クローズドベータテスター
――――。
「プレイヤー名〈ロク〉……? な、なんだなんだ、コイツ! 俺達と同じ”プレイヤー”だってのか!?」
「運営が容易したベータテスター用のサプライズクリーチャーかも!」
「いずれにせよ、アイツは我らの上をいってる。リザルターアーマーはボロボロなのに、機動力は段違いだな。
REX! 視界録画のボタン押し忘れるな」
「あいよっ。 これをYOUTOVEに挙げりゃ、再生数は百万軽く超えるぜ。」
「”最先端攻略所”のチャンネル登録者もうなぎ上り。
しかもあいつを倒せば、ボクらはランカーとしても最前線の攻略組になれることは間違いなしっ!」
「『スターダスト・オンライン』クローズドベータに3人揃って参加できたチャンス、決して無駄にはせんぞ。」
「あれ、そういえばークローズドベータって録画していいの?」
「フッ。VR内の視界を録画してはいけないという規約はなかった。
確認済みだ」
「そゆこと。 まさか当選するとは思ってなかったから、三日徹夜でキャプチャー設定したけどな」
「〈†漆黒†〉も〈REX〉もしっかりしてる~」
「でも俺たちゃインドア二人組だ。 VRゲーム内のアクションは〈作務衣弩〉に任せるぜ!」
「ラジャッ!」
「後方支援は我に任せておけ。 まずは【コンデンサー粒子ランチャー】で一気に削る!」
「んじゃあ俺は運び屋だな!
【背部プロペラントジェッター】と【ファランクス・外部装甲】、オマケにけん制用の【13㎜バルカン】。」
「ボクを敵前に放り出す気満々だねぇ。
ならこれかな。【ドラゴンブレス・ショットガンリボルバー】と【フルスクラッチ・ビームコーティングブレード】ッ」
……。
プレイヤー名〈†漆黒†〉〈REX〉〈作務衣弩〉。
『スターダスト・オンライン』のクローズドベータテストに選ばれた普通のプレイヤーだ。
プレイする動機はともあれ、彼らはこのゲームを真っ当にプレイした上でヴィスカこと〈名無し〉を追って【月面軍事サイロ基地 ムーンポッド】まで探索しにきていた。
ゲーマーとしては最上級の腕前を持つこの3人には何も落ち度はない。
期間限定の【スターダスト・オンライン】を遊びつくすために、運営から通知された〈”名無し”討伐〉のクエストを行っているだけだった。
だが、〈ロク〉に遭ってしまったことが彼らにとっての分岐点になってしまった。
「おいおい! 見るからにボロッちいアーマーなのにどうしてこうもアイツは動けるんだ!?」
「わ、わかんない!
ボクのドラゴンブレス弾もしっかり命中しているのに、怯むどころか加速して反撃してくるんだ! もう防戦一方だよ!」
「〈作務衣弩〉が追いつけねぇなら俺や〈†漆黒†〉だって無理だ。 くそ、逃げるためのブーストなら簡単にヤツとの距離を離せるのに、近づいた途端、ヤツのマニューバが複雑になって攻撃が避けられる。
バルカンだって偏差撃ちの感覚は掴んでるのに、ほとんど先読みされて躱されちまう……!」
「なんかおかしいよ。
あの人、まるでボクらとは別ゲーをやってるみたいな動きしてる。 ええっと、なんていえばいいかなぁ。
ボクらは”ロボット”であっちはしっかり”パワードスーツ”やってるっていうか」
「言いたいこたぁわかる。 こっちの動きは平面的なのに、あっちはより柔軟で立体的ってことだろ。」
「多分それ。 ねぇ〈†漆黒†〉、一度逃げたほうがいいんじゃない?」
「かもしれないな。 〈REX〉の言う通り、奴のスラスター自体はさほどの推進力はない。 我らが撤退するのだけは容易だ。」
僕が覚えている限りでは、彼らは【月面軍事サイロ基地】から身を引くことを話し合っていたように思えた。
その時の僕は謂わばゲームのギミック、近づいたり、攻撃を加えようとしたものがいれば自動的に遊撃する。
ダメージを喰らえば喰らうほど、痛みは憎悪に変わって更に好戦的になる。
痛覚に苛まれる間は、そんな単純な思考でしか動けなかった。
つまり、ガラクタ山の中で隠れている〈名無し〉を守るためにやっていたわけではなかったということだ。
「距離は開いたか。【回収用ドローン】展開するぞ。 行き先は【キャリバータウン】だ」
「「了解ッ」」
3人組パーティがサイロを抜け出すために何かアイテムを使おうとした瞬間だった。
内の一人、〈†漆黒†〉と呼ばれていた人物が何かに気づいて声をあげた。
「メッセージだ……。 ――”力が欲しいか?”と書いてある 」
「誰だよそのふざけたメッセージ寄こしたの。んなもん書いてる時間があるなら、少しでもクローズベータ満喫しろっての」
「わっ、ボクのほうにも来たよ。」
「マジかよッオォ、俺のほうにもきた。 つかよ、このメッセージって運営しか出せないタイプのフォントで表示されてねえか?」
「じゃあこれって開発サイドから送られたメッセージってこと? ……中二病患者の妄想じゃあるまいし……。」
「まぁ、応答するだけしてみるか。 ”欲しい”っと。」
「この撤退すれば撮れ高ないもんね~。 何かネタになればいいけど」
「お、おい。オマエら、我が指示を待て」
「話し方的に真っ先に〈†漆黒†〉が一番食いつきそうなネタじゃんか。 ちゃんとキャラ立ち意識しないと…………あ」
「すげっ、大量のスキルポイントが入って……」
プレイヤー〈作務衣弩〉が突如笑い声をあげる。。
続けざまに〈REX〉も頭を抱え込んで膝をついた。
二人よりも若干のタイムラグを挟んで、〈†漆黒†〉は半狂乱の叫び声をあげた。
「アッアァぁ……溶ける! 脳みそ熔けちゃう……!! んぁにコレ……!!
”強化屋”どころの、話じゃないよぅ……アヒッ!」
「なんなんなんだよこれこれ!!
頭の中に何かはいってってくるくる!!ッパァッって!!ドバァッって!!」
「あ”あ”あ”あ”!! ふ、二人ともしっかりしろ。
なんだこれ、我らのステータスが、おかしな数値に改変されて……いる?
――ダメだこれ。怖い、怖い怖いよ、ママぁ。」
思い返すだけでぞっとする光景だった。
彼ら3人はちょっとゲームがうまい普通のプレイヤーだったはずなのに、わずかな時間で急変した。
一方で僕もおかしな連中と同類だ。
その一部始終を眺めていたにも関わらず、結局何もしなかった。
ただ一人、その不気味な周囲を見て、身体を震わせていたのはヴィスカだけだった。
狂気に陥る3人は時期に取り乱すのをやめた。
あるいは、理性というタガが外れて乱れ切った後だったのかもしれない。
3人とも、自身のヘッドアーマーをそれぞれが所持していた近接兵装で抉りはじめた。
破損した頭部から皮膚が見え隠れするところまで深く抉ると、彼らが取り出したのは【Result OS】――リザルターアーマーの基本的な制御を担うコントロールオペレーティングシステムが搭載されたチップが、雷電を走らせて小さく破裂する。
「これが種明かしか……ん~ん。 ボク、もうそんなのどうでもいいっ。
もう一回! もう一回、アレを味わいたい! このゲーム、最ッッッッ高♡」
〈作務衣弩〉が再びこちらへと攻撃を開始する。
制御が解除された彼女のリザルターアーマーは、ゆらりと揺れ動いて蝶のようなしなやかさを伴いながら、蜂針のようなショットガンリボルバーの一撃を放つ。
ドラゴンブレス弾は付近に閃光をまき散らせながら、燃焼するマグネシウムの化学反応で僕のアーマーを溶かしてゆく。
熱の痛みは憎悪へ、憎悪に反応してこちらの行動も素早くなる。だがそれでも追いつけない。
応戦するも、今度はこちらが防戦一方となる番だった。
「そ、そいつ、たお倒してお、おれ、俺、俺が〈名無し〉をころ、ころころころすんだっての!
スキルポイント、入れば、またっ」
〈REX〉もまた、呂律の廻っていないような言動のまま、こちらへと射撃を開始する。
狙いはより正確になり、先読みして避けることもできない。逆にこちらの動きが読まれているほどだった。
「ママがいいって言ったんだ。ママのせいだ。 大丈夫、これ電子ドラッグ、違う。
でも好きだな、コレ。」
2人をまとめる役だったはずの〈†漆黒†〉は何かと会話しながらも、やはり精密な【コンデンサー粒子ランチャー】の一撃を食らわせようと狙いを澄ましていた。
やがて発射される大きなエネルギー塊がこちらへ向かってくる。
かろうじて避けた僕に対して、こちらへ接近していた〈作務衣弩〉は左腕が弾け飛んでいた。
けれど彼女から悲鳴はない。むしろ恍惚にふけるような喘ぎ声を上げたのち、構わずもう片方の腕に握られた【フルスクラッチ・ビームコーティングブレード】の斬撃を与えようと攻めてくる。
もはやチームワークはなくなっていた。
個人の力が底上げされ、3人は思い思いに〈”名無し”討伐〉という目的に猛進していた。
「――これでスキルポイントはボクのだ!」
ついに反応速度で大幅に後れをとり、〈作務衣弩〉がこちらの腹部メインジェネレーターにコーティングソードの切っ先を立てたときだった。
「――こんな! こんなのが”貴方の言ってた『スターダスト・オンライン』”なの!?」
ヴィスカが僕の身体を押し倒した。
コーティングソードのビームによる熱で装甲が横薙ぎに焼かれる一方で、完全に不意を突かれた〈作務衣弩〉は態勢を崩され、倒れ込みそうになる。
しかし、僕はヴィスカの嘆きを無視して、ただ切り裂かれた腹部の苦痛に反応して、〈作務衣弩〉へと攻勢にでていた。
一息にスラスターを解放させ、ヴィスカによる制止を振り切り、ジャンク山に落ちていた【延長式はんだこてブレード】を〈作務衣弩〉の頭部へ突き刺す。
……【Result OS】を取り外した損傷部へ。
即死判定となり、〈作務衣弩〉のライフゲージは消え去る。
そして、〈作務衣弩〉は急激に”強化”されてしまった能力を、キャラロストによって全損してしまったのだ。




