ゲームの味方
「君も救難アンテナ塔から逃げてきた口かな? オレたちも近く通ってたときにクランのメッセージボードみて、慌ててここまで避難したんだ。 な?」
「うん!」「この人、誰?」
古崎の問いかけに我先と応じたのは、同じクラスの北見灯子と今日知り合ったばかりの水戸亜夢だ。
僕だったら肘鉄でも平手でもされて痴漢扱いを受けそうな距離まで、3人は古崎を中心に寄り添っていた。
てっきり水戸亜夢の方は営業ヤンキーの松岡と良い雰囲気になっているものだと思っていたが、あれだけ接近しておいて脈なしってことはありえないだろう。
それよりも意外なのは、僕の中でクールビューティーとかサバサバ系とか、そのあたりの言葉が似合う北見灯子まで古崎の腕に引っ付くようにしていたことだった。
笹川の話では確かに、北見は古崎に好意を寄せていると言っていたが、実際に目の前で見せられると違和感が凄かった。
まるで懐柔されてるのかのような……。
「宗次が連れてた新入りだよ。 俺たちの新しい仲間ってこと。
クランのメッセージボードは……まだ見れない感じかな?
オフィサーが出払ってるって言ってたし、まだクランにも入れてもらえてないんじゃないか?」
「宗次? ……あぁ笹川先輩? また人誘っちゃったんだー。
誰からも相手にされないからってこのゲーム使って自分に興味持ってもらおうとか、ホント気持ちワル。」
「じゃあこの人も笹川の仲間なの……? 徹、守ってくれるって言ったの忘れてないから」
「亜夢だってあいつに狙われてた時期あるんですよっ。」
「ふ、二人とも、流石に言葉を抑えて。 宗次がああいう奴だからって、彼がそうだと決まったわけじゃないよ」
ゲームの中であっても古崎はモデル雑誌の表紙みたいな完璧な笑みを浮かべて、僕のほうを覗き込んでくる。
一方で他の二人は露骨にこちらから視線を外している。
いますぐこいつをあしらって僕は笹川たちのところへ【ヴォッカド濾過】を届けなくてはならない。
どうせ仲良くする気もないし、このまま回れ右してスラスター全開で逃げ出すのも手だ。
フリューゲル・アンスにはまた後日、話を聞くとして、少なくともこの3人……いや、”4人”か?と談笑する暇なんぞ微塵もない。
僕が踵を返そうとした瞬間になって古崎は「ねぇ」と声をかけてくる。
「君ってさ、もしかして同じクラスの”戸鐘”じゃないか?」
「っ……!?」
しまった、思わず身体が反応してしまった。
聞こえないふりをしてそのまま逃げだせば、まだ有耶無耶にできたかもしれないのに、足を止めてしまったら”僕は古崎の問いを聞いた”ことになってしまう。
再度逃げ出そうとすれば、図星をつかれてたようにも思われかねない。
何か、何か言わないと……誰かテキトーな……さっき考えておいたじゃないか。
あれを言えばいい。たしか網浜、網浜、なんだっけ?
ぁぁ、くそ、油断してたせいで完全に頭から飛んでる。
「ウッソー、ロク先輩なんですかー?」
「亜夢、知り合いだったのか?」
「今日の放課後ぶりです。亜夢、ロク先輩とフツーに話してたら釧路七重って先輩にいじめられたんです。 もう少しで泣いちゃうところでした」
「釧路さんはちょっと性格きついけど、勉強でストレスたまってるんだよ。
今日の放課後だって、俺が須崎に補講中止を頼んだせいで邪魔しちゃったし、亜夢にきつく当たったのも須崎を足止めしたの原因かもしれないから亜夢だけの責任じゃない。
悪かったな。」
「別に徹が謝る必要ないでしょ。釧路さんが沸点低すぎるし、水戸亜夢が礼儀知らずなのもあるし」
「北見先輩ひっどぉ!」
「――それで、もしかして正解だったか? 別に確信があっていったわけじゃないんだ。
戸鐘って釧路と一緒にいつも勉強頑張ってるし、良い奴そうだからさ。
できればそういうヤツが『スターダストオンライン』やってほしいって思うんだ」
こちらの返事も聞かずに古崎は矢継ぎ早に話題を膨らませていく。
北見は古崎の言葉に感銘をうけたらしく、少し声のトーンを落として「うん」と俯いた。
「そうだね。 あたしは笹川に誘われてここに来たけど、『スターダストオンライン』をプレイしてなかったら、今でも勉強時間に追われる毎日だったと思う。
演劇部に戻ることもなかったかな……」
「亜夢も……このゲームがなかったらコンクールで個人賞に選ばれるほど、演技上手くなかったと思う。」
「戸鐘もさ、多分楽になると思う。 学生は勉強するのが性分、だなんていわれてるけどさ。
この青春は、これが最後なんだ。
やりたいことやって楽しまないと損だろ?」
……そのやりたいことが、お前ら学院会のせいで出来ないんじゃ!
と、思わず言ってしまいそうになる。
その怒りの言葉を飲み込めたのは、3人の背後にいたとある少女のせいだった。
色素の薄い赤色の長髪をなびかせて、古崎の後ろに隠れる彼女は黄金色の双眸でこちらをジッと見つめている。
彼女の姿は、どこかで見覚えがあった。
「ん、この子が気になるのかい? リス・ミストレイっていうゲーム内のキャラクターさ」
「ミスト、レイ……。NPC……。」
それだけ聞けば、すぐにでも思い浮かぶキャラクターがいる。
赤毛と金色の瞳が特徴的なNPC・レン・ミストレイ。
彼の妹を何度も助けたいと願い、けれどゲートから月面露出地区へ出られずに助けることができなかったNPCだ。
今僕の目の前には、月面露出地区で行方不明になっていた彼の妹がいた。
「徹先輩とってもかっこよかったんですよ~。街の外で、宇宙人みたいなモンスターを軽々と倒してこの女の子を助けちゃったんです」
「あぁ、おい。言っちゃダメだって。 君はまだ知らないかもしれないけど、学院会クランは街の外を出歩くのは本来禁止なんだ。
亜夢がこの子を助けるよう頼んできたから、風紀隊に言って特別に”ゲートを通して”もらったけど……まったく、困るなぁ」
「水戸亜夢! あんた口軽すぎ。何か言われるのは徹かもしれないんだよ」
「だ、だって、あの赤髪の男の子、ここを通るたびに話しかけてくるからいい加減煩かったんだもん」
「それとこれとは別問題でしょ!」
水戸亜夢が北見灯子に叱られ、それを古崎が抑えようとする。
この3人の会話の流れは大体こうだった。
……。
こいつらは月面露出地区にいったらし。
羨ましさは積もる一方だったが、僕にはそれよりももっと気になることがあった。
「レン・ミストレイに早く会わせてやるべきだ」
急に口を開いた僕に驚いたらしく、女子二人は目を丸くする。
けれど古崎は少しも表情を変えずに苦笑いを浮かべた。
「あぁ今、”鬼ごっこ”をしてるんだ。」
意外な言葉に不意をつかれて、僕は思わず首をかしげてしまった。
「鬼ごっこだよ。 リスをつれて歩いてると、この道をいった先にいるお兄さんのレンが、血相を変えて追いかけてくるんだ。
それから逃げるってゲームさ。」
「凄いよね。住宅内でも距離が近ければ普通に追いかけてくるし」
「妹を呼ぶ泣き声が隠れてるときに近づいてくると、ホラー映画っぽいんですよねっ」
「亜夢とか悲鳴上げてたもんな」
「もう、それは言わないでくださいよ~ロク先輩に笑われちゃいます」
……。
もはやこいつらに告げる言葉は持ち合わせていなかった。
フリューゲル・アンスとの会話を思い出して、僕はひたすら念じながら薄紅色の髪を揺らして古崎の後ろに隠れた少女へと告げる。
「お兄さんが待ってる。一緒にいこう。」
NPCと意思疎通ができてるのかはわからなかったが、リス・ミストレイは古崎の背から姿を現してくれた。
泥だらけのワンピースに、真っ赤に晴れ上がった膝小僧、瞳の端に涙をためているのが痛々しくて仕方がなかった。
「えっと? 戸鐘、これノンプレイヤーキャラクターだぞ。 多分、何か話しかけたところで定型音声が返されるだけだと思うんだけど」
「……ロク先輩ってもしかして天然?」
外野の言葉に耳は貸さず、リスと目線があうように今度はしゃがんでからもう一度同じ言葉を告げる。
頭上で3人の笑い声が聞こえたが、単なる”ノイズ”だ。
ゲーム内のバグと同じで修正するべき案件なんだと思う。
「うん。」
フリューゲルの時と同じく、リスは僕に視線を合わせてしっかりと頷いた。
そして、差し出したこちらの手を彼女は握ってくれた。
「よし、いこう。 レンくんは君のことを凄く心配しているんだ。
傷は痛いかもしれないけど、元気な姿をみせてやってほしい」
「うん! 私、全然いたくないから大丈夫!」
「流石」
彼女の手を引いて古崎たちから離す。
水戸と北見は状況を理解しておらず、僕が頭のおかしい人間だと思ってるようで怪訝そうな表情を浮かべていた。
だがさっきとは打って変わって、古崎だけは瞳を見開いて目の前で起こっている出来事に驚愕しているようだった。
「クエストが失敗になっただって……? な、なんでだよ? クリーチャーから助けたのは俺なのに?」
僕からでは古崎のヘッドアップディスプレイに表示されているシステムメッセージは見ることはできない。
だが不思議と、驚くに値することでもないように感じた。
もう、身バレとかはどうでもよくなっていた。
リスをレン・ミストレイのところにつれていって、即座に【ヴォッカド濾過】をリヴェンサーに使わなくちゃ。
兄妹の再会をしっかり目に焼き付けたいけど、それはとりあえずお預けだ。
リスとともにその場をあとにしようとした瞬間、古崎が僕の肩を掴んでいた。
「ちょっと待ってくれよ! その子は俺のものだ! 他人のクエストを邪魔するシステムなんておかしいだろ! どんな卑怯な手を使ったんだ!」
その問いに対する答えは既に用意してあった。
兵装から選んでおいた【エディチタリウム・フィスト】を起動させる。
僕の中に潜んでいる”何か”も心から望んでくれているようで、急に思考がクリアになっていくのを感じた。
【Result OS】を外したマニピュレート操作が、【エディチタリウム・フィスト】の威力をより上昇させるためのスラスター・バーニア制御へ導いてくれた。
「くたばれ、バグ」
全ての挙動に推進剤の蒼い残光を残し、僕は振り向きざまにフェイスアーマーが外れている古崎の顔面へ拳を叩きつけた。
ヒステリックに声をあげる女子二人も、呻き声をあげる古崎にも構わずに僕はリスをつれて駆け出した。
「あぁ……あぁ、お前がそうか。 ――やっぱり”生きてたんだな”」
後ろから古崎の独り言が聞こえたが、意に止めることはなかった。




