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湯本紗矢は情で動く

                ☆


 

 同日・都内某所のファミレス。

 時刻 3:02。



「……改めて、巻き込んでごめんなさい。

 学院会のことも、遊丹ちゃんのことも。」



 話の締めくくりに姉さんは席から立つと、深々と頭を下げた。

 


「確かに、元をたどればゲーム開発者である波留さんに責任はいくのかもしれないが。

 もし遊丹が戸鐘と同じ状況に陥りそうになっていたら、オレだって同じことをしただろう。

 むしろ、状況は今よりも悪化していたかもしれない。

 結局、オレは何もできないどころか、オフィサーたちの言いなりでしかなかった」



 月谷芥が強く拳を握っていた。

 ……あぁそうか。

 彼も喜び半分、悔しさ半分といったところなのかもしれない。

 七重は月谷芥に替わって、瀬川遊丹の様子を見に向かった。今すぐ愛する人へ駆けつけたかったのは月谷芥も同じだろう。


 しかし、そうさせなかったのは、瀬川遊丹に何もしてあげられなかった負い目があったからだ。


 次に口を開いたのは笹川宗次だ。



「あんまり事情は掴めないんだけど、俺のほうは助かりました。

 ようやく自分がしたいことができている気がする。

 『スターダスト・オンライン』をこんな風にしちゃったのは学院会にいた俺の責任でもあります。

 だから、協力は惜しみません。微力かもしれないけど【エルド・アーサー】を倒す手助けしますっ」



 笹川はいつものニヤついた笑みを張り付けていたが、今はどちらかといえば、取り繕ろうとしたものではなく、溢れる感情を抑えつけているような笑みだった。


 感動したらしい月谷芥が彼へと握手を求め、笹川は鼻息荒くしてそれに応じる。

 


 居心地が悪いと感じてしまうのは、僕だけなのかもしれない。

 なにせ、まだ考えあぐねている。

 『スターダスト・オンライン』に対する気持ちはすっかり冷めていた。

 まるでどこかへ吸収されていくかのように、スーパーヒーローやロボットアニメのようなド派手なアクションができたあの世界に対する興味を失いつつある。

 まして、そこにいる学院会たちや主犯であるトールのことなんてどうでもいい。


 リヴェンサーや笹川はわかっているのだろうか。

 下手すれば、自分たちが僕の二の舞になってしまうかもしれないことに。


 姉さんなら、そのあたりの見極めは可能だろうけど、万が一ということもある。



 不意に、席へ帰ってきた湯本紗矢に頬を突かれた。

 大学生集団と何か軽く話していたようだったが何かあったのだろうか?



「たかがゲームにどうしてそこまで必死になるのか、って顔ッスね。

 彼らをそうさせたのは紛れもなく先輩ッスけど」


 

 僕だけに聞こえる声で彼女はそう告げた。

 彼女は視線は強張らせ、口元は微笑み、どっちつかずの表情で僕をみている。



「わかっているつもりだよ。 笹川がこっちに何度か心配そうな目を向けたことも。

 僕が『スターダスト・オンライン』を遊べなくなるのを嫌がるはずだと思ったからだ。

 ……理解はしているし、そのほうが自然だと思うけど、意識と気持ちにギャップを感じる。」



「波留さんは天才ッスから。

 ――痛覚情報だけを抜き取って、脳や神経系にダメージを与えず、先輩を元に戻す。

 結局のところ、凡人は痛みの記憶を覚えているからこそ、間違わないで済むことも多いッス。

 きっとサイロ基地で受けた痛みとともに『スターダスト・オンライン』の中で経験した全ての痛みも置いてきたのかもしれねぇッスね。」



「どうしてそんなことわかる? キミは一体何者なんだ? 僕の後輩だと言っていたけど、〈ヴィスカ〉〈月谷唯花〉〈名無し〉と同じようにキミも、〈湯本紗矢〉も霞を掴むみたいになっているんだ。

 ……2万円ってワードが凄く脳裏を過る。」



「あ、それは忘れていいッス。

 簡単に考えてくれればいいッスよ。アタシは謂わば〈月谷唯花〉に身体を貸していただけのパンピーッス。そんでもって、ちょっと古崎グループに恨みがある。

 それだけの普通の女子高生ッスよー」



「それは普通って言わないと思うんだけど、というか身体を貸すってどういう意味?」



「そこは出来れば黙っておきたいところッスね――」



 湯本紗矢がそう言いかけたところで、月谷芥と話していた笹川が不意に話題を振っていた。



「ところで、会長。――妹さんとは話さないでいいんですか?」



 ついさきほどまで饒舌に話していた月谷芥が途端に黙り込んでしまった。

 湯本紗矢は「ぁぁぁぁ……」と面倒くさそうに溜息をつきながら、口パクだけで”空気読め”と笹川を窘める。



「妹? なんのことだ?」



「いや、ですから先ほどからあちらに座ってる彼女――月谷唯花って。」



 月谷芥は渋い顔をしながら、笹川を一方的に責めるような口調は納めて告げた。



「冗談、で言う奴じゃないってことはわかっている。


 よく聞いてくれ、オレの妹・唯花はもう何年も前に他界している。」



「は……?」



 突如変わってしまった空気をようやく読んだらしく、傍からでもわかるほどに笹川は冷や汗をかいていた。



「……どうしてそんなことを言ったのか、聞かせてくれ。」



 失言してしまったと即座に感じ取った笹川が、助けを乞うみたいに湯本紗矢を見つめる。



「あー……これは、アタシが話していい内容とは思えないスよね。

 本来は、”彼女”もどうにかしてこっちに来る手はずだったんスけど、結局来なかったみたいですし。

 波留さん?」



「……うん。 出来れば本人から直接言うべきだと思う。

 リヴェンサーくん、その件も含めて後日連絡するね。」



「――はい。」



 月谷芥は渋々といった態度で頷く。

 彼自身もどうして今その名前が出てくるのか考えあぐねている様子だった。



「連絡先も交換しましたし、今日は解散ッス。 警戒は続けていたッスが、別段怪しい人もいないみたいですし、帰路についても問題はないと思いまス。」



 一部を除いて皆が頷いた。



「あれ、俺皆と連絡先交換してな」



「ではまた後日、お会いしましょう~ッス!」



 長い一日がようやく終わりを告げた。

 そんな気がして僕は席からずり落ちそうになってしまった。




                 ☆



 皆と別れた直後。

 一つの疑問を抱いて、月谷芥が母親のママチャリを手で押しながら車道へ出る最中。



「S駅前通るッスよね? 」



 ファミレスから少し離れたところで湯本紗矢が電柱の影から現れた。 



「なんだ? 俺に用があるのか?」


「後ろに乗せてって欲しいッスよ。アタシもそっち方面に用があるので。」


「……本気か?」


「本気ッスよ。 少しはいい思い出、体験させてやりたいじゃないですか」


 

 彼女の言うことの意味はわからない。だが、彼女が悪意を持って言ってるわけではないのは伝わった。

 月谷芥は自転車のリア部分を指さすと、そっぽを向いて彼女が後ろに乗り込むのを待った。



「……! おい、後ろに手を回すのはやめろ。荷台を掴んだほうが安定する」


「兄妹の距離ってそんなもんでしょう。 それとも、彼女さんへの配慮っスか?」



 腰へ回された手のひらの感触は”若干震えている”のがわかった。

 一体全体、この湯本紗矢という女生徒は何がしたいのか、月谷芥は更に疑心を深めていったが、結局答えはでなかった。 



「くそッ、後日、必ず事情は聞かせてもらうからな!」



「ッス」



                 ☆



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