所を実際にみたことがないからなんとも言えないが、ヴィスカと共有した記憶によりそれがわかる。


 おかげで見える限り、建造物らしきものはほとんど台座しか残っていない。

 確信はないがおそらく、元々は住宅街だったのだと思う。

 小さな家屋が密集して配置されているし、ところどころ冷蔵庫や鉄製ベッドフレーム等の家財道具が転がっていた。


 僕らが出てきたサイロ基地の入口は殆ど無傷で残っているあたり、なんだか皮肉めいた気持ちになってくる。


 かといって更地というわけでもない。

 爆発物によってできたであろう地面の窪みがそこら中に存在するため、視界がしっかりとれるわけでもなかった。



「宙が見える場所にいきましょう。 あの鉄塔がいいかもしれませんね。 

 もうひと踏ん張りですっ」



 滅入るような世界観であるが、ヴィスカはとても元気だ。

 接していてわかったが、彼女はリザルターアーマーを使って身体を動かしているとテンションが数割増しで高くなるようだった。



 彼女に手助けしてもらいながら、横たわった鉄塔の上へと登る。



『フゥー……”かいが~ん”!!』



 多少見渡しがよくなった場所であれば、【モルドレッド】の”開眼”はとても役に立つ。

 気持ち悪くなるので、まだ数秒程度しか維持できないが、十分な進歩といえるだろう。


 両肩の瞳が瑞瑞しい音を立てて開かれ、途端に濁った狭苦しい視界が360度パノラマ視点となって表れた。



「昼夜は現実よりも早く移り変わるので目印にはなりませんが、コロニーを廻る月型衛星の動きだけは、現実時間とリンクしているんです。」



『あれか。西に傾き始めてるところだね。 この場合だと現実世界では何時くらいになるんだ?』



「……そうですね、あの傾きだと午後の10時に近いです……」



 途端にヴィスカの声音がワントーン落ち込む。

 その意味は僕にでもわかる。午後の10時といえば、プレイヤーが『スターダストオンライン』にログインする時間帯だ。

 その瞬間、ヴィスカが顔をあげ、「着信が入りました」とこちらに報告してくる。

 


『波留か?』



「はい。

 私、行かなくちゃいけません。大事なお話があるそうです。だから――」



『……わかった。僕はここに残るよ。 だけど、波留たちだってキミを保護と称して捕まえるかもしれない。

 助けが必要ならサイロの底にあったリザルターアーマーのどれかに連絡してほしい。

 必ず助けに行く。』



「ありがとう、ございます。

 イチモツさんも、その、どこにも行かないでくださいねっ」



 若干の恥じらいをもってヴィスカが告げる。


 っ……。

 なんかちょっとだけ胸にくるものがあるな。



『もちろん。どこにもいかな――ん?』



「どうかしましたか?」 



『いや、なんかクリーチャーが徘徊しているのが珍しくってさ。

 いってらっしゃい。』



「はいっ、いってきます」


 

 笑みを返した後、ヴィスカはスラスターを解放しながらサウスゲートへと跳び立った。

 僕ではあのスピードに追い付けないし、仮に一緒にキャリバータウンへ入ったとしても、即座に集中砲火を受けるだろう。

 というか、この身なりで僕は町に入れるのだろうか……?

  

 まぁ、それは置いといて……だ。

 開眼状態であれば彼女の【スレイプニーラビット】の高性能なセンサーカメラより目が利くようになる。


 彼女では見えないものが僕には見えていた。



『サイロ基地に近づくプレイヤー……か。』





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ