深淵を覗くとき
☆
『爆破命中! ちょうどオフィサーを中心に!』
笹川の個人通信を聞いて思わずガッツポーズをする。
所持していたスマホ風デバイスの上部が輝き出し、遊色の羽根と機械的な球体関節が特徴的な妖精が出現し、何事もなかったかのように小首をかしげた。
笹川の合図で爆破させた【小型ドローンピットミサイル】が再装填されたのだ。
要はこの小さい子に自爆特攻させたわけで……罪悪感を抱かないでもなかったが、とりあえず不発に終わらないでよかったというところか。
「オフィサーの被害状況は?」
『爆風で見えないが、装甲の破片がいくつか飛び散っている。ノーダメージってわけじゃないはず。 ライフゲージだって……すっげえ遅いけど、減少しつづけてる。
野次馬どもの混乱がやばいことになってるな。
オフィサーがやられたと勘違いして我先にと逃げようとして将棋倒しになってる。』
「了解。 じゃあそのままオフィサーを警戒しつつ、リヴェンサーたちについてくれ。
特にプシ猫は何をしでかすか分からない。」
『え、相棒って言ってただろ。マジで?』
「瀬川遊丹が関わっているなら、それこそ人殺しだって厭わない可能性があるよ、彼女。
……二人はそういう仲だったからね」
『えぇ!? マジか!? 仲がいいとは思ってたけど。そっかー。』
「ひくなよ」
『ひかないよ。むしろ、俺はそういうことのために頑張ってる人間のために力を貸したい』
……。
笹川の中で何が吹っ切れたのか知らないが、根本的な部分でこいつはいい奴なのかもしれない。
リヴェンサーもプシ猫も、誰かのために自分自身を犠牲にしながら戦っているのだ。
――僕は、どうだろ。
目下の目的は、確かにリヴェンサーを助けようとキャリバータウンの端から端へ駆けている。
けれど根本にあるのは、『スターダストオンライン』をまともにプレイしたいという子供じみた願いだけだ。
このゲームを本来そうあるべき姿に帰したいと願っている。
キャリバータウンの抱える物資不足問題や、謎の多い月面露出地区の探索、かつての人類対怪物による最終戦争が残した爪痕――クリーチャーたちとの戦い。
まだ見ぬ外世界への渇望だ。
……と仰々しく言ってもやっぱり独善であることには変わりないのだろう。
若干の気落ちした思いを振り払って、巨大人型兵器【キャリバーNX09】の右腕部地区へと最短距離のルートで走り抜けていく。
このように走り回れば、街往く風紀隊の面々に怪しまれるところだが、今は一刻を争う事態だ。
土埃か何かの廃棄物か、判別のしようがない細かな粒子が漂う。
サウスゲートとNPC住宅区が存在する右腕部地区は、風紀隊のマークが薄い。
地区に入り込むほどに安全は確保される。
昨夜の襲撃でもしかしたら体勢が改められたかもしれないが、まぁ、NPCから話を聞くくらいなら大丈夫なはず。
「ついた。ゲーム内時間はちょうど夜。ってことはフリューゲルじいさんは酔いつぶれている――いた!」
赤茶けたローブを身に纏って、ぼろ雑巾のように床へ這いつくばっている初老の男――フリューゲル・アンスは、元々”キャリバータウン第一世代の調達員”だったそうだ。
今みたいなリザルターアーマーも開発されておらず、戦前の軍用装備で異形の者に挑み、その生態や弱点を命と引き換えに探ってくれた第一世代の調達員は、今となっては彼しか生き残っていない。
昼間は寡黙なキャリバータウンの重鎮といった雰囲気を醸し出しているが、夜の時間帯になると彼は途端に酔いつぶれてしまう。
そして話しかけたプレイヤーに回復手段のイロハを教えたあと、延々とクリーチャーに倒されていった第一世代の仲間の話を始めるのだ。
「……ピッツ・ラーグはオレよりも若かったが、唯一軍用の装甲車を操れる名運転手だった。戦前のミュージックデータを集めたいと言ってきたもんだから、止む無く調達員としてつれていった。
だが、月面露出地区の遥か西・バルドールナ管制塔の青白い壁に巨大な黒煙の痕をみて、オレや他の調達員にこういったんだ。
『やっぱりここは危ない気がするから引き返す』って。
ピッツは調達員用のローバー(探査車)のハンドルを反対に切って、きた道を戻ろうとした。
俺たちは新人の、しかも飛び入り参加のピッツの言う通りに動くのが癪だったし、その日はまだなんの資源も手に入れていない有様だったから猛反対した。
それに、当時は調達員に対するキャリバータウンの人々の風当たりは非常に強かった。
調達員が持ち帰った食料の缶詰に、クリーチャーの卵が植え付けられていて、孵って生まれてしまったクリーチャーが街中で暴れる事件が起こったばかりだった。
名誉挽回のチャンスは、”バルドールナ管制塔のあるドーバーズ宇宙港”。
そこに存在する旅客宇宙船の数々しかありえない。 ローバーの操縦手が必要だったのもそのためだ。
……だが、ピッツの言う通り、そこは危険な場所だった。
宇宙港内の貨物ルームには、旅行客のペットとそこに襲来したクリーチャーとの交配によって生まれた亜種クリーチャー【グリムキメラ】種がたくさんいた。
到底、調達員部隊では手に負える数じゃなかった。
しかも奴らは旅客機をそれぞれの縄張りにしていた。
せめて、仲間の遺品だけでも回収できればよかった。それがよかった。そうしたかった。
……ここから先は言い訳だろうな。
酔いはさめた。 お前にこの酒を恵んでやる。
これさえ飲めば、頭が冴えわたる。 飲みすぎは逆効果だが」
《月面露出地区ロケーションの更新が完了しました:追加 『ドーバーズ宇宙港』》
《消費アイテム【ヴォッカド濾過】が所持品に追加されました》
ヘッドアップディスプレイに淡々と流れていくシステムメッセージ。
それはつまり、プレイヤーにドーバーズ宇宙港へ行けと言っているのだ。
「じいさん、ごめんよ。僕はまだこの街から出たことすらない。調達員ですらないんだ。
ルーキーどころの話じゃないよ……」
そう言い捨てた後、フリューゲル・アンスの元から離れようとしたところで彼はいった。
「それでも、オレはお前がキャリバータウンを理解しようとしているのを知っとるよ。」
……またNPCが喋った。
血の通った思考があるかのように当然のごとく僕の言葉に返事をした。
「また姉さんか? 一体どうやったらそんなことができるんだ!?」
「違う。オレはお前の姉じゃない。
フリューゲル・アンスという出来底のないの元調達員にすぎんよ。どうして会話ができるのか知りたいのか?
――お前・戸鐘路久はオレたちの世界に精神を捧げすぎたんだ。
何度も死んで、この世界に生れ落ちることで。」
「それっどういう意味?
教えてくれ、さっきから僕は自分じゃない何かに心が持ってかれる感覚がある。 それと関係があるんじゃないのかっ」
「……まずは仲間を募れ。そのために後ろのやつをどうにかすることだ。」
「? 後、――ろ」
振り向いた瞬間、僕の視界に映ったのは3人のプレイヤーと一人の少女だった。
「あれ、君って確かさっき宗次と一緒にいった……?」
古崎徹が爽やかに笑みを浮かべていた。




