世界を終わらせるための人材募集
「レイドイベントって何スか? ゲームの用語?」
湯本紗矢が首をかしげる。
すぐさま答えたのは笹川だった。
「言葉の定義はオンラインゲームによって様々だけど、『スターダスト・オンライン』においては、ある一定の地点に集まったプレイヤーに向けて発生するイベントのことだ。
イベントの内容は主に戦闘やアイテム収集なんかが多いけど、大抵はソロでイベントクリアするのが難しいから、居合わせたプレイヤー同士で協力する必要がある……って説明に書いてあった。」
「どうしてそれがゲームを消去できるんス?」
「そ、それは……わからない。 俺もレイドイベントに参加したことは一度もないんだ。
学院会に所属するときの規約として”キャリバータウンから外へ出てはいけない”ことを真っ先に約束させられるけど、結局は噂だけ先走って、学院会に所属していた俺も理由ははっきりわからない。
リヴェンサーさんなら」
笹川の問いに月谷芥も首を振った。
「確かにオレはキャリバータウンの外を冒険し、次の拠点にあたる『オベリスクコート』まで周辺のクエストや手に入るアイテム、兵装やアーマー、出現するクリーチャーを調べた。
いずれもオフィサーの監視下でプレイしていた。何かあるのは分かっていたが、笹川と同じようにオレのほうも確信はない。
詳しいことをお話いただけますか、波留さん。」
「うん。
……そもそも、普通のレイドイベントは拠点内では発生しない。
それはわかるよね?」
「そう聞いています。オレが経験したレイドイベントは全て、月面露出地区・フリーフィールドで発生していました。 それも、発生する確率は限りなく低い。
そして、笹川の説明した通り、単独でのクリアは人員の数から鑑みて不可能だった。」
「その通り、レイドイベントは複数人でプレイすることが前提の難易度になっているからね。 でも、その特殊性からプレイヤーが少ない場合は発生しないようにできているんだ。
多分、リヴェンサーくんが経験したレイドイベントは条件を満たすことで出現する”トリガー”をひくことで開始されるほうのイベントだと思う。」
月谷芥の問いに応えながら、姉さんは人差し指と親指で拳銃をつくり、中指で引き金をひく動作をした。
「トリガーって、謂わばスイッチのようなもの。
それはNPCやクリーチャーが持っていたり、特定のアイテムが持っている場合もある。
例えば――、とあるパーティがレベル上げの効率を考えて、一種類のクリーチャーを何度も討伐したとする。
その場合、そのクリーチャーが天敵だった別のクリーチャーは競争相手がいなくなり、生態として強化され、やがてボス級に変異することがある。
けれどボス級クリーチャーと対峙するのは、トリガーを引いたパーティ一向じゃなくて、なんとなしに通りかかった初心なプレイヤーかもしれない。」
「面白い仕組みだけど、割を食ったのは遭遇したプレイヤーのほうだ……。」
笹川が独り言のように呟く。
僕も同感だ。ただでさえ『スターダスト・オンライン』は死んだらキャラロストするシビアな難易度なのに、そこまで理不尽なイベントがあるとは……。
あぁ、そうなるとオフィサーが学院会の面々や僕を街から出さないようにしたのも大いに納得できる。
「これはプレイヤーが倒したクリーチャー討伐数がトリガーになっている。
つまり、リヴェンサーくんが通常のクリーチャーを倒しただけで、どこかでレイドイベントが発生する場合もあるってこと。
……こっちのほうのレイドイベントは、キャリバータウン内であっても発生する可能性があるんだ。」
「じゃあ仮に、僕がキャリバータウンから脱走できたとして。
フリーフィールドのどこかでトリガーをひいて、キャリバータウンをクリーチャーが闊歩する地獄に変えることもできたってこと?」
僕の言葉に月谷芥が渋い顔をしたが、あえて無視する。
「うん。
でも、発生条件はかなりシビアに設定されているから不可能に近い。
――話を戻すね。
あたしが今から説明するレイドイベントは、『スターダストオンライン』最高難度のクエストを一定の条件でクリアしたプレイヤーだけに、発生させる権利が生まれるものなんだ。
イベント名はシンプルに、『アポカリプス』。」
「アポカリプス……最後の審判?」
姉さんは頷いた。
「ロクについての話で出た【月面軍事サイロ基地 ムーンポッド】を覚えている?
あのロケーションは本来、『スターダスト・オンライン』におけるエンドコンテンツ――ゲームのメインストーリーをクリアした後にいける高難易度区域なんだ。
出現するクリーチャーはそのほぼ全てはボス級。
深部に潜む【エルド・アーサー】はリザルターアーマーの兵装を使いこなす特別なクリーチャー。
戦い方は多岐にわたり、攻略しようにも戦術は戦う度に変わるからプレイヤー間の情報交換すら無意味!
オマケに苦労して倒したとしても、第二形態が現れ……とその話はあとにするね。
えっと、この【エルド・アーサー】は真っ向勝負だとまず間違いなく倒すことは不可能なんだ。
けど、ロクがやったように、時間制限がくるまで生き伸びて【エルド・アーサー】をミサイル発射に巻き込んで倒すことはできる。
これが正攻法。」
「正攻法……」
「そう。第二形態に突入した【エルド・アーサー】のライフゲージがMAXまで回復したら、そりゃあ普通のプレイヤーだったら何か手段があると考えるよね?」
ごく当然のように姉さんが告げる。
機転を利かせたいい方法だと思っていたのに、「正攻法」だと言われると、なんだかバカにされた気になってくる。
「なら真っ向から【エルド・アーサー】を倒すことで《アポカリプス》が発動可能になるの?」
「そういうこと♪
サイロのミサイルを使わずに【エルド・アーサー】を倒したプレイヤーは、ミサイル発射準備を行う管制室へアクセスできるようになる。
ここでプレイヤーは、ミサイルをどこに落とすか選択することができるんだ。
そのロケーションの選択肢には『キャリバータウン』も含まれてる。
選択することで弾道ミサイルはキャリバータウンへ落下。
対巨大クリーチャー用機動兵器『キャリバーNX09』のシールドによって外部のクリーチャーから守られていたキャリバータウンは甚大なダメージを受ける。
シールドバリアは二度と起動できなくなり、街は襲撃してくるクリーチャーによって追い込まれてしまう。
キャリバータウンにいるプレイヤーは全員、戦うことを余儀なくされてしまう。
これがイベント名『アポカリプス』の全容だよ。」
「って、ちょっと待ってくださいよ。戸鐘のお姉さん!」
笹川が姉さんへと詰め寄る。
「それってつまり、キャリバータウンのプレイヤー全員をクリーチャーで皆殺しにさせるってことですよね!? 確かに『スターダスト・オンライン』をある意味で終わらせてるけど、き、鬼畜すぎィ!」
「お、落ち着いて。 キモはこの先なんだ。
キャリバータウンがいくらクリーチャーに襲われようとも、一つだけ不可侵の場所が存在するよ。」
不可侵……その言葉で蘇ってくるのは。
「学院会のアジト……、そこにプレイヤーを収容できれば彼らの安全は確保される。」
こちらの呟きに笹川も「あ」と言葉を漏らした。
オフィサーのいたペントハウスは兵装が無効化される。それはつまり、クリーチャーとも戦えない空間という意味とイコールで結ばれる。
姉さんが首を縦に振った。
「けどね、クリーチャー被害からは逃れられてもキャリバータウンのシールドは剥がれたままなんだ。
何日経っても、キャリバータウンは拠点としてほとんど機能しなくなる。
……『スターダストオンライン』は新規キャラクター作成以外、街中でのログイン時は中央区周辺にキャラがランダム配置される。
つまり、プレイヤーがミサイル投下時にペントハウスへ逃れて、その日一日はクリーチャーに襲われずに済んだとしても、次の日に再ログインした場合は、無法地帯となったキャリバータウンの真ん中へ放り出されてしまうってこと。」
月谷芥が何度か頷いた。
「合点がいきました。 キャリバータウンがクリーチャーの闊歩する無法地帯となれば、そこにログインしてはキャラロストされにいくようなものだ。
キャラロストしてV.B.W.を失えば困るのは能力ブーストをうけているプレイヤー自身。
そうなってしまうくらいなら……そもそもログイン自体を避けるようになる。
『スターダストオンライン』から学院会を遠ざけることができる。」
姉さんは「ご名答」といわんばかりにニコリと笑みを浮かべた。
「そのためにも、【エルド・アーサー】を倒せる人材が必要ってこと」




