20分前
――20分前。
クラン『学院会』のペントハウスにて。
「リヴェンサーさんがそんなことするわけがない!」
メニュー画面を指先で操作している笹川の表情は、いつもの演技じみたものではなく真に迫っていた。
「その情報源って?」
「学院会クラン用の専用メッセージボードだ。クラン員なら誰でも書き込めるし閲覧できる。」
「へぇー……そんなのあるのか。 僕も作ろうかな」
このキャリバータウンにいる限りは無理だろうけど。
もしつくったらプシ猫あたりが入ってくれるかしら?
ほとんど個人通信と変わんないな、それ。
「冗談言ってる場合じゃないんだよ! だいたい、ネームレス本人がここにいるのにどうやって一緒にプレイヤーを襲うっていうんだ。」
「そりゃあ……――心当たりは、あっ」
そうだ、プシ猫がいる。
今まで彼女が独断で動いたことなんて一度もなかったから失念していたが。
いやでも、なんでリヴェンサーと一緒に戦ってるんだ?
対峙するならまだしも。
「五人……!?
もう五名のプレイヤーがネームレスによってキャラロストしたらしい!」
メニュー画面から目を離さずに笹川が告げる。
「はぁ!? 彼女が殺ったって?!」
昨夜、【電磁式ライフル】はリヴェンサーの襲撃でレールバレルが破損したと言っていたし、そもそも彼女のプレイスタイルは遠距離射撃手だ。
自身の姿が見られたところで、はっきり言えば”詰み”になる可能性が高い。
そんなプシ猫が5人もキャラロストさせた?
僕の許可もなしに、そんなことするわけがない。迂闊すぎる。
まがいなりにも彼女は強化屋で射撃技術を向上させている。
V.B.W.の影響が存在するのだから、キャラロストされたら彼女の親友と同じ末路になる可能性だってある!
「”三人”を止めるために、お、オフィサー?
彼が救難アンテナ塔に向かっているって」
「三人? ネームレスとリヴェンサーだけじゃないのか?」
「俺も気になって書き込みしてるんだけど、返信が返ってこない!」
「ハブられているのか!?」
「レスの流れが早いだけだバカっ! 言ってる場合じゃない。 俺たちもアンテナ塔にいこう」
広げられた武装の数々が笹川の操作に反応して一つ一つ消えていく。
一応、話す間に使えそうなものは全部回収しておいたが検討中のものだってまだ沢山あった。
リヴェンサーだかネームレスだか知らないが、この至福の時を奪った張本人を僕は許さないだろう。
にしても、三人?
姿が特徴的かつ風紀隊や学院会メンバーに顔が割れてるリヴェンサーは、その内の一人として間違いないだろうが、残りの二人はまとめられてネームレスと称されているようだ。
つまり、二人は顔や姿が割れていない人物ということになる。
そしてそれに対処するために、オフィサーが出動した。
オフィサー。僕らが今いるペントハウスの主だ。
「……ッ、ちょっとだけ冷静になろう。」
ペントハウスの出口に向かおうとしていた笹川を呼び止める。
「なんだよ? 俺は出歩いても問題ない。お前はNPCのフリして紛れればいいだろう? たとえプレイヤーだとバレても、それがネームレスなのかわざわざ確認する奴なんていない」
「違うんだ。その前に、オフィサーについて知っておいてほしいことがある。」
つい先ほど拝借した【ビームピストル】をメニューから呼び出して、僕はそれを笹川に向けた。
彼は一瞬だけ身体をビクつかせたが、すぐにこちらを睨み返す。
「どういうつもりだ? これでも俺は仲間だと思っていたんだぞ。」
「いや、勘違いしないでほしい。 自分を撃ってもいいんだけど、それだとちゃんと見れないから」
笹川に向けてピストルの引き金を引く。
ビームを捻出するコンデンサーが駆動する音が聞こえはしたが、ビーム自体は射出されなかった。
「……不良品?」
笹川が首をかしげる。
「違う。 単純に、ペントハウスが不可侵エリアになってるからだと思う。
さっき勢いあまって【ビームコーティングナイフ】で家具を切りつけたんだけど」
「切りつけるなよ」
「……。 家具は接触時の衝撃で揺れはするけど壊れたりはしなかった。
だからもしかして、と思って撃たせてもらった。
ここじゃダメージを与えられない仕様になっているんだ」
「じゃあここは安全地帯ってことでいいのか」
興味深そうに笹川が感嘆符をあげるが、ふと我に帰って再びこちらを睨む。
「それが何の関係があるっていうんだ? 今いうことでもないだろうに」
「……必要があるんだよ。
こんなエリアがあるなら、オフィサーは学院会の生徒たちをここで保護すれば、”ネームレス”に脅える必要だってなかったんだ。
街から出るためのゲートだけ風紀隊に守らせてね。 学院会の連中が行きたがる強化屋だってここから距離はそう遠くないのだから。人員はゲートに集中させることができる。
――けど、オフィサーはそれをさせなかった。」
「……言いたいことはわかった。 つまりオフィサーには何か思惑があるかもしれないってことか」
頷く。
あくまでも可能性があるという段階だが、僕の中ではすでにオフィサーという人物は真っ黒に塗りつぶされている。
「その上で行動しなくちゃならない。 笹川、これ渡しておく。」
メニュー画面から、スマホっぽいデバイスと妖精の姿を模した小型ロボットを呼び出して、ロボットのほうを笹川へと投げつける。
「あれ、これってさっき俺が並べた武装の中にあったヤツだったよな、確か」
「【小型ドローンピットミサイル】」
「ミサイル投げてんじゃないよ!?」
妖精人形をお手玉して笹川が離れようとするが、こちらのスマホ風デバイスで操作することでロボットは再び笹川へと取りついた。
「いやだから、仮に爆発してもダメージはないから。
この【小型ドローンピットミサイル】ならその妖精さえあれば僕も笹川の視界をこのデバイスを通して疑似的に共有できるってことだ。」
「誤爆したら死ぬじゃん」
「大丈夫、爆破範囲は人一人分くらいだから他人は巻き込まない」
「えぇ…(困惑)」
「いやまぁ、そうならないように、諜報用としてこのカスタムパーツも渡すよ。
武装と一緒にお前が並べてたみたいだけど、間違って作動してたから片付け忘れたっぽいな。 内部バッテリーが切れて”見える”ようになった」
「ん、今なんか投げたのか。うわ、なんか蜘蛛の巣みたいな感触が」
「【試作型ビデオ迷彩グラスファイバー】、内部小型CPUが常時、周囲の風景をその布に投影することでプレイヤーの姿を隠蔽できる。
所謂、光学迷彩だけど、”試作”ってある通り、装着者が動いたり、風景の移り変わりが激しいと、CPUとファイバーが風景に溶け込もうと常に映像を切り替えようとするから、リザルターアーマーの動力が際限なく消費されるらしい。 ……町からの脱走に使えるかは微妙なラインだな。
ともかく、何かあれば使ってほしい。
多分、笹川のほうが接近するのは容易だと思うから、オフィサーも含めて探ってほしい。
――僕も後方でNPCのフリをしながら待機しているし、本当にリヴェンサーに危機が迫っているなら助太刀する。
何かあればすぐに妖精の視界から伝わるから安心してくれ。」
「なにを安心すればいいんだ……わかった、やるよ」




