彼(彼女)は自分が何者を理解していない
推定25mm×188、戦車の機関砲クラスの弾丸がオフィサーの右腕から放たれた。
装弾筒が剥がれて、超高密度に鋳造された弾体のみが向かってくる。
APDS(Armor Piercing Discarding Sabot)、弾の初速を上昇させ、より厚い装甲を撃ち抜くことに特化した砲弾。
リザルターアーマーによるサイコブースト効果か、あるいは死に際の走馬燈までこのゲームは再現しているのか、今自分が迫られている状況が手に取るようにわかる。
そして、この砲弾が避けられないこともしっかり理解している。
僕が避けるスピードと砲弾の弾速では比べるまでもない。砲弾の軌道は僕のちょうど腹部へと突き刺さるコースをたどっていた。
かといって諦める気もない。
弾は貫通する。
ヤツが今更こんな砲弾を用意してきたのは、このAPDSのほうが確実に僕を仕留められると踏んだからだ。
痛覚が有効となっているという慢心。
および、こちらのアーマーに特別な力がないか念を押すのための臆病風。
オフィサーの内心が見て取れるようだった、
装弾筒のない通常弾であっても、命中さえすれば、僕の頼りない初期アーマーは中の肉体ごと弾け飛んでいたはずだ。
けど、APDS弾であればそうとも限らない。
高速弾を超える超高速弾は、僕のアーマーの装甲と中身を貫いて、弾が抜けていく可能性が高い。
……確証がないのはいつものことだ。
せめて少しでも身体を捻ってコースを外させてやる……!!
そんな僕の必死なアレコレを無視し、てHUDにはメッセージが届いたというアイコンが現れる。
《:拝啓、イチモツさんへ。
『スターダストオンライン』を楽しんでいらっしゃいますか?
ログインが遅れて申し訳ございません。紗矢ちゃん……えっと、このあたりは話せば長くなるので諸々割愛させていただくとして、彼女が途中で居眠りしてしまい、”ヴィスカ”をログインさせることができませんでした。
義足の定期診断の際に、患者さんとお菓子買い込んで食べてたせいですよ。
紗矢ちゃん、他の患者さんに振る舞うくらいご機嫌だったのでイチモツさんが何かしてくださったんですよね?
でも、どこにあんなお金を隠しもっていたのでしょうか。
妖しいことをしてなければいいのですが…》
………………ぜ、絶妙に気にならなくもなくなくない話題のメッセージが、某名作スペースオペラのあらすじっぽく流れてくる……。
いやいやいや、僕今ラスボスっぽい輩と戦っている真っ最中なんだけどね!?
つか、割愛された部分が一番気になるし、もっといえば患者にお菓子振る舞った金は僕のだ!
《イチモツさんが目標に向かっているお時間を取らせてしまうのも申し訳ないと思い、波留さんに頼んでサイコブーストの機能を使わせていただきました。
メッセージが終わるころにサイコブーストも切れるので、お体には影響はないと思います。では、またあとで――》
ちょっと待って!?
姉さんの名前が出てきたのはともかく、このサイコブーストってこのメッセージ受け取っている間しか効果ないの?
”またあとで”ってメッセージ終わってるじゃん。
《PS.――》
まさかの追記っ。これで心の準備をする時間が――。
《もうそこまで来てます♪》
一行ッ!
どうして彼女はこんなメッセージを――――。
ズドンッ。
「っ」
時の流れが一息に氾濫して押し寄せる感覚に囚われる。
大気の揺れがふと頬に当たったと思った瞬間、風切り音とともに衝撃はやってきた。
僕の身体は命中した砲弾の勢いで乱雑な軌道を描きながら宙を舞った。
「……【25mmドラグカノン】些か威力が高過ぎましたか。
しかし、今のあなたには文字通り腸を抉りだされるような痛みが走っているはず。
腹部に命中ということは、動力部も無事ではすまない。」
横転した視界でオフィサーがそう告げている。
HUDに表示されたアーマーの被害状況が悲惨なことになっているのがわかる。
同時に、数秒前の自分を笑ってやりたい気持ちに駆られた。
『スターダストオンライン』において”意識が途切れることはない”。それはつまり、砲弾で貫かれて胴体に風穴を開けられた痛みが延々と続くという意味に他ならない。
傷があるであろう箇所が熱を持ち、血管に溶岩でも無理やりねじ込められているかのような感覚が続く。
僕は今叫び声をあげている? それとも喉がちぎれたか血液が詰まっているのか。
痛みによって支離滅裂とした思考が脳内を駆け回っている。
こんな状態で次の攻撃に備えられるわけがないっ。
意識は奪われていない! けれど、その意識がどれほど薄弱な砂上の城じみたものだったか、言葉そのまま、僕は痛感している!
ありえないほど痛覚は鋭敏なのに、視界は貧血の時みたいにならず、四肢はまだ動かせてしまっている。
”この違和感”がどれほど現実に対してアンバランスでアンビバレンスなものか!
リアルであってリアルじゃない。認識が崩れそうになる。
本来、痛みとは肉体の危機に反応して脳が認識する知覚の一つだ。
なのに、その痛みや苦しみだけをくり抜いて表現しようとするから、こんなことになる!
オフィサーの笑い声が聞こえた。
「レベルアップ用のサンドバック少女には胸が痛みましたが、自分の怨敵が悶える姿というのはこうも清々しいものなのですねェ!」
一言「ぶっ殺してやる」と告げる余裕すらない。
それどころか、激痛が何かの引き金となって訳の分からない映像が頭の中に流れ込んでくる。
〈――手のひらに残った【シルベの糸】が真っ赤な炎に包まれていく様を。
灼熱は容赦なく”彼女”の糸を燃やし尽くしてしまう。
熱さはやがて痛みに、痛みはやがて苦しみに、苦しみはやがて憎悪に。
塵となっていく【シルベの糸】を必死になって手繰り寄せようとして、結局何もかもが炎に包まれて、僕は支えを失ってサイロに閉じ込められた。〉
「…………。」
ふと、痛みが薄れていくのを感じる。
いや激痛がなくなったわけじゃないし、脳が慣れたというわけじゃない。
言い換えれば、小さい頃、父さんが使っていたPCで見かけたことがある”ブラクラ”だ。
ブラウザ上のウィンドウが次々に表示され、消しても消してもまたすぐに増えていく。
あの状態に近い。
痛みを感じれば奴を憎む。
そんな感情の”反射”が幾重にも重なりあい、ついには行動規範へと切り替わっていく。
否、規範ではそこに意思がある。
それよりももっと簡素で機械的な”規格”だ。
……僕の言葉でそれを表すなら、ゲームの”ギミック”。
☆
『ヴィスカ!
どうしてロクを助けなかったの!?
君に渡した【スレイプニー・ラビット】アーマーならオフィサーの攻撃を止めることができたはず!』
「波留さん、おふぃさーさんもイチモツさんもとっても楽しそうに戦っていますよ。
横入りするのはどうかと思います」
にこやかに告げて、それが失言であったことに気づく。
『今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。 木馬太一が痛覚パラメータを弄った今、もしこのままロクがダメージを受け続けたら、これまでの計画が全て水の泡になっちゃう。
ロクを、助けられない。
ロクがこのままでいいはずないって、君が一番よくわかっているだろ!?』
ヴィスカの耳元に、波留の悲痛な叫びが伝わってくる。
古びた記憶の中で、そういえば同じように家族を想って叫ぶ誰かがいたことを想いだす。
上手く思い出せないのは、きっと自分が実体を持たないただの残滓だからだろう。
それ故に、湯本紗矢の身体を借りて、自分のプロフィールデータを確認すると無上の喜びに駆られるのだ。
懐古の情が人一倍ってところだろうか。
けれども、ゲーム内だと記憶はすぐに霞がかかる。
まるで「それはオマエじゃない」と言われているようだった。
それが嫌で、ヴィスカは波留の心を慮るために何度か頷いた。
「……そですね……。じゃあ、行ってきます。」
自分が何者なのか、今一度しっかりと思い浮かべて、念じる。
”どうか皆が楽しくプレイできますように”。
ゲーム内時間では既に深夜帯。
テクスチャーにすぎない仮初の満月を裂いて、うさぎが夜空を滑空する。
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