ネームレスVSオフィサー
………………この期に及んで、まさかリヴェンサーの持つ近接兵装【コーティング・アッシュ】が使ってみたいという気持ちが6割ほどを占めていた、なんて誰も気づきはしないだろう。
しんがりを務める気負いだとか、ゲーム内なのに痛みを伴う現状とか、そういったものよりも、この巨大な刀身の放つ銀色の輝きに気を取られてしまっていた。
それらの心境は、僕自身でもやはり理解ができずにいる。
怖いことは怖いはずなのに、怖気づくことができないのだ。
まるで生命の危機に興じることすら贅沢だと吐き捨てているようだった。
今僕の心の内もまた、戦うための思考に侵食され始めている。
……チュートリアルで【モルドレッド】と戦った際もこのような感覚に囚われていたのかもしれない。
「でも、なんだかはっきりと意識できるようになってきたな……」
【コーティング・アッシュ】の柄を掴んだところで、強い既視感に襲われる。
HUDが映し出しているのかそれとも、僕が見ている幻覚なのか、剣の形状が何か別のものに重なって見えた。
――そして眼前に広がるのは、黄金色の怪物ではなく翼を持つ【Ver.ヴァルキリー】と同じ外見をしたリザルターアーマーだ。
けれど”幻覚”はすぐに消えて、こちらを猛然と睨みつけているオフィサーがいた。
フェイスカバーが剥がれて表れたその双眸は、ここからでもわかるほどに血走っている。
「夢で起こったことが、実際の感覚として残ってるんだ。
やっぱり僕は『スターダストオンライン』を以前プレイしていたことがある。」
じゃあどうして僕は忘れていたんだ?
そう自問する暇なく、一気呵成にこちらを打倒そうとオフィサーは、両肩へ不格好に装着されていた4連ミサイルポッドを放つ。
両肩と合わせて8発のミサイルが僕へと発射される、はずだった。
しかしオフィサーのアーマーから隆起している黄金の結晶体が干渉しあい、内の2発が自爆して彼の周囲に爆散した。
あのリザルターアーマーはとんだ欠陥品だ!
まるで強い兵装を適当に詰め込んだだけの、アーマー形状・性能を無視したカスタイマイズ。
いくら性能がリヴェンサーの【Ver.ヴァルキリー】に劣らないものだとしても、使い方がそれなら負けるわけにはいかない。
【コーティング・アッシュ】から飛びのいて、向かってくる残りのミサイルを避ける。
しかし、6発全てが僕の【脚部小型ミサイルポッド】と違って追尾性を要している。
予測軌道から外れたとしても、進路を変えて再び弾頭がこちらを向いて迫りくる。
だがそれだって見越してある。
マニピュレート操作によって微細なスラスター・バーニア管理が可能となっているこのアーマーなら、ミサイルを引き付けて急転換することで狙いを外させるくらいわけがない。
至近距離で対象を失えば、再びミサイルが僕の姿を視認することはできないはず。
腕部と両脚、四肢全てのバーニアを用いて反転したのち、一息にスラスターを解放してほぼ直角の軌道でミサイル群を回避する。
痛覚が有効になっているせいか、ゲーム内では慣れた操作であっても、身体の関節部がちぎれそうなくらいに痛みを感じる。
そもそも【Result OS】なしの挙動自体、リザルターアーマーには本来登録されていないムービングを行う裏技のようなものだ。
リスクは仕方ない。それに、おかげで性能に差があるはずの初期アーマーが次世代アーマーと渡り合うことだってできる。
「その大剣から手を離してよろしかったのですか? いくら貴方の機動力が優れていようとも、ついさきほど持っていたナイフは、私へたった一撃与えただけで壊れたのでしょう? 攻撃手段がないではありませんか」
呼吸を荒げてオフィサーが依然としてこちらを見てくる。
「余裕ぶるなよ。 そんな人を食ったような言葉を言ってるわりに、【コーティング・アッシュ】をお前が恐れているのは確定だ」
「……。」
オフィサーが沈黙する。
折れたビームコーティングナイフは、奴を攻撃する手前でビームの放射をやめてしまった。おそらくあの黄金の結晶体による効果でビームが無効化されたのだろう。
だが、代わりにただの鉄棒に成り下がったナイフは、奴の結晶体を砕いた。
光学系の兵装を無効にする力がある?
いや、まがいなりにも僕らプレイヤーには初期兵装として【10㎜徹甲マシンガン】が装備されている。
それで撃たれてしまえば元も子もない。
実弾系も無効化に含まれる……?
しかもミサイルで自爆したにも関わらず、奴は別段ダメージを受けているようにも思えない。
実証されたものを採用するなら【ビームコーティングナイフ】が有効だと判断するのが妥当だろう。
それに伴って、このナイフの次世代兵装である大剣【コーティング・アッシュ】もまた有効である可能性は高い。/
リヴェンサーを圧倒したという自慢の近接戦闘を仕掛けてこないのにも違和感がある。
「もし僕にあの大剣を使わせる余裕を与えたら、お前は終わりってことだ。」
「……そりゃあ、――わかりやすくっていいね」
オフィサーが目が鋭利に細められる。
そこにきてようやく僕は後方、左右上下より襲来するミサイルに気づいた。
「回避したはずなのにどうして!」
「私ね、男に熱い視線送る趣味はないんですよ。」
そういってオフィサーは自身の額を指先で軽くたたいていた。
そこには黄金色とはまた違ったヒスイチックな色合いのセンサーが備わっている。
「レーザー照射!? ミサイルに座標を送って再度狙わせたってことか!」
あいつは僕を睨んでいたわけではなく、ただレーザーによる誘導を行っていたってことか!
「避けきれないなら、撃ち落とす!」
【10mm徹甲マシンガン】を呼びだして飛来するミサイルに向けて放つ。
マシンガンの連射に物を言わせる弾幕をつくりだして、3発は撃ち落とすことに成功した。
「残りはこれで。アンカー射出」
マシンガンを続けざまに投げ捨てて、新たに呼び寄せた【射出型アンカーロッド】を小脇のフェンスへ向け、トリガーをひく。
残る3発のミサイルが次々に着弾していく。
アンカーワイヤーに引き寄せられ、逃れようとしても着弾した爆風は破片をまき散らせて次々にこちらのアーマーを削っていく。
「くそっ……」
「そのような雑な動きで避けられたら、きっとクライアントは満足してくれないでしょうねェ。
――そうでしょう? ”プレイヤー名・ロク”。 もとい、ただの”NPC”め。」
あいつ、今なんて……ッ!?
射出されたアンカー、そこから伸びるワイヤーがミサイルの爆風に飲まれた瞬間、ちぎれてしまう。
「またミサイルの誘導先が変わった……!!」
引き寄せられるはずの支点を失ってしまい、身体が勢いよく地面へと叩きつけられる。
幾度となく打ち付けられた四肢ではバーニアによる姿勢制御すらままならない。
結局投げ出されて制止するのを待つほかなかった。
だがそれが意味するのは絶望だ。
目まぐるしく反転する視界に、一瞬だけ映り込んだオフィサー。
彼はメイン兵装たる【25㎜ドラグカノン】を構えている。
竜頭が口腔から火炎を吐き出す前触れ。 ドラグカノンの銃口が真っ赤な眩い光を蓄えているのが見えた。
僕の投げ出されるよりもわずかに先。 偏差射撃に対応して狙いが定まっているようだ。
直撃する……!!
「まさか、本当に人格のダミーをつくれる輩がいたとは……。
これはまさしく生命に対する冒涜といえるでしょう」
沈着な、あるいな冷めた声音でオフィサーはそう告げた。
その瞬間、【25㎜ドラグカノン】が発射された。




