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「な、な、な、な、なんてことを言ウンデスか!? 

 お話した通り、〈月谷唯花〉のM.N.C.に残っていた神経系情報の集合体として『スターダストオンライン』をさ迷っていただけの私を、ロクさんは〈トール〉から身を賭して助けテクレマシタ!

 間抜けだなんて言わないでクダサイッ」



 接触していないせいで彼女の声音が歪んで聞こえてくる。

 しかしながら、彼女が怒っているのは確実だろう。

 けれども僕にだって、”元”戸鐘路久として言い分があった。



『じゃあヴィスカ、もう一度君のことを話せ。 僕がロクという人間がどれだけバカやろうか解説してやる!』



 彼女の射出している【有線式アンカーボルト】に付属したワイヤーを手に取った。

 一方で彼女は首を振る。


「大体、どうしてそうなるんですか? ロクさん――戸鐘路久さんも貴方も落ち度は何一つありません! そう話したはずです!

 責められるなら私です!」



『君が話さないなら僕が言ってやるよ。


” ――君は……月谷唯花は陸上部の活動帰りにトラック事故に遭った。

 医師の懸命な治療も間に合わず、君は亡くなった。 ”』



 ……自分で言って吐きそうになる。

 彼女が開口一番に僕へ告げたのは、自分が一番向き合いたくない事実からだ。

 それをつらいとも苦しいともいわずにたったの二言、三言で簡単に終わらせてしまった。まるで大したことでもないように。



『治療の一環として、藁にもすがる思いで君の両親が頼ったのは、当時世間に名前も出ていなかった【エンドテック】社の医療機器”マス・ナーブ・コンバーター”による神経活動の維持治療だ。

 これは君をわずかに延命させることはできたが、残念ながら、身体への負担も大きく、治療は断念。

 その際に……”今”の君は生まれた。』



 M.N.C.内の一つのデータとして扱われているうちは、まだ今のように意識と呼べる何かすら芽生えてもいなかっただろう。

 


『――古崎グループが出資した戸鐘波留の所属するゲームスタジオがVRゲーム開発の折にM.N.C.を娯楽へと転用。 

 試験的に使われたのが、同じく古崎牙一郎の息がかかった大学病院のM.N.C.だ。

 そして数年の月日が流れて、〈スターダストオンライン〉のひな型は出来上がっていく。


 ……時を同じくして、何気ないデバック行為の影響で〈名無し〉は生まれた。

 開発者側からすれば、お試しに作った”名前を付ける必要もない”キャラクター。

 だけど、M.N.C.は君のために作られたキャラクターだと勘違いした。』



 一度腹の底に熱を感じながら溜息をついた。

 なんとなくだが、僕は【モルドレッド】の身体を理解し始めていた。 

 同時に、自分が”神経系情報の集合体の残り”だということも。



 ヴィスカは頻りに首を振っては信じられないといった具合に、目を見開いていた。

 そりゃあ驚くだろうさ。


 ――自分の話したこと以外の事柄まで、僕が話しているからだ。



「……! キャラクター同士の境目が曖昧に……?」



 口をついて出たらしい彼女の一言は、非常に的確だと思った。

 オフィサーとの戦いの後、僕は”ロク”と入れ替わって収まるべきキャラクターを失った。

 彼女がどうやって僕を回収したか、具体的な方法はわからなかったが、おそらくはヴィスカというキャラクターの中へと一度、僕を迎え入れたのだと思う。

 その後、彼女は【月面軍事サイロ基地 ムーンポッド】へ移動し、痛覚効果を無視できるスキルを持つ【モルドレッド】へと僕を移した。

 

 ヴィスカの話を聞く間に断片的な彼女の記憶が頭をよぎっていた。



『同じ方法でNPCを操って姉さん――波留のフリをしたのも君だろ?

 大方、僕が嘆いてたことに気づいて、チュートリアルのボス戦をクリアする手助けをしたかったんだろうけど、これは……本当にありがとう。

 何か月と苦戦を強いられたコイツを倒せて楽しかった。』



 自分自身の胸を叩いて【モルドレッド】を示す。

 笑みを浮かべているつもりだが、この顔だとどう映るのか。



「……それは、私の我儘でそうしただけで……」



『我儘なもんか。 

 君はただ、スターダスト・オンラインを楽しんで欲しかったからそうしたんだ。

 ――戸鐘路久との約束を信じていたから。』



「……」



『話を戻すよ。 君はこの〈スターダスト・オンライン〉に生まれ落ちてしまった。

 今みたいにチュートリアルから始まるわけでもない。NPCだかPCだかもわからない曖昧な存在として、このアイランド2というスペースコロニーに投げ出されてしまった。


 これは地獄のような日々だ――。』



 …………。


 記憶の断片でしかないが、彼女は幾度も人間らしき人々に話しかけているのが観える。

 中身の存在しないノンプレイヤーキャラクターはヴィスカをプレイヤーだと認識しなかった。

 かといって同じNPCとして扱うわけでもなく、彼女は存在しないことになっていた。

 NPCが人間のように他者を嫌って無視することはないから、彼女は幽霊のように視線すら合わせてもらえなかった。


 殊更NPCのたまり場となっているキャリバータウンは、彼女の孤独を際立たせた。


 だから、彼女はNPCが寄り付かないサウスゲートから【月面軍事サイロ基地】に移動して、この場所で過ごすことにした。

 

 最初はただ茫然と時間が過ぎるのを眺めるだけだった。


 自分が何者なのかもわからず、ここがどういったところなのかもよく分からない。


 一度は読んでたライトノベルのように異世界へ転生した主人公と自分を重ねてみたが、妄想は結局、自分の現状という不安に押し流されてしまった。


 その最中、クリーチャーにスルーされながらも、階層を下ってサイロの底へたどり着くと、不思議なものを見た。


 大きな人型の鉄塊が直立して佇んでいたのだ。

 わずかなライトアップに曝されたそれは、キャリバータウン内のNPC同士の会話でリザルターアーマーと呼ばれるものだと知っていた。


 彼女は人型へと自分の身体を収めた。

 簡素な少女の肉体に鉄の棺桶が装着されると、たちまち、ケモノの咆哮が聞こえてくる。


 同時にアーマーがけたたましい警告音を響かせて危険を知らせた。

 驚いて彼女がアーマーから抜け出すと、その直後にサイロの底へ巨大な獅子のバケモノが落下してくる。

 ヴィスカの何十倍の体積がある巨躯が落下した衝撃は、底にあった重そうな金属類のガラクタを全て吹き飛ばしてしまうほどのものだった。


 バケモノ――【エルド・アーサー】は一度周囲を確認すると、ガラクタに埋もれたヴィスカに気づくことなく再び壁を伝ってサイロの上階へと消えていく。


 普通は恐怖する状況だが、ヴィスカは久方ぶりの心臓の高鳴りに感動を覚えていた。

 なにより、クリーチャーとはいえ、自分の存在を認識してもらえたことが嬉しかった。


 気づけば、アーマーを着こみ、【エルド・アーサー】の落下により生まれる衝撃で吹き飛ばされるという一連の流れを何度も行った。


 けれど、しばらくして【エルド・アーサー】はヴィスカがアーマーを着こんでも降りてきてくれなくなってしまった。

 

 気になった彼女は、上階へ登ろうとした……だが、下りたときはなかったはずの防壁が幾重にも重ねられ、上へ続く通路はふさいでしまっていたのだ。

 唯一上階へ通じているのは……、サイロの中心、吹き抜けになっている箇所だけだった。


 どうすれば行けるだろうか。


 その方法はすぐに見つけることができた。

 着込んでいるアーマーには身体を高速で移動させるためのスラスターがついている。

 これを使えば吹き抜けを上昇して【エルド・アーサー】の様子を見に行けるかもしれない。

 ヴィスカはリザルターアーマーを操作するうちに、ようやくメニュー画面を開くことに成功した。


 その項目には確かに〈ログアウト〉の文字があった。

 息を飲み込み、彼女がその項目を選択するとメッセージは簡素にこう返した。


《エラー。 

 プレイヤー接続に失敗しました。『スターダスト・オンライン』内メニュー画面より運営へお問い合わせください》


 スターダスト……”オンライン”。

 まるでゲームの題名のようだ。そう感じてから、これまでの経験が全て繋がっていく。

 街並みを行く人々やクリーチャーの不自然すぎるほど正確な挙動や仕草、今リザルターアーマーを通じて見えている視界に映るHUD表示の数々。


 これはゲームの世界なのか。


 けれど、諸々を改めて確認するにはサイロの底から抜け出す必要があった。


 ヴィスカはアーマーを操作した。

 幸いなことに時間だけは余裕があった。

 スラスターを用いて不安定に飛び上がり、ガラクタ山へと落下する。

 衝撃でアーマーが壊れたら、落ちているパーツを何度も合わせ直して接続し、再び空を飛ぶ練習をした。


 不格好ながらもリザルターアーマーで身体を動かしていれば漠然とした不安からも解放されたような気がした。

 いつの間にか、彼女にとってアーマーは赤子が眠る揺り籠のように心地いいものになっていた。

 空を飛ぶことも、できるようになればとても愉快に思えた。


 ヘッドアーマーは外し、肌に触れる風の感覚を味わうと心が落ち着いた。


 やがて自由に空中機動を描けるようになって、頭上からコンクリートを削るような音に気づく。


 ヴィスカは意を決してサイロの上階を目指すことにした。


 ゆっくりと、各部位のバーニアを駆使して、時にはスラスターを開放しながら、水中を泳ぐみたいに上昇した。


 けれど十数階層まで上り詰めたところで、分厚いガラス壁が彼女の行く手を阻んだ。

 

 ――心がくじけそうになった。その時だった。

 透過性のあるガラス壁の向こうで、彼女と同じリザルターアーマーを装着した人物が興味深そうに首を突き出してこちらを眺めていた。


 こうしてヴィスカは、スターダスト・オンラインをテストプレイ中だったプレイヤー名〈ロク〉に出会った。


 


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