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キャラロストⅡ



「はぁ……はぁ……音声認識、少し遅いじゃないか、ポンコツCPUめ。」



 息絶え絶えのオフィサーが一瞬呻いたと思った瞬間、肩を貫いていた”彼”の右腕を掴み上げていた。



「……。」



 ”彼”はオフィサーの宣言とともに動かなくなっていた。

 ついさきほど、僕の精神までも侵していた激痛は消え去り、どうやら”彼”は原動力を失ったようだった。


 脱力した腕は指先までもアイランド2の疑似重力に引かれ、ダラリと垂れ下がっている。

 


「停止した……? っふざけやがって!」



 乱雑に放られて、”彼”は地面へと叩きつけられた。

 けたたましい金属の擦れる音や力なく悲鳴をあげた駆動音が、周囲に空しく響いた。



「わたしが、痛みを恐れてパラメーターをオフに設定したから!

 お前は止まったってことか!?」



 オフィサーが【25㎜ドラグカノン】のバレルで何度か”彼”のリザルターアーマーを殴りつける。しかし抵抗は一切なく、打撃による単純なダメージとして還元されたそれは、元来頼りない初期型アーマーの装甲を削っていく。


 サンドバッグ……というより、無邪気な子供が人形に対して行う暴力のようにも見える。

 どこかバカバカしい。



「もう一度、パラメーターを……!! なに?」



 オフィサーが纏っていた黄金の結晶体が急激にその輝きをやめてしまう。

 結晶体は徐々に縮小し、やがては黒ずんでオフィサーは元の重装甲アーマーの形に戻っていく。



「【アンチグラム・システム】の限界か。えぇい、タイミングが悪い。

 再度、パラメータをいじるべきか。いや、万が一、またこいつが息を吹き返すこともありえなくはない。

 今の状態でキャラロストさせればいい。

 25㎜砲弾を受けたんだぞ?

 ……V.B.W.を通じて、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を患わせることくらいは……。」



 続けざまに「痛い目をみるのはもう懲り懲りだ。」オフィサーがそう告げた瞬間だった。



「――懸命な判断だと思います、木馬太一さん」



 夜空の月光を浮かび上がらせたクロムボディの装甲が、頭上よりオフィサーの重装甲を斬り裂いた。

 【コーティングアッシュ】によく似た材質に思えたが、それは大剣ではなく獣じみた三又の鉤爪だった。

 


「肉体への裂傷が三つ」



 ふいをつかれたにも関わらず、オフィサーはまたしても超人的な反射神経で襲撃者から逃れようとした。

 

 襲撃者の頭部に備わっていた長耳二つがひょこりとお辞儀する。

 

 オフィサーによる背部スラスター噴射は、【アンチグラム・システム】時よりは推進力がないようだったが、それでも敵から距離をとるには十分に思えた。

 しかし、襲撃者は肥大化した腿部のバーニア群を噴射して対応する。



「腰部への打撲が一つ」



 追いつき、その襲撃者は逃げる背中へ蹴りを食らわせる。

 しかしながら、オフィサーはその衝撃で測らずとも襲撃者から距離をとることができた。


 彼が次にとった行動は肩部、結晶体がなくなり、自由が利くようになったミサイルポッドの使用だ。



 額に備わった、奴のレーザー照射誘導の存在を襲撃者に叫びたかった。

 けれども今の僕には身体がない。 ……おこがましいかもしれないが、そこで項垂れ、鉄屑に成り下がるなら、僕にその身体を返してほしい。



 願ってもやはり、”彼”の身体はピクリとも動かない。



「両肩に大やけど。」



 先ほどから何かを呟いていた襲撃者は、至って焦る素振りもなく、発射されたミサイル群と対峙する。

 到達した一、二発目は足元を抉り、三、四発目は頭上から舞い降りて退路を塞ぐ。

 そして正面から今まさに放たれようとしていた残りのミサイルは襲撃者の身体を捉えているようだった。


 けれども、オフィサーの本命は三、四発目のほうだ。

 レーザー照射誘導でけん制用のミサイルが直撃弾へと変わる。



 オフィサーは既に【25㎜ドラグカノン】の装填準備を始めている。

 敵が怯んだとき、すぐさまその主砲を放って息をとめる算段らしい。


 だが襲撃者の機動はこの場、誰の想像力をも凌駕していた。


 カチンッ。


 明朗な音が一度だけ響いた。


 そう思うや否や、襲撃者の鉤爪には二つのミサイル弾らしきものが、丁寧に挟まっているのが見えた。


 まるでプロ野球選手がライナーをグローブに納めた時のようだった。

 軽快なステップとバーニア噴射で半回転して、二つのミサイルをグラブトスの要領でオフィサーの肩部めがけて放った。


 それらは残りのミサイル群に誘爆してオフィサーの上半身を爆風で飲み込んでしまう。



「あ、……これだと半身熱傷ですね」



 常軌を逸するその動きは【Result OS】なしで行われるマニピュレート操作だとすぐにわかってしまうほどに、マニューバが鮮やかだ。 


 しかし、僕が使っていたものとはどこか違うものを感じた。

 全身の駆動に淀みやムラがない……【Result OS】なしで動かすことを前提としたアーマーのようにみえた。



 オフィサーのライフゲージが底を尽きる。

 すでに【アンチグラム・システム】が切れたことで奴のアーマーも限界を迎えていたようだった。

 加えて、散々”彼”や襲撃者にやられたことで中身までボロボロの有様だ。


 何か恨み節をささやくオフィサーだったが、僕はそんなものよりも、ただ見惚れてしまっていた。


 銀色のクロムボディが静謐に夜空を照らし、オフィサーにとどめを刺さんと吹きあがる肥大化した腿部のバーニア群。

 それらは生き物のように、襲撃者たるウサギの指示を聞いて爆発的な推進力を生み出す。



 これは、”彼”の感情か、それとも僕のものだろうか。

 分からなかったが、どちらにせよ【Result OS】を捨てたときも、僕はあんな動きがしたいと望んでいたのだと思う。


 オフィサーがキャラロストしたのを確認すると、襲撃者は”彼”へと向き直る。



「……ボロボロ、ですね。」



 長耳が収納され、ヘッドアーマーが外される。

 その顔を、僕は良く知っていた。 ヴィスカだった。


 別段、意外とは思っていない。彼女ならあんな動きが出来ても不思議ではない、と感じ取っていた。別の誰かが現れたら凄く驚いていたと思うけど。



「お話することはできますか?」



 ヴィスカが物言わぬ”彼”へと問う。

 さっきの戦い方を見れば、”彼”が言葉など喋れるわけがないと思うはずだ。

 ゲームのギミックだ。

 叩かれれば反撃する、そんな簡単なエキスパートシステムを採用した舞台装置。


 僕は焦っていた。

 すぐさま彼女と何かを話したい気持ちに駆られていた。そのためには、”彼”が邪魔に思えて仕方がなかった。


 僕には”彼”の正体がわかる。


 最も意地悪い言葉で表現するなら”死にぞこない”だ。

 なのに……。




「――……こ、こは? どこ」



 器には新たな内容物が流れ込み、僕は零れていく。



「よかった。無事でしたか」



 僕が不在の”イチモツしゃぶしゃぶ”が言葉を発していた。

 枯れ果てた声音でヴィスカへと返事を返していた。


 つい先ほどまで、オフィサーにバケモノと称されていた輩が、だ。

 眩暈がした。

 ゲーム内では、眩暈は演出表現の一種だ。けれど僕はゲームの外へと放り出されている。

 これはきっと、正真正銘、僕の眩暈だ。


 ”彼”の視界を通じて、警告メッセージが流れるのを見た。

 

 

《運営より、メッセージです。

 『スターダストオンライン』をお遊びいただきありがとうございます。

 これよりこのサーバーはメンテナンスに入ります。

 誠に勝手ではありますが、プレイ中のお客様はログアウトを行ってください。

 時間になるまでログアウトされなかった場合、強制ログアウトとなるのでご注意ください。

 この度はご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。》



 午前〇時になれば、『スターダストオンライン』は閉鎖される。

 寒気がした。


 その場合、僕は一体どうなる?

 

 キャラクターが奪われた僕の意識はどうなる?

 どこに戻ればいい?


 怖い。


 身体はないから震えることができない。狂って叫ぶこともできない。誰かに助けを求めることだってできない。

 ログアウトしろ?

 僕はどこに帰ればいい?

 肉体に、現実世界の戸鐘路久の身体へ戻れる保証はあるのか?


 わかるわけがない!


 誰か……。



「その恐怖がわかります。 私も同じでしたから。」



「怖く、はない。 でも、頭が、しっちゃかめっちゃかで、」



 ヴィスカは”彼”に首を振って微笑みを浮かべた。



「貴方には、波留さんがいらっしゃいますから。 ……聞こえますか? まだそこにいらっしゃいますよね? ――イチモツさん」



 ……僕を見てるのか?


 頼りなく、縋りつくような思いだけがあった。 



「私がなんとかしてみせます。 だから、絶望だけはしないで」



 その一言を皮切りに、『スターダストオンライン』が緊急メンテナンスと称してプレイヤーを追い出し始めた。

 ”彼”が消え、ヴィスカも消えていく。


 そして、僕は。


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