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実はいました。


 ――救難アンテナ塔。 プシ猫がリヴェンサーを撃つ10分前。



『(どうしてこんなことになっているのか……。)』



 【試作型ビデオ迷彩グラスファイバー】は謂わばランチシートのような外見をしていた。

 中心にあった調整装置を弄ることでビニール繊維と麻の間っぽい肌触りの布が広がり、そこに投射された映像によって布で隠された内部は透明化する。


 それを着込んで数多あるプレイヤーの視線を欺いている笹川宗次は、現在、対峙するオフィサーとプシ猫、リヴェンサー、鴉のような見目のプレイヤーのちょうど間で【迷彩ファイバー】に身体を収めながら匍匐している有様だった。


 ……ちなみにそれを学院会メンバーに紛れて見守っている僕の目にも彼の姿は見えていない。

 けれど、笹川の肩に乗っかって待機している【小型ドローンピットミサイル】こと妖精人形の視界が、僕の所持しているスマホ風デバイスに表示されているため、笹川がどうなってしまっているかは容易にわかる。


 だが困ったことに、彼の正確な位置が判別できていない。


 

 笹川がこの救難アンテナ塔にきたときには既に人だかりができていたらしい。

 人だかりが避けるようにして開けた空間では、リヴェンサーが学院会所属のプレイヤーたちに告げていたのだ。



 ――「それは、できない」



 どうやらリヴェンサーがプレイヤーをキルした謎のプレイヤーを庇ったらしい。

 学院会メンバーらに広がる”リヴェンサー裏切り”の凶報が、やがて嘆きへと変わっていく。


 笹川もまたショックを受けた一人のようだったが、彼は人だかりの中でリヴェンサーたちに銃を向けそうになったプレイヤーをすぐさま制していた。

 

 そこまでだったら笹川宗次は、わずかでもダンディズムを感じられる男になり得ていた。

 だがしかし、個人通信機能で「あの3人に接近してみる」とこちらに告げるや否や【迷彩ファイバー】を被り、意気揚々とリヴェンサーたちへ密に話しかけようと学院会の集団から這い出て駆け出した。



 そして、奴は転んだ。



 迷彩ファイバーの裾を踏んだらしく、わりと派手な形で顔面を地べたにこすりつけたそうだ。

 幸い、誰にも姿は見えなかったし、僕も妖精人形の視界が反転しても彼が身をかがめただけだと思って、転倒したことに気づいてなかった。

 


 ――『(どうしよう、転んで迷彩の消費出力が上昇したせいでアーマーのエネルギーが半分切ってしまった……。)』



 個人通信で入ってくる笹川の絶望感に満ちた声が聞こえてきたところで、僕は彼が転んだ事実を知った。


 結局、オフィサーとリヴェンサーたちが対峙するまで何もできずに現在にいたる。



『(どうしてこうなったんだ……)』



「お前が転んだせいです」



『(だよなぁ。 で、なんかリヴェンサーさんとそっちの連れ、プシ猫って子が凄く怒ってるみたいだけど……妖精ミサイルだと視界しかわからないんだよな? 個人通信越しに外部の音声は?)』 



「ダメだ。断片しか聞こえてこない。」



『(わかった。掻い摘んで教え――。

 ……っ! 今、リヴェンサーさんが”ゆに”って名前を言った。)』



「ユニ、瀬川遊丹のことか?」



『(わからない。あの後ろに背負っている子を見ながら言ってるけど、聞き間違いかもしれない)』



「……いや。」



 瀬川遊丹、彼女が関わっているなら釧路七重――プシ猫がそこにいる意味も頷けてしまう。プシ猫は瀬川遊丹の仇討ちと救出を目的に『スターダストオンライン』にログインして僕を助けてくれたからだ。


 でもどうしてリヴェンサーとプシ猫が一緒にいるのか、は依然として不明なまま。

 そして、笹川の言葉をうのみにするなら、ここからだと黒い羽毛の塊にしか見えないあのプレイヤーが瀬川遊丹ということになる。

 

 

「他には何か話してる?」


『(聞いてるよ。 オフィサーが、とっても流暢だ。 

 必要なこと以外話しているところを見たことがなかったのに、今はこれでもかってくらいにリヴェンサーさんとプシ猫に話しかけてる。

 仕草だけなら二人を説得しているように見えなくもないけど、聞こえてくるオフィサーの言葉がちょっとおかしい。 まるで二人をわざと怒らせているみたいだ。

 それと)』



「お、おい。耳を澄ませているところ悪いんだけど、挑発に乗ったっぽいリヴェンサーが【コーティング・アッシュ】――大剣を振り上げたぞ。

  笹川、お前、自分の位置がどのあたりかちゃんとわかってるのか?」



『え、――』



 リヴェンサーが振るった大剣がオフィサーの所持していたシールドを弾いた。

 けれど、僕は見た。

 彼の大剣がちょうど振りきれたあたりで、何もなかった空間に稲妻が走った。

 


『(あ、……あ、あ、今、なんか風圧が。風圧がブワって!)』




「落ち着け! 掠めたみたいだけど【迷彩ファイバー】は無事か?」



『(大丈夫っぽいけど、さっきの風圧で埃やら砂やらが舞い上がったせいで、またエネルギー消費量が増えた! もう、そっちに逃げ込める分のエネルギーもない!)』



「なんだって!?」



『半分の半分まで減ってる! あぁ、やっぱり故障しているのかもしれない。今も減りが半端ない!』



「違う違う違う、故障はしていないんだよ! お前の多分すぐ横でプシ猫がマシンガンのマズルフラッシュ出しまくってるから!」



『おぉおぉ!? マジだ。銃声だ! 俺の位置、射線に入ってない!?』



「もう一回落ち着け。 撃ち終わったみたいだ。」



『こえぇよ、これやりたくない。俺は元々インテリ系を目指してるんだよぉ』



「無理だ。引き下がれないとこまで来ちゃってる。 まだ何か話してる?」



『……マス・ナーブ・コンバータ? 今そういう名称が聞こえた。それを使って瀬川遊丹をなんかするって……ああ、くそ。 V.B.W.がなくなったせいか、頭の回転が鈍い』



「それが本来のオマエなんだよ。 慣れるしかない。

 M.N.C.、どこかで名前を聞いたことがあるような」



『医療機具でそんな名前を聞いたことがあったが……だめだ、これも思い出せないな』



 医療器具? いや、僕はもっと別の場でその名前を聞いたことがある。

 でもどこだったか思い出そうとすると、身体が熱せられたような感覚に陥る。

 なんだこれは……ぁ!! 



「笹川、しゃがめ!」



『え、了解――ィ?』



 リヴェンサーが再度、オフィサーに向けて大剣を突き出していた。

 今度は本気でキャラロストを狙ったマックススピードの刺突。


 しかし、オフィサーはその攻撃を容易く避けていた。

 さきほどの鈍臭い動きではなく、無駄のない精密な回避行動だった。



『あと少し遅かったら、直撃していたかもしれない……。よく気づけたな』



「……僕もなんで気づけたのか、よくわからない。 悔しいけど、リヴェンサーの攻撃は見えなかった」



 その直後、攻撃したはずのリヴェンサーのほうが倒れ込んでしまった。



『え、なんでリヴェンサーさんが倒れた?』



「リヴェンサーの後ろにいたプレイヤーだ。 彼女がリヴェンサーに大鎌を突き立てた……。」



『なんでだよ!? リヴェンサーさんはあの子を庇ってたんだろ? どうして急に攻撃なんて!』



「さっき五人がキャラロストしたって言ってたじゃないか。 もしかしたらあのプレイヤーが見境なくやったのかもしれない。 オフィサーの様子は?」


『元々狂ってるってことかっ。 今度は【チャフ・グレムビー】の神経系がどうのこうのって言ってるけど、俺には訳が分からない! リヴェンサーさんを助けないと!』



「グレムビー? ――ダメだ。まだ隠れているべきだ! オフィサーを見ただろ? 今助けにいっても返り討ちにあうだけだ。 リヴェンサーはどんな状態になってる? こっちからだと遠目にしかみえない」



『倒れてる。……アーマーの関節部から何か液体っぽいものが流れてる。これなんだ?』



「……バッドステータス? 状態異常の類かもしれない。 僕も一度、リヴェンサーの大剣で斬られたときに動力減衰の状態異常を喰らったことがある。

 その時もアーマーに錆びつきのエフェクトが追加されたんだ。」



『今回もそうだって? でも、オフィサーは神経系やら母体の意識がどうのこうの言ってるけど、もっとやばいもんなんじゃ』



「わからない、けど……。

 いい加減、僕らがやってるのはゲームだってところを見せてやる!

 ――ちょっと離れる。バッドステータスを回復する【ヴォッカド濾過】ってアイテムがあるんだ。今から取ってくるから凌いでくれ。」



『え、あ、おい! ちょっと、そんなめちゃくちゃな!?』



 

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