先輩の、後輩ッスよ
……。
「話なら僕の部屋ですればよかったんじゃないの?」
「久しぶりにロクの手料理でも、食べさせてもらいたかったんだけど、そうも言ってられないんだ。」
息を切らしながら駆け足で姉さんは追いつこうとする。
先頭を進む女の子――湯本紗矢は二つの義足を器用に扱いながら夜道を往く。
普段から運動しないインドア派の姉さんじゃ、そりゃあ追いつけるわけもない。
「自分で外連れ出しておいて、息上がってるじゃないか」
「これでも、3年前よか歩くようには、なったんだけど、ね」
「あと数か月経てばアラサーになる身の上で何いってんのさ」
「歳を言うのは禁止っ! あたしだって暗くなったモニターに自分の顔が映ったら死にたくなることもあるのーっ……ぐぇ……。」
「あぁ……叫んだせいで余計に体力使うから……。」
止む無く姉さんの肩を掴んで歩く。
思えば、こんな風に姉さんと外出いたことはなかった気もする。ほとんどタクシー使うか原付で移動してたし……。
僕が知っている姉さんは、主に室内でゲームするか、タブレット弄るか、寝てるかくらいしかない。
学校生活も彼女の在学期間と重なったことがないから、なおのこと家にいる彼女しか知らなかった。
そんなダラリとした生活を送っていながら、姉さんはいつの間にか有名メーカーのゲームプランナー賞を受賞して、いつの間にかゲームのパッケージやら雑誌で名前が載る人物になっていた。
おかげで僕はそんな彼女に対する劣等感やら憧憬やらが混ざって、こんな有様になっているわけだ。
「えっと、湯本さん? ちょっとこの人、体力の限界みたいだから少しペース落としてもらえる?」
「……」
前方を歩く湯本が足を止めてこちらを振り向く。
けれど、彼女の視線は姉さんではなく、どちらかといえば僕のほうに向けられているようだった。というかさっきから度々、僕を見てくることがあった。
「もしかして僕が何かしたとかある?
さっきから頭がぼんやりしててさ、君は僕のこと知ってたみたいだし……僕も君の名前は聞いたことがあるってわかるんだ。変な話なんだけど」
「……なんという都合の良い設定……。 ――コレ、どう思うッスか?」
湯本紗矢が着込んでいたハーフパンツの裾を太腿近くまでずり上げる。
街灯に照らされてきめ細やかな白い肌がわずかに見え隠れして、思わず心臓が飛び出るかと思ったが、どちらかといえば彼女が見せたのは義足のほうらしい。
艶の消えたマッドなカーボン素材と関節部の鋼鉄が物珍しく思えてしまった。
「えぇっと……そういうのって人に見せて気になったりとかは……しない?」
「――ッ。 ……波留さんの言う通り、ってことッスか。
ま、2万円分の働きはするッスけどね。」
ハーフパンツの裾を下げて彼女は再び歩き始めてしまう。
「え、いやいや、ちょっと待ってってば」
「古崎関係のヤツが一人二人尾行してるッス。
そこに24時間営業のファミレスありますから、一度そこで話合うべきッスね。」
「尾行って、どこぞのサスペンス映画じゃあるまいし。」
「ところがどっこい、そういうフィクションの出来事を平気でやっちゃうバカがいるから困ってるんス。ほら、今歩道橋を降り終えたサラリーマンっぽい人。」
「酔った会社員にしか見えないけど?」
「パイセンバカっすねー。
この国道線って昼間は込むけど、夜になると殆ど車通らないんスよ。
だから、夜間帯であればそのまま道路を横断したほうが楽ッス。
わざわざ酔った千鳥足で歩道橋渡る意味ってなんかあります?」
「……身を隠しながらこちら側の歩道に来れる」
「ッス。 流石に道路をそのまま突っ切れば目立ちます。 なら、歩道橋で身をかがめながら渡ったほうが尾行する相手にはバレにくい。
……って、そもそもそれが素人っぽいんスよね。」
「どゆこと?」
僕の問いに姉さんが割って入ってくる。
息絶え絶えだが、好奇心は人一倍ある人だ。こんな状況でもその性分は健在らしい。
湯本は姉さんが会話に入ってきたせいで、口を開かざるを得ないようだった。
……多分、僕が質問してたら無視してたろうな。
「別に。 この辺の地理に詳しければ、逆側の歩道から安全にあたしらをストーキングしても見失うことはないし、もっと言えば、あたしらの行き先は容易にわかったと思うんスよ。
だってこの先って、今向かってるファミレス以外、まともな一軒家の一つもありませんから。
そのことを知ってれば、大体の予測を立てて先回りだってできます。
けど、あの中年サラリーマン兼ストーカーさんはあたしたち3人を見失わないように接近することを選んだわけッス。」
「なるほど、地理がわからない。かつ、尾行するのに必死なところが素人っぽい、ってことかー……」
湯本の推理に姉さんが頷いていた。
「ッスねー。 多分、古崎何某にちょっとしたお手伝い頼まれただけの仕事帰りのサラリーマンなんだと思いますよ。」
姉さんと同じように僕も思わず感嘆の声を漏らす。
推理自体は簡単なものでも、こんな暗闇で動き回っている間にそこまで考えることが僕には出来そうもない。
「凄いな。 歩道橋下りた会社員を見ただけでそこまで推理できるなんて。」
「いやまぁ、テキトー言ってるだけッスからね。」
「はぁ!?」
「波留さんって好奇心原動力でどこでも動けるじゃないッスかー。
それを利用しただけです。 ささ、ファミレス着きましたよー。」
……マジだ。
彼女の話を聞いていただけに思われた時間で、僕たち3人は既にファミレスへ移動していた。
どちらかといえば、僕よりも驚いているのは姉さんのほうだったが……。
なんとなしに後方を振り向く。彼女の言う通り、ついさっき見かけたサラリーマンはどこにもいなかった。
ホッと胸をなでおろしたところで湯本が告げる。
「――でも、有り得る事態ではあるんスよ。
一般人を脅迫して従わせるってやり方は、あの古崎のバカ孫がやる得意分野ッス。」
「その古崎グループって何なんだ?
さっき姉さんの口からもその名前が出たけど、僕には何がなんだか」
「それを説明するためにここに来たんスよ。
でもまぁ、ここまで来れたのがちょっとした目安にはなりました。
もしバカ孫単独じゃなくて、古崎グループが本気を出していたら、その手のプロを呼ばれて今頃、あたしたちはタンカーに積み込まれて”島流し”されてた可能性もあったッスから。」
「……。 湯本さんって何者なんだ?」
「――義足をカッコいいって言ってくれた先輩の、”後輩”ッスよ。」
「……?」
?マークを頭に浮かべる僕とこちらを見つめる湯本紗矢。
間に入ってきたのは姉さんだった。
「紗矢ッち。 早く中に入ろ。あたしは疲れたっ」
「……はーい。」




