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剥離

           ☆



 ゲームのギミックだ。

 AであればB、そんな単純な方式でアクションを起こす無差別的な何かに僕は飲まれようとしている。

 瀬川遊丹はオフィサーにクリーチャーのデータを送り込まれて狂暴化した、と笹川から聞き及んでいたが、この感覚もそれと同じだろうか。


 いや、これはキャラクターを作成するとき、自分――戸鐘路久が『スターダストオンライン』の世界で”イチモツしゃぶしゃぶ”というキャラとして生まれ落ちるときの感覚に近いかもしれない。


 キャラクターは器だ。

 そこにプレイヤーの神経系情報が流し込まれて初めて、スターダストオンラインの世界・アイランド2に位置するキャリバータウンの埃っぽい街道を踏むことができる。


 しかし、今はその神経系情報が氾濫しているようだった。

 腕を動かそうとすれば、どこか別の知らない腕まで動くような錯覚(あるいは本当に動いてるのかもしれない)に陥る。

 けれども、もっと深刻なのは感情を伝達する神経系のほうだ。

 

 少しでも情感を揺すろうとする輩がいるなら、すぐさま憎悪の念が湧きあがってくる。

 憎悪は暴力行為の敢行を促す。 


 剣を取れ、と動力の足りていないアーマーの片足が踏み込んだ。



「グッ……パラメーターは! 痛覚は有効になっている。

 身体に風穴が空いてるんだぞ? どうして動ける……」



 どうして動ける?

 再三いうように、”コレ”に意思なんて介入していない。


 オフィサーが戸惑いの声をあげるも、僕は他人事のように自身を傍観するしかなかった。

 

 【25㎜ドラグカノン】がまたしても火を噴いたが、今度は後方へと外れる。

 オフィサー自身が焦ったのか、それとも僕が何か干渉したのか、わからないが前方で佇む【コーティング・アッシュ】を手に取ろうと歩みは続く。



「落ち着くんだ、木馬太一。 あれを排除するだけでいい。

 ステップアップだ。見えぬ情報にとやかく悩むよりも、今ある現実を精査した後、区切った課題を一つ一つこなしていくことこそ、できる社会人のメソッドだろう?」



 自身にぶつぶつと言い聞かせながら、オフィサーは二発目の砲弾を撃つ。

 今度は僕の右肩へと命中する。


 激痛が走ったと思った瞬間、憎悪の感情で上書きされて、またその感情がこちらを動かす原動力となった。


 僕の身体だったモノは急激に走りだす。


 本来なら動力不足で倒れこむところだが、【Result OS】なしのバーニア管理によって疑似的な走行を可能にしているようだった。

 一歩踏み込めば自重で関節部が悲鳴をあげる。しかし、脚部の姿勢制御バーニアが踏み込みと同時に推進剤を噴射して負担を和らげる。


 

 ご存知の通り、僕はこの通り何もやっていない。

 ただ”イチモツしゃぶしゃぶⅡ”という偏屈で下品なプレイヤーネームのキャラクターを傍観している。


 そんな僕が一つだけ気づいたことがある。

 

 【Result OS】というカスタムパーツを取り外してマニピュレート操作ができるという裏技に気づいたのは僕自身じゃない、ということだ。

 確かに、一人で街から出ようと学院会にやられ続け、試行錯誤の末に思いついた発想だった。

 けれど、今目の前で披露されている完璧なマニピュレート操作・オールコントロール技術を、僕の身体で、僕ではない誰かが行っている。

 それを見て、誰が自分の功績だと自信をもっていえるだろうか。



「……」



 やがて僕――否、”彼”というべきかもしれない――は【コーティング・アッシュ】に手をかけていた。

 よせばいいものを、オフィサーは”彼”の足を止めようと再びミサイルポッドを使用した。


 【コーティング・アッシュ】は嬉々として”彼”の軋む身体の指示に従ったように思えた。

 直撃以外のミサイルを難なく躱し、進路の邪魔となる内の2発は大剣の正面で地面へと押し潰して、鉄片すらも飛来せぬように爆破させる。

 しかもその爆風すらも、彼はオフィサーへ肉薄するための推進力に利用するのだ。



「無茶苦茶すぎる。 

 お前はバグだ! スターダストオンライン、ひいてはわが社のマスナーブコンバータに巣食う汚点だ! 

 そもそもプレイヤー・ロク、お前さえいなければ、わたしはまだ普通のルートセールスマンでいられたはずなのに!」



 オフィサーの怒声を意にも留めず、”彼”は敵を【コーティングアッシュ】の射程内に収めると、一時的にスラスター噴射を開放して身体を仰け反り、全身をバネにする形で大剣を振り上げた。



「バグにチートでもなんでも使おうが、お咎めはありえない!」



 大剣による斬撃のタイミングは完璧だった。

 懐に入り込んで、低い体勢から一息に昇りゆく刀身。

 しかしオフィサーは剣の描く軌道を初めから知っていたかのような速度でそれを避けてみせた。



「些か不本意。

 否、不本意がすぎるほどに不愉快だが、学院会の愚か者だけが”強化屋”を使っているわけではありません。

 サイコブーストによって、一時的わたしの反射神経はアスリートのそれを超え――」


 

 オフィサーの戯言に”彼”は耳を貸すことはない。

 振り上げによる斬撃が避けられたのなら、次なる攻撃を機械的に進めるだけである。 

 【コーティングアッシュ】は意図的に投げ捨てられ、頭上を舞っていた。


 続けざまに、徒手空拳となった彼は、しゃべり続けていたオフィサーの頭部へ【エディチタリウム・フィスト】を叩きつけていた。

 オフィサーにひしめいていた黄金の結晶体はびくりともしていなかった。

 だが、打撃による振動は生身に響いたようで、オフィサーは小さく呻いた。



 予想に反した攻撃によって、オフィサーの黄金色に輝いた身体が倒れる。

 ”彼”が馬乗りとなって、その拳を何度もオフィサーの頭部へ打ち付けた。


 引きはがそうとするも、オフィサーの取り出せる兵装に超至近距離用のものは残されていないようで、ダメージはなくとも殴打の雨を留めることはできなかった。



「は、離れろ!」



 代わりに、オフィサーはまたしても【25㎜ドラグカノン】を乱射する。

 呼応して黄金結晶が再度、眩く輝き始めた。


 オフィサーと密着している状態だった”彼”のアーマーが突如、泡ぶくが沸いたようにめくれ上がり始める。



 (あのアーマー、冷却装置を防御に転用している……?)



 やがて”彼”のリザルターアーマーの胸部が剥がれていく。

 打ち付けていた拳の動きも緩慢になる。



「気狂いめ。 中身は燃えるような痛みに襲われているはずでしょうに。」



 オフィサーの声音に余裕が戻った、そう思った瞬間、”彼”の拳はオフィサーの頭部ではなく、今度は肩部へと放たれていた。

 

 僕がビームコーティングナイフで切り裂いた箇所だ。


 拳の形を手刀に変えて、黄金結晶が崩れた場所へピンポイントに腕を突き立てる。

 次に聞こえた悲鳴はオフィサーのものだった。



「アァアァ! お前、ど、どこに手を入れている!」



 ”彼”の手刀はオフィサーの肩部へ深々と刺さっていた。

 そこから更に力が込められ、オフィサーのアーマーの奥深くへ斬り込んでいく。



「……や、やめろ。離れろぉぉおおおバケモノ!!!」



 突如、オフィサーの表情が青ざめた。

 どうやら手刀が装甲から肉体に達してしまったようだ。


 オフィサーの各部バーニア・スラスターが解放されて、青い柱を立てるみたいに推進剤が巨大な残光を残して二人の身体を持ち上げようとした。


 しかし、頭上から経った今地面へ【コーティングアッシュ】が落ち込み、それが壁となってオフィサーの身体は再度行き場を無くした。



「オフィサーの剣だと、……上に放り投げた大剣が今更わたしの退路を断ったって? そんな偶然ありえない」



 逃れられず、”彼”の拳は依然、オフィサーに突き刺さったままだ。



「ひぃっ……肩に冷たい何かが……やめろ、それ以上は、」



 手刀が拳に戻されたと思った瞬間、今度は勢いよく広げられた。



「音声認識! 痛覚パラメーターをオフにしろ!!」



 拳が開かれるのとほぼ同時にオフィサーがそう叫んでいた。





 

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