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キミのこと



 〈ロク〉は〈名無し〉と出会えたことでリザルターアーマーの可能性を知った。

 推進剤で地を駆るのではなく、彼女のように自由に空も飛べたらどんなに気持ちがいいだろうか。

 彼女からヒントを得たことにより、ロクは【Result OS】なしのマニピュレート操作を用いて出現した【エルド・アーサー】に、かろうじて渡り合うことができたのだ。



『後にガラス壁は崩壊、【エルド・アーサー】ともどもサイロの底へ落下したロクとトールは、再び君と出会った。

 そして〈トール〉が不用意に攻撃をくわえたことで状況は一変する。

 ……君は、トールによる【王の権威】と【パルスショットガン】の組み合わせで初めて甚大なダメージを受けた。

 本来は無効化されているはずの痛覚は、プレイヤーともNPCとも認識されなかった君には尋常ならざる痛みとして伝わってしまった。

 ――”自分の縄張りを荒らされたから憤って攻撃した”って君は言ったけど、ふざけるな。

 命の危機を感じたからやり返す、そんなの当たり前のことなんだよ。

 なのに君は、まるで自分が悪いかのように語る。そんなの間違いだ。

 トールは対話もなしに一方的に攻撃を加えたんだ。

 ……僕も、〈ロク〉もそれに倣って君を攻撃したから、バカなのは一緒だ』



 けれどヴィスカ自身もまた、自分が間違いを犯したと理解していた。

 痛みでどうにかなりそうな意識をどうにか保って、対峙するロクをどう対処すべきか考えていた。

 【エルド・アーサー】が覚醒する寸前だということを、キミは気づいていたから。


 一方で〈ロク〉はといえば……。



『事情も知らずに〈名無し〉を打ち倒す術を探り、キミの傷を抉るような大型兵装ばかりを取り出して攻撃を加えた。

 ゲーム内クエストの一環だと思ってた――なんてのは言い訳でしかないだろう。

 ごめん……。』



「……。」



 ヴィスカは首を横に振った。

 開きかけた口元を再び強く閉めて、顔を俯かせる。



『【アリアドネ】による雷撃の結界でキミは【エルド・アーサー】からロクを守った。

 その後、ロクはゲーム外の波留から助言を受けてようやくヴィスカを助けようと動いた。

 ……そこからは君が話した通りだ。』



 ロクは乱心したトールの追撃を退け、その際にヴィスカをサイロの外へと逃がした。



「もう、いいです。

 そこまでで十分です。

 サイロから出た後、私は再びさ迷いました。

 ロクさんを助けようと『スターダスト・オンライン』を探っていた波留さんと合流して、私は”現実世界の自分・月谷唯花”の情報を条件に彼女と手を組みました。

 私の話はこれで終わりです」



 矢継ぎ早に話を切り上げようとする彼女の態度は、自分の犯行を隠そうとする犯人そのものだ。

 だが、隠してるのは自分の善行だ。

 どうしてそんなことするのか?

 ヴィスカの心を覗いた僕は気づいている。


 だが、彼女に納得するためには”僕”が理解した上で伝えなければならない。



『キミはサイロから脱出したあと、トールに狙われ続けた。


 戸鐘波留をスタジオから追放したあと、開発チームの手綱は石橋マンタに渡った。

 ……その石橋マンタの手綱は、トール――古崎徹にある。

 ロクがいくら身を呈して彼女を救おうとしても、結局トールがスターダスト・オンラインを支配して、彼女に執着するならばキミを助けきれない。』



 心の底が苦しくなってくる。

 大変だったのは彼女で、僕自身ではないというのに。



「私は助けてもらいました。サイロを出たあとも、スターダスト・オンラインで生きていけたのは間違いなくロクさんのおかげです」



『……。

 〈スターダスト・オンライン〉はクローズドベータテスト期に入った。

 戸鐘波留がいくつか要調整を告げていた”V.B.W.”に関する問題を残したままの欠陥品だったにも関わらず、抽選で選ばれた一般プレイヤーへと開放されてしまった。

 古崎徹は石橋マンタをはじめとする開発チームを操り、ベータテストプレイヤーたちに一つの”クエスト”を与えた。

 それは、ゲーム内のどこかに存在する名前のないリザルターアーマー使い――キミを討伐するという内容のものだ。

 報酬は莫大なスキルポイントとゲーム発売後の特典と賞金。

 テスターたちは我先にと君を殺すべく〈スターダスト・オンライン〉をくまなく散策した。』



 逃げども逃げども、プレイヤーは彼女を着け狙って武器を向けてくる。

 彼女は他のプレイヤーのように、痛覚を感じないわけじゃない。

 この世界で生きている。

 ビーム兵装に焼かれたことも、実弾に足を貫かれたことも、腹部を剣で切り裂かれたこともあった。

 苦痛に耐えながら、それでもプレイヤーが自分と同じように傷つかぬよう、抵抗もせず逃げることしかできなかった。


 そんな彼女が逃げ延びる場所に選んだのがこの場所――サイロ基地だ。


 きっと、〈ロク〉に助けを求めようとしたのだ。


 けれど彼女も待っていたのは更なる地獄だった。



『サイロ基地へ再び逃げ延びたキミは、〈ロク〉に再会した。

 ミサイルの炎に包まれた苦痛によって、ただ憎悪をまき散らす存在と成り果てた〈ロク〉に。』



 リザルターアーマーが熱で熔解し、破損部の隙間から見えた内部の身体は皮膚が熔けて装甲と一体化し、その姿はオブジェじみていて生物とはいえないものに見えた。


 けれど、そんな姿でも〈ロク〉はジャンクの中で悶え苦しんでいる。


 ヴィスカは、自分が引き起こしてしまった目の前の惨状に絶望するしかなかった。

 ――彼は私を助けるためにそうなってしまったのだ、と。



 その時だ。



『キミの目撃情報からベータテスターのパーティがサイロ基地までやってきた。

 〈ロク〉をクリーチャーだと勘違いした彼らは戦闘を開始してしまう。

 まがいなりにも、〈ロク〉はオフィサーを圧倒した実力をその時から備えていた。

 殺戮機械になり下がった〈ロク〉はベータテスターらを圧倒して追い詰めていった。』



 この〈ロク〉は今の僕だ。

 僕の神経系情報は、ここで苦しんだときの記憶も含まれている。

 波留が戸鐘路久から切り離したかった過去だからだ。


 通常なら苦痛のほうを想起してしまい、冷静に記憶をたどるなんてことはできないだろう。

 しかし、今は【モルドレッド】の痛み止め(スーパーアーマー)によって痛みはない。



『だが、そこで邪魔が入った。

 開発者の誰か――おそらくは石橋だろう――によって、テスターたちに超強化のバフが入った。』


 

 僕はつぶさに当時を思い浮かべた。

 


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