流れ弾とうさぎ
☆
「ぁ……」
「どうしたの?」
「んーん。大したことじゃないんだけど、今ちょっとそこの金属片に引っかてなんか変な感じがして……」
「危なっかしいよね。このゲームの建築物って全部ごみを固めたような作りしてるし、トタンとか全部錆びてて、今にも倒れそうだし」
「現実でこんな街があったらヤダよねー」
「オマケに殺人鬼だって出てるみたいだし。 クランのメッセージボードみた?」
「見た見た。皆ひどくない? これじゃ誰かに死ねって言ってるようなもんじゃん。
リヴェンサー…月谷元会長もネームレスって子も、どうしてわざわざ殺そうとするのかねー。 皆で平和に暮らせればそれでいいと思うんだけど」
「そんなこといって、モモってば”秋津”がキャラロストして嬉しがってたくせに」
「エ~……それ言っちゃう?
だってイチイチ真面目ぶっててウザかったじゃん。
先生に媚びうるのが上手いのか知んないけどぉ、あたしらに『もっと真剣に取り組んでよ』はなくない?
お前もこのゲームしてチートしてるのによく言えるなぁって思わなかった?」
「思ったけどさー、さすがにキャラロストしたのは可哀そうじゃない? だって成績まであたしらより低くなったら秋津の立つ瀬ないじゃん。」
「その時は秋津さんに言ってあげよー。」
「「”もっと真剣に取り組んでよ」」
「声重なったじゃん!ウケる」
「えぇえぇ。モモの言いたいことはわかりますとも。」
「あたしらは仲良しってことで――」
二人のプレイヤーが談笑している。
騒ぎがあった救難アンテナ塔からは大きく離れた僻地ともいうべきジャンク置き場。
たとえゲームの中であっても雑談に更けることができるなら、多少汚らしい場所でも構わない。
ただ一つ、問題があったとすれば、キャリバータウンを俯瞰できるほどにガラクタが募り積もったジャンク置き場は、オフィサーの装備する兵装【25mmドラグカノン】の射程圏内であったということだ。
オフィサーが【アンチグラム・システム】の機能をフルに活用しようと無作為に放ったドラグカノンの砲弾は、あろうことか、そのガラクタ山の中腹へと突き刺さった。
その威力は推して図るべし。
ジャンクパーツの一部が弾け飛んで、彼女らが陣取っていたガラクタ山の麓へとバランスを失った鉄片の数々が落下してくる。
中にはリザルターアーマーの兵装に使えるようなものまで存在した。
名称を【延長式はんだごてブレード】なるふざけた名前の近接兵装。
エネルギー供給があるわけではない。だが、様々な偶然が重なったせいでブレードには装甲をもじわりと溶かす高熱を纏い始めていた。
「腰うったぁ……え、どうしてあたし痛がってるの?」
ついさきほどまで問いかけに応えてくれた友人の姿はない。
何の理解もないまま着せられているリザルターアーマーの圧迫感が、妙に気になって仕方ない。
ガラクタ山が崩れたことで、何かが腹部に覆いかぶさっている。
「……! ……! ………」
確認すると腹部を覆っていたのは友人だった。
異変に気付いて慌てて装着しなおしたリザルターアーマーのフェイスのせいで、自分の声だけが籠ってクリアに聞こえていたようだ。
友人が頻りに何かを喋っているのも気づかなかった。
首を振ってガラクタ片をどかしてフェイスアーマーを外す。
そして聞こえてきた友人の言葉は耳を疑うものだった。
「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! なにこれェ!? 顔に何か、何か刺さってるの!?」
断末魔じみた友人の叫び声が聞こえてくる。
瓦礫に埋もれた身体では彼女の表情まで確認することができない。
けれど頻りに蠢く腹部の重みが、彼女の危機を訴えてきているのがわかる。
「何があったの!? ねぇ、聞いてる? ねえ!」
このゲームでは痛みや苦しみは感じないようにできているはずなのに。
そう困惑する彼女に更なる脅威が降ってくる。
コメカミのすぐ横を棒状の何かが落下して、ガラクタの上に突き刺さる。
その瞬間、肌に照りつく熱を感じた。
「嘘……」
瞳を傾けて落下物を確認する。それは真っ赤に光を放つ、剣のようなものだった。
剣の刀身らしき部位に触れたガラクタが、わずかな蒸気をあげて溶けていくのが見える。
台座となっていたガラクタが熔解して刀身は傾き、身動きが取れない彼女の顔へと迫っている。
「痛いよ! 誰かぁ! 誰か助けて! どーして、どうしてログアウトできないの!?」
腹部に感じる友人の蠢きは激しくなり、その振動でまた少し刀身が傾く。
「ちょっと!動かないでよ!」
しかしたとえ友人が動かなくとも、ブレードは刻一刻と刀身を自身の頬に近づけてきている。
そのたびに痛いほどの熱量が勢いを増して肌をじりじりと焼いていく。
咄嗟にフェイスアーマーを再装着した。
熱はやわらぎ、友人の助けを求める声も小さくなった。
だがそれもつかの間。
ゴツン。
間の抜けた音が聞こえた瞬間、フェイスアーマーに張り付いて見えていたヘッドアップディスプレイの映像に歪みが現れる。
そして一息にそれらのHUDが消えたとき、フェイスアーマーの真っ暗闇に灼熱の気配を感じた。
「やだ……熱いのヤダ。 キャラロストもやだ。痛いのも嫌! どうしてあたしが? 何にも悪いことしてないよっ」
フェイスアーマーに赤い光が差す。既に鼻先は輪郭線が朧気になるほどの熱を感じ取っている。
だが、刀身が彼女の顔に達することはなかった。
「――大丈夫ですか?」
突如、身体を圧迫していた全てから解放されるのを感じた。
腹部に感じた友人の重さも金属片に埋もれた四肢の不自由さもなくなり、ガラクタ山から逃げ延びることができた。
熔けて開いたフェイスアーマーの傷穴から、自分を助けてくれた誰かの姿を伺う。
一番最初に浮かんだのは”ウサギ”だ。
長く直立した二つの耳が時たま動き、光沢のある真っ白な装甲が月夜の光に照らされて幻想的な光景を作り出している。
その”ウサギ”は熱せられた剣のようなものをアーマー越しに掴んでいた。
こちらのフェイスアーマーと同じく、手甲が熔けているのがわかる。
「――”ハル”、痛覚パラメータが弄られています。 犠牲者を一人確認しました」
痛がることなく剣を投げ捨てて、ウサギは誰かと個人通信をしているようだった。
「あ、あの! 助けてくださり、ありがとうございました! 風紀隊の誰かですか?」
ウサギは否定も肯定もしなかった。代わりにヘッドアーマーを取り外して、夜空に輝く雲母のような薄い青色の長髪を露わにした。
そしてオッドアイの相貌を向けると笑みを浮かべてこう答えた。
「私は、皆さんを待っていました。 これからも『スターダストオンライン』をお楽しみくださいっ」
思わず見惚れてしまう朗らかな笑顔だった。
「では私はやるべきことがあるので」、ウサギはそう続けると脚部のスラスターを一気に開放してガラクタ山から飛び上がり、夜空へと飛び立った。
正真正銘のウサギがそこにいた。
「こんな怖い目にあって楽しめるわけないじゃん……」
傷痕がなくなったにも関わらず、まだ呻いている友人を見ながら彼女はそう呟いていた。




