活劇
「っ――笹川宗次?!」
プシ猫が放った【電磁式カービン】の一閃が笹川宗次の登場により狙いがずらされ、リヴェンサーの後方へと着弾する。
連発のおかげで【電磁式カービン】のチャンバー部が融解していくのがわかった。
これでひとまず、彼女はリヴェンサーさんに致命傷を与えることはできないはず。
笹川は【迷彩ファイバー】のデバイスを完全に剥がして、リヴェンサーとプシ猫の間へと割って入った。
けれど彼の意識はその二人ではなく、学院会メンバーらの狼狽を鎮めようとしているオフィサーに向けられていた。
《クラン”学院会”メッセージボード》
:あれって笹川さんじゃない? キャラロストしたって聞いてたんだけど
:能力全損はしたけど、また『スターダストオンライン』始めてたんだね
:先輩なら裏切ったリヴェンサーを留められるんじゃないの? だってあの人も風紀隊の一人なんでしょ?
:いや無理だよ。どうせ腰ぎんちゃくだもん。オフィサーの言う通り、早く逃げよう
:殺されちゃかなわないよ。それに、なんかあの人もリヴェンサー庇ってない?
:オフィサー、二人ともやっちゃって。風紀隊がどうのこうのって偉そうにしてウザかったし。
:月谷芥元会長もキャラロストすれば一般人レベルまで堕ちるのかな?
:リヴェンサーがプレイする前から元会長は天才だったらしいし、平気なんじゃない?
:なにそれつまんない
:オレたちみたいに元一般人ばっかりなら、殺し合いなんて絶対やらないだろうに。
:ネームレスたちは頭が沸いてるんだ。 意識不明になったやつとか知らないよ。要はキャラロストされなきゃいいんだし
:逃げるな、オフィサー。あいつら全員殺してくれ
――――――――――――――
ヘッドアップディスプレイに小窓でそのまま表示しておいたメッセージチャットが恐ろしいスピードで流れていく。
「手のひら返し酷いな……。いや、違うのか。皆が皆、元々こう思っていたってことか」
笹川が自身に冷ややかな眼差しを送ってくる群衆へ、泣きそうな瞳で見つめ返す。
誰一人それに気づくものはおらず、遊び半分に誰かがマシンガンを笹川へ向けて撃ってくる。
1、2発ほど命中してリザルターアーマーにわずかなダメージが入る。
プレイヤーに攻撃を加えたら自分の名前とライフゲージが対戦相手に表示され、戦闘モードになる。
それすら知らない様子で、射撃者は取り繕ったような顔で群衆に紛れ、再び隣の者と談笑を始める。
「アレ、同じクラスの盛岡ツトムだ。一昨日まで普通に喋る仲だったんだけど」
……そこまでショックを感じなかったのは、心の奥底で”そういうもの”だとわかっていたからだろう。けれど分からないフリを続けて、結局今の今まで誰の信頼も築けなかったわけだ。
笹川が片腕に【ビームピストル】装着する。
けれど誰もそれに気づいてはいない。稲妻と火花を散らして故障寸前な【試作型ビデオ迷彩グラスファイバー】を乱雑にまとめ上げて、その中にピストルを隠しておいた。
試射代わりに、知らぬ存ぜぬを決め込む盛岡へと引き金をひいた。
ビームの絞りが甘いピストルの閃光は、群衆の数人を巻き込んで盛岡の右肩部を焼き溶かした。
支えがなくなった腕がポトリと彼自身の足元に転がり落ちて消えていく。
「武器を持っていないのにどこから攻撃を」
「さぁ? 天罰ってやつだろ。 神のみぞ知る、ってね」
《クラン”学院会”メッセージボード》
:キモチワル
:決め台詞吹いたwww
:あいつの声気取ってるから聞いてて痛々しいんだよね
:ツトムやられそうじゃん、この前の試験、あいつの一つ下だったんだよね僕
:オフィサーなにやってんの? やっぱ皆早く逃げようぜ。
:逃げた奴を優先的に撃ってくるかもよ?
:でもここにいてもどうせ撃たれるって!
:じゃあ先にいけばいいじゃん。
:皆で一斉に走りだせば逃げれるよ!
:それでお前だけ撃たれたら面白い。
:皆誰かのキャラロスを狙ってんだよ、言わせんな
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「さっきのセリフ……カッコいいって思ったんだけど。」
本当にこいつら最低野郎の集まりだな!
妖精人形突っ込ませて発破させたろか?
なんだかリヴェンサーさんが学院会を裏切ったことで悪意の奔流みたいなのが一斉に流れ込んだ雰囲気があるぞ。
少なくとも、メッセージボードにこんな悪態丸出しの発言が書き込まれることなんて一度もなかったはずだ。
早々に見切りをつけて、笹川はオフィサーへと向き直る。
先の感情を露わにした相貌はなりを潜めて、再び変幻自在のスライムみたいな表情筋が滑らかに蠢いているのがわかった。
そして笑みを浮かべる。
「笹川宗次くんでしたね。風紀隊で迷惑プレイヤーたちと立派に戦ってくれている戦士だ。
今の行動はよろしくありませんね。
チュートリアルガチャにて出現するランクスーパーレア兵装【試作型ビデオ迷彩グラスファイバー】……その下にビームピストルを隠し持って撃つなんて。」
「今、また持ち替えた。今度は火炎放射が飛んでくるかもしれないぞ」
笹川がハッタリを告げる。
単純に持っていた【ビームピストル】の装着を解除して、再びメニュー画面から取り出しただけだ。時間の余裕もそうだが、一番使い勝手のいいこの兵装しか、笹川は持ってきていない。
あと唯一存在するとしたら……この”小さい子”だけだ。
オフィサーは首を横に振る。
「火炎放射器のような巨大な兵装はその腕に納まらないでしょう。
それにどうやら、【迷彩ファイバー】には相当無理をさせているようだ。自分の利き腕を隠す程度に範囲を絞らねば、姿を隠す機能は使えない状態なのでは?」
「……」
オフィサーの言っていることは正しい。
装置の故障とエネルギー枯渇が相まって、既に右腕付近を隠すのでもやっとだ。
でも裏を返せば、そこまでわかっているのにオフィサーが向かってこないのは、こっちを警戒しているという意味でもある。
「――ペントハウスから盗んだ」
「……ほう。 入ってしまいましたか。」
「居心地すごくよかった。ソファはフカフカで空気も埃っぽくないし、
――誰からも襲われることがない天国みたいな場所だったぞ」
「っ……。警戒していたはずなのですがね。 まさか貴方のような人間に見られているとは。」
クラン用メッセージボードのログが突如、流れてこなくなる。
続けざまに音声メッセージにて《あなたはクラン”学院会”から脱退しました》と告げられた。
「口封じなんて遅すぎる! 俺は今からこの聴衆に向けてペントハウスの位置を高らかに宣言するんだよ!」
「チッ!」
オフィサーが笹川へ向けて駆け出す。
砲塔のような腕の兵装は使わず、カイトシールドを持つ手にビーム系の兵装を呼び出して構えようとする。
笹川は思わず笑みを浮かべた。
――『あの機関砲を撃つには多少のタイムロスがある。 もし即座に笹川の口を閉じたいのであれば、奴は多分、近接兵装に武装をスイッチするはずだ。
引き付けたところで、僕に合図をだせ』
予め、イチモツしゃぶしゃぶⅡことネームレスに伝えられていたとおり、オフィサーは近接兵装を手に笹川へと迫ってくる。
「やるなら今だ! いけ!妖精さん!」
ついさっきリヴェンサーを行動不能にまで追いこんだ機動力を披露されれば、【小型ドローンピットミサイル】の速さではとらえきれない。
ましてや、操縦手であるイチモツしゃぶしゃぶが視界を確保できない状態なら、なおのこと不可能だ。
ならば相手側に回避できない距離まで近づいてもらえばいい。
「――小型ドローンか!? 今まで右腕に隠しておいたのかっ」
『くたばれ!』
避けようとドローンから距離を取ろうとしたオフィサーだったが、すでに妖精型ミサイルは彼の懐へと飛び込んでいた。
「やれぇ!!」
刹那、妖精が本物のソレがごとく眩い燐光をまき散らしたかと思うと、人一人分きっちりと渦巻く火炎で飲み込む小規模な爆発が発生した。




