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これはゲームだ。



 自身の右腕が弾け飛ぶ。

 操られたリヴェンサーの一撃はただ闇雲に振られた一撃だったため、刃の丁度正面が彼女の右半身に叩きつけられただけで済んだ。

 ……それでも右脚はスナイプ用のニーパッドが地面に引っかかったことで派手に折れてしまったが。


 加えて、プシ猫のリザルターアーマー【キャノンサス】のリコイル制御機構は、【電磁式オブレズカービン】による一発目で完全にイカレた。

 つまるところ、二発目は電磁式ライフルの反動にほとんど対応できない。

 捨て身の一発ということになる。


 そのレールガンが放った稲妻の残光が、オフィサーの頭のすぐ横で消えていくのが見えた。

 ――この至近距離で狙いがずれた。

 オフィサーの肩部ミサイルポッドを狙ったはずが、よもやあと少しで頭に着弾して殺してしまうところだった。



「そんなのが当たったら、きっと落下したトマトみたいに脳漿が吹き飛びますね、はは……。 貴方、わたしを尋問する気あります? 殺したら助ける方法もわからなくなりますけど」



 ゲームの中であることがもどかしい。

 たとえこいつを撃ち殺しても、現実の彼にはV.B.W.による多少のダメージが入るだけだ。

 本当なら住所を特定して、今から部屋のカッターナイフを持ちより喉笛をかっ裂いてやりたいところである。


 もっとも、ゲームの中だからこそ、右腕があらぬ方向へ曲がって脱力していても、右脚が海賊義足になっていても、平然と嫉妬心に身をゆだねることができるわけだが……。


 

 プシ猫の感じる歯がゆさを知ってか知らずか、オフィサーは何度か頷いて人差し指を立ててみせた。



「わたしだってキャラロストはしたくありません。

 クライアントが工面してくれたこのアーマーをこれ以上壊したら責任問題だ。

 ……ですので、今回は特別に、貴方だけに、方法を教えましょう。

 簡単です。 母体の移動先であるリヴェンサー殿を殺せばいいのです。そうすれば意識の移動は中止になるはず。

 というか、阻止したいならそれしかありません。わたくしどももクリーチャーのデータをプレイヤーに流し込むなんて、手探りでやっている状態ですからね。」



「っ……」



「無駄話はこれくらいにしましょうか。 

 いまやリヴェンサーは本物の狂人と成り果てました。

 あなたはこれを殺すか否か迷わねばなりません。

 一方でわたしは今から学院会の方々を守りつつ避難させていただきますので。

 ……ちなみに、思い返してみれば、わたしはここに来て会話を楽しんだのち、貴方たちから一方的に撃たれだだけの善良なプレイヤーでしかないんですよね。

 これじゃ可哀そうな被害者だ。」



 彼の言葉でプシ猫は自身の感情の昂ぶりで狭くなっていた視野に気づいて、周囲を見渡した。

 危険を察知したらしい学院会所属のプレイヤーたちは、私たちから距離を取りながらも双眸はこちらをまっすぐに眺めていた。

 その眼差しは憎悪と侮蔑に満ちていた。



 ――私たちに直接攻撃してこなかったのは周囲に明確な悪者を知らせるため。

 


「プシ猫さんがいなければ、もっと簡単な筋書になっていたはずなんですよ。

 暴れる『ニアンニャンEU』を庇ったリヴェンサー殿が、【チャフ・グレムビー】によって操られ、他のプレイヤーを襲う。 

 ……あなた方が仲違いしたように見えていれば幸いなんですが、まぁ、交渉人としてプシ猫さんを”説得”したように見えなくもないですしね。

 この辺りを妥協点として、そろそろ終盤に入るとしましょう。

 リザルターアーマー【Ver.ファフニール】、”アンチグラムシステム”を起動。」



 オフィサーが宣言するのと同時に、過重装甲が胸部から肩部・腰部まで切れ目が広がり始める。

 それに呼応してオフィサーの手にあった砲塔じみた兵装も可変していく。

 

 装甲の切れ目が一息に開かれ、現れたのは黄金色に光を放つエネルギー体のような何かだった。

 彼の腕に纏うようにして作り変えられた砲塔にも、エンジンの内燃機関が露出して毒霧のような醜い湯気をあげはじめる。


 

「クライアントから通達された命令は、わたしがリヴェンサーの代わりとなること。

 アンチグラム――ゲームオリジナルの鉱石類をアーマー内部と兵装【25mmドラク・カノン】内部で燃やして、一時的に圧倒的なエネルギー量と火力を生み出す必殺技的なものだそうですが、プシ猫さんが壊した横腹部のせいで調子が悪いみたいですね。

 まぁ、あの知性がないバケモノならこの出力で十分でしょうが。」



 暢気に話しながらオフィサーが暴れるリヴェンサーへと近づいていく。

 まだ母体からの意識移送が途中らしく、リヴェンサーは四肢や大剣を絡ませて暴れていた。

 だがオフィサーという接近する敵が現れたことで、倒れるユニ――母体の危険を察して、大剣を持ち直す。


 獲物を捉えた狼のようにリヴェンサーは前傾姿勢をとって突貫する。

 言葉になっていない咆哮をあげる彼が、大翼のスラスター噴射でオフィサーとの距離を一気につめてしまう。



 プシ猫には捉えきれないスピードだった。

 当然、彼女の攻撃すら避けきれなかったオフィサーでは反応すらできまい。

 だが、気づいたころにはオフィサーの【25mmドラク・カノン】の砲身がリヴェンサーの腹部へと深々と突き刺さっていた。



「殺しはしません。プシ猫さんに処遇を任せるために」



 一つの銃声がとどろき、リヴェンサーの両翼がびくりと跳ね上がった。

 わずかな沈黙の後、手に納まらないほどの空薬莢が一つ、地面に落ち込んで静まり返った場に冴えた音を響かせた。



「……クライアントは満足してくださるでしょうか。」



 膝から崩れ落ちるリヴェンサーを横目に、今度は小走りにオフィサーは学院会メンバーたちの元へと向かっていく。



「リヴェンサー殿はプレイヤーを殺そうとしています!

 一撃だけ加えることはできましたが、わたしにはそれがやっとだ! 

 ここにいては危険です! 避難しましょう!」



 さっきとは打って変わって、取り乱す演技を披露したオフィサーが周囲のプレイヤーへ向けて声を張り上げるのが聞こえた。


 一方でプシ猫は、彼女の前で倒れて込んで呻いているリヴェンサーの姿を眺めていた。



 今なら、まだ間に合う。ユニの意識が月谷芥に流れ込んでしまう前に殺せば。

 それに、リヴェンサーも学院会の一員だ。

 彼もまた”強化屋”でV.B.W.を脳へ多量に刻み込んでいるのだから、もしかしたら、ユニと同じように意識不明者になるかもしれない。

 邪魔者はいなくなる。

 ユニが目を覚ました時、彼女は悲しむかもしれないが、その傷は私が癒せばいい。


 それに、リヴェンサーへとユニの意識を移したところで彼女が助かる保証だってない。

 

 殺さなくちゃいけないのではないか。


 それが一番の手段だ。


 私にはそうしなくちゃならない理由がしっかりある。



「ユニは、私が助ける」



 破損した右手に代り、左手に所持した【電磁式オブレズカービン】をプシ猫が構えた。

 その瞬間。



「ちょっとタンマぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁ!!」



 突如、何もない目の前の空間から這い出てきたのは、常時ニヤけた顔をしている頬をフルに歪めた笹川宗次だった。

 手には繊維状のデバイスがあったが、たった今それが小爆発を起こして壊れる。



「いいか、ネームレス!! 早くしろ”【ヴォッカド濾過】”を持ってこい! 

 よく聞け、君ら全員、これが”ゲーム”だってこと忘れすぎだぁぁあああ!!」



 笹川宗次が声を裏返させて、そう雄叫びをあげていた。


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