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フューリーキャット

 

「いやぁ、お見事。

 性格はねじ曲がっていますが、邪悪なことを考えさせたら我がクライアント)の右に出るものはいませんね。 ……おっとこれはオフレコで。」



 倒れ込んだ二人へと駆け寄ったプシ猫が、彼らの名前を何度か叫ぶ。

 「遊丹!――芥!」という名称が彼女の口から出たことでオフィサーは顎先に親指をあてて僅かに思案する。



「どういう関係なのか見当もついていませんでしたが、なるほど。 現実のほうで繋がりがある方でしたか。 

 お友達が心配になるのもやむを得ませんね。

 ではお休みになられたリヴェンサー(取引先)殿の代わりまして、お嬢さんへ説明させていただきます。」



 オフィサーが一礼する。場違いな礼儀と飄々とした声音はプレゼン慣れした押し売りのセールスマンを思い浮かべるほどだ。



「少し、口を閉じて!」



 プシ猫が【エレキ・バヨネット】を構える。

 「ひぇ!」、大げさにリアクションを返すオフィサーに憤りばかりが募っていく。

 彼の喜怒哀楽、優越劣等の切り替えの早さにイライラが募っていくばかりだった。


 この男には、まるで本音を感じられない……。まるで心だけをどこか別の場所へ置いてきているような。 



「説明、聞いておかないとお友達が大変なことになりますよ?

 そこにいるリヴェンサー殿の彼女はとても明るい良い子でしたからね。たくさんのご学友に囲まれて、まさしく青春を謳歌しているような女生徒でした。

 ――さて、お嬢さんも彼女の傍にいらっしゃった生徒の一人なのでしょうか」



「話す義理も必要もないですっ」



 ライフル銃を槍代わりに片手と脇で挟み、一方の手にはマシンガンをけん制代わりにうち続けながらプシ猫がオフィサーへと斬り込む。

 数弾がオフィサーへと着弾し、彼が呻いたところで銃剣を振るう。

 


「っ痛! くはないのか……。 このゲームで初めてダメージを喰らいましたが、どうやら痛みは本当に感じないらしい。けど、これだって危険な代物ですよねー。 

 とある囚人にガスバーナーをみせたあとに、背中へアイスを垂らすだけで火傷したと錯覚する現象があるそうですし、VRゲームは現実によろしくない。」


 

 

 自分の耳を切り落としてしまいたい。そう思わせるくらいにオフィサーの言葉は癪に障る。


 戦闘モードへと突入し、プシ猫の視界にはオフィサーのライフゲージが見えるようになっている。

 ダメージはそれなりに通っており、彼のゲージは減っている。

 

 あの重装甲は見せかけの飾りもの……? 



「それは置いておきまして、独断で説明を続行させていただきます。

 プレゼンにもタイミングというものがありまして、その点、リヴェンサー殿は想定通りの反応ばかりを返してくれる立派なオーディエンスと言えたでしょう。

 お嬢さん……お名前は、プシ猫? 随分と卑猥ですね。 外国のアダルトサイトで跋扈している単語だ。

 さて――……あぁ、今ので時間切れのようですね。

 まったく……ませたお嬢さんがわたしの説明を拒否するからこうなるんだ。

 ”他人の成功を手伝いつつ、自身は栄光をつかみ取る”。

 持ちつ持たれつの精神をもってこそ賢い社会人になり得るというのに。


 本当、白けますね」



 言葉尻だけを冷たい寒波のように響かせ、オフィサーが溜息をついた。

 そして次の瞬間、プシ猫の視界が反転する。


 サスペンションや放熱装置が悲鳴を上げて鉄片やバネが四散していくのが見える。

 気づいたときには地面へ叩きつけられていた。

 

 眼前に光文字で映し出されたヘッドアップディスプレイには、右半身に甚大なダメージを負ったことを示す警告音声と簡易人体図が表れた。

 プシ猫は既に右脚部に不思議な感覚があるのを感じていた。

 

 ぬるま湯に片足だけを突っ込んでいる状態、といえばいいかもしれない。

 水の中の抵抗感と微妙な温み……、痛みはないのに右脚の触感だけが霧散していく。



「いわんこっちゃない。

 ですが、間髪入れずに体罰を与えたあと説教を始めるという教育方法は、武術の当身じみた効果を発揮すると、とある新社会人育成用セミナーの講師がおっしゃってましたね。

 衝撃を受けたことで脳が危険を察知し、思考速度が加速的に上昇するそうです。

 ……わたしの部下がその講師から教わったのですが、とても従順で良い後輩に仕上がってました。

 まぁ、身体壊してやめちゃったんですけどね。 

 ――アァでも流石だ。 確かに効果はあるようです。

 プシ猫さんが大人しくわたしの話を聞くようになったのだから。

 効果てきめんと言わざるを得ません。」



 矢継ぎ早に繰り出されるオフィサーの戯言は、プシ猫に耳にまったく入っていなかった。

 それよりも、彼女が見ていたのは背後から自分を襲ってきた人物だ。


 大剣を乱暴に担ぎ上げようと身体をよろめかせ、上半身が仰け反って倒れそうになる。

 パニックホラーで見かけるゾンビじみた挙動だった。


 ついさきほどまで味方だったリヴェンサーが【コーティング・アッシュ】を両腕にプシ猫を見据えていた。



「説明した通り【チャフ・グレムビー】は仮死状態となった母体を守るために、ウイルス感染させたプレイヤーやクリーチャーを操り、護衛にあたらせます。

 そして乗っ取られた感染者は一定時間後に、キャラロストとなり、NPC扱いとなって完全に【チャフ・グレムビー】に支配される。

 『スターダストオンライン』本来のシステムであればキャラロストで終了です。

 しかし。

 ここに『ニアンニャンEU』というキャラクターが加われば話は変わります。


 仮死状態になっているのは母体の”意識”を感染者に移しているからだそうですが、……果たして、『ニアンニャンEU』がその母体を務めているなら、彼女本来の意識はどうなるのでしょうか。

 いくら【チャフ・グレムビー】の神経系情報が送り込まれていようと、それは拡張されただけ。情報が加算されただけにすぎません。

 ”自身の意識を別の素体へ移す”という機能がキャラクターに追加されただけと思って構いません。

 つまり、キャラクター本体には『ニアンニャンEU』の神経系情報が残っている。

 ……それらが、経った今リヴェンサー殿へとコピーされたとしたら……一体どうなるのでしょうか?

 潜在的な二重人格者が出来上がるのか、それとも片方の神経系情報が上書きされて消えてしまうのか……どちらなのでしょうかね。

 どの選択になるにせよ、リヴェンサー殿は愛する彼女を助けるために自身を捧げることになるかもしれません。

 泣けますね。


 ――今、悪趣味と思いましたよね?

 名誉にかけて、この方法を考え付いたのは我が極悪非道なクライアントです。

 わたくしはこのようなマッドサイエンティストじみたことはいたしませんのであしからず。

 ……これもオフレコで。」



 今のリヴェンサーの姿をみたら、嫌でもさきほどのユニと姿が重なって見えてしまう。

 クリーチャーじみた挙動とおよそ言語になっていない呻き声。


 ふざけている。



 プシ猫を操る釧路七重の心底に湧いたのはその一言だった。

 嬉々としてB級ホラー映画のような言葉を吐くオフィサーという人物。


 彼に対する怒りは、…………今はどこかへ消え失せている。


 確かについ先ほどまでオフィサーの一言一言に憤りを感じていたし、リヴェンサーこと月谷芥が倒されて叫び出しそうになった。

 だが、オフィサーが【チャフ・グレムビー】の生態について話しを聞いたとき、別の危機感を七重は抱いていた。


 それはここ数か月間、七重に熱せられた烙印を肌に押し込まれるかのような痛みを与え続けた。


 一言で表すなら、嫉妬だ。


 あぁ、私も相当にイカレているのかもしれない。

 二人の命がかかっているときに、私は今、自分の嫉妬心に飲まれようとしている。


 理解していても、許せない。

 月谷芥と私が愛する瀬川遊丹が一緒になるなんて。まして月谷芥がその身を捧げて瀬川遊丹を助けてしまう機会を得たなんて……。


 ふざけるな! ユニは私が助けると決めている!ウイルスを感染させるなら、私を選べばよかった!

 オフィサーの話は全て理解できたわけじゃない。

 けど、これだけはわかる。 ”ユニを私の中に迎え入れる”ことが出来たかもしれないということだ!


 その言葉の響きだけで凄く、すごく、スゴク素敵!


 その上、その役目が恋敵である月谷芥に奪われるなんて最低、さいてー、サイテー!!



「おや、ゲームの中でも涙が流れるようにできているようですね。

 心中お察しします。 こんなバカげた実験に付き合わされるお友達なんて、心が痛んでみていられませんよね。

 わたしも同じような気持ちを抱いています。

 さぁ、ここはリヴェンサー殿が暴れますので、危ないから他の皆さんと一緒に逃げましょう、下手すればプシ猫さんもキャラロスト――ん?」



 オフィサーがプシ猫の異常に気が付いた。

 リヴェンサーが切断したはずの彼女の右脚が、ついている。

 そのうえ、彼女は起き上がって直立しているのではないか。


 そして彼女の右腕には、見慣れぬ銃器が湯気を吹いていた。


 今度はオフィサーが態勢を崩していた。

 彼の横腹部、ちょうどシールドに隠れていない箇所がアーマーごと抉られていた。


 彼女に戦意がないと早とちりして油断していたこともそうだが、放たれた攻撃にカイトシールドがまったく反応できなかった。



「【電磁式長距離カスタムライフル】改め、【電磁式オブレズカービン】……。

 直列式の加速器だから、銃身を切ったら威力は半減するけど、この至近距離ならオマエを殺すことくらいわけないです」



「は、はは。 切り離したバレルと銃剣で足の切断面に突き刺して義足代わりに……?

 これだから子供の発想力は。突飛すぎて参ってしまう。」



「御託はいいです。 ユニが月谷芥へ移ってしまう前に、やめさせろ。

 できないなら、お前のリアルを探り当てて一生夜道を歩けない生活にしてやる」



「……あの、貴方今すごーく、現実とゲームの区別がついていないと思うのですが、そのあたりは――」



 オフィサーの言葉が終わる前に、ユニは放熱中の電磁式ライフルをもう一発撃った。



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