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痛みによる支配

                 ☆


 黄金の結晶体が身体全体を覆った異形のケモノ。

 突き出す右腕の【25mmドラグカノン】はさながら竜の頭のようにその口径から火を吹かせて、人体など消し飛ぶであろう砲弾を発射する。


 一発一発の命中精度はそれほど高くはない。

 いつもの笹川宗次であればドラグカノンの砲撃準備を見越して避けることは可能だった。


 しかし、今しがた放たれた一撃によって地面が抉られ、降り注いだ石礫の数々が笹川のリザルターアーマーへと降り注いでしまっていた。


 別段、ダメージは些細なものであるにも関わらず、VRゲーム内に存在する笹川の肉体は確かなストレスを受けている。

 礫の飛来が命中してアーマーが衝撃に軋むとき、彼の肉体にも圧迫感が伝わってくる。

 そして、かすり傷がズキズキと痛みだしていた。


 笹川は今すぐにでも受けた傷を確認したい衝動に駆られた。

 しかし、アーマーを着ていればそれは叶わない。


 スラスター噴射によって回避しようにも、いちいち身体に伝わる圧力が不快で仕方がない。



「い、いきなりなんなんだよ。これ!」



 不安になってそこにいるはずのプシ猫へと振り返る。

 しかし。



「……あぁ、ぁぁぁッ。 ぐっ……」



 彼女の姿はもっと笹川を困惑させた。

 小さな体躯を更に丸めて猫のようにうずくまった彼女が、義足にした足を抱え込んで呻き声をあげいていた。

 そして彼女は続けざまに義足代わりの銃剣を足から引き抜く。

 呻き声は苦悶の叫びとなって辺りに散らばっていく。



 薄々感じ取っていた事柄が、プシ猫の苦しむ様から現実を帯びて笹川の脳裏に焼き付いた。



「痛覚が、あるのか?」



 この『スターダストオンライン』をプレイしている間は忘れることができていた痛みという枷が、今再び、笹川の四肢へと張り付いていく。

 目の前に掠めていく砲弾が、本物の痛みを伴う一撃なのだという事実に気づいたことで、笹川は恐怖によって身体が思うように動かない感覚に陥っていた。



「そうそう。本当に良い反応をしてくれます、ね!」



 狙いを定めないドラグカノンの一発をリコイル制御もしないままでオフィサーは幾度も放つ。

 一見すれば、嬲っているようにも見えるが、オフィサーにとってはこれ自体が一番有効な作戦と判断しての行動だった。


 笹川には風紀隊に所属することで培ったアーマー操作の技術がある。

 それを駆使すれば、オフィサーのドラグカノンを避けることは容易である。

 もし、痛覚により動転せず冷静を保っているなら、まず当たることはないだろう。


 ヒットを優先するなら、オフィサーとて接近戦に持ち込んで笹川を斬りつけることもできた。

 だがしかしそれは、また妖精型のミサイルの餌食になるリスクもある。


 加えて【アンチグラム・システム】にはわずかながら”弱点”も存在する。



 そして、痛覚の存在を確認したあとで倒れたプシ猫を狙えば、笹川はどうするだろうか?


 オフィサーが笹川からターゲットを外して、ドラグカノンをプシ猫へに向けた。

 途端、笹川が叫びだす。



「プシ猫さん! そこから――」



 オフィサーが小首を傾げて笹川へと顎先だけを向けた、

 フェイスカバーの中ではオフィサーが満面の笑みを浮かべている。

 

 一方で笹川は、プシ猫に言いかけた言葉を飲み込んで彼女とオフィサーの間へと飛び込んでいく。

 砲弾の装填が開始される駆動音で、笹川は残された時間がわずかしかないことを知る。 

 ビームピストルによる応戦も全て【アンチグラム・システム】によって逸らされ、彼はいよいよ決断を余儀なくされていた。 



「俺、死亡フラグ立てすぎたのかな……」



 思えば自分の理想通りの自分を描けていた。描け過ぎていた。

 そんな幸福な時間は波の揺り返しのごとく、今度は不幸の大波をつれてくる。


 砲弾による痛みはどれほどのものだろうか。

 自分がやられた後、プシ猫やリヴェンサーらはどうなるのか。


 不安はとりあえず、自己犠牲の悲壮美にくべてしまおう。

 

 笹川がそう考えた矢先のことだった。



「――アンカーロッド射出!!」



 鉄杭のような何かが笹川とオフィサーの間を通り過ぎていくのが見えた。




              ☆



 【射出型アンカーロッド】がこれほどまでに扱いずらいものだとは知らなかった!


 射出トリガーを引くことで、剛性ワイヤーがついた矢じりが発射された後、着弾した直後に矢じりが鉤爪に可変してその場に固定される。

 使用者はそのランスが固定された位置めがけてワイヤーが巻き戻るのを利用して、高速移動が可能になる。

 はじめはスラスター消費なしでこれが出来るものだと認識していたが、とんだ欠陥品でバーニアやスラスターを用いて高速移動のフォローをしない限り、狙った地点へ移動することすら難しい。


 もし引きずられるままに身体を委ねれば、使用者は地面や壁にディープキスをしながら突き進むことになる。もっと正確にいえば、摩擦熱で頭がマッチ棒にされる。


 どうせならこんなものより、別の兵装を保管庫から盗み出すべきだった!


 後悔とともに僕は、何度目かのアンカー射出を行う。

 確かにスラスターで移動するよりも早いし、エネルギーもある程度節約できる。

 けど失敗したら大事故の発生だ。


 【Result OS】なしのマニピュレート操作で軌道修正しながらキャリバータウンの街並みを突き進む。

 そして見えてきたのは、クリーチャーに襲われる笹川とプシ猫だった。

 少しの躊躇いも挟むことなく金ぴかに輝く怪物めがけてアンカーを射出する。 


 

「ちゃんと命中してくれよ!」



 だがしかし、アンカーは願い空しくクリーチャーから横に逸れて付近の地面へと着弾する。

 故に始まるのは、またしても矢じりの引力に抗うためのスラスター噴射だ。

 


「そこで外れるっておかしくないですかねぇ?」



 けれど攻撃手段はまだ残されている!


 無理やりバーニアで軌道修正を行う。アンカーロッドによる引力とバーニアの推進力でわずかにクリーチャー側へと身体が傾く。

 メニュー画面から【ビームコーティングナイフ】を呼び出して右腕へと呼びだした。

 【モルドレッド】戦にて行ったバーニアやスラスターのみならず、兵装の細かい調整

をもコントロール下におく。


 命名するならシンプルに”オールコントロール”といったところか。


 僕はオールコントロールによってビームコーティングナイフの出力をリザルターアーマーが割り振れるエネルギー限界まで増加させて、その眩い閃光の塊を肥大化させる。


 もはやナイフというよりも団扇やスコップのような形状となったそれをしっかりと握り込んだ。



「くそ、リーチが伸びるのを期待したのに、横幅が広がるだけか!」



 クリーチャーめがけてナイフを振り抜こうとしたときだった。

 至近距離まで接近してここぞという場面になって、突如ビームコーティングナイフの光が消えてしまう。


 そして【ビームコーティングナイフ】はただの鉄の棒っ切れになって、クリーチャーの黄金色の結晶体じみた皮膚へとぶつかり合う。


 その瞬間、視界の隅へとナイフの刃が弾け飛んでいくのが見えた。


 同時に今までの『スターダストオンライン』では”感じたことがない”ほどの痺れがナイフを持っていた腕に伝わってくるのがわかった。

 そのはずが……。


 ”――M.N.C.の痛覚パラメーターが調整されている。”



 瞬時に答えが脳裏に浮かんでくる。



「……ん、どうして僕はそんなこと知ってるんだ?」


 

 そもそも僕は”M.N.C.”なんて単語、オフィサーの話で聞いたくらいで……。



 一人で首をかしげる間に聞こえてきた叫び声は、たしかにオフィサーのものだった。

 しかしその声は、目の前のクリーチャーから発せられていることに気づき、僕は思わず顔をしかめずにはいられなかった。



 

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