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水底の慟哭


 ――――――――――――。

 ――――――――。

 ――――。

 ――――〈スターダストオンライン・内部〉

 ――――〈タイム AM 1:43〉

 ――――〈サーバー状態:ダウン〉。



 ヴィスカの話を聞いた僕は、居ても立っても居られなくなっていた、




 だが、破損した鉤爪が壁面に刺さり切らず、僕の巨躯は重力の支配下となった。

 〈イチモツしゃぶしゃぶⅡ〉のリザルターアーマー装着時より、格段に重い【モルドレッド】の肉体は、鋼でも積んでいるかのごとく落下速度を速めていく。


 【月面軍事サイロ基地 ムーンポッド】の中心は、弾道ミサイル発射用に最上層から最下層まで吹き抜けで、深さ幾百メートルの巨大な穴がくり抜かれたようになっていた。


 僕はそのサイロの中心の穴から、なんとか地上へ這い上がろうとしていた。


 けれども、いくら【モルドレッド】の肉体が優秀であろうと、鉤爪の鋭さが業物級であろうと、ウォールクライミングをするためには出来てはいない。


 まったくこの『スターダストオンライン』というゲームは良くできている。

 クリーチャーの身体もまた、プレイヤーのリザルターアーマーのように、ダメージの蓄積がしっかり存在している。

 損傷すればいずれ壊れるということだ。

 しかしながら、プレイヤーのようにHUD表示があるわけでもなく、蓄積されたダメージを確認することはできない。


 耐熱性の防壁へ爪を立てるたびに、鋭利だったそれは徐々に削れて頼りないものに変わっていく。

 その様を恐ろし気に見守りつつ、壁面へ鉤爪を叩きつける。


 そして、ついに折れた。


 宙に投げ出されるモルドレッドの身体。

 その近くには赤いボックスこと・レア素材アイテムも共に落下している。

 


 【モルドレッドのバヨネッター・クロー】



 自分から放出されるレア素材って流石におかしいでしょ……。

 内心で突っ込みながらも、なんとなく手を伸ばしてしまうのは元ゲーマーとしての意地か。


 ……まぁ、アレは僕ではなかったのだけれど。


 サイロの暗闇が僕を迎える。

 やがてボヤけた視界に見えてくるのは、地下最下層を示す壁面ロゴがライトアップされた”底”である。



「GggggyiiiiiIII!!」



 咄嗟に両腕で顔面を守ろうとして、顔のノズルに思い切り殴打を食らわせてしまった。


 またしても現れる赤色ボックスには【モルドレッドのフォトン・トゥース】と明記されている。

 僕が苦労して手に入れたことのあるレア素材が、たった一度の自爆殴打で手に入ってしまうのは一周廻って笑えてくる。



「――ッ。 【有線式アンカーボルト】!!

 〈専用アルゴリズム【パース・ウェブ】行って!〉」



 激突寸前になって、反転した視界を白銀の閃光と青白い推進剤の残光が縦横無尽に宙を駆けた。

 同時に感覚の鈍い厚皮に空気の流れを感じた。

 何かが僕の横を通過したらしい。


 瞬間、身体がゴム毬のように弾んで、再び飛翔し、落下して、今度はガラクタの山へと落ちこむ。



「Gaaaaaaa!!」



 派手に金属音を立てれば、音割れしたかのような騒音になって僕の耳を伝うのだ。

 ひとしきり取り乱した後、サイロ上階の屋上から望める星空を見上げると、僕から少し上、10mほどの高さに蜘蛛の糸がごとく張り巡らされたワイヤーがあった。


 これに身体が引っかかったことで落下分のダメージが軽減されたのだろう。


 もちろん、これをやってくれたのはヴィスカだ。



「どう――シテ!!」



 星空をバックに宙を駆けながら、彼女は声を荒くして怒鳴った。


 しかし、一度口を開閉したあと、僕まで歩み寄って鉤爪の割れた手を握った。

 こうすれば僕へ負担をかけずに言葉を伝えられる、と彼女はいつの間にか感じ取っていたのだろう。


 自分が怒っているのに、そういった配慮をしてしまうのは、ちょっとだけ不憫に思える。



「どうして急に、こんなこと始めたんですか?

 【モルドレッド】の〈スーパーアーマー〉能力であれば、貴方に残っている”痛みの記憶”は無効化できます。だけど、プレイヤーと同じようにライフゲージがなくなればキャラロストすることに変わりはありません。

 そうなったら、また”貴方”を別の器に移せる自信が私にはありません。

 ……憤ることがあるなら、私を使ってかまいません。」



 首を振って、彼女の手を振りほどく。

 酷く傷ついた表情を浮かべるヴィスカに対して、罪悪感を抱きながら僕は今しがた自分が不時着したガラクタの山を眺めた。


 ヴィスカがまだ〈名無し〉だった頃、彼女が自分の正体を〈月谷唯花〉だと理解できていないままに、戸鐘路久こと〈ロク〉は彼女と対峙している。

 その際に、ロクはこのガラクタ山からアーマーの部品をかき集めて、専用のアーマーをつくった。



 ……それ故に、反発心から僕は鉄屑の塊を思い切り薙いだ。


 ロクが元僕であるならば、僕もそれぐらいできる。


 この【モルドレッド】の身体は確かに使いやすいが、この世界においてはリザルターアーマーは必須だ。



「ごめんなさい。私の我儘で貴方を利用シタから……」



 利用?

 ”怖くて寂しいから、戸鐘路久の残りカスである僕を拾ったことか?”


 それは単なる偽悪だ。 

 彼女は寂しいから、僕を【モルドレッド】の身体に閉じ込めたわけじゃない。

 僕の恨みつらみを聞き出すためだろう。


 だって、僕は一方的にダミーとして消えることを強いられていた。

 おそらく、僕を創った戸鐘路久の姉・戸鐘波留はそういう前提のもとで僕を”ダミー”としていた。

 ”戸鐘路久”を僕から抽出して、代わりに〈トール〉から受けた痛覚のV.B.W.をこちらに肩代わりすることで、ロクを元に戻した。


 であればもし、あのログアウト寸前で僕がヴィスカに拾われていなければ、”永遠に”、”誰からも気づかれることなく”、”苦痛だけを味わって”神経系情報の集合体としてこの世界をさ迷っていたのかもしれない。


 ……でも、そんな奴に肉体を与え、挙句の果てにヴィスカは「私は波留の協力者です」と打ち明けたのはなぜだ?


 答えは決まっている。


 彼女は自分が、僕の恨みつらみを紛らわせるための道具になることを選んだのだ。



 どうしてそんなことがわかるのか。

 ヴィスカを助けたロクの記憶とロクを助けたヴィスカの記憶が、戸鐘路久ではなく、残滓である僕のほうに流出しているからだ。


 きっと、彼女は自分の存在を彼の中から抹消することで全部終わらせようとしている。


 現実世界へ帰った戸鐘路久は、徐々にヴィスカのことを忘れてのうのうと日常に戻るのだ。

 


 (自分がどれだけ、彼女に守られていたかも知らずに……!!)


 

 ガラクタ山の中からリザルターアーマーのヘッドパーツを一つ取り出し、音声入力の回線部とインターフェースを取り出し、息を深く吸い込む。



 ――もしこの声が戸鐘路久に届くのであれば、僕はこう叫ぶだろう。



『お前は、〈名無し〉を、一度しか守れなかった挙句、バカに利用され続けた軟弱者だ!!

 マヌケェエエエエエエエエエエエ!!』



 ……回線部に繋がったヘッドアーマーから叫び声が放たれる。

 それは女の子っぽい声だったが、怪物ではなく明朗な人の声に変換されていた。


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