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クリーチャーさん

                 ☆



 ――――〈スターダストオンライン・内部〉。

 ――――〈タイム AM 0:34〉

 ――――〈サーバー状態:ダウン〉 




 ……歌声が聞こえる。



「……あなたとならばーこの町をヌケダセルーイマスグ連れ出してー♪

 ……おはようございます。」



 その旋律が歌だと認識するまで少し時間がかかった。

 リザルターアーマーの故障か何かかもしれない。拾う音の全てがディストーションがかったみたいに聴覚へ鋭く突き刺さる。


 優しい声音だとわかる一方で、それが目の前で崩れていくような感覚だ。


 酷い悪夢を見ているようだった。

 


「――――」



 瞳を開いたはずなのに、妙に視界がぼやけている。

 これは先の戦いで受けたダメージが相当重かったのかもしれない、本格的に修理が必要だ。

 【キャリバータウン】に出かけて、アーマー修理キッドを手に入れなくちゃならない。


 だってすぐにでも飛びたかった。

 ウサギのようなリザルターアーマーで駆けて飛び回るヴィスカの姿が、今でもしっかりと脳裏に焼け付いている。


 推進剤で虚空に絵画を描く彼女のマニューバは、あの深い深い闇の穴で彼女と出会ったときから何も変わらない。鮮やかなものだ。


 ヴィスカが〈名無し〉であることを僕は今の今まで思い出せないでいた。

 けれどこの瞬間に至って、驚くほどに自分が『スターダストオンライン』が好きな理由がしっかりと理解できていた。



「――ggg」



 残念ながら背部スラスターは壊れているらしい。どの操作を試してもうんともすんとも言わない。

 それどころか、視界にあるはずのHUD表示までないときてる。


 ……つか、僕は本当にアーマーを着ているのか?


 不安になって身をよじると、装甲が寝そべった地べたと重なる感覚は確かにあった。

 そこにきて「ホッ」と安堵の声をあげてしまった。



「あ、炎を噴き――マシタネ」



 ヴィスカの声がした、そう思った瞬間にやはり声音が崩れて歪んでバケモノのような声になった。

 こんな状態ならいっそヘッドアーマーを外してしまえばいい。

 視界だってなんだかぼやけて見えるし……。



 あぁ、壊れているから自動で着脱させることもできないってこと?

 なら両手で無理やり……。



「g……ggg……ggggg」



「どこか痛ムノデス? そんなに頭をランボウニ扱ったラ、また壊れてシマイマス」



 頭部アーマーは既に壊れているんだから、何も問題ないだろ。

 それにこれがあると君と話すこともままならない。



「ggg……!!」



 きつくはまり込んでるせいで、ヘッドアーマーを外すことができない。

 まるでアーマーが僕の肉体に張り付いているみたいだ。 



「だ、ダメですってば! 頭が取れちゃイマス!」



 視界にヴィスカらしき影がぼんやりと浮かんだかと思うと、僕の左腕が引っ張られた。


 そうは言われても、こんな故障アーマーを被っていたら何もできないんだよ。



「uuuuuuugyaaaaaa!!」



 叫んでみても声すら変なものに変換されてしまっているため、意思疎通すらできやしない。

 やむを得ず、別の意思表示をするためにヴィスカらしき影をぼやけた視界で追う。

 


「キャッ! 尻尾ガ――」



 彼女の短い悲鳴のあとで、金属類がばらける音が聞こえ――。

 

 うっ、なんだ!? 声どころか拾う音全部が妙に尖って耳に刺さる感覚がある。

 この金属が散らばる音はもっとキツイ!!



「だ、だから、ダメデスッテバ!!」



 身体が仰け反って再び地面へと寝そべる形になった。

 ヴィスカがこちらへタックルしてきたらしい。

 彼女が視界の目の前に迫ったおかげで、ようやくその姿を確認することができた。


 やっぱりウサギだ。

 白銀色の装甲は【ver.ヴァルキリー】に似ているが、更に光沢感があって丸みを帯びた形状をしている。

 遊色揺らぎ輝く胸当ての装甲には、何かが反射しておどろおどろしい姿を曝していた。

 

 あっちがパール塗装ならこっちはタール塗装、そういわんばかりに脂ぎった黒色の何かが蠢いている。

 不気味だった。思わず背後を確認して、その蠢く者がいないか確かめる。

 いない。

 安堵してまたヴィスカのほうを振り返って気づく。


 蠢く何かの動きが僕と連動していた。



「わぁっひゃあ!」



 わかりやすいように彼女を抱きしめて大げさに身体をよじる。

 またしても耳に突き刺さる金属音にビビッて挙動がおかしくなる。


 ……なんてこった、全部の動きがヴィスカのアーマーに怪物とシンクロしている。


 ということは……。


 手で顔やら身体をまさぐって形状を探ろうとした。

 しかし、すぐに結論じみたものは出ていた。

 頬に手を当てようと伸ばした腕が、なんと顔から伸びた犬じみたノズルに接触したからだ。

 オマケに指先は4本。

 背骨がきっちりと真っすぐに立たないのは、背中にドデカい尻尾があるからだ。

 この尻尾が付近のガラクタ山を壊して、あの鋭い音を立てていた。



「huuu……」



 やばい。現実をまったく直視できない。

 止む無くテディベアみたいに座り込んで、白靄を漏らしながらため息をつく。



「すみません、イチモツさん。

 探してみたのですが、”貴方”を入れる器がその子しかいなかったんです。」



 傍らに腰かけたヴィスカが寄り添ってくる。

 ……多分、尻尾あたりに身体をあてているのだと思う。

 これはアーマー越しの感覚などではなくて、正真正銘、このクリーチャーの厚皮越しの感覚なんだ。

 身体が触れている間は、音の共振がなくなってはっきりと声が聞こえる。

 


「gyuyaxaa……?」



「クリーチャー【モルドレッド】さんが今の貴方です。

 イチモツさんは、もう一人のイチモツさん――戸鐘路久を再び現実世界へ返すための足掛かりだったそうですよ?」



 なんとなく彼女の言うことが理解できてしまっている。

 今の現状に驚愕してはいても、焦りのようなものよりは諦念が心を支配していた。


 オフィサーと呼ばれるプレイヤーから酷く痛めつけられた。

 その時、僕は自分のキャラクター”イチモツしゃぶしゃぶⅡ”から追い出され、苦痛の感覚と憎悪の感情だけが繋がった曖昧な状態で、誰かにコントロールを奪われた。


 戸鐘路久とは僕の名前だけど、……なんだかそれすら実感がわいてこない。

 時計の秒針が進むにつれて、一つ、また一つと記憶が消滅していっている。


 焦燥感がないのは、多分、元々それが僕のものではないからだ。

 オフィサーは僕のことをNPCと称した。


 NPCに感慨はない。



「私は平気だったんです。

 貴方がいなければ、私は自分を客観しなくて済んだ。

 だから、”これから消える”ことにも何の関心も持たずに済めた。

 だけど……」



 言葉が滲んだように思えたから、試しに尻尾で彼女の身体を引き寄せた。

 接触面が広がれば、声はよく聞こえる。



「――。……私も、帰る身体がないんです。」



 自分で受け止めるために彼女はゆっくりと告げた。


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