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だから、プレイヤーを皆殺しにします



 ”V.B.W.”――バーチャルブレインウーンズの脅威は、脳に直接働きかけてプレイヤーのVR空間へ誘う”フルダイブ”形式が成立する前から、熱心なゲーム批判者の言葉として使われていた。

 だが人間の神経系情報が”M.N.C.”(マス・ナーブ・コンバータ)により解読されたことで、『スターダスト・オンライン』はVRゲームへ”フルダイブ”という新たな可能性を示した。


 そんな矢先の出来事だ。

 

 ………………。



「何これぇ、なんかものがみえにくくなってるんだけど~。

 あれ、皆どこにいるの。それ邪魔だからどかしてよ。ソレ!それ!

 ……名前なんだっけ、あれ、なんか言葉がおもいつかな……。

 息、できな……苦しぃ……た、すけ」



 キャラロストを迎えた〈作務衣弩〉がそう口走ったあと、力なくその場に倒れ込む。 


 アイテムドロップ用に死体は残るが、中身のプレイヤーは色のコントラストを失い、灰一色となって塵と化す。

 こうなれば復活する手段はない。


 ロストした〈作務衣弩〉はまた新たなキャラクターという容器を用意され、そこに神経系情報が流し込まれ、また一からやり直すことになる。

 通常ならば。



「お友達いじめるなってママ言ってんだぞぉぉ!!」



 〈†漆黒†〉が咆哮する。

 彼の構えていた【コンデンサー粒子ランチャー】はすでにエネルギーを蓄えて一帯を光に包む準備ができていた。

 しかし、その射線には脱力した作務衣弩を弄る〈REX〉もいる。


 彼は躊躇いなく引き金を引いた。 極大な熱光線が周囲のガラクタを宙に浮かせ、サイロの天井を唸らせながら、こちらへと迫ってくる。

 到底よけきれるものではない。


 僕も〈REX〉ともども光に飲まれ、光の中で〈REX〉らしき影が消え去っていくのを見た。

 

 〈†漆黒†〉はまるで自分がやっていることを認識できていないようだった。


 排除すべき脅威を全て消し去った彼は、覚束ない足取りでスキップしながらヴィスカへと歩み寄ってくる。

 ヴィスカは僕と初めて会ったときと同じように、俯いたままで抵抗の素振りをみせようとしなかった。

 


「ロクさん、貴方が話してた『スターダスト・オンライン』って……”これ”?」



 その言葉を最後にヴィスカの腹部へと剣が立てられた。

 〈†漆黒†〉の手には作務衣弩の腕がぶら下がった【フルスクラッチビームコーティングブレード】が握られていた。

 一度痛みに呻いたヴィスカだったが、もはや痛がることも億劫なのか、自身がキャラロストするのに任せた。



「あ、あ、あ、本当にスキルポイント入りました!!

 イワオくんよくできましたー!

 ママー褒めて!!

 皆も褒めて……あ、誰もいないや。もう帰る時間?

 ”強化屋”いってポイント割り振るんだよ~!

 皆忘れたの? バカだなぁ」



 かつてヴィスカだったモノを〈†漆黒†〉は剣ごと投げ捨てると、自身のメニュー画面を開き、独りで嬉々とした奇声をあげていた。


 その狂った頭蓋に、ドラゴンブレス弾の一撃が加えられたのはわずか数秒後のことだ。


 至近距離で尺玉が開いたかのような派手な火花を散らして、〈†漆黒†〉の頭部はキレイに消え去った。

 残った鉄塊のアーマーがドラゴンブレスの熱によって蝋燭のように溶けていく。



「…………」



 戸鐘波留は、ロクのキャラロストを防ぐために〈不死属性〉を付与していた。

 彼女も必死だったのはわかる。

 けれど、粒子ランチャーを喰らって、四肢の大半がちぎれたにも関わらず、地を這ってでもプレイヤーを殺そうとする、これがかつての戸鐘路久だと彼女は言えるのだろうか。


 問うてみたかった。

 ……もうあちらの世界にこの記憶が届くことはないのだが。


 

 

 ――――――――――。

 ――――――。

 ――――。




「でたらめですよ。 私はちゃんとここにいます……。やられてるじゃないですか」



 下手な言い返しだった。

 これ以上は何も言わないでほしい、言外からそう伝わってくるような痛々しい声音で彼女がそう告げる。



『その後、キミはリスポーンしたんだ。

 本当にムカつく話だ。

 キミはこの場所で再び、生き返ったんだよ。 クリーチャーみたいに。

 ベータテスト中に開催された突発イベント”名無し討伐”の折に、運営は、キミをクリーチャーとして何度も復活できるように設定してあったんだ。

 キミはキャラロストせずに済んだ。それは幸運かもしれない。


 けど次に待っていたのは〈学院会〉どもの餌として自分を捧げることだった。


 3年の月日が流れ、〈スターダスト・オンライン〉の名は人々から忘れさられていた。

 キミは死ぬこともできないまま、再び孤独に過ごしていた。


 そんなとき、鳴無学院の古崎徹が『スターダストオンライン』のサーバーを再び稼働させて、キミを呼び出し、ある新聞記事の見出しを突きつけてこう言った。


 ――全部、お前がいたせいで起こってしまったことだ、と。


 記事には大々的に〈スターダスト・オンライン〉のベータテストで起きた、意識不明者2人及び死亡者1人を出してしまった事件について取り上げていた。』

 


 腹が立って防壁の一部へと拳を叩きつける。

 【モルドレッド】の腕力は壁に傷をつけることができた。だが、怒りはまったく収まらない。


 全部、全部、全部、全部、古崎徹――否、〈トール〉が引き起こしたことだ!

 お前さえいなければ――。



『膨大なステータスバフによって生まれたV.B.W.の影響で、脳に負荷がかかり、耐えきれずにプレイヤーは意識不明と陥った。

 これにより、スターダストオンラインの発売は無期延期。

 更に、古崎徹はあろうことか、ロクのことを持ち出した。


 ――お前さえいなければ、彼はあんなことになっていなかったんだ。


 キミは深く傷つき、古崎に自分がどうすればいいか聞いた。

 そしてキミは、言いなりのクリーチャーとして”学院会”の連中に殺され続けることを選んだんだ……っ。』



 学院会は、ヴィスカを討伐することで得られるスキルポイントを利用し、自身を”強化屋”にて天才に仕立て上げる。


 ヴィスカは半年以上の歳月を、痛みを伴う死とともに過ごしてきた。

 ただ断罪のためだけに。



『後にロクを回収する目的で動いていた波留と合流、キミは不完全ながら元のクリーチャー設定がされたキャラクターから、別のキャラクターへ神経系情報を移す方法を得てようやく、キミは解放された。なのに……』



 ……。



「どうして悲しむんですか?

 ……貴方が話したことは、全部私が隠したかったことです。

 その様子だと、どうして隠したかったかもわかっているんですよね……。」



『わかるよ。 ここが”消える”ってことだろ?

 戸鐘波留は〈スターダスト・オンライン〉はどのような形であっても消去すべきだと言った。

 神経系集合体にしかすぎない僕らは再び、M.N.C.の中で保護されるだろうさ。

 けど、そんなのどうだっていい!


 僕が悔しいのは、ヴィスカ! キミの努力も苦労も誠意も、何も報われないことだ!』



「……そんなことないです。 波留さんと協力してロクさんを助けることができました。」



『それは……。』



「それに、もう嫌なんです。 学院会に協力して、兄さん――芥兄さんが大切な人を失ってつらそうにしてて、スキルポイントで皆が今日みたいに傷つけあう。

 私が原因で誰かが傷つくのは。

 ……っ。我儘でごめんなさい。イチモツさんを巻き込んでしまい、本当にごめんなさい。」


 

 違うだろう。

 ロクの抜け殻である僕がここにいる理由は、彼女自身が自分の罪を責められるためか?

 僕に恨みつらみを吐いてもらうためか?


 それもあるだろうが、違う。

 彼女にはただ一つ、望みがあった。

 僕が果たすべきことはその望みを叶えることなんだ。



『――楽しかった。 ずっと僕は、君と一緒に〈スターダスト・オンライン〉をプレイしたいって願っている。

 飛び方を教えてもらうって約束しただろ?』



「――。」



 ようやくヴィスカが顔をあげて僕のほうを見てくれた。



『〈スターダスト・オンライン〉は現実世界で天才になる道具でも、誰かを傷つけるためのものでもない。

 自由に空を飛んで、自由にアーマーをカスタマイズして、苦心しながらクリーチャーに挑む。

 そんなゲームだ。時にはプレイヤー同士で腕を競い合うのもいいし、仲間と一緒に団結してクエストに立ち向かうのもいい。

 本来は楽しい世界なんだ。

 ――少なくとも、僕はキミのおかげでこのゲームが好きになれたと思う。』



 ヴィスカの願いは単純なものだ。

 彼女はただ、自分の世界である『スターダストオンライン』を誰かに好きになってほしかった。

 そう思って行動すれば、いずれは世界のほうも自分を気に入ってくれる。

 ……少しは、人を恨むことを知るべきなのに、彼女は強い。



『ありがとう』



 たくさんの思いを込めてそう告げると、ヴィスカは膝を落としてその場にうずくまり小さく泣き始めた。

 

 ……でもまだ足りない。

 彼女が望むスターダスト・オンラインには不必要な連中が多すぎる。

 僕らは、この世界の住人として声をあげるんだ。


 そして、プレイヤーどもを――。

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