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疾走


 【グレムビー】という名のクリーチャーが存在することは知っていた。

 リザルターアーマーを誤作動させて視界センサーをジャミングするウイルスを注入するという。どんな見た目かも分からないし、僕が知っているのはそんな端情報くらいだ。


 だがそれは、僕にとって信頼できる情報筋からの提供である。


 このキャリバータウンに住まう人々が噂する井戸端会議の話題の一つが、外の世界を跋扈するクリーチャーの生態についてだ。

 ゲーム世界観の設定として、リザルターアーマーを装着する調達員はプレイヤー以外にも存在する。

 意志ある僕らプレイヤーにとっては、彼らはAIが動かすノンプレイヤーキャラクターということになるが、そんなNPCたちも情報を交換しながら生活しているのだ。


 特にキャリバータウンの外・月面露出地区のクリーチャー情報はおそらく、プレイヤーにとってかなり役立つものになるだろう。

 チュートリアルでようやく倒した【モルドレッド】というクリーチャーは、縄張りというものを作らない孤高のクリーチャーであり、月面露出地区のどの地点だろうが遭遇する恐れがあるそうだ。

 これを知るためには、NPC調達員を通じて情報を得た住人の証言が必要となる。



 ……まだまともに月面露出地区に足を踏み入れたことはないけども。


 

 キャラロストが全損・キャラリセットに繋がる『スターダストオンライン』において、死亡のリスクは高い。NPCの会話を聞くことで手ごわいクリーチャーの出現区域を避けられるのであれば安いものだ。


 そして、ゲームの住人は決して意味のない嘘はつかない。


 彼らが話した内容は、何かのイベントの前兆でもない限りは正確であり、プレイヤーにとっては探索の大きなアドバンテージとなる。

 だからこそ、NPCが話す事柄は僕が絶対の信頼を置く情報源なのだ。




 僕はその【グレムビー】の話題を聞かせてくれたNPCの元へと急いでいた。

 ――さっきのオフィサーを狙ったリヴェンサーの刺突攻撃、敵を殺す勢いで放たれたのに若干横にずれていた。

 つまり、リヴェンサーに何かの異常があったかもしれないと考えられる。

 

 そこに【グレムビー】のワードが出てくるならば、自然と”認識齟齬”の状態異常が思いつく。

 更に、【”チャフ”・グレムビー】という名前からグレムビーの上位種クリーチャーであることも容易に想像できた。

 

 笹川を通して教えてもらったオフィサーの言い分は殆ど分からずじまいだが、とりあえずの仮説として、リヴェンサーが倒れた原因も【チャフ・グレムビー】による強化された対プレイヤー用のバッドステータス付与のスキルかもしれない、と考えた次第だった。


 ……それを説明せずに動き始めたのは、笹川に多少申し訳なく思わないでもない。



 瞬間、笹川へ個人通信していたヘッドセットから強烈な雑音がヘッドアーマー内に響いた。 


 途中で【小型ドローンビットミサイル】のスマホ風デバイスの画面にノイズが走ったかと思うと、さきほどまで見えていた映像が切れてしまった。

 最初は妖精人形の通信範囲内を出てしまったのだと思った。



「ごめん、妖精人形の映像が切れたみたいだ。 そっちの様子は音声でしかわからない。

 笹川、聞こえるか?」



『……』



「応答がない……?

 いや、でも妖精人形が再装備されないってことはまだ爆破されていないってことだ。 

 笹川、捕まったのか?」



『…………』



「さっきの騒音、もしかしてオフィサーから攻撃をうけたのか?」



『――っ。 すまん。 俺じゃ、大剣の軌道を変えるぐらいしかできなかった。』



「笹川? 何かあったのか!?」



『リヴェンサーさんが起きたまではよかったんだけど、お前の相棒・プシ猫って子が大剣で斬られた』



「なんだって!?」



 駆けていた足を止める。



「プシ猫は? キャラロストしたのか?」



『ダメージは酷いが、ロストはしてない。リヴェンサーさんがいきなり起き上がったんだけど、なんか様子がおかしいと思ったら、プシ猫って子の背中めがけて大剣を振り上げたんだ。

 俺、止めようと体当たりしたんだけど、それでも強引に彼女を叩き斬られちまった。

 すまない。』



「違うよ。多分、お前のおかげで彼女は助かったんだと思う。

 プシ猫のアーマー【キャノンサス】はもはや”装甲”と呼ぶにも覚束ないリザルターアーマーなんだ。 もしまともに斬られていたら、プシ猫じゃひとたまりもなかったはず。

 待っててくれ、今引き返して僕もそっちに合流する」



『ダメだ――体当たりしたおかげでリヴェンサーさんと俺は敵対状態になったみたいで、 リヴェンサーさんのプレイヤー名やライフゲージが見えるようになった。

 ネームレス、お前が言ったとおり、リヴェンサーさんのライフゲージの横にわちゃわちゃしたアイコンがたくさんあるぞ。

 ……うち一つは明らかに操り人形を操作するアニメーションが表示されてる。』



 っ、状態異常が生じているのは確実ってことか。


 通信の途中で銃声が聞こえてくる。この独特の射撃音はプシ猫の電磁式ライフルの銃声だ!



「それでも、リヴェンサーが敵に回ってることには変わりない。救援は必要だろ?!」



 またしても一発。 電磁式ライフルは昨夜リヴェンサーに壊されたと七重は言っていた。

 それを二発も間隔なしで撃つなんて、よっぽど追い詰められているってことなんじゃ。



『そうも言ってられないらしいんだ。 多分、走り出したお前が正解だと思う。』



 けれど笹川は僕に行けとばかり言ってくる。「一体何を根拠に、」そう聞こうとしたところで彼は僕の発言を先読みして告げてきた。

 


『キョロ充ってのは場の空気を読むスキルだけは恐ろしく高いんだよ。

 お前がいつの間にか、ヴィスカさんと部屋に二人きりになってたことを思い出せ!

 きっと、その【ヴォッカド濾過】って回復アイテムがあればこの場は納まる!』



「……でも」



『じゃあ見てろよ! 今、俺がその証拠をみせてやる。


 ――ちょっとタンマぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁ!!』



 笹川が声を張り上げた。

 僕ではない外部の誰かへと伝えるための叫び声だった。


 こいつ、光学迷彩を解いたのか!?



『いいか、ネームレス!! 

 早くしろ”【ヴォッカド濾過】”を持ってこい! 

 よく聞け。君ら全員、これが”ゲーム”だってこと忘れすぎだぁぁあああ!!』



 裏返った笹川の声が響く最中、矢継ぎ早にヘッドアップディスプレイがメッセージを受信したことを伝えるアイコンを表示させる。


 そこに添付されていたのは、ついさきほどまで演技じみた喜怒哀楽の表情を浮かべていたオフィサーが、露骨に顔を歪めて本性を露わにしたスクリーンショットだった。

 


『俺の登場にオフィサーは毛ほども驚かなかったのに、こっちの二言目でその表情になった! 

 【ヴォッカド濾過】が正解なんだよ!』



「――そっちは頼む、笹川。【ヴォッカド濾過】持ってすぐに戻る!」



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