虚無の二丁拳銃
☆
「ア”ァ”ア”ァ”ァ”ァァアァ……。」
「うわぁ。」
アーマーを半壊させたリヴェンサーが地べたを這いずり回って笹川の足元までやってくる。
笹川はその鈍い動きから難なく逃れつつ、複雑な心境を抱かずにはいられなかった。
「これ、中身のプレイヤーにはしっかり意識あるんだよな? リヴェンサーさん、どういう気持ちでいるんだろ……。」
リヴェンサーのライフゲージの隣に表示されているバッドステータスのアイコンは依然として消えることなく点滅を繰り返している。
しかも点滅の間隔が短くなっている気がする。
効果時間が切れる合図か、それとも症状が悪化する前触れか、オフィサーとプシ猫の反応から察するに後者なのだろう。
ドローンの爆発に飲まれたオフィサーはアーマーの欠損はないものの、相当のダメージを受けたらしく、沈黙を保ったまま座り込んでいる。
時たま何かをブツブツ呟いているところを見るに、誰かと通信を取っているようだった。
何もしてこないならこちらとしても好都合だ。
笹川宗次は瀬川遊丹こと”ニァンニャンEU”の身柄を確保しつつ、彼女を守ろうと這ってくるリヴェンサーもこちらに誘い込んだ。
「これだけしてりゃ、俺が味方ってことくらいわかるだろ?」
しかして、笹川の背後には銃口が突きつけられている。
「昨日は敵です。 仲間はおまえのせいでキャラロストさせられた。」
ネームレスの相棒であるプシ猫が満身創痍の姿で笹川の背に銃口を接触させている。
彼女は捻ったときの身体反動を利用して、故障した左腕を持ち上げ、メニュー画面から素早く【10mm徹甲マシンガン】を手のひらに呼び寄せると、笹川の身体へ抱き着くような形で引っ付いた。
彼女と笹川は互いに攻撃を加えていない。
戦闘モードには入っておらず、笹川のヘッドアップディスプレイには《ハラスメント被害》の警告が表示されている。
一瞬、自分のことかと思って冷や汗をかいたが、抱き着いてきたのは彼女のほうだし俺は悪くない。
でも状況はあんまり芳しくない。いや、人生で初めて女性から触れられてもらえたのは嬉しい限りだが。……間に銃挟んでるけど。……アーマーごしだけど。……しかも、VRだけど。
本来警戒すべきは沈黙を続けているオフィサーだ。
さっきの爆発でオフィサーがやられたと勘違いした群衆は一目散にどこかへ逃げていったが、これでこちらは切れる手札が何一つない。
武力で押し切られれば、正直勝てる自信がない。
狂ったリヴェンサーに大ダメージを与えたオフィサーの動きは、どことなくネームレス・戸鐘の低空マニューバと似ているように感じた。
ふいをついてドローンをあてることには成功したが、まともにやり合えばすぐさまこちらの攻撃を避けられて形勢は逆転するだろう。
ならば、すこしでも時間を稼ぎ、ネームレスの帰還とリヴェンサーの回復を待つべきだ。
そのためにプシ猫に余計な意識を取られたくない。
「俺だってキャラロストしてるんだからオアイコだろ?
しかも俺はV.B.W.がなくなって天才の身分とはおさらばした。 はっきり言って一番被害を被っているのは俺だよ? 」
「あれは学院会がそちらごと撃ったからです。 単なる自業自得では?」
「分からず屋! 瀬川遊丹を守りたいんだろ? だったらその義足使ってここから逃げてくれ。」
「お前にユニを任せられるわけないです! 学院会がユニを殺したくせに!」
笹川が急激に背をひいてみせた。
支えがなくなったプシ猫のもつマシンガンは、容易く彼女の手から離れて地面に落下する。
それどころか彼女自身もよろけて倒れ込んだ。
「……」
彼女の言葉を否定はできなかった。
つい先ほどまでメッセージボードに流れていた心無い書き込みを見れば、学院会の誰かが仲間を蹴落とすためにプレイヤーキルをした可能性も捨てきれない。
『スターダストオンライン』をプレイすれば能力強化で自分の限界を超えることができる。記憶力や頭の回転、運動神経等々、ゲーム内で上昇させることができるステータスは現実にも適用されてしまう。
スターダストオンラインを知らない人間がみれば、名門鳴無学院の生徒は天才の大盤振る舞いということになる。
けれど、スターダストオンラインをプレイしている生徒はよほどの才能がない限り、レベルの値による差――つまり能力強化に使えるスキルポイントの差でしか、優劣がつきづらくなる。
一方でスキルポイントはオフィサーの手配でレベルアップさせてもらって得る方法しか用意されていない。
その機会は風紀隊を除いて平等だ。
もし、隣のプレイヤーよりも優秀な天才になりたいなら、隣のプレイヤーがキャラロストするのを待つしかない……あるいは。
「あるいは……街の外に出て真っ当にレベルアップする方法だってあったんだ。
キャラロストを怖がるよりも、こんな町で誰が殺したとか疑心暗鬼になるほうが余程恐ろしい。
――プシ猫さん、悪いけど否定はできそうにない。
けど俺は、誰かを守りたいって願っている人の力になりたい。
ずっとそうしたかったけど、人目が怖くてできなかったんだ。」
背後で世界観に似合わぬ蒸気の噴射音が聞こえてくる。
そこにオイルが切れて軋んだ駆動音が混ざり合い、時には電子音のソプラノまで合いの手を入れてくる。
騒がしい音の数々は全て、笹川の後方、沈黙を続けていたオフィサーが発したものだ。
ネームレスとの個人通信は……、ダメか。
何か邪魔が入ったのだろうか? もうそんなに時間がないってわかってるだろうに。
ちくしょう。ゲームなのに、しかも死ぬリスクはもうないのに、若干ビビってる。
けど演劇部所属の性か、かっこいいセリフがいえるこの機会は逃したくない!
「だから今、それをしようと思う。」
笹川が学院会クランの保管庫から盗み出した二丁の【ビームピストル】を呼び寄せた。
やはり一番かっこいいものといえば両腕に構えたアキンボスタイルだろう!
くそぅ、出来れば勝てる勝負でお披露目したかった。
「2丁同時はエネルギー供給間に合わないのでジャムりますよ……」
「ちゃんと交互に撃つから大丈夫だ」
「それなら一つでじゅうぶ――」
「さぁこい!オフィサー、精神的にも覚醒した俺が相手になろう!」
「この人、ちんしゃぶさんと同じ匂いを感じるです……。」
プシ猫の言葉を遮って笹川が敵の気配のする背後を振り向いた。
そしてそこで立っていたものに思わず言葉を失ってしまった。
オフィサーの装着していたアーマー【Ver.ファフニール】は、装甲の切れ目から発していた黄金の光を全身に侵食させていた。
そしてその姿は、アーマーの名前通り、鱗を幾千と纏ったドラゴンのような見た目に変わっていたのだ。
「《苦痛に対するパラメータの数値を変更》。
これは私的乱用ではありません!」
およそプレイヤーとは思えないクリーチャーじみた見目で、オフィサーは明朗に言葉を告げてくる。
「これはクライアントに対する”忖度”に他なりませんので!」




