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回生の兆し


「また新型を引っ張り出してきたってことか……!」



 オフィサーが前に装着していた無骨な重装甲のリザルターアーマーだって羨ましかったが、今目の前にいるこの怪物型のアーマーが羨ましいかと聞かれると、正直あまり頷くことはできない。

 金色の結晶体がそこら中から生えていて、人工物というよりは自然発生した鍾乳洞の天井じみている。

 


「おい、ボッチ! お前痛くねえのかよ!?」



「手の違和感はあるけど……」



 背後で笹川が声をあげる。

 そういえば、妙に刺々しい奴の結晶体へナイフを突き出したというのに、こちらにはまるで痛みはない。

 オフィサーを眺めて気づくのは、彼の突出していたそれが僕の所持していたナイフと同様に砕けて弾け飛んでいたという事実だ。

 途中でビームの放出が途切れて”ただの鉄棒”に成り下がっていたナイフによって、だ。


 結晶体はその見た目の割には随分と脆い。


 さきほどの一撃は装甲だけでなくオフィサー本体にもダメージを与えたらしかった。

 彼が声を裏返して呻き声をあげている。

 


「あいつ、自分の痛覚まで感じるようにしてるのか?」



 事情を理解しているらしく、笹川がそう告げる。



「どうやったかはわからないけど、『スターダストオンライン』内の痛覚パラメータを弄ったんだと思う。」



 説明した僕に対して、笹川は訝った視線を送ってくる。



「どうしてそんなことがわかる? それに、お前、いきなり痛みを感じるようになって焦ったりとかしないのかよ。彼女だって、その痛覚のせいでこんなに苦しんでるのに」



 再び視線を落とし、笹川はプシ猫の容態を心配げに見ている。



「自分にもよくわからないんだ。 それよりも、彼女にこれを。 僕は今の内にリヴェンサーを」



 メニュー画面から回復アイテムを選択して笹川へと渡す。

 


「【メディクパッド】ってこんな回復なら俺だって持ってるよ! けど、これはただライフゲージを回復させるだけのものだろ? しかも装甲までは元通りにはならない。」



「説明欄にあったんだよ。『麻酔効果で痛みを和らげることができる』って」



「それはゲームの中の設定であって……」


「僕らはその設定を頼ってリヴェンサーを【ヴォッカド濾過】で直そうとしたんじゃないか」



 依然として倒れ蠢いているリヴェンサーへと手に入れた【ヴォッカド濾過】を使用する。

 使用するといっても使い方なんてわからない。ただアイテムをメニュー画面から出現させて、クリスタルデキャンタに入った薄い琥珀色の液体を、無理やりリヴェンサーの口へ流し込む。

 その際にフェイスカバーは彼へ謝罪しつつ破壊させてもらった。


 笹川もこちらに倣って【メディクパッド】という名の巨大なカットバンをプシ猫の本体が露出した部位へと張り付ける。

 すると、彼女は痛みに悶えなくなった。



「ネームレス、こっちは成功だ。もっともっと、使ってみる! 俺の分なんているもんか、彼女に俺の分の【メディクパッド】全部使う!」



「人の身体に気安く……はぁ……」



 痛みが薄らいだおかげか、プシ猫がそう言いかけるが笹川の表情をみて口を紡いだ。

 

 一方で、状態異常が回復したリヴェンサーは急激に起き上がり、叫び声をあげた。



「ファルヴァイザー!オールグリーン!グスタフゴッド、走破!

 ハッ!セイハッハッハッ!遊丹ィィィイ愛してるゥゥゥウ!!

 …………あぁ!?ようやく喋れた、のか。

 って、っ痛ぁああぁああぁ!! なんだこれはぁああああああぁああ!?」



「「……」」



 絶句する僕とプシ猫。笹川も顔を引きつらせつつ、持っていたアイテムを下手投げでリヴェンサーに渡す。



「――えっと、大丈夫ですか。リヴェンサーさん……? とりあえず、メディクパッドどうぞ」



 まぁ、多分あれだろう。 状態異常で行動不能に陥っていたとしても、意識が途切れるわけではない。

 思い通りに動かない身体をどうにか制御しようとしてたのかもしれない。



「ゴホンッ……ゲームで痛みを感じるとはな。全て”マス・ナーブ・コンバータ”をゲームなんぞに取り入れた弊害か……。

 これを創った奴らはバカだ。」



 リヴェンサーが溜息をつきながら大剣を杖に立ち上がる。


 開口一番に姉さんを罵倒してくるあたり、やっぱり僕はこいつを好きになれない。 



「この状況で盛大に惚気ていた貴方もバカです。」



 リヴェンサーの言葉に返事したのはプシ猫だった。

 一度は取り繕っていた彼の表情に再び皺が寄った。



「くっ、感情を高ぶらせることで神経に何かしらの影響を与えようとしたんだ。」



「だからって、愛の告白で覚醒ってどこの熱血アニメですか?」



「あぁ、それなら僕が知ってるぞ。”灼熱鉄拳兵器ファルヴァイザー”でそういうシーンがあるんだ。クール系の主人公が唯一思いのたけを叫ぶシーンなんだけど。」



「まさかリヴェンサーさんの口からロボットアニメの名前が飛び出すとは思いませんでしたよ……」



 プシ猫、僕、笹川の順でリヴェンサーにツッコミが入る。

 やがて何も言い返せなくなった彼が大振りに大剣を構えて誤魔化した。



「そんなことよりも、遊丹をつれて逃げるほうが先決だろう!

 そこな彼女は歩行することも困難と見える。」



 しかし大げさな「自分戦えます」アピールのせいで、リヴェンサーの砕けた腹部装甲が火花を散らした。

 姿勢制御が保てずに、構えた【コーティング・アッシュ】は地面へと押しつぶされる。



「んぐっ……」

 


 バーニアで無理やりにでも大剣を持ち上げようとするが、そんなやり方では満足に振りぬくことも困難だろう。

 それほどまでに、オフィサーから受けたダメージは大きいようだった。

 ライフゲージが回復しても、アーマー分は【メディクパッド】を用いても治ることはない。別のアイテムが必要なのだが、生憎と僕らはそれを持っていない。



 オフィサーの呻きは弱まり、彼は再び何かを囁き始めている。

 また何かしらの策を練っているのかもしれない。その前にこちらから攻めるべきだ。



「見たところ、リヴェンサー、あんたの羽根はまだ使えるみたいだし、遊丹を背負って移動することもできるはずだ。」



 なんだかんだ言って僕がリヴェンサーにまともな言葉を交わしたのはこれが初めてだった。



「お前は……いや聞かなくとも、昨日のネームレスか。 何が言いたい?」



「僕がオフィサーの相手をするのが一番得策だって言ってる。 笹川はプシ猫を頼む。」



 プシ猫が僕のほうを一瞥するが、自分の姿を省みて頷いてくれた。

 外傷だけでみればプシ猫が一番の重傷である。



「お前、痛みが怖くないのかよ……。 俺はオフィサーの砲弾が掠めただけで正気じゃいられなくなってたってのに」



「内心じゃ凄くビビってるよ。 でも恐れることが億劫というか、飽きたというか、よくわからない気持ちがわいてる。」


「ちんしゃぶさん、あいつをお任せします。」


「うん。 もし今日中に合流できたらサウスゲートで待っていてくれ。」



 僕を信じてくれた二人の背を見送る。

 一方でリヴェンサーは遊丹を抱えながらもまだ考えあぐねている様子だった。



「正気なのか? オレは昨日、この【Verヴァルキリー】でお前を追い詰めた。そのオレを、操られていたとはいえ、オフィサーは一撃を食らわせたんだ。

 お前にやれるのか?」



「やれる……というよりも僕がやる。あいつが『スターダストオンライン』をこんな姿にした張本人なら、僕が倒すべきは奴だ。」



「……わかった。」



「サウスゲート付近の住宅区、そこにいる初老のNPCから【ヴォッカド濾過】というアイテムを入手しろ。もしかしたら遊丹にも使えるかもしれない。 可能性は低いけど。」



「恩に着る。 オレにできることはあるか?」



「――じゃあ、”これ”借りるよ」



 僕はリヴェンサーの足元に転がった【コーティング・アッシュ】を手に取った。

 一息に持ち上げて肩に担ごうとした瞬間、あまりの重さに柄の部分しか持ち上がらず、駆動部が変な音を立てた。



「ほ、ほんとうに大丈夫なのか?」



「大丈夫だから! いいから早くいけって!」



 ……くそぅ、やっぱりかっこよく決まらない。


 結局、リヴェンサーはその両翼のスラスターを噴射させる手前まで僕のほうを心配げに見つめてくるのだった。



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